深淵を覗くカンビオン

絶飩XAYZ

東の兄妹①

 ユニコーンが死んでいた。

 一頭だけじゃない、三頭死んでいた。

 彼らは一角から力を抜き取られており、立派な一角だったとは思えない程、それは乾涸びていた。

 ユニコーンの目は眼球が飛び出てきそうな程、見開いていた。口からは目が染みるような液体を吐き出しており、それは体の周りに溜まっていた。

 近くに三人の人間がいた。正確には一人は吸血鬼のようで彼も口から液体を吐き出して息絶えていた。

 後の二人は首が無く、体中を赤く染めて倒れていた。


 そんな惨劇の目撃者である月は白く薄くなり、代わりに太陽が昇る時間になった。

 太陽が海から顔を覗かせると、空が漆黒の闇から段々と白ばんでいく。

 鳥は餌を求めて羽ばたいていき、花や草や木は太陽の光を浴びて、その日の活力にしていく。動物達や昆虫達も森の中を散策していく。

 アスカ・カートライトは一人で、ユニコーンの森の湖で水浴びをしていた。

 服は濡れないように、少し離れたところに畳んで置いていた。

 水を膝までゆっくり浸からせたら、足の体温が水へにじみ出るように失われていく。それが一定の冷たさになると、水に馴染む感覚が強くなっていった。

 次は血や汗にまみれた両手を洗う。血は赤いペンキのように皮膚にこびりついており、それを洗い落とす度に水を赤く染めていく。

 それが出来たら、汗まみれになった色白の肌を濡らす。汗を水と共に流し、火照った体の熱を冷ます。

 手で水を掬っては顔を、胸を、肩を、背中を、洗い流していく。

 時折吹く風が、彼女の体を触り、熱をさらう。代わりに冷ややかなものを浴びせながら、またどこかへ通り去っていく。

 黒髪を一つに束ねていた紐を解くと、髪が元の形に戻っていく。

 背中の真ん中辺りまでゆっくり降りていき、元々癖の強かった髪は波打つような形でハネていた。

 汗や唾液でベタベタになった顔や上半身を水に浸からせ、数秒ですぐに立ち上がった。

 水がアスカの体全体を濡らし、髪や指等から雫がポタポタと落ちていく

 薄い桜色に染まった二枚貝と丸みを帯びた突起物の周りの水分を両手で拭き取る。

 更に濡れた髪を両手でまっすぐに……まっすぐにするが、髪から雫を落としていくだけであった。

 一撫でしては苦しさで顔を歪ませたユニコーンの顔が、一撫でしては端正な顔立ちをした男の顔が、一撫でしては獣のような悍ましい顔をした男が、一撫でしては怯え切った女の顔が、一撫でしては今の自分の顔が……。

 髪から落ちていく雫で出来た波紋は鏡になり、アスカの昨夜の記憶が反復されると目と鼻に込み上がってくる。

 それを我慢しようとしたが、一つ、二つと湖に波紋を作ってしまった。それを見たアスカは、自分の体を水に預けてみた。

 水の中は天からの光を受け入れており、透明ではなく、軽く青さを帯びていた。

 アスカが目を閉じると胸の奥に秘めた思いが、水の冷たさで体の熱と共に奪われていくような感覚を覚えた。

 頭の回転は回っているような感覚はするものの、思考があっちこっちに飛び出さない、落ち着いた感覚が強まっていく。

 今度は目を開き、水の中を両手、両足を使って進んでみる。水は動きに合わせるように包みこみ、他の生き物や植物を浮かせていた。

 アスカは水の中が好きだった。熱を奪い、汚れを落とし、涙を拭わせ、記憶を泳がせる感覚がするからだ。


 さて、そろそろ上がろうかと動きを止めた時だった。突然、何かにアスカの右足を掴まかれた。

 それは所々、弾力がある右手で掴まれていたようであった。更にその右手から出てきた鋭い何かが、アスカの右足を食い込ませ、水面から上げられそうになった。

 いきなりのことで驚いたが、右足を上下左右に強くばたつかせたり、自由に動かせられる左足で右足を掴んでいる手を蹴る。

 しかし、きちんと力が入らないため、手ごたえはなく、蹴った感触がするだけでビクともしない。

 遂に体を逆さまにされて、水面から持ち上げられた。ザバっと水の音とともに視界が明るくなり、周りを見た。

 すると、アスカはジタバタすることを止めた。視線の先に男がいたからだ。

 その男は灰色の毛に覆われた狼のような男で、二足で大地を立っていた。上半身は何も着ていなかったが、下半身は青いズボンを穿き、それを黄色い帯で縛っていた。

 謂わば、狼男と言うべき姿をしていた。男の尻尾が地面についておらず、ゆっくり左右に振り、アスカを苦笑いしながら凝視していた。

 アスカは体温が下がっていたはずなのに、自分の顔と耳が急速に熱を持ち、赤くなっていくことを感じた。

 眉を強くひそめて睨み返してやると、男はすぐに視線を逸らし、尻尾が地面に着いた。

 それを見たアスカは舌を出して、睨み続けてやった。

 すると、バシャバシャとアスカので水がかき分けられる音がして、景色が動いていく。そして、湖の湿った地面、湖の岸まで運ばれた。

「お兄ちゃん~! 捕まえたよ~!」

 アスカので大きな声がする。そこへ目を向けると、人間の姿をしていたが、全身が白い毛で覆われた女であった。

 緑色の髪の間から大きな三角の耳が出ており、頭の上の方にあった。それは時々、音のする方向に反応しているのか、ピクピクと軽く動かしている。

 謂わば、猫娘と言うべき姿をしていた。女の尻尾も白い体毛で覆われており、体毛に吸い込まれた水を散り飛ばすように動かしていた。

「おっす!」

 女は左手を上げて、笑顔でアスカを見た。

「放してよ……」

 アスカは小さい声であったが、冷たく言い放つ。

「え〜⁉︎ 挨拶してるんだから〜あなたも挨拶返してよ〜! 挨拶は基本だよ〜?」

 アスカは言葉を返す代わりに、左足で女の右手を蹴るが、相変わらずビクともしなかった。

「ハハハ、ダメダメ〜」

 女は笑いながら左手を左右に振った。

「あなた達は何者なの?」

 アスカは血が頭に上っていく感覚に負けないように声を出す。

「え〜? 普通は自分から自己紹介しない? オヤノキョウイクガナッテナインダナー」

 女は左手の人差し指でアスカの額を突きながら言った。それを聞いたアスカは歯を食いしばり、女を強く睨みつける。

「私は……アスカ・カートライト!」

 アスカの大きな声が女の鼓膜を震わせる。

「お〜元気が良いね〜アスカって言うんだね〜! あたしはね〜李魅音リー・ミオンの言い方だとミオン・リーになるんかな〜? あたしのことはミオンで良いよ〜よろしくね〜」

 ミオンと名乗る女はアスカの鼻を触る。

「よろしくね、じゃあ、ミオン……放してくれる?」

 アスカは声を震わせながら言った。すると、ミオンは舌をチチチチ……と鳴らしながら、左人差し指を立てて左右に振った。

「アスカは森のユニコーンを殺して回る化け物ってなってて〜その化け物を捕まえて、村に持っていくとお金貰えるから無理な話だよ〜」

 今まで目を閉じて、口角を大きく吊り上げる明るい笑顔を見せていたミオンが、怪しく光る猫の目を見せていた。

「そんなの分からないでしょ? ミオンは私が殺してたって分かるの?」

 アスカは鼻で笑った。すると、ミオンの鼻がアスカの左脇を嗅ぎ、左の耳元で呟いた。

「だって、あなた、サキュバスでしょ?」

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