第130話 終わった世界ー4

◇旧 渋谷スクランブル交差点。


 栄えていたビル群は倒壊し、瓦礫だけの街。

かつての繁栄はそこにはなく、近くには巨大な黒い中世の城のような建造物が立つ。

既にそこは人類の世界ではないことを主張していた。


 そこで、二人の超越者が相対する。


 片方は黒い騎士、名をモードレッド。


 もう片方は白い軍服のようなものを着た女性。

人類解放軍の正式衣装、黒に対抗するための白。


 名を、『神装』龍園寺彩。


「やっと、巣穴から出てきたね。人類の最後の希望君。ついに諦めたのかな? ははは! おめでとう! やっと解放されるね!」


 黒い騎士は、彩を見つめながらその鎧を取り外す。

まるで道化師のような服装に身を包み、どこか狂気をはらむ笑顔で彩を見つめた。

作り物のような表情で、ピエロはこちらを見て笑う。


「私が最後の希望……違うわよ」


「ん? 君がいなければとっくに人類は終わってると思うけど……まぁいいや。で? またどうして? おとなしくしているなら放置でいいとハーデス様も言ってたんだけど。敗者は敗者らしくひっそりと余生を過ごせばいいのに」


 彩は思いだしていた。

5年前、突如現れた彼らの進行によって人類は敗北した。


 1年ほどの戦争は人類の力を結集したにもかかわらずほぼ一方的な闘いだった。

超越者すらも殺されて、今人類解放軍に残されている超越者は、自分を含めて4人だけ。


 それから丸4年、人類は敗北の苦渋を舐め続けた。


 日本の東京周辺は黒の騎士にすべて支配された。

地上にはイモータルと呼ばれる不死の魔獣が跋扈する。


 だから人類解放軍は、この日本の西日本に複雑に絡み合った地下道を拠点にして、ただ日々を耐えた。


 毎日食料もままならず、地上に食料を探しに行こうものならイモータルによって多くの同胞が殺されてきた。


 明日の見えない状況は、ただ疲弊し心を消耗し、仲間内の衝突も増えていった。

昨日話した人が次の日には死んでいる。

法も何もない暗い世界は、犯罪に走る人も多かった。


 秩序のために仲間内で命を取らなければいけない時すらもあった。


 地獄のような日々だった。


 でも。


「人類は負けてない」

「ん? なんて?」


 彩は微塵も諦めていなかった。


 いつ分裂して終わってもおかしくなかった人類をまとめ上げた。

自分がやるべきだと思ったし、自分にはその力が与えらえられたから。


 そして何より、あの人なら絶対に諦めないと思ったから。


 諦めないことだけが私達の武器だと教えてくれたから。


 だからもう一度顔上げて、目をそらさずに真っすぐ見て言った。


「人類はまだ負けてないっていってんのよ!!」


 大きな声で。


「ははは、OKOK……いいよ別に。でもその目は……気に食わないね、なんていうか……」


 モードレッドから魔力の放流と殺気が放たれる。


「すごく気に食わない」


 その瞬間、彩の周りにいた万に近い魔獣達が叫びをあげる。

彩と話がしたかったモードレッドによって止められていただけのイモータル。


 彩の周りの魔獣達が彩へ向かって攻撃を繰り出す。


 それに合わせて彩も叫ぶ。


「全員戦闘開始!! 極力相手はするな!!」

「「おぉぉぉぉ!!」」


 後方待機していた人類解放軍も一斉に魔法やスキルで応戦した。

イモータルは倒せない、だが復活までは時間がかかると全戦力で相対する。


 拮抗する魔獣達と人類解放軍。


 そこに追加で現れたのは黒い騎士達の軍勢。

円卓に数えられるモードレッドに比べればその魔力はS級相当。

黒の帝国の一般兵達。


 拮抗が崩れそうになるが、それに相対するのは。


「覇邪一閃!! てめぇら気合いれろ!!」


 天道龍之介をはじめとするかつての人類のS級達。

世界中から集められた元S級の攻略者達が対抗する。


 人類解放軍の戦力の大部分が、今渋谷に集められる。

その目的は一つ、今日もし灰がここに現れた時連れて帰るため。


 現れなかったとしたらそれでいい。


 でも現れた時、きっと何もわからない灰は黒の帝国に殺される。


 やつらも同じように待ち構えているのだから。


 だが本来なら人類側に勝利はない。

相手は帝種を始めとする魔力10万を優に超える化物ぞろい。

さらに黒の騎士には魔力100万を超える猛者も多い。


 今日集まったのもS級はいるにしても、魔力の差は圧倒的だった。


 本来は相手にもならない。


 だが。


「……まったく神具職人はこれだから面倒なんだよ……お前が死ねば一瞬で戦いも終わるのに」


 彩の力は人類の希望と呼ばれるにふさわしかった。


「――鍛冶神の加護!!」


 彩が自身のアーティファクトを握りしめて、それを唱えた瞬間だった。

人類解放軍が持つ装備すべてが赤く光り輝く。

それは彩が超越へと至った時に手に入れた力。


 自身がアーティファクトで増加した魔力増加量と同じだけ全員の魔力を強化する。


 その強化された魔力は、実に。


 ――50万近く。


「おっしゃぁぁぁ!! 全員いくぞぉぉぉ!!」


 その驚異的なバフによって戦いは人類解放軍有利。

しかし相手はイモータル、何度殺しても勝利はない。

持久戦、ならばやはり狙うは。


「お前が死ねばあの魔獣達も全員死ぬんでしょ!!」

「はは、御明察。倒せればね!」


 彩とモードレッドは切り結ぶ。

モードレッドは剣ではなく、その指からまるで伸びている蜘蛛の糸のようなワイヤーを使って彩が振り落ろした剣を止める。

それはモードレッドのスキルだが、それを知るものは人類側にはいない。


「彩、二人でやるぞ!」

「うん!」


 天道龍之介も合流した。

彩の力で魔力が100万を超えているときの龍之介も超越へと至る。


「はぁほんとに面倒……あ、そうだ、そうだ! 忘れてた! さっき準備させたんだった!」


 思い出したようにモードレッドは、距離を取る。


「ほんの一月前さ、ぶっ潰した君達の拠点の一つでね。面白いのを見つけてさ! たった一人で弱っちいゴミたちを逃がそうとする姿があまりに健気でさ。つい捕まえちゃったんだよね。魔力高くて精神は操れなかったけど、僕の力なら体は操れるからね。でもね中々強情で心が折れないんだよ……だからさ!」


 彩と天道は高笑いするモードレッドを睨む。


 二人は分かっている。


 今こいつが誰のことを言っているのか。


 誰が今こいつに捕まっているのかを。


 そしてこの作戦は、その奪還すらも視野に入れているから。


「彩、龍……逃げて……」


 モードレッドが指先を軽く動かすと、魔獣の群れをかき分けて現れた。

銀色の髪をなびかせて、同じように銀色の鎧を身に纏う。

その目には涙を流しながら、意に反するように剣を握ってこちらを見る。


「君達を殺させれば……こいつの心もへし折れるかな?」


 道化は笑って叫んだ。


「やっちゃえ、レイナちゃん! 僕達の敵をぶっ殺せ!」


 銀色の戦乙女の名前を。

 

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