第120話 この剣は守るためにー1

 貫かれる龍の手刀、銀色の鎧は砕け散った。


 押し込まれる腕、しかしレイナは何とかそれをつかみ取る。


「ぐっぅぅぅ!!」


 痛みが全身を巡っていく。

命に届いてしまいそう、一旦右手の剣を投げ捨て両手で掴む。

何とかその腕を止めて、後ろに逃げた。


 べっとりとレイナの血が付いたその人型の龍は笑っているようにも見えた。

その手についた赤い血を、まるで剣を払うように手を払い、鮮血が舞う。


 レイナは再度真覚醒のスキルを発動し、鎧を纏う。

魔力がある限りは何度だってその鎧は発動できる。


 だが、この敵の登場によって戦線は崩壊した。


「う、うわぁぁぁ!!!」

「な、なんで足が。足が動かない!!」

「やめてくれぇぇ!!」


 か細い糸の上を耐えてきた攻略者達は恐怖により、著しく身体能力にデバフが懸かる。

小型の龍を次々と落としていた弓一からの援護も消えた。

大型の龍を撃破していたレイナは今、その人型と相対し敗北しかけている。


 ギリギリで耐えていた戦線は崩壊し、龍が次々と海岸線を超えて上陸していった。


「らあぁぁ!! 覇邪一閃!!」


 唯一戦えているのは天道のみ、だがそれももはや限界だった。

複数の龍に囲まれて、たった一人孤軍奮闘では、レイナのようにはいかなかった。


「あぁぁ!!」


 レイナは再度剣を握って切りかかる。

この敵を倒せばまだ盛り返せる。

しかし簡単に、蹴り返されて地面に落ちる。

衝撃で砂が舞い上がり、クレーターのような地面を作った。


 隕石のような速度で落下したレイナ、それを追撃する人型の龍。


「レイナ!!」


 天道が割って入ろうと走る。

しかし相手は真覚醒のレイナですら一方的に敗北する敵。

剣すら結べず一蹴された。


 吹き飛ばされる天道は、口から血を吐き飛んでいく。


 先ほどまでは希望があったのに、もはやこの戦いに希望は消えた。

遠のきそうな意識の中、天道は迅速に判断した。


「……撤退!! 全員逃げろぉぉ!!!」


 天道は苦い顔でその選択をした。

血を流しながらも精一杯の大きな声で。


 それは選べる選択肢の中で最終手段だった。

敗走し、捕まったものは死んでいく。

逃げる先などこの国にはなく、もはや他国からの援護を待つほか生存の道は残されない。


 それでもそれしか選べなかった。


 それしか選べなかったのに。


「逃がさねぇ……か……」


 その人型の龍は、逃げようとした攻略者達の前に立ちふさがった。

背後には龍の大軍、前には人型の龍が仁王立ちし、近づこうものなら確実な死のイメージを叩きつけられた。


 もはや全滅は確実だった。


 天道の頭によぎったのは、ここで全員死ぬ未来。

そして日本という国は龍によって滅ぼされる未来だった。


「はぁぁぁ!!!」


 その時、もう一度その人型に立ち向かう一人の少女。

銀色の乙女は再度飛翔する。

剣を振って、活路を見出そうとする。


「こいつは私が止めるから!! 私が止めるから!!」


 それはレイナだった。

腹部からは血を流しながら、歯を食いしばるように立ち向かう。

先ほどの一撃で脳震盪も起こして、視界も歪む。


 それでも繰り出した全力の剣を人型の龍は、片手一本で受け止めた。


 その衝撃が空気を震わせるほどの真覚醒の力。

なのに、その攻撃は届かない。


「退却だ!! 全員何でもいいから逃げのびろ!!」


 天道は叫んだ。

レイナの覚悟を受け取って、即座に判断する。

だがそう叫んだ本人だけは逃げなかった。


「……っち。柄じゃねーんだけどな」


 天道は殿を務めることにした。

人型はレイナに頼むしかない、ならば自分はせめてこの100を超える龍達を少しでも足止めすることにした。


 つまりはここで死ぬことを決めた。


 ため息とともに、ポケットのたばこに手をかける。

最後の一服をふかしながら、龍達の前に立つ。


「糞が……」



「一体なんなの、あれは……」


 アナウンサー達が映すのは、この国最強の銀野レイナと戦う人型の魔獣。

超越へと至った覚醒者がたった一体の魔獣に苦戦する戦いなどありえなかった。


 米国の暴君、アーノルド・アルテウス。

中国の大英雄、王偉。

そしてロシア、EU、インドに一人ずつ。

世界に5人いる超越者、その6人目として世界に名を轟かせた日本の乙女。


 戦乙女、銀野レイナ。


 その人類の最強戦力がたった一体の魔獣に抑えられ、むしろ押されている。

素人には目で追う事すらできない戦い、それでも圧倒的に負けているように見えた。


 テレビの向こうでは、その戦いを見る国民達。

だが全員が薄々感づき始めていた。

この戦いは負けるんだと。

次々に恐慌に陥って、国を捨てて逃げようとする人々で日本は一瞬で大パニックに陥った。



「う、うゎぁぁあ!!」


 逃げようとした一人の攻略者。

人型の龍が拳を振りかぶって逃げる者を殺そうとする。

そこに割って入る銀色の盾、だが衝撃を受け止めきれず吹き飛ばされる。


 血だらけのレイナ。


 それでも立つ。


「守るんだ……」


 レイナは何度でも立ち上がった。


 何度も飛ばされて、何度も殴られた。

体はボロボロ、血だらけで吐血もする。


 それでも立つ、覚悟を決めたから。


「私が!! 守るんだ! 私が全部!! 守るんだ!!」


 それをみた人型の龍が、ため息を吐くようにレイナを見た。


 次の瞬間だった。


「なに……それ……まだ上があるの……」


 人型の龍が、空気を侵食するようなほどの真っ黒な魔力を鎧のように纏った。

先ほどまでは手を抜いていたとでもいうように、破壊の魔力がレイナの立ち向かう心を壊していく。


 勝てるわけがない。

もうみんな戦えなかった。

もう剣を握れなかった。

あんな化け物に勝てる奴なんているわけがないと。


「あぁぁぁ!!」


 レイナだけはそれでも叫んだ。

鋼の意思で立ち向かうレイナ、銀色の剣で振りかぶる。

だが受け止められた。

その時人型の龍は口を開いた。


「お前は騎士ではないな……まがい物か……」


 直後、その黒い魔力を纏った手刀に貫かれ、銀色の鎧は砕け散る。

蹴とばされ、血を吐きながら転がっていく。

衝撃そのまま、壁にぶつかり血を吐いて座り込んだ。


 レイナの意識が薄れ、目から光が失われていく。


「助け! 助けてくれぇぇl!!」

「いやだぁぁ!!」

「くそ!! くそぉぉぉ!!」


 レイナはおぼろげに目を開き、目の前で次々と攻略者が殺されていくのを見た。

その人型の龍は仲間の龍に指示するように、楽しんでいた。

光悦の表情を上げながら、ただ殺戮を繰り返し、虫けらのように人達を殺した。


「やめて……」


 レイナはそれを止めようと立ち上がろうとした。

だが、もう体が意志を拒絶する。

剣を握ろうとして、真覚醒のスキルを発動しようとした。

だが鎧は形を成さず崩れ落ちた。


「やめてよ……もう……やめて……」


 みんなが死んでいく。

私が守ると決めたのに、みんなが次々と死んでいく。


「……やめてよ……やめて、殺さないで……もう殺さないで……うっ……」


 レイナは泣いてしまった。

目の前で命が失われていく、なのに何もできなかった。

絶対守ると決めたのに、覚悟を決めたはずなのに。

自分に力が無くて、守れなかった。


 遠目には自分の兄のように慕っている天道も、追い詰められている。


 みんな、死んでいく。


 自分が弱いせいでみんな死んでいく、


「うっ……ひっく……うっ……うわぁぁ……あ˝ぁ˝ぁ˝ぁ˝」


 命が次々と消えていく。

ここは地獄で、真っ暗な闇だった。

レイナは泣くことしかできず、ただ泣いた。


「……ごめ˝ん˝。私……守れなかった! ママ、パパ、ごめんなさい。お兄ちゃんごめんなさい。私守れなかった!! 誰も守れなかった!」


 レイナの目から涙が零れ落ちそうになる。

守ると決めたのに、守れなかったと涙をこぼしそうになる。

うつ向き、自分の足元の影を見る。


「ごめん……灰……」


 その時だった。


バチッ!!!!!!


 戦場に雷鳴が鳴り響き、怒りの熱で空気が爆ぜる。

まるで怒っているんだと怒りを込めて、爆音と共に雷が落ちた。

その音に、アナウンサーが、国民が、攻略者達が、龍が全員一瞬その方向を見て戦いを止めた。


「え?」


 その音に驚きながらレイナは見た。

零れ落ちそうな涙、寸前でその手に優しく拭われた。

レイナは顔上げて、自分の影の上にいるその人を見た。


「レイナは守れたよ。今生きている人全員レイナが守ったよ」


 それは灰だった。

ライトニングでレイナの影に転移した灰が、レイナの涙を優しくぬぐった。


「……灰?」


 泣くレイナの頭をなでる灰。


「ごめんね、レイナ。本当に遅くなってごめん」


 そしてすぐにレイナに背中を向ける。

自分を見つめる戦場、それを見渡した灰は、拳を握って怒りをにじませる。


「本当に嫌になる。俺は本当にいっつもいっつも遅くって本当に嫌になる。彼女を笑顔にさせるために強くなったのに、俺はまた君を泣かせてしまって、本当に嫌になるよ!!! だから……」


 その眼を黄金色に輝かせ、最優の騎士は発動する。

最も優しく、もっとも優秀な騎士は、すべての光を受け継いで戦場に立つ。

全ての力を一段階上に上げ、最高の剣技も携えて、白き魔力が鎧のように灰を包む。


「だから、ここからだ。ここからは全部救う! もう二度と彼女を泣かせない! 誰一人として死なせない!!」


 白き鎧と雷が灰の体を包み込んだ。

そして発動するのは、手に入れた真の力。

全てのスキルが一段上の真の力を発揮する。


 そして戦場を駆ける白き稲妻が、黒に染まった盤面を。


「──真・ライトニング」


 一瞬で全てひっくり返す。

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