第119話 最優の騎士ー6

◇長崎県 某海水浴場。


「みえますでしょうか……今、この国の守護者達が迫りくる龍の大軍と死闘を繰り広げています。今は時刻9時、すでに一時間以上戦いは続いています」


 滅神教が乗り込んできた時も近くで放送していたテレビのアナウンサーが撮影用のヘリから日本中に中継する。

カメラマンももちろん、前と一緒のビビりの男。

だが、なんやかんやと言いながら今日もまた付き合っているプロ根性。


「こえぇぇよぇぇ……お母さん……」


 弱音を吐きながらも、それでも今日だけは逃げたいとだけは絶対に言わなかった。


「あんた……度胸ついたわね」


「怖いっすよ。怖くてちびりそうです。……でも伝えなきゃいけないでしょ。絶対これはみんなに伝えなきゃいけないでしょ! この国のために命張ってくれてるみんなの戦いは伝えなきゃいけないでしょ!!」


 泣きながらカメラを回す。

それを聞いてアナウンサーもフフッと笑う。


「そうです、今文字通り彼らは命を賭けてこの国を守ろうとしてくれているんです。皆さんどうか最後まで、彼らの雄姿を。きっと勝ってくれるはずです」


 テレビ越しに、国民達は願った。

その戦いを見つめ、願うは日本の勝利。

今、希望はこの国の攻略者である彼らに託された。


 日本中の国民達は見ている。

家で最愛の家族と共に、抱きしめ合いながら。

外で、友人達と少しでも不安を消すように酒を飲みながら。

渋谷スクランブル交差点の巨大スクリーンで、見知らぬ誰かと映し出されたその戦いを、地面に膝をつきながらただ願った。


 『勝ってくれ』


 その願いだけを彼らに託して。


「はぁはぁ……」


 レイナは膝をついていた。

真覚醒に至ったとはいえ、相手は最強種、S級の龍。

強い個体は天道龍之介すら凌ぐほどの最強の魔獣。


 それが群れを押して大挙している。


 海は赤い血で染まり、砂浜にはちらほらと戦死者も現れた。


 戦線は押し込まれつつあるが、寸前で海岸線は超えられていない。

ひとえに銀野レイナの孤軍奮闘、一騎当千の強さがあってこそだった。


「いける……このままなら……守るんだ……私が……」


 再度真覚醒の力、戦乙女を発動し、天へと飛翔する。


「私がみんなを守るんだぁぁ!!」


 いたるところから血を流しながらも銀色の鎧は輝くことをやめず、龍を殺す。

あたかも英雄譚の龍殺しのように、剣を振るうたびに龍の首を落としていく。

無我夢中で戦った、ただ守るんだと強い思いを胸に抱いて。


 レイナは全てを出し切るつもりで戦った。


「レイナ……お前、一体どこまで……」


 同じように死に物狂いで戦っていた天道はその姿を見た。

レイナとはずっと昔から一緒に過ごしてきた。

実の妹のように可愛がってきたし、今でもそう思っている。

頼りないところはあれど、本当は心優しいことも知っている。


 魔力を封印され、心を封印されて感情を久しく表に出すことはなかった。

どうにか笑わせようと柄にもないことをたくさんしたことを覚えている。

だが笑ってはくれなかった。


 あの少年と出会うまでは。


「ふっ……坊主……お前の熱は伝わってるぞ……」


 天道は思わず笑ってしまった。


 あのレイナが今、この国を守ろうと大きな声で鼓舞しながら戦っている。

 

 あのレイナが、笑う事すら感情すら失ってしまったレイナがあんなに気持ちを前に出して戦っている。


 きっとあの少年から熱をもらったのだろう、青臭くて、お人よしで、優しくて。

大人になった自分ではたくさん捨ててきたものを、ずっと大事そうに抱えている少年からもらったのだろう。

誰一人見捨てないし、すべてを拾おうとした彼からレイナはもらったのだろう。


 灰は絶対に期待を裏切らない。


 絶対に自分達を守ってくれる。


 そう心から信じさせてくれるから。


「ふぅ……らぁぁ! 覇邪一閃!!」


 だから俺ももう少し頑張るよ。

天道は自信の限界を感じながらも今すべてを出し切ると再度その黒刀を握りしめた。


「次を……はぁはぁ……次をお願いします。皆さん、頑張って! ここが正念場です!」


 天野弓一も、疲弊しながらも弓を放ち続ける。

周りのB級覚醒者達はすでに気絶しているものすらいる。

魔力を明け渡しすぎて、魔力が欠乏し気を失った。


 弓一も、スキルの発動のしすぎで指は血で染まり、意識も朦朧とする。

ここまでこの力を連発したことなどなかった。

だが、今日この国のために全力を出して弓を弾く。

自分の思い人があれほど強い思いで戦っているのに、男の自分が弱音を吐くわけにはいかない。


「ふぅ……はぁ!!」


 そしてまた弓を弾いて、龍を打ち落とす。

今だ100近くいる龍の群れ、それでもこのままならいけそうだ。


 このまま全員が120%を出し切ればきっと勝てる。


 希望はある。


 自分達こそが、この国を守る最後の砦だと全員が強く願い戦った。

その想いは最強種すらも抑え込み、勝利すらも手に入れられる。


 この国は、まだこんなに強いんだ。

弱いと言われたこの国は世界最強のS級の龍達相手に戦えるぐらいに強いんだと。


 だが、希望の裏にはそれがいる。

光あれば闇が生まれるように、希望をかき消す絶望が。


「……なんだ、あれは」


 天野弓一が次の弓を引こうとした時だった。


 それはいた。


 職業の特性で遠くまではっきり見える弓一は、その人のようにも見える何かを見た。

人? いや、龍達の後ろに立っているし、龍達は一切その人型の何かを攻撃しようとしていない。

むしろ、畏怖しているかのように距離を取っていた。


「……人型の龍? 一体……だがなんだ、この寒気は。わからない、でもあれは危険だ」


 弓一は今持つ渾身の魔力を込める。

S級の大型にもダメージぐらいは与えられるほどの威力の弓。

まだこちらに気づいていない今がチャンスだ。


「……何か分からないが、龍の仲間か。なら……死ね!!」


 放たれる弓、だがその瞬間だった。

そのひと型の龍は弓一の方をぎょろっと見る。


「──!?」


 殺気? 恐怖? その瞬間弓一は、吐き気が収まらず地面に倒れた。

まるで確実な死を突きつけられたかのような寒気と恐怖、とても立ち上がれるようなものではない。

動悸が収まらず、まるで自分が死ぬ悪夢から目を覚ました直後のような。


 それでも強い心で持ちこたえ、視線だけはその方向を何とか見た。


 だが、悪い予感があたるように弓一の最大威力の弓は、その人型の龍が指二本で挟んで止めた。

そのままたった二本の指でかき消された最大威力の弓、その行動の意味を瞬時に理解した弓一は震える手で通信する。


「天道さん! にげ──!!」


 それとほぼ同時だった。


「ギャァァァァ!!!!!」


 直後叫んだ、人型の龍。

その叫び声に戦場にいたすべての人間はそちらを見た。

そしてただ恐怖した。

弓一と同じように、恐怖し震え、泡を吹きながら気絶するものすらいた。


 あれは自分達が戦えるような存在じゃない。

天地がひっくり返っても戦えるような敵じゃない。


 終わった。


 この国は、いや世界はここで終わった。


 ここまで不屈の心で戦ってきた戦士達が一瞬で感じ取るように、その絶望は破壊の魔力をその身に宿す。

大半の戦士達は、その姿を見ただけで戦意を一瞬で失った。

仮にもB級、A級に近い攻略者が戦うことを放棄せざるを得ないほどのプレッシャー。


「なん……だ、あれ……ふざけんなよ」


 天道龍之介はそれでも恐怖に耐えて、真っすぐとみる。

足が手が、震えて戦うことを拒もうとする。

感じるのは全く同じ気持ち。

勝てるはずがない、それほどまでにその強さは常軌を逸していると感じさせられる。


 レイナも疲弊しながらも、その敵を見た。


 全身を恐怖が支配する。

それでも、目を見開いて、剣を振った。


「私はもう! 逃げない!!」


 ただ一人、この戦場でその人型の龍から放たれる恐怖の波動に打ち勝ったレイナ。

剣を構えて真っすぐとみようとする。

恐怖で一瞬体が硬直したが、逃げるわけにはいかないと剣を再度強く握って目を開こうとした。


 その直後だった。


「──え?」


 人型の龍がレイナの視界から消えていた。

いや、ただ速かっただけだ。

恐怖で一瞬目を閉じてしまった間に移動されたのだろう。


「……──!?」


 気づけば眼の前。

貫かれる鎧、銀色の戦乙女の覚悟の鎧は、その人型の龍によって砕かれていた。

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