第118話 最優の騎士ー5

「あなたが……アテナ? 白の神の?」


 俺の目の前には美しい少女、そして真っ白な翼を生やして白い天使のようでもあった。

俺に手をかざして傷を治してくれている。

この光は治癒の魔法?


「はい、私がアテナです、すべての元凶と呼んでもいいかもしれませんが。あなたには謝らなくてはいけません、謝ってすむことでもありません。たくさんひどいことをしました。時間がなくあんな方法しか取れなかったこと、どうか許してほしい」


 そういうアテナさんの眼は潤みながら頭を下げる。

俺は思い出す、きっとこれはあの事を言っているんだ。


「……神の試練。あれはあなたの騎士になるための試練だったんですね」


 俺は黄金のキューブの試練を思い出す。

そしてランスロットさんの記憶を旅した時に全く同じような試練を受けた。


「はい、彼の記憶の旅をしたあなたならもうほとんど理解できていると思います。ですがもう一度私の口から言います。黒の帝国が復活しようとしています。だから誰かにその眼を託さなければならなかった。ですが、選ばなくてはなりません。力、知、心。三つ揃った騎士となれる器の人を。私にはあの方法しか思いつかなかった」


 たくさん死んだ。

それでもその試練を超えた先。

俺がこの神の眼を受け継いだ。


「それが俺ですか。黒の帝国……あの黒い騎士達のことですね」


「ええ、圧倒的強さと数を揃えた帝国。私達の白の国は滅ぼされかけました。ですが、私の魔法によってすべて一時的に封印することに成功しました。その代償が白の一族すべての命とこの世界の魔力です」


 遠い過去、魔力が溢れた神話の時代。

そのすべてを封印したのがこの人、アテナさんだという。


「キューブ、あれこそが我が白の騎士達の成れの果て。不甲斐ない私のために命を賭けて封印の棺となってくれた彼らの光なのです。そして」


 するとアテナが俺の胸に触れる。


「その光は今のあなた方、我らが子孫に託しました。あなただけは神の眼と多くの騎士達の光を……試練と共に」


 完全攻略報酬、やはりあれは俺を強くするためのものだった。

神の眼が無ければ知ることはできない条件、俺ならそれを達してダンジョンをクリアすることでその光、つまり魔力を受け取る。

そしてキューブと呼ばれる封印の箱は、白の一族たちの魂で作られた魔獣や黒の一族を封印するための物だった。


 だが驚きはない。


 ランスロットさんの記憶の旅でそれは全部知っている。

この黄金色の騎士の紋章こそが、俺に光を託すための道しるべだったのだろう。


「俺はこれから何をすれば……」


「はい、今。私の封印をその魔術でいち早く解いてしまった黒の魔術師がこの世界を狙っています」


「え?」


「そしてその最終的な目標はもちろん……」


「俺……ですか。この眼の」


「はい、その神の眼です。その眼と黒に奪われた神の体。それが揃ってしまうともはや誰も止められない化物が生まれます。世界は終わり、誰も抗えず、永劫の服従をもってこの世界は黒の一族に支配されるでしょう。それだけは絶対に阻止せねばなりません」


「…………オーディン」


 俺は思い出す。

圧倒的強さで白の騎士達を葬った存在。

ランスロットさんですら防戦一方だったあの存在を。


「我が兄が裏切った理由は分かりません。ですが今ならまだ間に合います。灰さん、今私の封印をいち早く解いた黒の魔術師があなたを狙っています。ですがきっとあなたなら倒せる。そしてこの世界を救ってください。彼の光を、多くの騎士達の光を受け取ったあなたなら!」


「……世界を救うですか……俺には大きすぎますね」


「ですが!」


 少し声のトーンを落として話す。

でもそれは否定じゃない。


「俺一人なら大変です。でも」


 俺は立ち上がる。

体の傷は癒えている。

血を失って少しふらつくが十分戦えるほどには回復した。


「──でも俺は一人じゃない。託された思いが俺の中にあります。それにあっちには強い味方もたくさんいますから」


「ふふ。そうですね……あなたならそういってくれると思いました。では行ってください。今あなたの世界に不穏な動きを感じます。ここからでは何が起きているかまではわかりませんが」


「アテナさんはどうするんですか?」


「……私のことは気にせずに。大丈夫です。どうせこの身は朽ちています。この世界で少し間だけしか存在できません。最後の役目を果たせば消えてなくなる存在です」


 そういうアテナさんは少し寂しそう。                                                       

俺がかつて神の眼をもらった玉座、あそこで朽ちていたのがアテナさんのようだった。

つまり彼女はもう死んでいる。

ただ魔力を使って記憶だけをこの世界にとどめているらしい。


 ずっと。


 俺がくるまでずっと、何十年も、何千年も。


 それは一体どれだけ寂しかったことだろうか。


「……アテナさん」


「どうしました?」


 俺は悩んだ。

でも二人の結末があまりに悲しくて、あまりに可哀そうで。

俺はついおせっかいを焼いてしまった。

でも仕方ない、俺はこういう性格なんだ。


 それに彼がそう言っている。

伝えたいと、俺の中の彼がそう言っているんだ。


「俺はランスロットさんの記憶を旅しました。あの人の感情を全て感じ取りました」


「……はい」


「あの人は自分が黒の一族であるということでずっと心に蓋をしていました。本当の気持ちにずっと蓋を、絶対に言ってはいけない。言ったらあなたは受け入れてしまうと。心に蓋をしていました」


「本当の気持ち?」


「はい。でも、その奥に秘める思いはずっと変わっていません。心の奥で一本の剣となっていた想いはずっとずっと変わっていません!」


 突如、俺の体を白い鎧が包み込む。

それは俺の真覚醒の力、ランスロットさんの鎧。

最も優しく、最も優秀な騎士の力。


「なにを!?」


 私はその鎧のまま振り向いて跪く。

そしてずっと伝えたくて、でも伝えてはいけないと思っていた気持ちをすべてぶつける。

ずっと後悔していた、言えなかったことをずっと後悔していた。


 だから、俺の心をあの人に言ったん明け渡す。

そしてまるで乗り移ったように俺は彼の言葉をつないだ。


「アテナ様……この剣とこの命、あの日、あなたのために全て捧げると誓いました。私は神の騎士としてあなたの御そばでずっと命を賭けて仕えると心に決めました。ですが、ずっと言えなかった事があります。ずっと言いたかった言葉があります。臆病な私がずっと言えなかった言葉を……」


「ランスロット!?」


 俺の声色や雰囲気。

全てからランスロットなのだと理解するアテナ様。

そのまま驚くアテナ様の手を取り、その目を黄金色に輝く瞳で見つめる。


「アテナ様、私はあなたを……愛しています。種族や呪いなど関係なく、あなたをあの日見た時から私はあなたに恋をした。ずっとあなたのそばにいたいと心から思った。あなたの剣になりたいと思った。ですからアテナ様、今一度忠誠の儀を。ここで」


 目頭を押さえ泣きじゃくるアテナ様。

振るえる声で泣きじゃくりながら必死に言葉を紡いだ。


「ラ……ランスロット!! 汝、ここに騎士の誓約を立て、我が騎士として戦うことを誓うか」

「誓います」


「汝……うっ……その忠誠を永劫に、大いなる正義のため、我が剣となり……盾となることを誓うか」

「誓います」


「我が騎士、ランスロット。我が剣となり、そして我が眼となり……私を……うっ……私を愛することを……うっ……誓ってくれますか」

「あなたを愛することを誓います…………我が剣、我が忠誠、そして我が心、未来永劫にあなたのために。そしていつの日かもう一度あなたに会えたなら」


 私は立ち上がって、あの日言えなかった言葉を言った。


 ずっと泣きじゃくるアテナ様を抱きしめながら。


「今度こそ、幸せにいたします。アテナ様」


「遅いのよ、ランスロット!! バカバカ! もっとたくさんあなたと!!」


「すみません、私が弱いばかりに。でも次こそは……」


「絶対よ、絶対……幸せにしないと許さないんだから!!」


「ええ、必ずあなたをもう一度見つけて見せます」


 思いのすべてを、言葉にのせて。


「この眼で、きっと」


 黄金色に輝く眼と共に。






あとがき

隔日投稿になりつつあります。

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