第116話 最優の騎士ー3

 長崎県 某海水浴場。

龍の侵攻方向からして、日本とぶつかるであろうシーズンが終わった広々とした砂浜と青い海。

すぐ後ろには海の家や漁師の家、倉庫などが立ち並ぶ。


 シーズン中は観光客でにぎわる海水浴場。


 しかし今はそんな客は誰もいない。

全員が緊急事態宣言と同時に避難した。


 だがそこに、シーズン中にも負けないほどの人が集まる。

100を超えるA級覚醒者、その倍以上のB級覚醒者。

日本が誇る上位覚醒者達がその沿岸部に集まった。


 その集団の前に日本最強の男、天道龍之介が歩いていく。


 たった一人でも龍を殺すことができる日本の侍。

その天道が海を背に一歩前にでて、全員の視線を集める。

良く通る声で話し出す。


「ギルドアヴァロンの代表、天道龍之介だ。急な呼び出しに応じてくれた感謝する。まぁ糞やばい状況だが……それでもこれだけ集まってくれたこと……誇りに思う」


 まずは一礼、報酬は払うとはいえ無謀すぎる作戦なのに、各ギルドに所属するほぼすべての覚醒者が集まってくれた。

生き残る方が可能性が低い作戦、本来ならば断わられても仕方ない。


 だが、この国の上位覚醒者は誰一人として拒否しなかった。

次々と快諾し、それぞれが自分達の方法でこの決戦の地へと来てくれた。


「当たり前っすよ! 天道さん!!」

「ギルドは違いますけど、日本人として一丸になって戦いましょう!!」

「ここで止めなきゃ! 本土にはガキと嫁がいるからな!!」

「もうおいぼれじゃが、この国を守って死ねるなら本望!! 死に場所を与えてくれて感謝する!」


 全員の気持ちは一緒だった。

全員が上位覚醒者として活躍し、魔物の怖さを知っている。

その恐ろしい魔物を愛する人達に向けるわけにはいかないと覚悟を決めた。


「おいおい、爺さん。演技でもねぇな。確かにこれは国を守る戦いだ。お前ら全員命を懸けてもらう」


 他国からの支援はない。

中国もアメリカも自国のことで精一杯、周辺国は貴重な戦力をこんな無謀な闘いで死なせるわけにはいかないと出し渋る。


 ならばやはりこの国を守るのは


「でも、俺より先には死ぬなよ!! 龍は全部倒す!! そしてお前らも絶対に生き残れ!! 無茶でもやれ!! そしたら俺が悪沢会長恫喝してでも一人5億は報酬ださせてやるからな!!」


「おぉぉぉ!!!!」


 その天道の掛け声に覚醒者達も雄たけびを上げる。

別に金が欲しいわけではない、でも大きな声で一体感になるのは心地よい。

何よりも震えそうな足に力が入る。


 龍が到着するまであと少し、逃げるわけにはいかないし、逃げる場所もこの国には残されていないのかもしれない。


 全員がそれぞれの形で待機する。

武器を磨くもの、家族と電話するもの、ただ目を閉じて待つもの。


 士気はあがった、後は死力を尽くすのみ。

天道が今日のために立てられた仮説キャンプへと戻っていく。


 そこに一人の眼鏡をかけた青年が現れた。


「天道さん、お久しぶりです。間に合ってよかった」


「弓一! 間に合ったか!!」


 年は20代中ごろの比較的若い青年。

黒髪ストレートで優等生の見た目をしているが、その目にはしっかりと炎を宿す。


「ええ、アメリカから戦闘機で直接ですよ。母国の一大事さすがにアメリカで眺めているわけにはいきませんから」


 日本の最後のS級覚醒者、天野弓一。

米国の最強ギルドUSAで交流のため留学していたが日本の危機に帰ってきた。


「お前がきてくれたら100人力いや、今日ここに限っては100万人力だ!!」


「ええ、これほど僕の力が発揮する戦場もありません。では、B級覚醒者すべて頂いても?」


「もちろんだ、すぐに準備させる!!」


「はい。それとレイナさんは? 来られていますよね?」


 値を見渡す弓一。

レイナとは昔からの知り合いでひっそりと思いを寄せているのだが周りを満たしても見当たらない。

あの会見で丸一日寝込んだのは秘密だ。


「あぁ、今一人で集中してる。あんなレイナは初めてだ。ありゃ強いぞ」


「……そうですか。それともう一人。天地灰は中国ですか、日本を捨てて」


「……そういうな。あいつは悪いやつじゃない。今は連絡がつかねぇが、きっと最後には来てくれる」


「信用できませんね」


「ははは! レイナ取られて悔しいのか?」


「なぁ!?」


 天道は弓一の背を叩き笑う。

図星を突かれた弓一は少し顔を赤くしながらも、ずれた眼鏡を正す。


「年も近いし、仲良くしてくれよ。レイナとも、灰とも」


「彼の態度次第ですね。まだ僕は認めてません」


「まぁとりあえず今日は生き残ろうや。頼むぞ、弓一。期待してる」


「任せてください!」


 そして弓一はB級覚醒者全員を連れて少し遠くの比較的高い建物へと向かった。

彼の、彼だけが持つ特別な力を使うために。

天野弓一の二つ名は国弓、この戦場に最も適した覚醒者として絶望的戦況を変えるために。


◇レイナ


 暗い部屋で一人、目を静かに閉じる銀髪の少女。

精神を統一し、心を落ち着ける。


 自分の心の奥へと進む。


「…………ママ、パパ、お兄ちゃん」


 思い出すのは、家族の顔と戦う意味。

なぜ自分はこの国を守ろうとしているのだろうか。


 レイナはその自問自答を繰り返していた。


 なぜこの国を守りたいのだろう。


 なぜ自分はこの国を守りたいと思っているのだろうか。


 だがその想いは単純だった。


「私が守るから……」


 思い出すのは、幼き頃全然遊んでくれなかった父。

でも今思えば、ダンジョン崩壊が日常だったあの頃に子供と遊ぶ暇などなかっただろう。


『パパはな、この国を守らないといけないんだ。ごめんね、レイナ』

『ヤダヤダ! パパと遊ぶ!! ぎゅーー!!』

『ママヘルプ! 仕事にいけない!!』


「パパ……」


 いつも我儘をいって父を困らせていた記憶を思い出す。

そういえば、聞いたことがある。

母は、この国が大好きで何度も観光に来ていたらしい。

その時に魔物から父に救われて恋に落ちたと。


『あの時のパパ、かっこよかったの……今もかっこいいけどね。ばっさばっさと魔物を切って』

『すごいすごい! もっとお話しして!! パパかっこいい!!』


「ママ……」


 心を落ち着けて昔の記憶を掘り起こす。

記憶は戻ったが、それを思い出すのは怖かった。

それでもそこにしか、母も父も兄もいないから。


『父さんの後を継いで俺もこの国を守るんだ!』


 高らかに宣言した兄、夢をもって輝いていた。


『レイナ、俺が守るからな。大丈夫だからな……絶対お前は俺が守るからな』


 覆いかぶさって魔物から必死に守ってくれた兄。

自分の命より私の命を守ろうとしてくれた。


「お兄ちゃん……」


 辛い記憶だって思い出す。

自分をかばって死んだ兄、弱かったばかりに守ってもらってばかりだった過去。


 でももう眼を背けない。

真っすぐと前を向いて、向き合った。

でなければ前に進めないと灰が教えてくれたから。


 レイナの眼に涙がこぼれる。

綺麗な一筋の光が床に落ちる。

戦う理由は自覚した、守りたい理由も胸に刻んだ。


 だから、少女は目を開く。

そして最後に、自分の指にはめられた託された指輪を見つめるレイナ。


『この指にはめるとね……目標に向かって……前に進む力をって願いを。……レイナに……願いを込めて……』


 ぎゅっと指輪を包み込んで目を閉じる。


「進む力、願いを込めて……みんなの願いを!」


 銀色の髪をなびかせて、青い瞳に炎を宿す。

涙は乾き、ゆっくりと立ち上がり、外に出る。


 外に出れば海と砂浜と太陽。

その水平線の先には何匹いるかもわからないこの国を滅ぼそうとする龍の大軍。


 覚悟はできた。

もう迷いはない。

あとは、勝利を掴むだけ。


「……戦乙女ヴァルキュリア


 その言葉と共に、レイナの体を銀色の光が包む。

右手には銀色の剣を、左手には銀色の盾を、体を包む光り輝く真・覚醒の鎧。


 超越へと至った世界最強の戦乙女が飛翔する。

まるでその姿はジャンヌダルクのようだった。


「……今度は私が守る。全部……全部私が守るから!」


 誇りを胸に、剣を握る。


 この国には守りたいものが多すぎるから。

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