第115話 最優の騎士ー2

「一体どうすれば……」


 緊急で設置された対策本部。

新しいダンジョン協会の仮宿である高層ビルの一階層を使って設けられた一室。


 そこに集まった100人近い職員全員の顔が暗くなる。

大国からの支援が受けられない。

それ自体は責めることはできない、自国が一番大事なのは当たり前だからだ。


 しかしそれでも、その一報が意味することとは。


「このまま滅びろと言うのか? 日本が……」


 200を超えるS級の魔物の群れ。

そんなものを止める手段などない。

近代兵器も効果がなく、その一体一体が、S級覚醒者にも匹敵する魔物達。

九州全土どころではない、やがで本土にも上陸するだろう。


 抗うことのできない最強の種族、龍。

物語に登場する神話の生物、人知を超えた存在。

それが群れを成して大挙してくる。


 悪沢をはじめとした職員達が、言葉を発せずに時間を浪費してしまいそうになった時だった。


「狼狽えるな、顔を上げんか! バカものがぁ!!」


 大きな声がフロアに響く。

扉を開いて入ってきたのは龍園寺景虎、元ダンジョン協会の会長だった。


「景虎さん……」


 景虎はまっすぐ悪沢のもとにむかい、肩を持つ。

そして顔を上げさせた。


「儂らが諦めたら何人死ぬと思っておる! やれることはいくらでもあるはずじゃ、最後の最後まで死力を尽くし、この国を守るという誇りをもて! 儂らには儂らの戦いがあるはずじゃろう!!」


 景虎の強い言葉に全員が顔を上げる。

カリスマ性とでもいうべき存在は、窮地である今こそ光り輝く。

かつて日本を背負った大きく頼りになる背中は消えそうになっていた士気を一瞬で取り戻す。


「それに希望はある。必ずじゃ」


「はい!!」」


 職員の眼に光りが戻り、精一杯の仕事をする。

避難ルートの確保、避難先の確保、食料、水etc。

やれることはいくらでもあった。


「悪沢、今日ぐらいは文句はないじゃろう」

「いえ……感謝します」


 悪沢の顔も少しだけ明るくなる。

そして再度思った、やはりこの人には勝てないと、自分がもっているものとは根本的に違いすぎる。


「田中君に連絡して、アヴァロン経由で日本のギルド所属のB級以上戦闘員を集めてもらっておる、ヒーラーに関してはできるかぎりじゃ。集まり次第長崎の龍共との衝突エリアへ送る。数を揃えればA級10人で下位の龍一体ぐらいはやれるじゃろう。それとS級の弓一君は呼び戻しておる、直接向かわせた」


「そうですか! わかりました、ではC級以下で九州地方の避難誘導を行うように対応しましょう。何とかせめて長崎で食い止めねば」


「あぁ、それがいいじゃろう。戦力は正直心もとない、だが少しだけ希望があるとしたら……儂の孫が向かった。あれほど熱い目をするとは思わなんだが」


「龍園寺彩さんですか!? しかし彼女は……」


「いや、違う」


 東京から九州へ。

一人の少女が飛翔する。

銀色の髪をなびかせて、体を銀色の光に包まれて。


「もう一人のほうじゃ」


 新しい力を日本を守るために発揮する。


◇一方 彩


「わかった……うん、協会に向かう。灰さんには連絡してみる……」


 景虎が悪沢達を鼓舞した後、すぐに彩に連絡する。

東京はまだまだ余裕はあるとはいえ、何が起きるか分からないからと。


 その連絡があり、避難を開始する彩。

デートは残念で仕方がないが、緊急事態ならば仕方ない。

景虎のもとへと向かい、今後すぐに動けるように対応する。


 もしかしたら自分も戦わなければならないかもしれないから。


「とりあえず、灰さんに連絡。もう!……なんで繋がらないの!」


 何度も灰に電話するが、そもそも電波が届かない。

もしかしてダンジョンにいるのだろうか、確かに昨日攻略するといっていたが。

それが長引いているのだろうか。


「もしかして……なにかあった?」


 彩の胸が不安でいっぱいになる。

灰のことだ、負けるとは思えないし、失敗するとも思えない。

それでもダンジョンは何があるかわからない。


「どうしよう、どうしよう」


 とりあえずは約束の9時までは待ち合わせ場所で待つことにする。

待ち合わせ場所は東京渋谷駅、灰にとっても思い出深いスクランブル交差点のすぐ近く。

ただし良い思い出ではないのだが。


 それでも周りは騒然としている。

米国、中国のニュースが駆け巡り、そして間もなく日本の総理大臣の発表も始まる。

2、3時間もすれば九州に龍達が到着するだろう。


 もうこの国は終わりだと嘆く者、きっと誰かが何とかしてくれるだろうと楽観する者。

自分にも何かできないかと熱い思いを灯す者。

それぞれがそれぞれなりの感情をもって、それでも今起きようとしていることを自覚していく。


 平和な国、日本。

その幻想が終わりを迎えようとしているんだと。


「……まずはお爺ちゃんに灰さんと連絡がつかないことを……」


 そんな喧騒の中、一人でどうしたらいいかと考えていた彩。

とりあえず景虎に灰に連絡がつかないことを伝えようとしたときだった。


コツンコツン


 喧騒の中、間違いなく彩に向かって異質な何かが歩いてくる。

そいつはローブを被っていた、大都会渋谷、まるでハロウィンぐらいでしか見ない場違いの魔法使いのようなローブを着ている。


 そいつが彩に真っすぐと歩いてくる。

それに気づいた彩は、悪い予感がし、景虎に助けを求めるメッセージだけを即座に送って警戒する。


「……なんですか。あなた」


「天地灰はどこだ? 神具職人」


「!?……だれ? あなた!」


 見るからに怪しいその声に、彩はすぐに腰に付けた短剣を抜刀する。

神具職人という言葉に、もしかしてアーティファクトのことを言っているのかとそいつを睨む。


 ローブに隠れている顔が光の反射でかすかに見えた。


「……あなた人じゃないわね? 誰なの!!」


 その眼は黒かった。


 人に見える、だが眼だけが人のそれではなかった。


 彩は腰につけていた短剣型のアーティファクトを再度握りしめ、構える。

灰のために練習用で作ったものだ。

これでもS級魔力を持つ彩。

A級レベルなら戦闘経験がなくとも倒せるだけの力はある。


「誰だ……か……私は魔術師マーリン。龍園寺彩、君に用があってきた……神具職人はいつの世も面倒だからな。殺してしまうに限るが、今は少し役目を果たしてもらうぞ」


「なに……を……」


 ローブの男がその頭まで被ったフードから真っ黒な眼を彩に向ける。

それを見た彩は、アーティファクトを地面に落としてしまう。


 突如視界にモヤが懸かる。


「……あれ? 私? その眼……一体……」


 その男と目が合った瞬間、頭にモヤがかかったように思考が途絶える彩。

まるで自分の意思が誘導されているような感覚、何も深く考えられない。

手で頭を抑えてふらふらと揺らめく。


「……これで操れる魔力は限界か……だがこれですべての準備が整った」


 フードの男は彩に背を向けて、その場を後にする。


「ではいくぞ」


「……はい」


 そして彩はそのローブの男についていく。

虚ろな目をしながら真っすぐと。


 心が狂って、壊れていく。

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