第114話 最優の騎士ー1

 俺は目を開くと、神殿にいた。


 俺は泣いていた。

さっきの記憶、今度は明確に覚えている。

俺はランスロットさんの記憶をすべて追体験した。

必死に我慢していた涙が、心を一瞬でも同化してしまったのか、止めどなく溢れてくる。


 過去に起きたこと、すべて俺は理解した。


 白の一族は、黒の一族とすべての魔獣をキューブに封印して滅んだ。

そして世界は誰もいなくなり、人類が生まれ今がある。


 それが忘れられた一ページ。


 眼を開く俺は、突如意識を失いそうになる。

そういえばぱっくりと胸が切られて血が止めどなく流れている。


 まずい、こんなので出血で死んだらランスロットさんに会わせる顔がない。


 その時だった。


『久遠の神殿クリア』


 俺の勝利を称えるように、無機質な音声が俺に告げた。

薄れていく意識、ライトニングでとりあえず帰ろうとしたときだった。


 なにかが近づいてくる音が聞こえる。


 やばい、意識が……。


コツンコツン。


 気絶しそうな俺は何かが近づいてくるのを判目で見つめる。


(なん……だ?)


『大丈夫、少し休んでください。私が治しますから。信じてください』


 俺はその人とその言葉を聞いて安心して目を閉じる。

とても暖かい声だった。

それにこの人なら俺は信用できる、ランスロットさんの記憶を追体験した俺なら。


(あぁ、もう……む……り)


 だから俺はそのまま眠ってしまう。

俺を抱きしめるように、柔らかいものが包み込む。


『ありがとう……灰さん。彼の光を受け継いでくれて』


 そして俺は眠ってしまった。


◇一方 同時刻 彩


「眠れなかった!!」


 今日は最高のコンディションで挑みたい。

顔にキュウリを乗せ、最高級の肌ケアをして、高ぶる気持ちを抑えて寝た。


 なのに結局ドキドキして眠れなかった。


「最悪だぁぁ……」


 どうしてこんなにことにと頭を抱えて唸る彩。

時刻は朝6時過ぎ、灰がアラームを設定していたぐらいの時間。

デートは9時からなので、少し早すぎる気もするが乙女には時間がかかるのも事実。


「よかった……クマはできてない」


 鏡の前でコンディションをチェックする。

いつもは入らないが、今日は朝風呂をしてコンディションを最高の状態に持っていく。

シャンプーの匂いもばっちりつけて、あわよくば灰にいい匂いだねと言ってほしい。


 タオルで身を包み、部屋に戻る。


「はわわ、おはよう。彩……はやいね」


 ドタバタとやっている彩の音に、隣の部屋で寝ていたレイナも目を覚まし彩の部屋を覗きに来る。


「レイナ、どの服がいいと思う?」


 部屋いっぱいに散らされた服。

衣装持ちでおしゃれな彩はたくさん服を持っているが、ここぞと言うときの服はどうするべきかと悩んでいた。


「……彩は何でも可愛いよ。私はもうちょっと寝るね……楽しんで、おやすみ」


「おやすみ。はぁ……灰さんの好み聞いておくんだった。やっぱり童貞を殺す系で……」


 昨日の夜悩みに悩んで決めていた服は、今朝起きて見てみるとイマイチだなと思いなおす。

結局また選びなおすという無限ループに陥ったのだが、それはそれで楽しい彩だった。


「……下着」


 お風呂で火照った体も収まってきた。

ふと下着をつけようとするが、今日はもしかしたら、もしかするかもしれないと思いとどまる。


「……黒。そうよ、黒よ!」


 こういうときはやはり黒。

勝負するときといえば、やはり黒なのではないかと彩は一番セクシーそうな黒の下着を選択する。

服は結局昨日悩んで選んだものに決定し、朝食を食べて戦闘準備は完了した。


「……ふぅ……よし!」


 時刻は8時前。

少し早いが、待ち合わせ場所へと彩は向かう。

何度も一緒に過ごしてきたのに、今更だが灰に合うのがドキドキする。


 あったら何て言おうかな、あったら何て言ってくれるかな。

そんな期待を胸に抱いて、今日は精一杯のおしゃれした。

メイクもばっちり、髪も少し巻いてみた、自分にできる最高に可愛いを作ってきた。


 運命の日。


 初めての二人のデートの日。


「が、頑張るぞ!! おぉぉ!!」


 門を出て一人で気合を入れる彩。

今日は絶対最高の日にしてみせると。


 そして一人目的地へと向かっていく。


◇時刻は少し進み、早朝8時過ぎ。 龍の島から龍が確認され緊急連絡後。


「状況は!」


 悪沢会長が、急ぎ新しいダンジョン協会日本支部に出社する。

緊急の連絡があってから、すぐに車でむかい、会議室へ向かう。

時間がないからと移動中に報告を全て聞いていく。


「順に報告!」


 緊急連絡と同時に、すべての職員がたたき起こされて緊急出社。

ただし文句を言うものなど誰もいない、災害に強いこの国において過去最大の厄災が向かっているのだから。


「龍達は真っすぐと九州地方へと向かっています! 時速は100キロほどを維持。あと3時間ほどで長崎沿岸部に到着する予定です」


 職員の一人が焦るように報告する。

その額には汗が流れ、事の重大さに顔が青くなっている。


「避難状況は!」


「後10分後、総理から緊急事態宣言の発令と同時に避難は長崎全土に出す予定です。情報はまだ漏れてはおりませんが……おそらく大パニックに。……正直難しい状況です。100万人を超える避難など……」


「バカ者! 長崎だけだと!? 九州全域に避難勧告に変更! 無理でもやらねば、100万からの死者で済まんぞ!! かつての中国の二の舞になりたいのか!!」


 思い出すのは中国S級キューブの崩壊。

100を超えるS級の鬼が目につくすべての国民を殺し尽くし、死者数は100万を優に超えた人類史に残る大災害。

それがここ日本で起きようとしている。


 それも被害はその比ではない。

なんせ相手は空を飛ぶ最強種、龍。


「りょ、了解しました!!」


 だが1000万を超える避難マニュアルなど存在しない。

だがそれでもやらねば人が死ぬと職員達の顔つきも変わる。


「米国と……中国に救援は! 可能ならアーノルド殿と闘神ギルドの援護を求める。報酬は言い値で払うしかなかろう!」


 悪沢の判断は、的確だった。

元々龍の島奪還作戦で二つの国は共同戦線を張る予定だったはず。

ならばこの窮地にも援護を求められるはずだと。


 我が国には実質的に戦えるのは銀野レイナ、天道龍之介、天野弓一の三人しかいない。

しかも、天野弓一は米国なので実質二人だ。


「そ、それが……」


「何をしている、時間がないと言っているだろう!!」

 

 もう一人の職員が間に割って入る。

そして言いづらそうに、しているが悪沢の声で覚悟を決めて言葉を絞り出す。


「断られました。米国、中国、両方からです。救援は出せないと」


「なぁ!? なぜ!!」


 しかしそれはすぐにわかることとなる。

その報告と同時に緊急対策本部についた悪沢は、巨大スクリーンに映る映像を見た。


 それはニュース、そして中国と米国の映像だった。


「ご覧ください、中国と米国、両方のS級キューブが過去類を見ないほどの規模で崩壊しております! 大量の魔物達で地上は溢れかえっています!! その数は目算ですが300近く!! いえ、もっとかもしれません!!」


 各国のレポーターがヘリから映像を世界に届ける。

世界最大の軍事力を持つ国家二つ、その二つに存在するS級キューブの崩壊。

中国には鬼の大軍、米国には獣、狼の大軍。

どちらも一匹で街が滅びるほどの破壊の軍団が、目に付く者すべてを殺していく。


「なぜ……そんな……」


 こんな偶然はあり得ない。

中国、米国、日本。

その三つのS級キューブが同時にこの規模で崩壊するなどはあり得なかった。


 まるで人為的に、何か目的があるかのように。


「一体何が起こっている……」


 世界は突然窮地を迎える。

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