第113話 裏切りの騎士ー5

「ぐっ! がぁぁ!!」


 俺の心を闇が覆っていく。


「ランスロット? ランスロット!!」


「殺す……神……殺す。いやだ、殺す! いやだぁぁ!」


 俺の目は真っ黒に染まり、そのままアテナを見つめていた。


「どうして……ランスロット……あなた……!? あなた黒の!?」


 黄金色に輝くその眼をもって、俺を見通すアテナ。

そして気づいたのだろう、俺が黒の一族だということを。

白の国を支配しようとする黒の帝国の人間だということを。


「ガァァァ!!!」


 俺は剣をもって切りかかろうとする。


 だが、俺は頭を強く地面に叩きつける。


「逃げて!! 逃げてください!! ぐっ!! あぁぁ!!」


 俺は戦っていた。

操られる心、それを強靭な精神で何とか止めようと。

心の強さ、それでも闇の力は俺を操る。


 俺は剣を抜いた。


 体が自分の物でないようだった。

自害する力もない、だから。


「ぐわあぁ!!」


 自分の眼をその剣でつぶしてしまった。

闇の眼であるこの眼がつぶれればという判断だった。

痛みで体中が震えるし、何も見えない。


 それでも俺の狂信は変わらない。


「狂信……これは黒の帝国の……」


「逃げてください。もう……俺は……あ、あぁぁ!!」


 もはや俺の体が闇に支配されようとした時だった。

俺の体から光が湧いてくる。

闇が照らされて、俺の狂信が消えていく。


 より強い力でかき消されて、俺のつぶれたはずの視界が戻ってくる。


「ランスロット……大丈夫。私はあなたが敵でないことを知っている。私はあなたの強さを知っている」


 俺は優しく抱きしめられていた。


 俺の心を覆った闇が消えて、俺は目を見開いた。


「まさか……この眼は……まさか!?」


 俺が顔を上げると、黄金色に輝く光がアテナ様の眼からは消えていた。


 そしてにっこり微笑んで、忠誠の言葉を述べていく。


「ランスロット、汝、ここに騎士の誓約を立て、我が騎士として戦うことを誓うか」

「アテナ様!? いけません! これは神にだけ許された眼です!! 私ごときに!!」


 それでもただ笑顔で言葉を続けていく。


「汝、その忠誠を永劫に、大いなる正義のため、我が剣となり盾となることを誓うか」

「そんな……なんで……なんで……あなたは……」


「ランスロット……」

「……うっうっ」


 涙を流す俺の手を優しく握って、再度微笑むアテナ様。

その笑顔はまさしく女神の顔だった。

そして最後にもう一度俺に問う。


「最優の騎士、ランスロット。我が騎士となり、我が眼となり、この国を照らす光となってくれますか? 私にはあなたが必要です」


 俺は泣きながらその覚悟を受け取って、剣を差し出して膝まづいた。


 黄金色に輝く眼をもって、呂律の回らない震える声で俺は言った。


「…………我が忠誠、未来永劫に姫様に捧げます」


~場面はまた変わる。




「ランスロット君、つよすぎぃぃ!!!」


 道場で俺はあまたの敵を薙ぎ払う。

黄金色に輝く眼はコントロールすることによって輝かないようにもできた。


 見えない剣を看破し、稲妻のごとき剣すらも倒す。


 ここに俺の剣技は完成し、神の眼を持つ最優の騎士は完成した。


 国中の騎士が俺を認め、俺は最強の騎士としてこの国に君臨することになった。


「姫様……おはようございます」


「もう、昔みたいにアテナって呼んで欲しいのに」


「い、いえ。私は姫様の騎士ですので……」


「ふーん……じゃあ我が騎士ランスロット。夜伽を命じます。私を激しく抱きなさい」


「ひ、姫様!?」


「ふふ、冗談よ。はぁ……前よりも堅物になっちゃって……私だってムラムラぐらいするんだけどな……」


「ご、御冗談はよしてください……心臓に悪いです」


 俺の心臓が跳ね上がり、少しばかり興奮してしまった。

だが騎士として正しい距離感を保ちながら俺は姫様の騎士として君臨した。

時折こんな冗談で俺を困らせる姫様を、それでも守ると心に決めて。


 黒の帝国。


 白の国以外すべてをこの手に収めた最強の帝国がこの国をねらっているのだから。


「オーディン様はどこへいかれたのでしょうか、神の体をお持ちですのでおひとりでも問題ないとは思いますが、一度もご挨拶させていただいておりませんし」


「さぁ、あの人の考えていることはよくわからない。父の葬儀にもでなかったし、あの日以来世界を放浪していますから……盟約があるので何かあれば帰ってくるとは思いますけど」


「……」


 一抹の不安。

先代の神、姫様の父は神の眼と神の体を持っていた。

それは最強の力、すべてを見通す眼と最強の体。


 白の国が黒の帝国に侵略されない要因でもあるだろう。

さらにいえば白の国の騎士達は圧倒的に強かったというのもあるのだが。


 だが今、その最強の力は二つに別れている。

神の眼は俺、神の体は兄オーディン様に。


 それは失策だと多くの騎士が叫んだが、オーディン様の陣営の騎士と意見が食い違い最終的に二つに分けるということとなってしまった。


 その代わり有事の際は、その神の体をアテナ様に渡すと言う盟約を結んだ。


 命を賭けた盟約だ、破られることはないと全員がしぶしぶながらに承諾してしまった。

内部で戦争を起こすぐらいならとその当時は多数決ではあるがそれが決定してしまった。


~場面はまた変わる。


 ついに戦争は始まった。


 やはり黒の帝国は白の国へと侵略を始めた。

だが白の国の騎士達は強く抵抗は激しく戦線は膠着状態。

今までもこの程度のいざこざはあったので、それほどまだ焦りはなかった。


 だがそれは突然現れてしまった。


「なぜ……オーディン様……」


 戦線を力のみで突破する一体の個。

それは白の国の王子、神の体を持つオーディン様だった。


 理由は分からないが、寝返ったオーディン様。

そして次々と現れる黒の一族に操られた魔獣達。

円卓の騎士と呼ばれる黒の一族最強の騎士も相まって、白の国は窮地に立たされる。


「だからいったのだ! 神の体と神の眼をわけるなど!」


「オーディン様が寝返るなど誰も思わなかったではないか!」


「それより血の盟約は! なぜ効力を発揮しない! 命を賭けた盟約だぞ? 破ることなど……」


 戦線は押し込まれ、ついには白の国は滅びの一歩手前まで押し込まれた。


 滅びる手間の白の国、黒の一族はすぐそこだった。


 そして女神は決断した。


「封印します。このまま世界を奴らの手に渡すわけにはいかない。いつの日か未来の騎士へと託しましょう。我らが光を」


~そしてまた場面は変わった。


 目の前には、黒い鎧をつけた万の騎士。

俺はそれと戦うたった一人の白い騎士だった。

背後には、一人の少女、だが巨大な翼を何枚も持ちまるで大天使のように美しい。


 俺は強かった。


 黒の騎士達一人ひとりが、S級に達しそうなほどの強さ。

だがその白い騎士はそれすらも上回り、ただ強かった。


 たった一人でもその軍勢を押しのけてしまいそうに、白い閃光が戦場を支配する。


 だが、黒の騎士は減るどころが増えるばかり。

より強い個体、おそらくあれがオーディンなのだろうか。

 

 苦戦を強いられる。

俺から見てもこの戦いに勝利はなかった。


 それでもその白い騎士は諦めない、心を燃やし命を懸ける。

その黄金色に輝く眼と剣をもって一人たりとも後ろの女性に届かせない。


『ランスロット……ごめんなさい……あなたにも……こんな辛い役目を……私の騎士になったばかりに……あなたはあちらの人なのに』


 その少女は泣いていた。

何かの儀式を完遂させようと両手を組んで空に祈り続ける。

止めどない涙が頬を伝って、地面に落ちる。


 俺はその涙を見て、胸が苦しくなった。

この白い騎士の感情が止めどなく俺の心に流れてくる。


 この感情はきっと……。


 その白い騎士は口を開いた。


『そんなことをおっしゃらないでください、姫様……私は……何も持たなかった私は……あなたの優しさに救われました。あなたにこの眼をもらいました。こんなにもあなたを守れるほどに強くなれました。私はあなたにお仕えできて!!』


 白き騎士も目に涙をためる、それでも絶対に落とさない。

万の軍勢を退けて、最後の最後まで姫と呼ばれる少女を守り続けた。


『本当に幸せでした……』


 剣を構えて前を向く、その燃えるような瞳には微塵の恐れも映さない。


『私の命など惜しくはありません、世界の未来のために……いえ、あなたのために永劫に捧げます。ですが願わくば……』


 その白い騎士は、まるで自分の中にいた俺に話しかけるように自分の心へと話しかけた。


『いつか来るその日に、力、知、心。すべてを兼ね備えた強き騎士が現れることを願って。勝手だが……託させてもらうぞ、今代の騎士よ。そしてその魂がいずれ世界の闇を払わんことを。だから……』


 その言葉とともに、その少女から放たれた光が世界中を包み込んだ。


『──頑張れ、灰よ』

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