第112話 裏切りの騎士ー4

 白き閃光に埋め尽くされる神殿。

神の眼は開かなければ見ることはできない。


 闇の中ならば、光がなくともすべてを見通せただろう。

闇を照らす光となって、どんなことをしても看破される。


 でも光の中なら、その目は力を発揮できない。

突如発生したこの眩い光の中で目を開くことは人の構造的に不可能だ。


「ぐっ! 一体……魔力の光では……ない?」


 ランスロットさんの眼は閉じられる。


 俺も目を閉じながら走っていく。

先ほどの位置、そこから移動はしていないだろうし、一瞬の硬直が生まれている。


「はぁぁぁ!!」


 俺はそのまま切り込んだ。


「舐めるな! 見えずとも!!」


 だが、ランスロットさんは残り五感を使って全てを把握した。

俺と剣の鍔迫り合い、この状況で反応して切り返すのはさすがだった。

足音、空気の音、剣の音、そして俺の叫び声。


 でもこれでいいんだ。

どうせこんな一撃で決められるほどこの人の壁は低くない。


 光が弱まってきて、半目を開けるランスロットさん。


 俺はそれを確認した。


 そして。


「──ライトニング」


 俺の魔力が天へと昇る。

それの意味する現象は、ランスロットさんの影への転移。

つまり背後。

ライトニングの能力は、移動しようとする影の方向へと魔力が伸びるということ。

だからこそ、神の眼の前では不意打ちするなどできはしない。


 だがマーキングした生物の影に移動する場合だけは魔力は天へと伸びていく。


 それをすでに何度も繰り返してランスロットさんは知っている。


 そしてすでに何度も繰り返してランスロットさんに刷り込んである。


「畳みかけるか! しかし、もう見えているぞ!」


 俺の体が稲妻となって天に消える。

それを見たランスロットさんは剣を振るう。

自身の背後にできた影に、転移してきたであろう俺の命を刈り取るために。


 神の眼は力を取り戻しつつあった。


 完璧なタイミング、稲妻すらも切り落とす頂点の剣技。


「──!?」


 だがそこには俺はいない。


 だって俺が転移したのは。


「まさっ!?」


 ランスロットさんの背後の影ではなく、天井にできたランスロットさんの影なんだから。


バチッ!


「──ライトニング」


 空気が爆ぜて、雷が落ちる。


 ランスロットさんは俺が背後にいると思って振り切った剣。

すでに腕は伸びきっている。

直後その後に落雷となって空から落ちてきたのは既に突きの構えを完了している俺。


 体中に雷を纏った騎士が、神の騎士を真っすぐと見つめる。


 俺は上に瞬間移動していた。

正確にいえば、スタングレネードによって神殿の天井にできたランスロットさんの影へ。

真上に転移するときに限り、ライトニングは上なのか、背後の影なのかがわからない。

 

 そしてすべてを見通す神の眼の視界から外れた俺は、再度ライトニングでランスロットさんの眼の前の影へと転移した。


「……そうか」


 振り切った剣、俺の突きがまっすぐのびる。

そしてランスロットさんは笑ったようにも見えた。


「──ありがとう」


 俺の剣が、そのまま白き鎧を貫いてその心臓を突き刺した。

俺と同じ赤い血がゆっくりと流れて、力なく剣を落とすランスロットさん。

俺はこれで決めるんだと、そのまま真っすぐと突き刺して体をランスロットさんに預けるように押し込んだ。


「見事だった……灰」

「ずるです……だって俺は色んな力を。あなたが知らない力を……それに、あなたはスキルを一つも持たないのに……俺はたくさん……」

 

 剣を落としたランスロットさんは、俺を優しく抱きしめた。


「何を言っている……それも君の力だ。君達の力だ……ありがとう、私を倒してくれて……」


 倒れるランスロットさん、俺は優しく抱きしめながら一緒に床に座った。

抱えるように頭を支えて、その目を見つめる。

命を賭けて戦ったのに、なぜか俺は泣いてしまった。


「なぜ泣く……理不尽に託して、理不尽に殺そうとした私に……」


「わかりません、でも悲しいから泣くんです」


「……そうか。……すまない、灰。少し君の時間をもらってもいいだろうか。私のすべてを託しても良いだろうか」


「もちろんです。全部受け止めます」


 俺はすぐに頷いた。


 それを見て笑うランスロットさんは、俺に手を伸ばす。


「ありがとう……では向かってもらう……記憶の旅へ。すべてを。かつてこの世界に起きたことを……すべてその目に焼き付けて欲しい。私の罪も、すべて」


 そういうとランスロットさんは、俺の首にかけたタブを握りしめる。


 突如俺の脳裏に情景が流れた。


「──君に託す。この哀れな騎士の剣技と共に」


◇記憶の旅


 俺はランスロットさんと一体化した。


「ランスロットよ。我が帝国で一番才あり、いずれ円卓に座る子よ」


 俺の眼の前には全身黒い鎧を包んだ騎士達。

円卓に座るその騎士達は、11名、そしてもう一人魔術師の男、名をマーリンという。


 そのマーリンによって、俺は命令された。


「白の国へと潜入し、白き神の騎士となれ。その時までこの記憶は封印する。今日からお前は白の一族だ。命を賭して神の騎士を目指せ。そして騎士となった時」


 幼い俺はただ頷いた。

その黒い眼に見つめられると何も言い返せずただ心が頷いてしまった。

そして俺は自分が帝国の人間であることすらも忘れてしまった。


「──神を殺せ」



 場面が変わり、俺は道場にいた。

ここは知っている。

ライトニングさんの道場で、俺はここで剣を振っていた。

何の疑いもせず、自分自身すら操られていることも忘れて。


 無邪気に剣を振って、夢を語った。


「俺、神の騎士になるんです! 絶対に! 命を賭して神の騎士に! それが俺の使命だから!」


「ははは、そうだな。ランスロット、お前ならきっとなれる。今我らが長は天寿を全うしようとしている。次に神となられるのはアテナ様であろう、オーディン様は……。まぁきっとお前ならその騎士になれるとも。誰よりも剣を振って、誰よりも追い求めたお前ならきっとな!」


「はい! 俺みんなに比べたら魔力が少ないけど……それでも努力だけは負けるつもりはありません! 絶対アテナ様の騎士になります!」


 大きな声で道場で宣言する。

すると周りで訓練していた者達が笑う。

少し恥ずかしくなりながらも俺は拳を握って、そちらを見る。


 そこには同い年ぐらいの少女がいた。

美しい羽、周りを見るに女性だけは羽が生えているようだった。

綺麗だった。

まるで女神のように美しくて、俺がその人を見るときに感じる感情はまちがいなく。


「ふふ、がんばってね。ランスロット。期待しています」


 ──恋だった。


「アテナ様、こいつじゃ無理ですよ。だって魔力弱いもん」

「そうそう、ランスロット君じゃ無理無理、諦めろって。俺がなるんだから」


「ミラージュ君、うるさーーい!! 俺絶対なりますから、アテナ様!」

「ええ、楽しみにしてます。ランスロット」



 それから俺は剣を振るった。

朝から晩までどれだけ疲れても取りつかれたように剣を振るった。

いつしか剣技において同年代では右に出るものはいないとすら呼ばれるようになった。

連戦連勝、誰もが俺が、俺こそが神の騎士になると思っていた。

 

 だが、俺は弱くなった。

正確に言えばみんなが強くなってしまった。


「あれでスキルが覚醒すればな……」

「なんでランスロット君だけ覚醒しないんだろうな、誰よりも強いのに」

「さぁ……まぁそのうちするだろ」


 俺が16の年。

共に鍛えてきた周りの仲間達が次々と騎士となりスキルを覚醒していく。

だが俺だけは覚醒しなかった。


 焦燥感が湧き出てくる。


 今まで俺よりも弱かったみんなが、スキルを得ただけで俺よりも強くなっていく。


「見えない……くそっ!?」

「ほい、一本!」

「ぐわっ!?」


 背後から見えない一撃。

まるで蜃気楼のような力。


「はは、何でもありなら俺程度でもランスロット君に勝てるな。さすがに見えないのは卑怯すぎるか?」

「……くそっ!!」


 俺は苛立って逃げるようにそのまま道場を出て行ってしまった。

剣技だけなら、努力なら絶対に負けない、スキル無しなら絶対に負けない。


 なのに勝てない。


 俺は恥ずかしかった。


 不甲斐ない俺をあの人に、アテナ様に見せるのがたまらなく恥ずかしかった。


「ランスロット!」


 道場を飛び出た俺を後ろから追いかけてくる女性、俺は振り向くがすぐに前を向く。

それでも追いかけてくる女性に腕を掴まれて諦めて振り向いた。


「なんでしょうか、アテナ様……こんな弱い俺……私に……あなたの騎士になんかなれない私に……何の用でしょうか」


 最低だな、俺は。

心配してくれる人にこんな言葉を。


「そんなことないわ。私はずっとあなたの努力を、あなたの剣を見てきた! 明日父の葬儀が行われます。神の体は兄が、そして神の眼は私が受け継ぐことになるでしょう。それであなたを見ればきっと原因がわかるはずです! 私はあなたに騎士になってほしいの、ランスロット!」


「…………失礼します!」


 俺はそのまま逃げてしまった。


 明日はこの国の長であるアテナ様の父君の葬儀が行われる。

この国の代表は神と呼ばれ、その神にアテナ様がなられる日。


 そして同時に神の騎士を決定するための試練の日でもある。


~翌日。


「では、葬儀と同時に。神の騎士の試練を開始する。覚悟のあるものは、黄金のキューブへ」


 国中が沸き上がる中、俺達は一歩前に出た。


 俺の眼の前には黄金色に輝くキューブがあった。

中には想像もできないような試練があり、命すら落とす可能性があると言われている。


 俺は迷いなく踏み込んだ。


 弱い俺では死ぬかもしれない。


 でも俺は。


「命を賭して神の騎士にならないといけないんだ」


 そして俺は黄金のキューブへと足を踏み入れた。


 次々と試練は俺達を襲う。

それは地獄のような試練、でも一つだけ違っていたのは強さだけが絶対ではないということ。


 俺は戦った。


 自身と同じレベルの強さの魔物に。


 俺は考えた。


 力だけでは到底超えられない敵を。


 そして俺は。


「いけ、みんな。ここで一番無価値なのは俺だ、アテナ様を……頼むぞ」


 命を賭した。

だがそれこそが最後の試練の正解だった。


 突如光に包まれて俺は転移した。

不思議な部屋、目の前には玉座。


 そして座っているのは。


「ランスロット!!」


 俺の愛する人だった。

俺を抱きしめるのはアテナ様だった。


「信じてました、きっとあなたなら。あなたならと!」

「アテナ様? まさか私は合格したのですか?」


 信じられないと俺は混乱する中アテナ様を抱きしめた。


「そうです、今。あなたは! 今この瞬間、あなたは神の騎士となったのです」


「俺が……神の騎士?」


「えぇ! えぇ! あなたは私の騎士に……え? ランスロット……?」


 俺はアテナを突き飛ばしていた。

心の奥から黒い何かが湧き出てくる。


「神の騎士……ぐっ……あ、に、にげ……あぁぁ!!」


 叫びと共に俺は再度剣を握りしめた。


 そしてその眼でまっすぐとアテナを見つめた。


 その眼は真っ黒に染まってしまっていた。

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