第111話 裏切りの騎士ー3

 俺は分からなかった。


 ランスロットさんが敵だとは思えない。

白の国、黒の国、一体何が起きていたのかもわからない。


 それでもその覚悟は本物だと思ったから。


「わかりました、全力で倒します」


 俺はただ剣を握った。


 ライトニングで背後の影へと瞬間移動。

ミラージュをオンオフしながら、少しでも視界の情報を誤認させる。


 ライトニングは魔力が移動したい方向に魔力が動いていることからどこに移動するのかばれている。

ミラージュは言わずもがな、透明になろうが神の眼の前では看破されているだろう。


 なら組み立てろ、この人相手に剣技で正面からは分が悪い。


 考えて、一つ一つ組み立てろ。

技術で勝てないなら、作戦で勝て。


「ふん!!」

「くっ!!」


 ランスロットさんの連撃が俺を襲う。

一手一手がまるで戦術レベルの詰将棋、些細なミスで一瞬で負ける。

近接戦闘の判断の鋭さが、俺とはけた違い。


 加えて神の眼であらゆるスキルを看破される。

正面からは突破不可能、搦手は全てスキルも魔力も看破される。


 敵にすれば最悪の敵だろう。


 ランスロットさんは卑下するが、最優の騎士の名にふさわしいとすら思ってしまう。


 ただ強い。


 俺はその美しい剣技に尊敬すら感じてしまった。

一体どれほどの鍛錬をこなせばここまで体と剣が一体化するのだろうか。

どんなにライトニングで翻弄しても落ち着いて、ゆっくりと対処される。


 だが、尊敬は勝利に最も遠い感情だと俺は頭を振り払って剣を構える。


 踏み込み迫るランスロットさん。


 俺はライトニングで距離を取ろうとした瞬間だった。


「まずっ!?」


 それはフェイントだった。

踏み込みはフェイントで俺の魔力が動いた瞬間、その方向へとランスロットさんが全力で走る。


 俺は発動を止めようとしたが、間に合わず瞬間移動した。

目の前には、すでに振りかぶっている白い鎧の騎士。


 何とか剣を間に合わせれたのは、成長した魔力による身体能力だからだろう。

それでも相手は俺とほぼ同等の力、体勢が悪ければ受けきれない。


 弾かれる剣、無防備になる。


 何とか後ろにバックステップで交わそうとする。

しかし、無慈悲な追撃。


「がぁ!?」


 俺の胸がランスロットさんの剣によって縦に切られた。

赤い鮮血が舞い散って、まるで火に焼かれているような燃えるような熱さ。

必死に体勢を立て直そうとするが、嵐のような猛追が迫る。


 俺は血を流しながらも、なんとか体を動かして反撃する。


 だが、一旦開いた形勢の悪さは埋められない。

一手一手、切り刻まれて、傷だらけ、もはや命の一歩手前まで切り進められている。


 影を探さないと、一旦転移できる影を。


「見えなければ移動できんぞ」


 しかし俺の視界を防ぐように、接近される。

影を探す余裕すらないし、俺の目の前には白い騎士が視界を埋め尽くす。


 俺は活路をと思いっきり力を込めて白剣を振り下ろす。


「初めて隙らしい隙をみせたな」

「──!?」


 だが、焦りからか完全な力に任せた大振りだった。

そんなものがこの人に届くわけはないのに、俺はバカだった。


 簡単に受け流される剣、今度こそ完全に無防備になる。


「……届かぬか。しかしこれもこの世界の運命だ。もとよりその程度の力では!」


 ランスロットさんは、一切の躊躇なく俺の心臓に剣の切っ先を向けた。


「──世界を救うなどできはしない!」


 防御は間に合わない。


 死ぬ?


 俺はその剣を見つめることしかできなかった。

間違いなく殺意の籠った魂の一閃、もはや避けることは叶わない。


 嫌だ。


 このままなら俺は死ぬ。


 それは嫌だ。


 死ぬわけにはいかない。


 俺は死ぬわけにはいかないんだ!


 だって約束したんだ、滅神教の大本を倒してレイナを笑顔にするって。


 だって守るって決めたんだ、どんな敵がこようとも凪を全部から守るって。


 だって。


「しましょう、デート!!」


 決めたんだ、俺の初めてのデートをあの大好きな子と一緒にするって!!


 俺は動けない体を無理やりに右に倒して何とかよけようとする。

間に合うかわからない、でも間に合わせなければこのまま死ぬわけにはいかない。


「あぁぁぁ!!!」


 俺の体に剣が突き刺さっていく。

このままだと俺は心臓を突き刺されて死ぬ。

動け、逃げろ、生きろんだ! 

俺は心の奥から叫びながら何とかよけようと体をずらす。


 その瞬間だった。


 ブーーー!! ブーーー!! ブーーー!!


 けたたましいほどの爆音が静かな神殿に鳴り響く。


「む!?」


 それに警戒したのか、ランスロットさんの剣は緩み、俺は何とかよけきれた。

突如目の前で起きた爆音に、警戒したのだろう。

すぐに距離を取るランスロットさん。


 俺は九死に一生を得た。


 そしてその爆音の正体を思い出すと乾いた笑いがでてくる。


「……はは、もうそんな時間か」


 ポケットにいれていて、存在も忘れていたスマホ。

まさかまたこれに救われるとはつゆほども思わなかった。


 そうだ、今日は彩とのデート。

絶対に遅刻してはいけないからと、最大音量でセットした。


 時刻は朝6時、起床の時間。


 夜は終わり、朝が来ていた。


「ありがとう、彩。それにこれで二度目だな、助けてもらうのは」


 ライトニング戦を思い出す、あの時もこのスマホが俺を救ってくれた。


 そしてあの時も、最後に俺を支えてくれたのは彩だった。


「やっぱり一生頭が上がらないな……帰ったらいっぱい抱きしめないと。だから……」


 俺は腰に付けた最後の一つのスタングレネードを握りしめる。

警戒して、こちらを見るだけのランスロットさん。


 初めて魔力が揺れて動揺しているように見えた。


 いましかない。

初めてランスロットさんが後手に回っている今しかないんだ。


 ここで畳みかけるしかない。


 初見殺し殺しの神の眼も、こればっかりはわからないだろう。


 魔力に関してはあの眼は最強かもしれない。


 かつての時代ならあの眼はまさしく神の眼だったのかもしれない。

どんな策も看破して、どんな嘘も見抜いてしまう、まさしく神のごとき力。


 でも今は時代が違う。

 

 スマホだって、アラームだって、スタングレネードだって神話の時代にはなかったものだ。


 だって今は現代だから。

色んな人が必死に紡いできてくれた現代だから。


 現代に突如現れたダンジョン、現代に突如現れたファンタジー。


 俺はそのスタングレネードのピンを抜いて、目の前に転がした。


「先ほどの爆音といい……一体……なんだ……この眼で見通せぬとは一体それはなんの魔法だ!!」


 ランスロットさんが理解できないとその黒い物体に最大限の警戒を向け剣を構え凝視する。


 それもそうだ、神の眼で見通せるのは魔力を帯びた物質だけ。


 そしてそれが絶対の時代だ、警戒するのも当たり前だ。


 だが、今それを凝視するのはやめた方がいい。

確かにこれは彼らの時代からしたら得体のしれない魔法かもしれない。


 だってこれは。


「そうですね、確かに魔法かもしれません。俺だって原理はよくわかってないですし……でも強いて言えばこの魔法の名前は」


 現代だけに許された武器。

人類が切磋琢磨して歩んできた歴史の産物。


 卑怯とは言わないで欲しい。


 だってこれは。


「──科学……かな」


 現代の物語なのだから。

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