第100話 眩しい日常、暗い闇ー6

◇悪沢視点


「父さん!」 


 勇也を私は全力で抱きしめた。

息子がキューブに閉じ込められたと聞き、業務そっちのけで急いできた。

着いたはいいがどうすることもできない状況に、焦るしか出来なかったが。


 そして遠目に見えた彼が、おそらく全員を助けたのだろう。


「よかった……勇也。よかった……」

 

 息子は帰ってきてくれた。

全身傷だらけで、どんな死闘潜り抜けたのか、想像も出来ない。


「父さん……助けてくれたんだ。あの人が……」


 その息子の勇也が視線を向けるのは、やはり天地灰。

かつて自分が追放し、この国から追い出した男だった。


「……そうか」


 彼を追放したのは外交上の敗北でもあった。

天地灰がルールを破ったことを含め多くを知っているあの国は彼の弱みを握り追放を促した。


 同様に米国も彼を狙っていることはわかっていたが、アーノルドの一件がある分かの国が圧倒的に有利だろう。


 私は悩んだ。

国を挙げて彼を守るべきなのか、抵抗するべきなのか。

だが、かの大国には片やアーノルド・アルテウス、片や、王偉。


 二人の超越者に加えてS級の数も10倍近くの差があった。

それは国力の差、有事の際にはどうしようもない差だった。

核兵器という抑止力が本来の意味を失った世界は──まぁこの国は元々持っていないが──覚醒者の強さがものを言う。


 世界がバランスを保てているのは、ひとえにダンジョンの存在だ。

共通の敵が現れて世界は一旦の落ち着きを取り戻していた、しかしその仮初の平和はいつ壊れてもおかしくないほどに不安定。

むしろダンジョン攻略が安定してくるにつれて、世界情勢は不安定に戻りつつあった。


 世界の警察だったアメリカはアーノルドという自国をも滅ぼしかねない爆弾を抱え、世界の覇権を狙う中国は心技体揃った最強の英雄がいる。


 ならこの弱い国は、戦っても大国には勝てないのなら彼を渡すべきではないか?


 日本生まれで、優しいと聞いている彼をかの国に送れば味方とは言わずとも敵にはならないのではないか?

まるで悪役のようにしてしまったが、彼の怒りを買うよりもアーノルド、そして米国の怒りを買う方が得策ではない。

ならば日本は彼を悪い者として認識しているとアピールしたほうがいいだろう。


 大国に従属することでしか、この国を守ることなどできないのなら素直に従うしかないのだから。


 それが私の考えだった。


 景虎会長との決定的な考えの違い、それが強い日本を目指すのではなく、都合の良い日本を目指すこと。

いつ世界大戦が起きてもおかしくないこの世界では、大国にとって便利であり、搾取でき、侵略する意味のない国へ。


 敗者として尻尾を振る。

悔しくてどうにかなってしまいそうでも、それが弱い者の戦い方だから。


 景虎会長のやり方は理想だ。

強者として生まれ、強者としてふるまう。

眩しくて、尊敬され、敬われる、自分にはできないやり方でこの国を変えようとしている。


 その日本は皆が目指す理想の国だ。


 それは理想だ。


 だが、理想だ。


 弱者には弱者の戦い方がある。

弱い国には弱い国の戦い方がある。

たとえ嫌われようとも、かっこ悪くても、弱い者が選ぶべき戦いがある。

だから景虎会長ではなく、自分がこの国を守るべきだ。


 あの誇り高い人ではこの国の国民はいつか誇りを胸に戦うことになる。


 それはだめだ。


 従属してでも戦いを選ばない、それが私なりのこの国の守り方だった。

正しいとは思わない、石を投げられるほどには間違っているのかもしれない。


 それでもそれが私の正義だった。


「勇也少し待っていてくれ。私は仕事をしてくる」


 私は立ち上がって天地灰を見る。

ルールを破ったS級覚醒者、めまぐるしい成長を遂げる特別な存在。


 ルールは絶対だ。


 昔、ルールを守らなかった攻略者を助けに行って私の妻は死んだ。

個人のわがままを押し通し、ルールを破ったもののために、最愛の妻は死んだ。


 だからルールは絶対に守らなければならない。

ルールはルール、特に協会のルールはみんなの命を守るためにある。


 確かに彼は特別だ。


 まるで物語の英雄のようだ。


 だが誰しもが彼のような勇猛果敢な英雄にはなれない。

選ばれた者の輝かしい英雄譚は選ばれなかった者の眼をいつも曇らせる。


 追いかけても届かぬ夢を見せてしまう。


 だからルールという道が必要なのだ。


 それでも。


「……弱者には弱者の道があるように……英雄には英雄の道がある……か」


 何事にも例外は存在する。


 そして私は事情を知っている田中一誠と一緒に天地灰のほうへ歩いていく。


◇灰視点


「はじめまして、悪沢会長」


 俺は目の前に来た悪沢会長に挨拶をした。

その表情は真剣で、きっと他国の俺がこの国のキューブに入ったルール違反を指摘しに来たのだろう。

国際的な問題になるのだろうか。


 すると事件を嗅ぎつけてきたキューブの周りで待機していた記者達が俺達へと集まってくる。


 俺と悪沢会長を囲って、二人の発言を待っていた。


「まずは、息子を救ってくれたこと。心から感謝します。本当にありがとう」


「……はい」


 悪沢会長は頭を下げた。

それを記者達はパシャパシャという音と共に写真に収める。

ルールを破ろうが、さすがに自分の子供を助けたことには感謝する人のようだ。


「君がいなければ、彼らは全員死んでいたでしょう。君が助けた、ここにいる50名全員をです」


 俺はその発言に少し驚いた。

感謝だけではなく、まるで記者達に説明するように、状況を話したからだ。

それはまるで俺を擁護するような発言だった。


 だが、そこに一人の記者が質問を投げかける。


「天地灰さん。あなたは中国の闘神ギルドの一員です。我が国で攻略者として活動する資格はないはずですが、それについてはどうお考えでしょうか!」


 それは至極まっとうな質問。

国からの要請もなく、他国に所属する覚醒者が自国内で武力を振るった。

決して許してはいけないルール違反であり、国際的な問題である。

これを許すのなら緊急という曖昧な状況説明で他国が自国内で武力を振るうことを許すことになる。


「それは……」


 だから俺も言葉に詰まる。

それを見る田中さんが助け舟をだそうとしてくれて間に入ろうとした瞬間だった。


「私が要請したのです、他でもないこの国の会長の私が。緊急事態でしたので、直接。手続きを飛ばして」


 それは悪沢会長だった。


「え?」


 俺は悪沢会長の発言を理解できなかった。

この人は俺のことを嫌っているはず、なのに俺をかばっている?


「悪沢会長が、日本が中国に要請したということでしょうか!」


「はい、その通りです。本来であれば米国に支援を依頼する内容ですが、今回は特殊だった。強ければいいという問題ではなく、彼の特別な力でなければどうにもならなかったでしょう。ですから私が、この状況を打破できるのは彼だと考え要請したのです。結果みんなが救われた。やはりその選択がベストだったと断言できます」


「追放した天地さんをお呼びしたと!?」


「それに関してはもう一度精査する必要があると考えており、現在調整中です。先日のレイナさんの証言により事情が変わってきておりますので。詳細は誰も知らなかったこと、致し方ない」


 悪沢会長のはっきりした物言いに、記者達は頷く。

彼らも状況は理解しており、キューブ内に侵入することはできないことも知っていた。

だから俺の特別な力が必要だったのだろうと納得する。


「ありがとうございます、天地灰さん。要請に応じてくださって。あなたが来なければ全員死んでいた。本当にありがとう、私は、そしてこの国は貴方に恨まれるようなことをたくさんした。それでもあなたは来てくださった。この国の代表として心から感謝を」


 悪沢会長が俺に握手を求める。

その目は真っすぐと俺を見つめている。


「……はい」


 俺は思わずその手を握った、戦士の手ではない。

それでもその手は父の手ではあった。

悪沢会長は、俺の目を見て頷く。


「詳細と謝礼は一度落ち着いてから正式に。それでは失礼します。天地灰さん」


 そういって悪沢会長は頭を下げた。

その後ろで勇也も同じように頭を下げた。

まるで何事もなかったかのように、息を吐くように嘘をつく。

思っていることが一切口にも顔にも出ないそれは、間違いなく政治家のそれだった。


 それでもその心は。


「はは、君の熱が伝播したのかな……何か思うところがあったのかもしれないな。あの人も昔に色々あったからね」


 それを見て田中さんが少しだけ笑った。


「どうでしょう……でも」


 俺は去っていく背を見てなぜか少し笑ってしまった。

神の眼を持っても、結局人の内面なんて何も分からないんだなと気づく。


 俺の中の悪沢会長の人物像は、ただの嫌な人で権力に執着する人。

でもきっと彼には彼なりの戦いがあって、理由ある行動だったのだろう。

正義の形が一つではないように、正解など誰にもわからないように。


 あの人にはあの人なりの正義があったのかもしれない。


「悪沢会長!」


「……なんでしょうか?」


 俺は大きな声で会長を呼ぶ。

その声に会長と息子の勇也君が振り返った。


「かっこいい息子さんですね!!」


 俺は心から思ったことを言う。

凪を救った勇敢な子供、そしてその父親に。


 なぜなら子は親を見て育つのだから。


 俺の言葉の裏を理解したのか、振り向いていた悪沢会長は少しだけニヒルな笑顔を返す。


「ふっ……ええそうでしょう」


 そして再度前を向き、背中越しに手を振って小さな声で俺に言う。


「私に似なくてよかったです」

 

 最後まで天邪鬼な答えを。

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