第99話 眩しい日常、暗い闇ー5

◇時は少し戻り灰がA級ダンジョンを攻略し終えたころ。


「終わりました、ハオさん!」


 俺はすぐにハオさんの影へとライトニングで移動した。


「灰さん! よかった。さきほど日本のギルドアヴァロンの田中一誠さんから至急でライトニングで飛んできてほしいと!! 緊急事態だそうです! おそらくは……いえ、とりあえず早く。報告はこちらでやっておきますから」


「え? わかりました!」


 そのハオさんの表情から何か大変なことが起きているんだと思った俺は田中さんの影へとライトニングを発動し移動した。


「田中さん! ……え? なんだこれ」


 転移した先、田中さんが俺の移動の音を聞くなり振り返る。


「灰君! よかった!!」


「田中さん一体なにが……」


 俺はその横のキューブを見つめる。

それは今まで見たことのない状態。

黒い液体の中に白い液体が垂らされて混ざらずに反発し合っているような見た目。

禍々しいまでのオーラを放ち、侵入すら拒絶する。


 俺はふいに触ってみるがバチッという音と共に弾かれる。


「なんだこれ……」


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

属性:封印の箱

名称:久遠の神殿

入手難易度:ー

効果:ー

説明 久遠の神殿に挑戦中『ステージ2(1/2)までクリア』

・正規ルートではないため、総魔力量からステージ2ー2まで生成中

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 俺はそのキューブのステータスを見た。

そこには今まで見たことのないステータスが表示されている。

久遠の神殿、聞いたことすらない言葉だった。


「……なんだこのキューブ……え? まさかここって」


 俺はあたりを見渡す。

田中さんの影に転移してすぐキューブを見たから気づかなかったが、ここは。


「凪!? 田中さん、ここって!!」


「あぁ、そうだ。凪ちゃん含む日本国立攻略者学校の実地訓練中。中には50名いるはずだ。原因は不明、しかし我々では入ることすらできない」


「……行きます。俺が!」


「灰君……ここは日本の管轄のキューブだ。君は資格を剥奪されていて、中国のギルド所属だ。これは国際的な問題になる」


「わかっています。俺はまたルールを破る。自分が救いたい人のために。でも!!」


 俺はもう一度ルールを破ろうとしている。

アーノルドの時と状況だけでいえば似ていた。

ただ自分が救いたい人がいるからという理由だけで他国のキューブに侵入しようとしている。


「わかっている。だから……責任は私が取る、いってこい。灰君。君の一番大切なものを救いに」


 田中さんは、状況を説明してくれた。

それでも責任は取るからと俺に安心させてくれているんだろう。


 とてもありがたい、でもその言葉がなくても俺は進む。


「田中さん、俺はもう子供じゃないです。だから責任ぐらい」


 だって俺はずっとそうしてきたから。

凪を救うために、一人でキューブを攻略してきた。

レイナのお母さんを助けるために、あの最強をぶん殴った。


 いつだって俺は世界のルールを守ることなんかより。


「自分でとります」


 この手で愛する人達を守りたい。


「──ライトニング」



 灰の真っ白な白剣が黒い鬼の巨大な剣を片手で受け止める。

すぐにはじき返し衝撃で鬼はのけ反った。


「ありがとう、俺の世界一大切なものを守ろうとしてくれて。かっこよかったぞ」


 灰は、泣きじゃくる凪と勇也の頭を優しく撫でる。

生徒達は何が起きたか理解できない。


 理解はできないが、突然現れたその人は知っている。


 ルールを破り、この国から追放されたS級の攻略者。

雲の上の存在で、あの世界最強にすら一矢報いた日本人。


「凪も頑張ったな。ここからは兄ちゃんに任せとけ」


「わぁぁ!! お兄ちゃん遅すぎ!! バカバカ!! 死ぬかと思った!!」


「ごめんな……」


 俺はぎゅっと凪を抱きしめた。


「帰ったら一日デートで許す……だから早く倒してきて」


「どこでも連れてくよ。じゃあ少しだけ待っててな」


 灰は後ろから抱き着いてくる凪を振り返り、もう一度ぎゅっと抱きしめた。

震えている妹、そしてこの凄惨たる状況から本当に地獄のような戦いだったのだろう。


 凪を離して灰は目の前の鬼達を見る。


 突然現れた自分に驚きながらも今までの魔物達とは一回りも異なるその黒い鬼。


「俺の妹に手を出したな。それだけは絶対に許せない、それだけは何があっても許せない。凪は俺の生きる意味だ、俺の命だ。たとえ神だろうが何だろうが!!」


 黄金色に輝く瞳に、怒りを込めて白剣を握る。

超越者一歩手前の90万を超える魔力で。


「ガァァァ!?」

「──許さない!!」


 鬼を切る。


「うそ……」


 生徒の一人が声を漏らした。

自分達が必死に必死に戦ってそれでもかすり傷のような傷しかつかなかったその鬼の首が一撃で切断された。


「あれって天地灰?」

「どうして……でも……強い」

「いけ……いけ!!」


 生徒達はその強さに、目を輝かせる。

絶望の中に現れた希望は、たとえ先ほどまでは正義だ悪だと議論していてもやはり正義の味方でしかなかった。


 強い、次元が違う、自分達とはものが違う。


「はぁぁぁ!!!」


 またもう一体の鬼の首が飛ぶ。


「「「いっけぇぇ!!!」」」


 生徒達に応援の声が最高潮まで達した瞬間。

三体目の鬼は首を切られて地面に倒れる、この瞬間勝利は決まった。


「やった……やった!!!」

「助かった!!」

「よかったよ、よかっだぁぁ!!!」

「わぁぁ! お家に帰れる!!」


 生徒達は抱きしめあいながら生存を喜んだ。


「魔力10万の鬼だったけど……もう敵じゃないな……」


 灰は握りしめる白剣を見つめ、自分の強さを再認識する。


 世界の頂点に届きそうな力を、そして守れたものを見つめる。


 生徒達の喜びの声を祝福するかのように、無機質な音声は終わりを告げた。


『久遠の神殿ステージ2ー2クリア。……生成したステージすべて攻略、以上終了します』


 その声と共に光の粒子に包まれて、まるでボスを攻略した時と同じように生徒達はその神殿を後にする。

灰は急いで黒い鬼の魔石を一瞬で回収し、ポケットに入れる。

全部は回収できず、一つだけだが確保することに成功した。


「なんか……また来ることになりそうだな……一体ここは……なんなんだ」


 灰も同じように光に包まれ神殿を後にする。

悠久の時に忘れ去られ、久遠の時をただ佇んでいる壊れた神殿。


 一体ここは何なんだと。


 その時だった。


「!?」


 俺はなんとなしに見つめていたその神殿の中心に何かがいるのを見た。


「お、おい、君!!」


 急いで声をかける。

それは人のように見えた。

でも羽が生えている女性? 光が邪魔でよく見えない。


 そして、その女性が何か日本語ではない言葉を発した。


 脳に直接響くその声は。


『待ってます、次は正規ルートで……今代の騎士。天地灰さん』

「え!? ちょっとま──」


 いつもの無機質な声と同じなのに、確かに感情が乗っていた。


◇灰視点


「──って……」


 俺は手を伸ばしたが、同時に転移しキューブの中にいた。

ゆっくりとその黒と白のまるでコーヒーにミルクを垂らしたような所々は灰色の壁がゆっくりと倒れ、緑色に戻った。


 黒と白、混じって灰色。

初めて見る禍々しいまでのキューブは終わりを迎え、普通に戻る。


(何だったんだ……人? でも羽が……)


「ママ!!」

「パパ!!」

「あぁ、良かった!!」


 唖然とする俺とは対照的に、周りが騒がしくなっていく。

生徒達の両親であろう家族がたくさん集まって我先にと子供達を抱きしめる。

覚醒し、世界の在り方が変わっても親子の絆は変わらないように、その姿は化物と呼ばれるA級覚醒者であろうと変わらない。


 けが人はすぐに病院に運び込まれたが、奇跡的に死人は0だった。


 だが、もし俺が間に合わなかったのならおそらく全員……。


「灰さん!!」


「彩! 来てくれたのか」


 彩が俺に向かって走ってくる。

心配してきてくれたのだろう、俺は手を広げて抱き着いてくるのを待った。


 しかし、彩が抱きしめたのは凪だった。


「凪ちゃん、心配したのよ!!」


 俺は少し恥ずかしくなってポリポリと頭をかく。

まぁ俺は心配されなくてもいいんだけどね? 実際凪のほうがひどい目に合ったしね。


「じゃあ私が……ぎゅっ」


「あ、ありがとう。レイナもきてくれたんだな」


「嬉しい?」


「……う、嬉しいよ」


 俺に抱き着きながら俺の胸にうずくまってのぞき込むように俺を見る。

俺と目が合ったらニコッと笑うレイナ。畜生、相変わらずに可愛いな。

その後レイナは彩と抱きしめ終わった凪をぎゅっと抱きしめる、レイナも凪のことを妹のように思ってくれているようでうれしい。


「灰さん、べ、別に心配しなかったわけじゃないですよ? でも凪ちゃんのほうが……ね?」


「いやいや、気にしてないよ。凪の方を抱きしめてくれてありがとう。そっちのほうが嬉しい。なぁ凪」


「めっちゃ怖かった。これは今日はぎゅっとしてくれないと寝れないかも」


「いつもしてるだろ」


「え? 凪ちゃんいっつも灰さんと一緒に寝てるんですか!? ……羨ましい」


 俺達がいつものようにコントみたいなことをしていると田中さんが歩いてくる。


「よかったよ、灰君、全員無事で。それで……中で何かあったか聞いてもいいかな?」


「えぇ、もちろん。それでそちらの人も一緒にですよね?」


 俺は田中さんと一緒にいるその人を見る。

でっぷり太った政治家のような見た目の男。


 俺を追放し、悪者とした男。


「初めまして、悪沢会長」


 その男がスーツ姿で、俺を見る。

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