第98話 眩しい日常、暗い闇ー4
俺は今全力で、A級キューブを攻略している。
いつもは余裕をもってじっくり丁寧にやっていたが、今日は凪が二時間ほどでかえってくるので早く行ってあげたい。
「このダンジョンもまたあの黒い騎士がでてくるんだろうな」
A級ダンジョンの完全攻略のエクストラボスは全てあの黒騎士だった。
何度か意思疎通を試みたが、俺を見るなり本気で殺しに来て話にならない。
だから俺は、諦めてもう殺すことにしている。
その騎士達の断片的な会話から導き出されるのは、おそらく巨大な敵の出現。
「それまでにせめて超越者になっとかないと……」
あれから毎日ひとつ攻略し、今日でA級キューブ7個目に達していた。
そのため俺のステータスは、自分でもびっくりな化物となっている。
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名前:天地灰
状態:良好
職業:覚醒騎士【覚醒】
スキル:神の眼、アクセス権限Lv2、ミラージュ、ライトニング
魔 力:851185
攻撃力:反映率▶75(+30)%=893744
防御力:反映率▶25(+30)%=468151
素早さ:反映率▶50(+30)%=680948
知 力:反映率▶50(+30)%=680948
装備
・龍王白剣=全反映率+30%
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「こう見るとやっぱり彩の力ってチートだな。攻撃力だけなら偉兄にも追いつきそうだ。他はボロ負けだし、偉兄もアーノルドも真覚醒スキルを使ったらさらに化け物になるからそれでも勝てないけど」
攻略していくにつれて強くなり、今や超越者一歩手前。
A級ダンジョンですら今の俺の相手ではない。
最初は6時間ほどかかった攻略も今なら本気でやれば二時間ほどで攻略できる。
「……さてと、早く倒して凪のこと迎えに行ってやらないとな」
そして俺はA級ダンジョンのボス部屋の扉を開いた。
◇一方 凪
「はぁはぁはぁ……一体いつまで続くの」
あれから一時間以上が経過していた。
戦闘が終われば、少しだけのインターバルの後すぐ次の相手が現れる。
しかも敵はさらに強くなっていく一方。
今も鬼王2体と狼王2体を何とか50人という数の力で倒したばかり。
死人が出てもおかしくない戦いだった。
ギリギリのところで踏ん張れたのはやはりベテランの技術と通常に比べて治癒魔術師が多かったからだろう。
貴重な治癒魔術師の攻略者、本来はパーティに一人いれば生存率は倍以上まで跳ね上がる。
「ぐっ!!」
「勇也!」
凪は腕を抑える勇也を治癒した。
紫色に変色し、おそらく折れてしまっている。
それでもA級の凪の力ならば骨折程度なら全快する。
「サンキュ、凪。これ……まじでいつまで続くんだよ」
「これで10回目だもんね……そろそろまじでやばいかも」
凪があたりを見渡すと、同じようにケガをして治療を待っている人が多くいた。
終わりが知れない状況は、否応にも疲労を増し、一体この地獄のようなデスマーチがいつまで続くのかと焦燥感を掻き立てる。
だが、その問いに答えるようにあの音声が全員の脳に響き渡る。
『ステージ1をクリアしました』
「やった……やった! クリアだ、凪!!」
勇也がその声に喜ぶ、これで終わると思ったから。
だが凪は違った。
転移する前に同じような声で告げられた言葉を思い出す。
ステージ1と言う言葉の次にくるのはきっと。
『ステージ2を開始します』
「はぁ? ステージ2?」
終わりだと思った歓喜からの落差によって、まだ余力を残していた生徒達の心が折れそうになる。
まだ折り返し地点でしかなくて、残り10回同じようなことを繰り返さなくてはならないのかと。
「く、くそが、やってやるよぉぉ!! 諦めるなんて何時でもできるわぁ!! 先生もへばってる場合じゃないっすよ!!」
勇也も一度は膝をつきそうになったが、もう一度立ち上がる。
「勇也。よくいった!! ほら、全員立って! まだまだ元気でしょ!!」
みどりがその勇也の声に乗って声を上げる。
ベテラン達も、B級の生徒達も、それにつられて立ち上がる。
「やってやる!!」
「お、俺も!!」
「私も!!」
いつしかその熱は伝播して、みんなの心は文字通り今一つになった。
絶対に生き残ってやるんだと、ここにきて最高のモチベーションへと上がっていく。
そして神殿の中央が光り輝き、ステージ2の魔物が現れる。
どんな敵が来たって諦めない。
今は全員の心が一つになった。
たとえレッド種がきても、龍種がきても、王種が10体きたって今のこのチームなら勝てるはず。
全員が剣を構えて前を向く。
その燃えるような瞳には微塵の恐れも映さない覚悟の炎。
だが、ダンジョンはいつだって、そんな覚悟をあざ笑うかのように想像の上を超えていく。
転移の光と共にそれは現れた。
腹の奥に響く低い声、世界が震えたかと思うほどの声量で。
それは一体の鬼だった。
真っ黒な肌に、魔物というより人に近い顔。
それでも成人男性の三倍以上の体躯をもって、身の丈ほどの大剣を持つ。
「はぁ?」
ベテラン達は知っていた。
ゆえに絶望した。
生徒達は知らなかった。
ゆえにただ恐怖した。
その魔物は、世界で5か所でしか現れることはない。
A級のベテラン攻略者ですら普通なら相対することなど絶対にない。
いや、絶対に相対してはいけない。
ほんの一握りの上澄みだけが、髪に愛され選ばれたほんの一握りの天才だけが相対することが許される。
最高ランクのS級攻略者達が、城壁を築き、チームを組んで、束になって戦う相手。
人類がいまだ攻略したことがない紫色のキューブに存在する化物。
「まさか……S級……帝種」
「オォォォ!!」
絶望の雄たけびと共に、子供達の精一杯の覚悟の炎を、まるでロウソクのように消し飛ばす。
その鬼が震える生徒達を見る。
最初に声を上げたのはみどりだった、田中と一緒にその魔物を直接見たことがあったみどりだからこそ声を出せたのかもしれない。
「ま、魔法部隊撃って!! A級は全員前で盾!! 一瞬たりとも気を抜くな!!」
その命令とともに、何とか足を動かして生徒達は立ち向かう。
A級の攻略者が、肉の盾になり、魔法が使える生徒はがむしゃらに魔法を連打する。
爆炎が上がり、A級の魔物ならば倒せる威力。
しかし、相手は確認されている中で頂点に位置する魔物の一体。
多少のダメージを与えるにとどまる。
そして何事もなかったかのように振り上げられた巨大な大剣。
その大剣が一人の生徒に振り下ろされる。
「逃げろ!! ぐあぁぁ!!」
それをかばって逃がしたベテランの先生の腕が剣ごと真っ二つに叩き切られる。
ガードは不可能、その威力はA級程度では受けることなどできるわけもない。
「治癒班早く!! まだつながる!!」
代わる代わるその鬼の意識を割いてヒットアンドアウェイを繰り返す生徒達。
命を懸けた刃は、魔法は、少しづつ、ほんの少しづつだが黒い鬼の命に届いていく。
それはまるでレイド戦、物量で圧倒的強者に立ち向かう。
それは弱者の戦いであり、我慢の戦いだった。
そして生徒達にとって、永遠にも近い30分が経過した。
「ガ……ガァァ……」
長い長い死闘の果て、生徒達は討伐した。
50人の上位覚醒者という物量をもって、頂点に位置する魔物の一体を何とか倒すことに成功した。
奇跡といえる勝利だった。
「はぁはぁはぁ……死んでないのが……はぁはぁ……奇跡だな」
勇也は傷だらけの体で周りを見渡す。
後半は無我夢中で戦った、何度も死にかけながらも必死に切り刻んだ。
周りの音も聞こえなくなるほどに集中し、鬼が倒れた後、我に戻って周りを見る。
周りは阿鼻叫喚の血みどろな現場。
ぐちゃぐちゃで目も当てられないほどの腕や足。
思わず吐きそうになるのをぐっとこらえて耐えきった。
死人がでていないのは、治癒する者達がたくさんいて全員が優秀だったからだろう。
本来はパーティに一人すらいない貴重な治癒魔術師が今日は5人。
「治癒! 治癒!!」
そこには必死に今も治癒をかけつづける凪の姿があった。
駆けずり回り、ケガした人を必死に回復している。
その姿はまるで野戦病棟の医者のようだった。
「凪。お前も休め、魔力欠乏でぶっ倒れるぞ」
「休まない!」
勇也が、凪の肩をもち、治癒をやめさせる。
「……戦えない私は、これしかできないから! ぶっ倒れても全員治す!!」
その迫力に勇也は何も言えなくなる。
「……せめて水でも飲め」
勇也はバックパックにしまっていたペットボトルの水を凪に手渡す。
それを見つめながらありがとうとつぶやいて凪は水を飲んでおちついた。
状況は最悪、もはや戦意も乏しい。
みどりですら、虚ろな顔でけが人を治療するが疲労と魔力欠乏で思考が回らない。
だがダンジョンはいつだって待ってはくれない。
絶望とは、こういうことだと教えるように。
神の怒りに触れた違反者を処罰するかのように。
あざ笑うかのように、ただ絶望を突きつける。
二倍では足りないだろう、ならば三倍を与えよう。
淡い光と共に神殿に転移する三つの光に包まれた絶望。
「オォォォ!!!!」
「オォォォ!!!!」
「オォォォ!!!!」
先ほど一体ですら苦戦し、敗北しかけた真っ黒な鬼が三体。
光に包まれ神殿に転移してきた、その顔は醜悪な笑顔に歪む。
それを見た生徒達は剣を、杖を、戦意を捨てた。
乾いた笑いと共に、もう自分達はここで死ぬんだと諦めた。
「俺達死ぬんだ、ははは」
「終わりだ……もう…」
「お母さん……うっうっ……」
まだ中学生の子供達は全員が親を思い出しながら泣きじゃくる。
まだ精神的にも未熟な子供達は死の恐怖に耐えきれずにわんわんと泣いてしまった。
もう誰も剣を握れなかった。
もう誰も心を燃やすことはできなかった。
ただ一人を除いて。
「わ、私は諦めない! だって私はお兄ちゃんの妹だもん」
勇敢な兄の背中を見てきた少女だけは誰のものかもわからない剣を拾い、握って、立ち上がる。
「凪……お前」
「私は諦めない! だって……だってお兄ちゃんなら絶対あきらめないから! 絶対だから!!」
天地凪が剣を握って前を向く。
それを見た黒い鬼が、真っすぐと凪へと歩いてくる。
たった一人剣を握って、歯向かう凪を敵と認識して。
「うっうっ……こ、怖くないもん!! 怖くないもん!!」
嘘だった。
凪は怖かった、怖くて怖くてたまらなかった。
その黒い鬼は、死というものを具現化したように怖かった。
凪が剣を持つ手はカタカタと震えた。
足に力が入らない、もうこのままへたり込んでしまいたい。
それでも真っすぐと前を向く。
妹に誇れる兄になりたいと灰が願ったように。
「だって、私は天地凪! 世界で一番かっこいい天地灰の妹だもん!!」
凪も兄に恥ずかしくない妹になりたいと心から思ったから。
「く、くそ!! かっこいいじゃんお前!!」
その凪に感化された英雄になりたい少年が一人、凪の前で震える足で立ち上がる。
「お、俺は悪沢勇也!! この国で一番偉い父を持つ男!! そして将来その後を継いで、この日本を強国にしてみせる!! それが俺の夢だ!」
「勇也……」
「だ、だから魔物なんかに負けてたまるか!! かかってこいよぉぉぉ!! こ、こわくなんかねぇぞ!!」
精一杯の強がりで、凪の前に歩いていく。
震える足を精一杯勇気だけで動かして、力の入らない腕で気持ちだけで剣を構えて立ちふさがる。
それをみた鬼は笑う。
ゆっくりと近づき剣を振り上げる。
勇気だけでは、絶望には抗えないと世界を闇に飲み込まんとする暗い鬼。
振り下ろされた剣、勇也では止めることなどできない無慈悲の一撃。
「あぁぁぁぁ!!!」
それでも後ろの少女のために逃げるわけにはいかないからと、腹から声を出して剣を掲げる。
逃げない。
ここで死ぬとしても、せめて逃げない!
「逃げてたまるかぁぁぁぁ!!!」
もうだめだと全員が思わず目を閉じてしまう。
それでもみんなが最後の最後まで諦めなかったからこそ。
バチッ!!
英雄が期待に答えるように間に合った。
「──……え?」
勇也に来るはずの衝撃がこずに、金属音とまるで稲妻のような音が神殿の中で鳴り響く。
ゆっくりと目を開ける勇也が見たものは頭上数センチで止まっている剣。
止めているのは純白の長剣を握る逞しい片腕。
「──凪を守ろうとしてくれたんだな、本当にありがとう」
その白い剣を軽く振り払って、巨大な剣は弾き飛ばされる。
何が起きたか理解できない勇也の頭を、優しくて大きな手がわしゃわしゃとなでた。
「……バトンタッチだ、あとは」
ゆっくりと勇也の前に出て、その手で白剣を握りしめる。
傷ついた最愛の妹と、それを守ろうとしてくれた少年の前へ。
そして目線は黒い鬼へ、怒りと雷と光を纏ってその目を金色に輝かせる。
「兄ちゃんに任せろ」
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