第97話 眩しい日常、暗い闇ー3
「なぁ、おい。さっきの天地灰だろ、お前もしかして妹か?」
凪が次々入ってくる生徒達を誘導するみどりを後ろで見ながら待機して待っていると一人の少年が話しかけてくる。
「そうだけど……だれ?」
「失礼。俺は悪沢勇也、A級だ。俺の父さんはダンジョン協会の会長。よろしく」
にっこり胡散臭い笑顔で凪に握手を求めてくる勇也。
身なりからしていいとこのお坊ちゃんという雰囲気だ、髪も金髪に染めて我儘に過ごしてきましたと言う感じ。
「悪沢……そう、よろしく。私は天地凪」
凪は握手はせずに、簡単に会釈だけしてそっぽを向く。
悪沢会長はテレビで何度も見ているが、いつも灰を悪者にしようとするのであまり好きではなかった。
別に勇也のことが嫌いというわけではないが、兄を呼び捨てにした時点でおそらく兄に対して良い印象を持っていないことはわかる。
「おい、何だよその態度は!」
勇也が凪の肩を強く掴む。
勇也もA級覚醒者、ただつかむだけでも危険な存在。
「離して……痛い」
「なんだよ! 俺が話しかけてやってんだぞ!! 俺の父さんに兄が犯罪者にされてムカついてんのか?」
(なにこいつ、めちゃくちゃむかつくんだけど!!)
凪は今にもぶん殴りそうになるが、必死に拳を握って耐えた。
兄を犯罪者呼ばわりする勇也を思いっきり殴ってやりたいが、自分の力はすでに凶器なので必死に耐える。
(うぉぉ!! なんだこの子、めっちゃかわええ!!!)
勇也のほうは、最初は遊びのつもりでからんだが今は凪に見惚れている。
同年代の女の子の中でもとびっきりに美人の凪は、別に灰が兄のひいき目で見ているだけではなく本当に可愛かった。
レイナと彩レベルに成長する可能性を秘めているし、クラス男子大体が凪に惚れていたという噂すらある。
「ま、まぁ? 完全に悪とまではいわないけどさ。何か理由があったみたいだし。でもS級の魔力かー。やっぱり恵まれた才能があると調子のっちゃうのは仕方ないよな」
怒っているようなので、少しだけ柔らかい言葉を使ってみる。
勇也は擁護のつもりだった、だがその勇也の言葉に凪が少し涙目になる。
キッっという目で凪が勇也を睨んだ。
「な、なんだよ……」
怯む勇也、なぜこんなに怒っているのかよくわからない。
「お兄ちゃんは恵まれてなんかない! 誰よりも辛い境遇だったのに、誰よりも頑張った!! それだけは否定させない!!」
灰が暴行したのは本当だ。
だからそこは仕方ないと凪は黙ってた。
でも兄の今までの人生を否定されるのは我慢できなかった。
自分のためにどれほど辛い思いをしてきたのか、こいつに教えてやりたかった。
二人は夢中になって口論してしまう。
その口論は飛び火して、何人かが参戦する。
「いや、天地灰は悪だろ! 追放されたんだし」
「でもレイナさんのお母さんのためだったっていってたじゃん!」
「だからって殴っていいのかよ。目的は手段を正当化するって言ってるのと一緒」
「命を救うためなら俺は良いと思う!」
「S級を追放して、日本にメリットはないだろ、あれは外交上の敗北だな」
それぞれが中学生ながらに自分の意見を言い合った。
「こら!!」
「痛っ!」
「み、みどりさん……」
「凪ちゃんも、勇也も、みんなもやめなさい! 議論すること自体は反対しないけど、ここはダンジョン! 外でやりなさい!」
そのみどりの言葉に全員が盛り上がっていた口論をやめた。
ヒートアップしてしまえば、行くとこまで行ってしまうのは、まだまだ中学生だから仕方ない。
「じゃあ、点呼とるよ! 全員並んで!」
50名近い生徒が全員ダンジョンの中に入ったことを確認するために点呼を始めた。
その時だった。
『参加人数上限の49名を超えました……総魔力量計算中……総魔力量50万、違反レベル2。ステージ2まで用意……B級ダンジョンからEXダンジョン『久遠の神殿』へ転移します』
「え?」
その無機質な音声はキューブ全体に響き渡る。
みどり含め、先生達が異変を感じすぐに退却命令を出そうとしたときだった。
全員の視界が暗転する。
「きゃぁぁ!!」
「なんだぁぁ!?」
いきなり転移の浮遊感に襲われた生徒達。
全員が叫びをあげて、正常な判断ができなくなる。
うずくまり、叫び、近くにいるものと手をつなぐ。
「な、なんだったん……え?」
一人の生徒が目を開く。
そこは先ほどまでいた洞窟ではなかった。
「ここは……神殿……? 古びた神殿……」
生徒達が転移したのは、一言で呼ぶなら神殿だった。
しかし綺麗な神殿などではなく、荒廃し、寂れた神殿。
巨大な大樹ほどはある白い柱はへし折れ、屋根もむき出し、時に忘れ去られた神殿のような場所だった。
「ゲートもない……」
外に繋がるゲートも消えていた。
つまり40名の生徒達と10名の大人、全員がこの神殿のようなダンジョンに閉じ込められた。
「全員集合! そして待機!! 絶対に勝手に行動しないこと! 先生方はこちらへ!!」
生徒達が不安になるなか、全員が体育座りで身を寄せ合う。
何が起きているかはわからないが、何か異変が起きているということだけは全員が理解した。
余裕を持っていた生徒達も焦る大人たちを見て不安になっていく。
「一体なにが……」
「わかりません、転移して別のダンジョンにきたのでしょうか……」
「ここで待機して外からの支援を求めたほうがよいのではないでしょうか」
「食料は持ち合わせてません、それよりもここに来れるとは思えませんが……」
大人たち10人で方針を決定しようとする。
全員がベテラン攻略者であり、この状況でも冷静に話し合う。
しかし全員額には汗を流し、内心では命の危機を感じていた。
「EXダンジョン『久遠の神殿』……この言葉に聞き覚えのある方は?」
しかし全員がNOだった。
ベテラン達ですら初めての現象、過去キューブに大勢で入った例はある。
しかし、このレベルの規模でB級ダンジョンに入ったことは確かになかったかもしれない。
A級10名、B級40名。
ダンジョンポイントで計算すると、通常攻略には10ポイントあればいいのだが、10*4+40*2=120ポイントと大きな乖離がある。
「世界初のようですね。運が悪い……まさか20年目にして発見されるとは」
だが彼らは知らない。
それは生存バイアスでしかないということを。
死人に口なしということでしかないということを。
「では、二択です。待機、それとも攻略。この選択を謝ると我々は全滅です」
「食料がないことが最も問題ですね。仮に数日経っても救助が来なかった場合我々はここで死ぬことになる。水も各自が持っているものしかないですから……」
本来こういうときは外からの増援を待つのが得策だ。
しかし外への通信手段もなく、兵站も少ない。
どうしたものかと考えていると突如神殿の中央が光り輝く。
その光から現れたのは。
「ぐるる……」
二体の鬼。
「全員戦闘準備!!!」
誰よりも早く叫んだのはみどりだった。
その声に良く訓練された生徒達も精一杯武器を構えた。
ベテランは知っていた。
その転移してきた魔物が一体なんなのか。
「王種……嘘でしょ。しかも……二体!?」
「ガァァァ!!!」
「ギャァァ!!!」
鬼の王が二体。
まれにA級ダンジョンのボスとして現れるレッド種と対を為すA級上位のボス級魔物。
その王種が神殿の中央にいきなり現れて、こちらを見つめる。
身の丈ほどの巨大な斧をもち、まるで神殿を守るように。
「B級以下の生徒達は後ろで遠距離から援護!! A級の生徒だけは手伝って!!」
「はい!!」
そして先生10名+生徒40名、合計50名の大規模戦が始まった。
……
「はぁはぁはぁ」
二つの巨大な鬼を倒した生徒達は、多少のケガをしながらも地面に座り込む。
苦戦はしたが、それでも倒すことはできる。
ここにいるのはA級キューブも攻略してきたベテラン探索者、そして生徒達も将来有望なA級覚醒者。
だから鬼王の二体程度ならなんとかなった。
「なんだよこれ、なんなんだよ……」
それでも、突如戦いを強制された生徒達は混乱し、悪態をつく。
悪沢勇也は、長剣を地面に突き刺した。
体力の配分も考えず最初から最後まで全力で動いた。
その疲労から剣をまるで杖のようにして、なんとか立っている状態。
「勇也君、ありがとう。すごい活躍だったわ」
「先生もさすがですね。B級なのに戦いながらみんなを治癒するなんて。見直しました」
「ふふ、さすが生意気」
「へへへ…………な、なんだよ! お前」
その勇也に近づく一人の少女。
優しく勇也の腕を持ち、その傷に手を当てた。
「回復してんのよ、ほら。座って。手当してあげる」
「い、いらねぇよ。これぐらい」
「……バカ! まだ終わってないのよ。私は……治癒しかできないから。おとなしく治癒されて!!」
「…………サンキュ」
それは凪だった。
勇也のことは気に食わない、でもここで感情的になるほどバカではない。
治癒を施し、せめてまた戦えるようにと自分の魔力を明け渡す。
「はい、終わり。他にケガしてるとこはない?」
勇也の体をペタペタと触る凪。
勇也は顔を少し赤らめながらも、強がって凪を引き離す。
異性からのボディタッチには人一倍敏感な年ごろ。
「べ、別にもう大丈夫! あ、ありがと……」
「そう、よかった。みどり先生。私も戦力として使ってください。戦うのは難しいですけど、治癒ならできます!!」
「凪ちゃん……ええ、わかったわ」
みどりはその凪の気持ちを受け取った。
正直今は生徒だから待機していてくれなんて言う余裕がない。
だから全員で切り抜けようと了解する。
「お前度胸あるな……見た目のわりに」
「なに? 可愛いだけだと思った? 私を誰の妹だと思ってんのよ。あんな鬼にビビッてられないわ」
「はは、世界最強にもビビらなかった兄貴だもんな」
「ふふ……さっきはごめん。私は天地凪、よろしく。次お兄ちゃんのこと悪く言ったらぶん殴るから」
「あ、あぁ。もう言わない」
凪は勇也に手を伸ばす。
勇也もその手を握った、その握手を見て他の生徒達も今は全員が手をつなぐ必要があると認識を改める。
まだ子供だった生徒達は徐々に戦士の顔になる。
一丸にならなければこの試練は超えられない。
みんなで手を合わせれば。
「グアァァァ!!!」
「ガァァァ!!」
「ギャァァ!!!」
きっと無事に帰れるはず。
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