第95話 眩しい日常、暗い闇ー1

「もしもし、凪か? 今から帰るけど大丈夫?」


「はーい! いつでもどうぞ!」


 俺はA級キューブを攻略した後、家に帰るために凪に電話していた。

いきなりライトニングで移動してもいいのだが、さすがに年頃の中学生の妹だ。

プライバシーは守ってあげないと、とんでもないときに出くわしてしまったらさすがに口をきいてもらえないかもしれない。


「じゃあ、ハオさん。今日はこれで一旦失礼します」


 俺は今闘神ギルド本部に来ていた。

A級キューブを一応は攻略したのでその報告にだ。


「いやーさすがですね。A級キューブをソロ攻略とは。さすがにうちのメンバーでも最低3人でいくんですけどね。ではこちらで記録しておきますので、また明日も来られますか?」


「そうですね、多分来ると思います。またご一報入れますね」


「了解しました。ではお疲れ様です」


「お疲れ様です!」


 ハオさんに挨拶をした俺は、ライトニングを使用する。


「ただいま、凪」


 つまり、一瞬で凪の影へと稲妻の速度で戻ってきた。

日本の我が家、国境を超えるのをこんなに簡単にしてもいいのかと疑問に思うが、その辺は闘神ギルドの特権でなんとでもなるとのこと。

日本は一応ずっと俺は日本人だしいらないだろう、多分。


「おかえり! お兄ちゃん!」


 凪が振り向くなり俺に抱き着いてくる。

今日の朝別れたばかりだというのに、甘えてきて可愛いやつめ。


「捕まえました! 彩さん! レイナさん」


「はぁ?」


 俺を力強く抱きしめる凪、一応はA級なのでまるで万力。

常人ならこの鯖折りだけで死ぬぞ? お兄ちゃんだから大丈夫だけどな。


「って、レイナと彩? なんでいるの?」


「いえ、あの……なんでといわれると」


「彩が逢いたいっていうから、一緒にきたの」


「ちょっとレイナ!」


「ん?」


「はぁ……もういいわ。えーっと、灰さん。実はAMSについてなんですけどいよいよ発表できそうです」


「あ、そうなんだ! それはよかった」


「はい、一応それを伝えに来たのと。……夕飯まだですか?」


 彩が俺に恐る恐るという顔で聞いてくる。

今は18時、そういえば昼もダンジョンだったのでおにぎり一つで終わらせたから滅茶苦茶お腹が減ってることに気づく。


「まだだな、どっか食べに行く?」


「あ、じゃあ!」


 俺の返答を聞いて、ぱぁっっと顔が明るくなる彩。

キッチンのほうへ凪と向かって、エプロンを巻く。


「待っててくださいね、私が作ります。こう見えて料理は得意なんです!」

「私は味見係です!」


 エプロンを巻いた彩の隣で、凪が嬉しそうに手を挙げる。

味見係なんているのかと思ったが、中の良い姉妹みたいなので微笑ましい。


「私は食べる係です!」


 レイナが威張るように机に座って、俺に宣言する。

うん、知ってた。

たくさん食べておっきく育てよ、何がとは言わないし、もう十分だと思うけど。


「ありがとう、彩。彩の料理はおいしいから嬉しいよ」


「そ、そうですか!? いつでも作りに来ますね」


 彩が嬉しそうに顔を赤くしながら上機嫌で料理を始める。

トントントンという小気味よい包丁の音が心地よい。


「あー彩さんみたいなお嫁さんがいたら幸せだなーー絶対幸せだろうなーーーちらちら」


 明かな棒読みの妹が俺をちらちら見る。

何を伝えたいんだお前は。


「私はそう思う。灰、彩をもらってね。私は彩の料理を毎日食べたい」


「レイナは一体どういう立場でそれをいってるんだ?」


 それから俺達は彩のおいしい料理を食べて、何でもない夕食を過ごす。


 幸せだった。


 同年代の女の子とご飯を食べることも、元気な妹と飯を食べることも、笑いながら美味しい料理を食べることも。


 ずっと続けばいいのにと、素直にそう思えるほどに。


「そういえば、お兄ちゃん! 私、国立覚醒者学校に行こうと思うの!」


「えぇ!? 攻略者になるの!? そ、それはやめた方が……」


「ううん、攻略者にはならない。でも私って治癒魔法の才能があるでしょ? しかもA級。だからちゃんと医学の勉強もして……みんながケガしたとき治療できるようになりたいの。私の力って命を救える力だから」


「……凪」


 凪にはA級の治癒の魔法の才能がある。

その魔力量でいえば、沖縄のBJ先生とそん色ない。

それこそ医術の勉強まですれば、世界トップクラスの外科医になることだって可能だろう。

治癒は医術を駆使すれば何倍にも効果が跳ね上がると聞くし。


「でね、田中さんが口をきいてくれて申し込んだら今週の金曜に見学にきていいって! 保護者同伴で! だからお兄ちゃん一緒にいってくれる? ダメなら私一人でも……」


「そっか……」


 俺は凪の頭を撫でる。

あんなに小さかった妹はもうこんなに立派な考えを持てるようになったのかと少し感慨深い思いをしながら。

 

「わかった。ついていくよ。任せろ」


「よかった! そういえば、今日のレイナさんの会見みた?」


「ん? 会見? そんなのあったの?」


「そう! ほら!」


 そういって凪が動画で見せてくれる。

『超越者・銀野レイナ 爆弾発言!!』


 もうタイトルからして不穏な匂いしかしないんだが?


 俺は恐る恐るその動画を開く。

最初は悪沢さんが俺を批判しているような内容だったが、レイナが超越者であるとわかって国民を安心させるためなら仕方ないかなとも思った。

いつだって悪役がいてこそ、ヒーローが輝くのだから。


 俺はゆっくり水を飲みながら動画を見る。

だってこういうときは。


『灰が大好きだから』


「ブーーッ!!!」


 噴き出すのがお約束だから。


「レイナ!?」


「きゃっ!」


 レイナが恥ずかしそうにくねくねして両手で顔を隠す。

ちくしょう! 可愛いな!! って、ちがーーう。


「きゃっ! じゃないでしょ!! なんてこといってんの!!」


「ちなみに、ネットは大荒れです。お兄ちゃんを殺すと叫んでいるファンの動画もあがってました」


 凪が荒れに荒れている掲示板を俺に見せる。

ただでさえ、アーノルドのことで嫌われているのにさらに嫌われてそう。


「うわ……まじでレイナのファンに刺されるよ。S級でよかった、一般人なら夜も眠れない」


「大丈夫でしょ、さすがにお兄ちゃんに殴りこんでくる奴はいないと思う。それに結構いい評判もちらほらあがってるよ?」


 そこには俺を擁護する意見の少数ながら上がっていた。

『暴力は正当化できないが、それでも好きな人の親のためにアーノルドを殴った男気は買う』

『アーノルドも別に殺さなくてよくねぇ? 日本が捕虜だっつってんのに』

『もうレイナちゃんと男女の中なのか? だとしたら殺す』


 一部物騒なコメントもあるが、わりとレイナが詳細すべてを話したことで俺の印象は暴力男から無謀な男ぐらいには格上げされているようだ。


 一方レイナのほうは、超越者として歓迎されているが滅神教を親に持っていることはどうなのかという意見もちらほらある。

ただ滅神教に関しては信者達は洗脳されているというのが世間一般の認識だ、それがスキルなのかどうかまではわからないが。

なので意外とソフィアさんに関しては炎上していなかった。


 というよりは。


「なんで連日俺の話題でこの国はこんなに盛り上がれるのか」


 レイナと俺の関係がテレビをつければどこのニュース番組でもやっている。

なぜ全国放送でこんな話をされなくてはいけないのか、これなんて羞恥プレイ?


「灰さん、ぐっと来ちゃった感じですか!? レイナの真っすぐな発言にぐっと!!」


 彩が身を乗り出して俺に近づく。

少し手を伸ばせばキスできそうなほどに。


 腕の間には谷間もできる、レイナのせいで見劣りするが彩も十分豊かな実り。

少しラフな格好だから上から覗けば結構見えた。


「灰さん。なんで、眼が金色に光ってるんですか?」


「集中してるからですかね」


「灰のエッチ」

「お兄ちゃん、そういう年頃だもんね!」


 俺の発言に彩が慌てて胸を隠すように体を抱きしめて真っ赤になる。

上目遣いで可愛く俺に聞いてくる。


「み、みたいですか? レイナに比べたら貧相ですけど……」


「見たくないといえば嘘になる可能性も少しばかり存在しているかと思われますがいかがでしょうか」


「な、なんでそんなに早口なんですか! ふ、ふたりっきりのときなら……ちょ、ちょっとならいいですよ」


「レイナ、凪。ちょっと田中さんの家に送るから手を貸して……よし、ライトニン──」


「冗談ですって!!」


 その日はそんなノリで夜遅くまで、まるで大学生のように楽しんだ。

凪は中学生だが、レイナも俺も彩も大学生でサークル活動にでも勤しんでいておかしくない年齢。

コンパだ、飲み会だと連日大騒ぎしていてもおかしくない。


 それでもそんな道は選べなかった。


 何が悪いというつもりはないが、それでも選ぶことはできなかった人生の夏休み。

そんな失われたページを埋めるように俺達は精一杯楽しんだ。

 

 望んでもこんな日常は二度と取り戻せないかもしれないから。


 この眩しい日常は、砂上の楼閣、薄氷の上、いつ壊れてもおかしくない。


 だからせめて、今だけは。



◇米国 アーノルド邸


『なんだ、お前……』


 アーノルドの巨大な邸宅。

その玄関の扉が盛大に壊され、フードを被った侵入者が一人。


 それをアーノルドが出迎えた。


『はじめまして、アーノルド・アルテウス。なるほど……直接見るのは初めてだが……すさまじい力だ。まるで白の騎士並みか、人の身でよくもそこまで』


『なにわけわかんねぇこと言ってんだ? だが人の家にドア蹴とばして入ってきたんだ。死ぬ覚悟はできてるんだろう……なぁ!』


 我が家に不法侵入してきた相手、問答無用で振り切った世界最強の拳。


『!?……なんだお前、その眼』


 しかし、その拳は同じように片手で受け止められる。


 衝撃で周りが吹き飛んだ。


 その衝撃でフードがめくれ、その奥からはまっすぐとアーノルドの青い瞳を見つめる侵入者の目。


『死ぬ覚悟か……昔はできていたがな。だが今はだめだ。悠久の時、我らを封じた忌々しい白の神の世界を壊さなければならない、あの方々を解放し、そして』


 そのまるでブラックホールのように真っ黒で、光を一切通さない闇の眼で、アーノルドを見つめ言い放つ。


『世界を闇で覆わねば』

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