第90話 in上海in中国ー6

『うぉぉぉぉ!!! わぁぁぁ!!! ぬあぁぁぁぁ!!!』


 王さんの大きな泣き声が病院中に響き渡る。

泣きながら静さんを抱きしめる王さんは本当に妹を思う兄だった。

俺はそれを見て少しだけ満足したような気持ちになる、偽善かもしれない、でもこれでよかったと心から思える。


 俺達はしばらく席を外して二人っきりにさせてあげた。

 

 俺と凪は数か月だったが、10年とは一体どれほどの年月なのだろう。

きっと募る話もあるだろう、妹さんからしたら意識はあってもタイムスリップしたような感覚なのだろうか。


「じゃあハオさん。今日は一旦帰ります。明日また話しましょうと王さんに伝えてください」


「灰さん……あなたは……いえ、これは明日お聞きします。私からも感謝させてください。ありがとうございます」


「よかったです。それと……入ろうと思います。闘神ギルド」


「そ、そうですか!! それはありがたい!! 本当にありがたいです!! よかった……李さんにどやされずに済みます」


 ハオさんが呼ぶ李と言う人、正確には李 伟(リー ウェイ)さん。

俺は合ったことはないが中国のダンジョン協会の幹部らしい。

闘神ギルドと中国のダンジョン協会、そして中国政府は密接にかかわっているので、ハオさんにとってはほとんど上司のような存在だそうだ。


 イメージとしては闘神ギルドだけは、他のギルドとは違い中国政府そして中国のダンジョン協会直轄のようなギルドだそうだ。


 それゆえに金に糸目は付けず全力で強者を取り込もうとする。

お国柄なのかどうかは分からないが、国に対する政府の力は日本よりも強いのだろうな。


「じゃあ、ハオさん。今日は彩達と一緒に帰りますんで。また明日ギルドに向かえば?」


「そうですね、おそらくですが、王さんのご自宅になるんじゃないかな? また明日ホテルまで迎えにいかせていただきますね!」


「わかりました、では王さんによろしくお伝えください」


 俺と彩はそのままハオさん達と別れて、レイナ達と合流することにする。


「灰さん! いきなり連れてこられてびっくりしましたよ!」


「ごめん、俺より彩がいたほうがミスがないと思って。それに一応彩が発見者だろ? そろそろ発表?」


「そうですね、依頼してあるアメリカの医療機関から効果が確かに確認できた。副作用がないか確認すると連絡がきていたのでもう少しでしょう。これで治療して数日後には死んでしまいましたでは責任の取りようもありませんし」


 どうやら治療法を確立するというのは、俺が考えているほど簡単な話ではないらしい。

治ったからOKという世界ではなく、その後の体調をモニタリングして経過の観察をしなければならないとのこと。

でなければ何かあった時、この治療法のせいにされかねない。

難しい話だがそれでも世界には今か今かと待っている人がいるはずなので早く公開してほしい。


「どうだった? 観光は」


「ええ、色々見れて楽しかったです。ってそれより!! 闘神ギルドに入るって本当ですか!? 中国に……いっちゃうんですか?」


 俺達は宿泊予定のホテルへと歩いて向かっている。

レイナと凪も向かっているようなので、そこで合流することになった。


「うん。この国でもっと強くなろうと思ってる。でも住むのは日本だよ?」


「え? それって……」


「あ、そうだ。彩にはまだ説明してなかったよな。でも俺もまだ完全に把握はしてないんだけど、新しい力を手に入れたんだ。それはどこからでも生き物の影になら瞬間移動できる。だから凪の影とこっちは……ハオさんあたりの影を行き来しようと思ってる」


「私達から逃げたあの力ですか?」


「えーっと。まぁそう」


 少しだけ目が笑ってないのに笑いかけてくる彩に俺は目を逸らす。

そういえばまだあの時の答えを言っていないんだよな。


「ふふ、いいです。これ以上追い詰めたらまた逃げられそうですし!」


「と、ということで闘神ギルドには所属する。でも俺に距離はそんなに関係ないから気にしなくていいよ、ほら」


 俺はそういってライトニングを発動した。

彩の影へと転移する、それを見て驚きながら彩が笑う。


「これでどこにいても灰さんから逃げられませんね」


「何かあったらすぐに助けに行けるから」


「ふふ、でも少しドキドキしますね。いつでも灰さんが現れるかもしれないと思うと……」


「緊急時以外はちゃんと事前に連絡するようにするよ……」


「いいですよ、私はいつでも。あ、でも……」


 そういうと彩が俺の耳元でささやく。


「エッチなハプニングも起きるかもしれませんね、お風呂とか……」


「ちなみに、何時ごろにお風呂に入ってるか聞いてもいいですか! 一応ね! 避けるためにね!」


「ふふ、ダメです」


「ダメなのかよ!」


 彩に少しからかわれた俺はもんもん、いや、むんむんしながらホテルへと帰る。

同い年で確か彩も彼氏はできたことない恋愛弱者のはずなのに主導権は間違いなくあっちだな。どこで差がついた。


「ここだ。さすが……高そう」 


 さすがはハオさんが用意してくれた上海で一番のホテル。

沖縄で泊ったホテル並みの出来栄えだ。

そのロビーで凪とレイナと合流した、そのあとはホテルで夕飯を食べて、その日は休むことになる。


◇翌日


 俺達を迎えに来たハオさんの車で、俺は王さんのもとへと向かった。

彩達は来なくてもいいといったのに、一緒に行くと聞かなかったので連れていくことにした。


「すみません、ハオさん。大所帯で」


「王さんに言ったら100人でも連れて来いと言ってましたよ。直接言いたいからと言ってましたが、昨日は灰さんには心から感謝してました」


「彩のおかげですよ」


「……そうですね」


 何か含みを持たせるハオさんを少し不思議に思いながら俺達はそのまま王さんの家へと向かう。


 ホテルから車で揺られること一時間。

上海から少し離れた、それでも上海市のビバリーヒルズと呼ばれる地域。

そこに王さんの豪邸はあった。

 

 近づくにつれて、間違いなくあれだと思うほどには周囲の豪邸の一つ上をいく豪邸。

大きさだけでいうなら龍園寺邸よりも広いかもしれない。


 建物は趣深い少し古い型で、昔の中国の王宮のような、一人二人で住むようなレベルではない。

庭が広く、巨大な池には、魚も泳ぎ、橋もかかれば小舟まで浮いてる。

まるで日本庭園を思わせる優雅な家、とても数億で住まなさそう、下手すると100億をこえるんじゃないだろうか。


「さぁ、つきました。行きましょう」


「お兄ちゃんすごいね」

「私の家よりも広いです、上海でここまで……さすが中華の大英雄」

「灰、広いね。迷子になりそうだから手……つないでもいい?」

「え? えーっと……」

「はい、レイナ。これでいいわね? 逃がさないわよ」

「むー彩とじゃないんだけど……」

「ははは……」


 俺達はまるで城のような豪邸に入っていく。

中は本当に迷ってしまいそうなほどだが、真っすぐと進むと本邸が見える。

自然と調和した見事なお屋敷、雰囲気がすごく良くて俺は好きだ。


 そしてその門の前には。


『待っていた。灰君、昨日は気を聞かせてくれてありがとう。ほら、妹も治癒魔法でこの通り』

『昨日はご挨拶できなくて申し訳ありません、私、ワン・ウェイの妹、ワン・ジンと申します。どうか、ジンとお呼びください。灰さん』


 王さんと、妹の静さんが立っていた。

今日は彩がいるので、中国語と日本語をほぼ同時に彩が翻訳して、俺たちの会話をつないでくれた。


 静さんは、綺麗な衣装に身を包みまるでお姫様のように俺にお辞儀する。


「お元気そうで、よかったです。さすがA級。もう立てるようになったんですね」


『昨日、うちのアイちゃんっていうS級の治癒魔術師に回復させたんだ。そしたら、めきめき元気になってな』


 俺達は案内されるがまま、大きな宴会会場のような場所につく。

まるで学校の廊下並みに長い廊下を抜けて、案内された部屋は、ボーリングができそうなほどには広い。


 そこで俺達と王さんは向かい合って座る。


 俺を真っすぐ見つめていた王さんと静さんは、ゆっくりと膝をつく。

そして頭を下げた。


『まずは、お礼を。灰君、そして彩さん。妹を救ってくれてありがとう。王家の代表として、心から最大の感謝を』

『灰さん、彩さん。私の命を救っていただきありがとうございます、この御恩は一生忘れません』


 王さんが足を組んで、拳を地面につけるように頭を下げる。

その横で、静さんは丁寧に土下座するように頭を下げた。


「あ、上げてください! 俺達はそんな……」


 俺達は慌てて、頭を上げてほしいと王さんの肩を持つ。

しかし王さんは上げなかった、そのまま頭を下げ続ける。


『いや、感謝してもしきれない。まだ信用もない俺を、しかも脅しのようなことをした俺をそれでも助けてくれて。言い訳するつもりはないが余裕がなかった。本当にありがとう』


 それから王さんはもう大丈夫といってもずっと頭を下げる。

仕方ないので、俺は素直にその感謝の気持ちを受け取った。


「わかりました。じゃあ……受け取ります」


『よかった。それでだ、何がお礼にいいか考えてたんだが……金はもう君なら困ってないだろうし。だから俺にできる最大の恩返しを考えたんだ。灰君、いや、灰!!』


 王さんが俺の肩を強く握って真っすぐ見つめて言った。


『俺と兄弟の契りを交わそう!』

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