第91話 in上海in中国ー7
王さんに兄弟の契りを交わそうと言われた俺は今別室にいる。
彩と俺と王さんの三人で床に胡坐をかくように座っている。
なぜなら、王さんが兄弟の契りを交わす前に重要な話があると俺と彩だけを別室につれてきたからだ。
『彩さんが中国語ができて助かったよ、他の人には聞かせたくなかったから』
『兄弟の契りがですか? そんな隠すようなことではないと』
『いや、灰の力のことだ。二人には大きな恩がある。だから俺達、いやこの国がどこまで知っているか全部話そう。彩さん、すまないが灰に翻訳してくれ』
そういって王さんは、今世界が掴んでいる情報を包み隠さず俺に話してくれた。
『まず、日本に今年8月に現れた黄金のキューブ、その攻略者は灰。お前だとうちも、そしてアメリカも把握している。田中一誠、天道みどり、天地灰。だがお前だけ特別だということを』
「そうですか……いつまでも隠せるとは思わなかったですけど……」
『あぁ、灰が元E級であること、記録上や元学友達からも裏は取れている。ここからは憶測だが灰。お前はあのキューブで何か力を得たんじゃないか。成長することができるような何か特別な力を。これは今じゃ一部の者だけしかしらないが、キューブの最初の攻略者は何かしら力を得る。だから俺は灰も特別な力を持っているんじゃないかと思ってる。それに気づいた各国の代表は灰の周りを調べたんだ。もちろん俺もな。だが田中一誠と龍園寺景虎が念入りに隠蔽した。さすがに国が全力で守ろうとされると俺達もおいそれと手出しできなかったが』
「……」
王さんの話は考えてみれば怪しまれて当然の内容だった。
だが、それは田中さんも了解していた。
そのため俺を早く強くさせようとしてくれていたんだと今ならわかる。
キューブの完全攻略のことは知らなくても、キューブの初期攻略者は力を得る。
それは世界の頂点達は知っているようだった、と言ってもこの世界で攻略されていないキューブなどS級ぐらいなものだが。
『それでも調べてみるとやはり特異なことが灰の周りで多々起きていた。滅神教の暗殺者を倒したこと、そして灰の妹の凪ちゃんが世界で初めてAMSから治ったこと、そしてアーノルドを殴りつけるほどの強さを手に入れていること。これは俺の勘だが、灰。AMSの治療法もお前の特別な力で見つけたんじゃないか? 彩さんが見つけたことになっているが……じゃなければ都合がよすぎる。凪ちゃんが世界で初めて目覚めたことも』
「そ、それは……」
俺が返答に困っていると王さんが手で制するように俺を止める。
『わかっている。その力は隠すべきだ。俺には言わなくていい。どういう力かまではわからないが、特異な力で秘匿するべきことなのだろう。おそらく他国から狙われるような特異な力。だから隠していたんだろ? おそらく抵抗できるほどには強くなるまで』
俺は下を向きどうしたものかと考える。
ここですべて話すべきなのだろうか、昨日会ったばかりの人に? でもここまで知られて言い訳なんて……。
その俺の困った様子を見て王さんは、おもむろに立ち上がり部屋を出た。
『ちょっと待っててくれ。とってくる』
何をとってくるのかと思ったが、すぐに戻った王さんが手に持っているそれは酒瓶だった。
真っ白な陶器、青い龍が描かれてとても高級そうで芸術的な瓶。
そして赤い茶碗のようなおちょこも一つ、俺と王さんの間に置いた。
『だから灰。さっき言ったことだけどな。俺の弟分になってくれ。そしてそれを世界中に広める。そうすればお前に手出しできるような国は無くなる、これが俺に今できる最大の恩返しだ。妹を、俺にとって世界で一番大事なものを、その力が知られるリスク承知で救ってくれた灰に……恩返しがしたい』
「義兄弟……ですか」
『昨日会ったばかりだ。いきなり何を言っているんだと思うだろう。だからこれは一方通行で構わない。俺が灰を弟分だと思うだけでもいい。でもそれはきっとお前の力になれる』
「王さん……それは……」
『それにな、灰。AMSの治療法を躍起になって調べるときお前に行きついて、失礼ながら色々調べたんだ……そのとき思ったよ。本当にお前と俺はよく似ている。ダンジョン崩壊で両親を亡くしたこと、そしてたった一人の妹がいて、AMSだったこと。あと見た目は……似てるか? 周りは似てるっていうけどな。そして調べていくうちに俺は勝手にお前を気に入ってたんだ、なんかこいつ俺に似てるってな。そしていよいよ、どうやってアプローチを取れば俺の妹を救ってもらえるかと思った矢先に、あの事件だ。アーノルドをぶん殴った、正直爆笑したぜ。なんて馬鹿で真っすぐな奴なんだ、俺が想像していた通りの奴だって。あれはさっきいた銀野レイナの母親のためだろ? あいつにケガさせられるとヒールできないからな。あいつが気を失えばってところか? かっこよかったぜ。俺は好きだ、熱い男は』
すると王さんが、優しく笑いながらその酒瓶を開けておちょこ一杯に汲んだ。
『それにな、少し後ろめたい気持ちもある。灰の攻略者資格はく奪を促したのはうちの国の上層部だ。それに俺は関与はしていないが、その後依頼されたんだ。灰を闘神ギルドにいれてほしいってな。俺は好機だと思ってハオをすぐに向かわせた。今なら灰を真っ向から口説き落とせると思ってな』
なんと王さんが言うには、俺の攻略者資格はく奪を促したのはこの国だったそうだ。
悪沢現会長は、この国と繋がっているのだろうか。
政治的な話はよくわからないが、圧力と言うやつなのかな。
『だからすまない、あとで灰にはもう手を出すなと俺から言っておく。アメリカも他の国も俺の弟には手を出さないだろう。だから』
そして、ゆっくりとそして半分近くを飲み干した、俺は理解する。
これが兄弟の盃、まるでヤクザのようだが確か桃園の誓いも一緒にお酒を飲んでいたはず。
そして王さんは、半分飲み干した盃を俺に渡そうとする。
『灰、受け取ってくれ。そして誓おう。俺はお前の力になる、たとえアーノルドが敵になってもな。これでも世界で五指には数えられるほど強いんだ。損はさせねぇよ。兄弟。我ら生まれし時は違えどもってやつだ』
その様子を見て彩が翻訳しようとする。
「灰さん……王さんは──」
「いや、いいよ、彩。なんとなくわかる。王さんの眼を見れば何が言いたいのか。本当はこんな重要なこと慎重にいかないといけないんだろうけど、でもなんだろうな。俺も王さんと同じ気持ちなんだ。どこか似てて、同じような境遇だったからか親近感がわいてくる。彩、この選択が間違いだったらバカだと笑ってくれ」
「思いませんよ。灰さんが選んだことならきっと……」
俺は彩を見つめて頷いた。
そして。
『灰……』
王さんの盃を受け取り、飲み干した。
お酒は二十歳からだけど、これは兄弟の契りだから。
「王さん。いや、偉兄(ウェイにぃ)! これからよろしくお願いします!!」
俺は笑顔で盃を受け取った。
『任せろ、弟よ』
俺達は立ち上がって、固く手を握る。
この日俺と王さんにはたった一人の妹に加えて、義理とはいえもう一人家族ができる。
俺にとっては世界最強の兄貴が。
◇
そのニュースはその日の夜、すぐに全世界を駆け抜けた。
中国全土、そして世界中に光の速さで駆け巡る。
王がこういうことは速ければ速いほどいいという提案の結果だった。
見出しは『中華の大英雄 王偉に義理の弟ができる! 「こいつに手を出したら俺が敵になると思え!」 と発言!』
もちろん、その一報は日本にも。
「ガハハ! 田中君。見たか? あの記事」
「ええ、驚きましたよ。まさかどんな魔法を使ったらあの王と義兄弟になるのか……彼には驚かされっぱなしですね」
「王君は儂も知っとるが、男気もあり、頭も良い、カリスマと人望もある。まさに絵にかいたような英雄じゃ。これは世界がひっくり返るの。ガハハ!!」
灰を叩いていたネットは荒れに荒れた。
灰をもう一度日本に戻すべきだという声や日本の大損失だとか手のひらを光の速度で回転させる。
それでも中には売国奴など心無い言葉もいまだ多いのだが。
それでも灰の認識はアーノルドを殴り、資格を剥奪されたS級から、一瞬で世界の頂点の一人の身内。
決して逆らってはいけない人となる。
そして闘神ギルドの一員となったことも、さらに世界へ灰に手を出すことを牽制させた。
◇一方、ホワイトハウス。
『HAHAHA! 当てが外れたな、プレジデント。この国にあのガキ引っ張る前に奪われちまったじゃねーか。大英雄様が相手じゃおいそれと手出しできねぇーな、HAHAHA!』
『……まさかそんな手に出てくるとはな。彼には最高のポストを用意していたが、義兄弟と言われればもう手の出しようがない。お前のせいでもあるんだぞ、アーノルド』
『おいおい、俺は暴行された方だぜ? しかも我慢までしてやった。HAHAHA! 戦争でもして奪い取るか? それはそれで楽しそうだな。世界大戦か。俺も結構あのガキ嫌いじゃねーんだけどな、度胸はある、センスも悪くねぇ』
『人類を滅ぼす気か。かの大英雄とお前が戦ってみろ、それこそ世界の終わりだ。どちらが勝ってもな。ただでさえ不安定な世界の均衡が崩れ、即座に第三次世界大戦勃発だ』
◇戻って灰達 時刻は夜へと進む。
『ははは、飲んでるか! 兄妹! この国は酒も飯もうまいだろ!! 女もだぞ!!』
「出来上がってるじゃないですか、偉兄。うわ、ステータスの状態が泥酔になってるよ……超越者も酔うんだな」
『これほどうれしいことはない。妹も元気になって、弟もできて。もう最高だ。我ら生まれし時は違えども!! 死す時は一緒!! BY三国志!! かんぱーい!!』
『『かんぱーーい!!』』
闘神ギルドで俺の歓迎会を行ってくれている。
王さんの妹さんの快気祝いと俺のギルド入り、そして義兄弟のお祝いだ。
場所はこれまた高そうな中華のお店を貸切にしてドンチャン騒ぎ。
俺は初めての飲み会と言うものを経験していた。
凪が俺の隣で借りてきた猫のようになっていて可愛い。
彩は意外と慣れているようだし、そもそも言葉を話せるからかとても社交的だ。
『灰さんをこれからお願いします。良い人なので支えてあげてください』
『大丈夫だって! ってか彩ちゃん、旦那を支える嫁みたいだな!』
『そ、そうですか? 見えますか!?』
何やら彩が興奮しているようだが、楽しそうなのでほっとこう。
レイナは、俺の隣で黙々と飯を食ってる。
相変わらずのフードファイターのようにだ。
みんながレイナに声をかけているのに視線だけはずっと料理を見ている、やっぱりこの子ちょっと変かもしれない。
「美味しいね、灰」
「うん……そうだな。うまいな、俺のも食べていいぞ」
「優しいね、ありがとう」
「はは……」
賑やかな飲み会も終わり俺の中国での用事は終了した。
ハオさんには、これからライトニングで移動するゲートとして使わせてほしいと伝えた。
基本的にはハオさんがギルドに出社する朝9時に使わてもらう。
S級ゲートの対処は毎月初めの週の担当となったが、一報いれてもらい転移でいくこととなった。
それ以外は事前に連絡入れてOKとなったら使うことになった。
緊急時以外はさすがにハオさんのプライベートもあるので、ということだ。
飲み会が終わり、俺達はホテルに帰った。
これで中国観光は一旦の終わりを迎え、翌日彩とレイナと凪は帰らせる。
だが、俺だけは残ることにした。
なぜなら。
「さて、随分と時間がかかったけど……」
俺は中国のA級キューブソロ攻略を行う必要があったからだ。
宴会の翌日、ハオさんに許可を取ってもらい俺は向かっていた。
ここは中国上海の外れも外れ、ほぼ海に面している。
目の前にあるのは、真っ赤な血のような真紅の宝石箱。
この国に10個あるA級キューブの一つ。
俺はそのキューブに手を触れた、凛とした音とルビーが揺らめく。
「いくか。A級!」
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