第89話 in上海in中国ー5
王さんは確かに言った。
黄金のキューブ、中国語でもなんとなく俺にはわかった。
その油断のない目が俺の神の眼をお見通しだと見つめてくる。
その強力な視線に俺は思わず目をそらしそうになった、でも逸らさない。
理由は分からないが、逃げてはいけない気がしたから。
「……どういうことですか?」
それでも俺はすぐにライトニングを発動させる準備をする。
相手は他国、もしこの眼のことがばれているというのなら危険だ。
『とぼけるか? はは、今にも逃げ出しそうな顔だな。だが……』
目の前にいたはずの王さんが突如消えた。
「!?」
『逃げるのだけはNGだ。逃がさねぇよ。絶対に』
俺は肩を掴まれていた。
速い、圧倒的に、その速度は俺が見てからライトニングを発動するよりも速かった。
すぐ目の前にいたとはいえ、座っていたはずなのに0.1秒もかからなかっただろう。
驚き戦うべきかと、思考を巡らせる俺。
しかし相手は中華の大英雄、相手になるはずもない。
そう考えている俺に王さんが耳元でささやいた。
その声は先ほどまでの自信たっぷりの声ではなく。
『さぁ、是が非でもその力のこと話してもらう。頼む……俺の最後の希望なんだ、君は……』
まるで何かに縋るような声だった。
「一体どういう……」
その時だった。
王さんのスマホがなる。
『失礼、逃げないでよ。灰君、頼むから。もし逃げたら日本滅ぼしちゃうぞ★』
そういって王さんは、にっこり笑いながらプレッシャーを放つ。
何を言っているのかはわからないが俺はその仕草に戦慄し、身震いする。
ここはおとなしくしておいた方がよさそうだ。
そして王さんがスマホを取る。
俺はその態度に一切の殺意や悪意と言うものを感じなかった。
だから逃げるという選択肢は取らないことにした、それに俺はこの表情をどこかで見たことがある。
悩み苦悩し、追い詰められている顔だ。
『……わかった。すぐに行く……すまないが、灰君。一緒に来てくれるないか? 見せたいものがある』
「……わかりました、いいですよ」
俺はその表情が気になってついていくことにした。
王さんほどの強者が何におびえているのだろうか、何に縋ろうとしているのだろうか。
王さんならばやろうと思えばなんだってできるはずだ。
やろうと思えばこの国すらも牛耳れる。
なのに、なんであの表情がまだ力も何もなかった俺に重なったのか。
俺はその理由が知りたかった。
車に揺られて目的地へ向かう、その間はずっと俺達は無言だった。
そして到着したのは。
「……病院?」
大きな大病院、それこそ日本の攻略者専用病院よりもはるかに大きい。
人口の差かもしれないが、とても大きな病院に俺達はついた。
案内されたのは大きな個室。
(……そうか……だから重なったのか)
部屋を開けるなり王さんが走って、ベッドに眠る少女の手を握る。
その目には涙を流し、一見すると家族を思うだけの兄。
『同情を誘うようなことをしてすまない、紹介するよ。俺の妹、王静(ワン・ジン)だ』
そのベッドに眠る女性を見る。
俺はステータスを見た、そして想像どおりだった。
「AMSですか……」
『あぁもう10年近くになる。合併症を起こしてしまっている。もう……時間がない、明日生きているかもわからない、さっきも心臓が一瞬止まったそうだ』
王さんは、妹さんの髪を優しくなでる。
『俺のたった一人の家族なんだ、唯一残った俺の最後のたからもの。こいつを、妹を、静を守るためなら俺はなんだってする。なんだってだ。その意味がわかるよな? 灰君』
王さんが俺を見つめる。
きっとこの人はいろんなことに気づいている。
俺が黄金のキューブを攻略したこと、そして俺の妹が世界で唯一AMSから解放されていることも。
俺に特殊な何かがあることもきっと。
そして秘匿するならと、脅しているのだろう。
それほどまでに余裕がないことは見て取れた。
AMSについては彩の発表はまだ先になる予定だ。
今は米国の一部の研究機関とやり取りしていると聞いた。
滅神教の一件があり、少し遅れている。
だから王さんはまだ知らないのだろう。
俺はもう一度そのAMSの詳細を見る。
AMS以外にも合併症を発症しており、いつ亡くなってもおかしくはない状態。
随分と症状は侵攻しており、もはや生きているのか見ているだけではわからないほどだった。
俺の頭をいろんな考えがよぎる。
ここで、AMSについて教えるべきか。
それとも見捨てるべきか、恩を売るべきか、どうするべきか。
まだ発表していないものを、ここで広めていいのか。
王さんほどの人の妹だ、必ず世界中に噂は広まるだろう。
そして俺のこの力についても肯定するようなことになるだろう。
「……」
俺はその眠っている少女を見つめる。
その少女を見た瞬間、俺の眼に凪が眠っていた時の表情がよぎる。
そして俺は少し笑った。
「……そうだよな。誰よりもこの気持ちを俺は知ってるはずだよな。藁にもすがって自分の命すら……」
なぜ王さんが俺に重なったのか、それは単純明快だった。
ただ王さんの静さんを見る目がかつての俺が凪を見る目と同じだったから。
なら答えは決まっている。
俺は優しく王さんに微笑んだ。
「……王さん! すぐに戻ります、信じてください」
俺は王さんの影にマーキングする。
そしてライトニングを発動した。
場所はもちろん、あの頭の良い少女。
◇
「わぁー綺麗ですね。彩さん! いつかお兄ちゃんとクルージングとかしたいですか?」
「し、したいなーー。凪ちゃんそれ言わせたいだけでしょ」
「みて、彩。すごい?」
「こらレイナ!! 川を走るな!! 船が横転するでしょ!!」
上海の有名スポットで観光する三人。
そこに雷が落ちる。
「彩、ごめん。一緒にきてくれ」
「へぇ!?」
「お兄ちゃん!?」
「灰?」
「二人ともちょっと待ってて。彩を借りる。いくぞ」
「え、えぇぇ!?」
そして彩と灰が影に消えた。
「人さらいだ……レイナさん。彩さん攫われちゃいました。お兄ちゃんに!!」
「むーーー!! 彩ばっかりずるい!!」
◇
「え、え? い、いきなりどうしたんですか、灰さん。二人になりたいなら……う、う、嬉しいですけどできれば心の準備が」
俺は彩を強く抱きしめて、再度王さんのもとへと転移した。
「彩、この女性はAMSだ。すぐに治療を始めてくれ」
「へぇ!?」
俺の胸の中で素っ頓狂な声を出す彩。
あたりをきょろきょろして、顔を真っ赤に染める。
『君は……たしか景虎爺さんのお孫さんか?』
「ここ……しかも、この人って……えぇぇ!?」
動揺する彩を落ち着かせて、俺はすぐに治療を開始するように告げた。
…
『ゴホンッ。では治療を開始します。いいんですね? 王さん、これはまだ確定していない治療法です』
『覚悟はできてる。助かる可能性があるのなら、どんなことだってするつもりだ』
『では、いきます。魔力石は王さんが用意していただいたものを私が粉末化します。輸血はお願いしますね』
その病院の担当医らしき人が頷いた。
そして治療は開始される。
王さんは不安だっただろう、ずっと静さんの手を握っている。
かつての俺もそうだった。
でも今は俺には確信がある、確実に良くなっていくと。
『静……頼む。もう一度お兄ちゃんにその綺麗な目を見せてくれ……』
彩が血を混ぜて輸血用の血を作る。
そして色鮮やかに煌めく血液がどんどん静さんに入っていく。
E級、D級、C級、そしてB級の輸血が完了した時だった。
時間にして二時間ほど、王さんにとっては永遠にも感じるほどの。
『!?……動いた、動いたぞ!!』
『大丈夫です、王さん。良くなっていってます。きっとこの最後の輸血で……』
最後の魔力石が輸血される。
静さんはA級の魔力を持っていた、数値まで凪にそっくりだった。
王さんにとって一番長い30分がやってくる。
ハオさんに聞いた話によれば、もう10年になるらしい。
王さんが中華の大英雄と呼ばれたころに、静さんは眠りについた。
それから王さんはあらゆる方法を試し、金に糸目は付けず静さんを延命し続けたが、免疫の低下により合併症が発生。
もってあと数日。
だからなりふり構っていられなかった。
『静、起きろ、起きろ……起きてくれ』
王さんはその手を握り続ける。
その手をぎゅっと握って、ただ目を閉じて神に祈る。
その光景はあの日の俺と同じだ、なら大丈夫。
『……お兄ちゃん……の声……ずっと聞こえてたよ……』
結果も同じはずだから。
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