第88話 in上海in中国ー4

◇灰視点


『私は……負けたのか?』


「対戦ありがとうございました、リンさん」


 俺は倒れているリンさんに手を差し出す。

一時的な気絶だったようで、闘神ギルドのS級治癒魔術師の治癒魔法で一瞬で回復したリンさん。


 リンさんは俺の手を見つめ、理解したのよう目を閉じる。

何かを葛藤しているのだろうが、それでも俺の手を取ってくれた。


『……先ほどは失礼な態度をとったことお詫びする。負けた私が言うのもなんだが、合格だ。あなたは想像以上に強かった』


「えーっと……」


「灰さん! 強かった、あなたを認めると言っていますよ!」


「そうですか、それはよかった……」


 俺は確かに実感していた。

強くなっている、何度も死線を超えた俺は確実に戦士としても強くなっている。

ライトニングの発動のタイミングも慣れてきたし、神の眼に至っては相変わらずのチート具合。


 相手が何をしたいのかが事前にわかってしまうし、攻撃力以上のダメージを急所へと繰り出せる。


 まだ魔力はS級の下位だが、A級キューブを攻略していけばいずれ俺はもっと……。


『おら、お前らさっさと振り込め!』

『ひでぇ!! 総どりかよ!』

『これ以上稼いでどうするんすか!』

『くそ!! 大穴一点張りに負けた!!』


「灰さんの勝敗で皆さん賭けてたんですよ。ふふ、王さんの一人勝ちでしたが」


「そ、そうですか……」


『灰! 凄かったぜ、これからよろしくな!』

『ねぇねぇ私も瞬間移動させてよ! 一回でいいからさ!!』

『あれが柔か!? 達人って感じだったぜ!!』


 ギルドのメンバーが、俺の肩を組んでワイワイともてはやす。

あまりこういう雰囲気を経験したことない俺は少し照れくさかった。

なんだろう、学校の陽キャラ達がこんなだったな、俺は輪に入れなかったが。


 その中で拍手をしながら王さんが俺に向かって歩いてくる。


『とりあえず灰君、試験は合格、といってもまだ君の気持ちは聞いていないが。とりあえずはおめでとう、どうかな、腹も減ったし俺と二人で飯でも。ちょうど君のおかげで稼げたからな、おごらせてもらおう』


 その言葉をハオさんに翻訳してもらった俺は快諾する。

これで俺の闘神ギルドでの入団試験は一旦は終わった。

といっても俺はまだ入ると決めたわけではないのだが、それでも雰囲気は嫌いじゃない。


 全員がプロの意識をしっかりと持っており、武闘派なのかリンさんもカラッとした性格で負けた時は潔く負けを認める。

そういう雰囲気をこのギルドは持っている、それは多分トップの性格が伝播しているのだろう。


 そこからは通訳のためにハオさんと、俺、そして王さんで飯を食べに行くことになった。


『本場の上海料理をぜひ楽しんでくれ、うまい店があるんだ。ハオさん連絡してくれる?』


『了解です!』「灰さんも中華でいいですよね?」


「はい! 大好物です!!」


『じゃあ行こうか』


 俺達はそのまま上海一と言われる中華の店へとハオさんの運転で向かった。

到着したお店は見るからにTHE中華という佇まいのお店、高級店なのだろう、雰囲気は最高だ。


 まるでお城のような佇まい、赤を基調として沖縄の首里城のような店だった。


「ここは半年先まで予約で満員なんですよ! ただし、VIPだけはいつでも入れるように席を確保しているんです。というか王さんがいつでも行けるようにずっと予約してるんですよね、毎日いくら使ってるのか知りませんが……羨ましい限りです」


 ハオさんが嬉しそうに話してくれるが、きっと本人も食べれるのが嬉しいのだろう。

俺も嬉しい、中華なんてなんとかの王将の餃子定食が関の山、牛丼と双璧を為す俺のスタミナ飯、本格中華なんて実際のところ食べたことはないな。


『ここのフカヒレは最高だぞ、灰君』


 王さんが車から降りてお店に入る。

その瞬間、店の中がまるでコンサート会場のように湧いた。


『あ、あれって闘神じゃ!!』

『王偉様よ!! きゃあーーー!!』

『英雄! 英雄! 英雄!』


 王さんは、慣れているように軽く手を振って微笑みかける。

その笑顔だけでおばちゃん達が興奮しすぎて倒れていた、アイドルのコンサートで見たことあるな。


 俺の想像以上に王という男は、この国において大英雄、ヒーローなのだろう。


 イケメンだし、金持ちだし、世界トップクラスに強いし。


 しかも、懐が深い。少しだけしかまだ話していないが、大きい人に感じる。

アーノルド並に強いのに、王という男にはどこか正義と温かさを、さらには少し親近感すらも感じてしまう。


 まぁアーノルドが悪というわけではないが、俺は嫌いだ。


 俺達は案内されるまま個室へと向かう。

そこでお任せコースを頼み、眼が見開くような金額の料理が運ばれてくる。

俺が今まで食べていた中華は何だったのかと思うほどには、その料理は洗練されて最高だった。


 特に王さんおすすめのフカヒレ。

昔スッカスカのフカヒレを家族で食べた記憶があるが、多分あれフカヒレじゃなかったな。春雨とかだろ、だって全然触感が違うもの。


「すっげぇうまいですね! ハオさん!」

「私もこのためにスカウトやってるようなものですよ、本当に最高」

『気に入ってもらえてよかったよ。それじゃそろそろ本題に入ろうか』


 ある程度腹が満たされた俺達は、話の本題へと入った。

基本的にはハオさんがずっと翻訳してくれていたので、まるで会話するように王さんと話せる。


『どうだった? 闘神ギルドは。雰囲気は悪くないだろ?』


「はい! みんな良い人でした。それにすごい強い。超越者に近い人もいますね?」


『良く知ってるな。90万近い魔力の奴もいる、俺の方がつえぇけどな。それで条件面だが……ハオさん。あれを』


『はい!』


 ハオさんが鞄からPCを取り出して、資料を見せてくれる。

それには闘神ギルドの様々な情報が乗っていた、去年の売り上げランキングはUSAとしのぎっている。

桁が高すぎて俺では一瞬で計算できない、単位が100万ドルって……一体いくらの稼ぎなんだよ。


「まず闘神ギルドに固定給はありません、皆さん馬鹿ほど稼いでおりますので今更固定給を出しても仕方ありません。その代わり一つの義務とたくさんの特権を与えております。まずその一つの義務ですが……」


『S級キューブの崩壊に対する対処。知ってるよな? うちの国にS級キューブがあって、崩壊してるの。週に一回ぐらいはS級の魔物が出てきやがる。それを狩る。それが義務だ』


 闘神ギルドの義務、それは国を守るということ。

そのためにS級の魔物を狩ることこそが、唯一与えられた使命だそうだ。

週に一回ほどのペースでS級の魔物がキューブから出てくるそうなので、5,6人でそれを狩る。

それを交代で行うのが義務だそうだ。


 30人近くいるので、実質月に一回程度の出勤と言ったところか。


 たったそれだけ、時間的拘束はあるが俺の力なら発生してすぐに呼んでもらえばいいのでほぼないに等しい。

だがそれをできるのはS級だけ、力の無いものがいくら集まっても太刀打ちできない規格外の化け物、それがS級の魔物。

だから中国はそれに対抗できるように巨額の費用をかけてS級を集めている。


「そして特権ですが、すごいですよ。この国においての特権階級なので大体なんでもできます、できないことを教えて欲しいぐらいですよ。その中で一番灰さんが食いつきそうな条件が……」


 王さんがにやりと笑って俺を見て言い放つ。

俺が最も今欲しているもの、それは。


『キューブ攻略の自由。この国にあるキューブに関しては好きに攻略してもいい。他の奴らはたまにA級とかに何人かでいって荒稼ぎしてるしな。それが特権だ』


 キューブに自由に入る権利。

ダンジョン協会が定めたポイント制度、それを闘神ギルドだけは免除されている。

免除されているというよりは、無視していると言うほうが正しい。


 国が許可を出しているのだから、罰せることなどできない。


『どうだ? 少しはやる気が出たか? ソロ攻略専門の灰君』


『王さん。それは……』


『いい、訳してくれ。ハオさん。そのまま。こっからは一切隠し事無しだ……お互いに……なぁ?』


 王さんはにっこりと笑っているのにその眼だけは本気で俺を見つめて言い放つ。


『黄金のキューブ攻略者、天地灰君』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る