第85話 in上海in中国ー1
俺は今絶望的状況にいる。
空を飛ぶ鉄の檻に入れられ、両手も封じられている。
脱出することは不可能。
さて、どうしたものか。
「もう逃がしませんよ? 灰さん」
「灰の腕……がっちりしてる。触ってるとなぜか幸せ」
「逃げないので離してくれませんか? 二人とも。いや、ほんと。トイレ行きたいし」
俺は今中国行の飛行機に乗っている。
ファーストクラスで大きな椅子に座ってゆったりとした空の旅を楽しむはずだった。
だが、その両脇にはなぜかレイナと彩が座って俺の腕を逃がさないと掴んでいる。
レイナに関してはよくわからんが、俺の腕をまさぐっている、この子ちょっと変かもしれない。
「いやです。またライトニング!! とかいって逃げそうですし」
「だから、彩。説明しただろ、中国に行かないとダメなんだからそんなことしないって」
「じゃあ飛行機にいる間だけでも逃がしません」
「だめだ、全然話が通じない……」
「お兄ちゃん両手に花だね。ダブルヒロインだね!!」
俺の様子を見て凪がクスクスと笑っている。
お前はいつも楽しいそうでいいな、お兄ちゃんはその笑顔が見れて満足だよ。
ってレイナ痛い、引っ張りすぎ、お前超越者だからな? 力の加減覚えてくれ。
いや、まじで本気だせば俺の腕なんてちぎれるから。
「ハオさん、すみません。急に二人も増えてしまって」
「いえいえ、お二人とも有名人ですから。まさか灰さんと恋仲とは思いませんでしたが、しかも二人とも。羨ましい限りです」
「いえ、それは──」
「そうです! 返事は保留されてますけど、恋仲の予定です」
「私は気持ちは伝えたつもり。だから待ってる。いつまでも」
「もうやめて、そんなストレートに向けられると俺はどうすればいいかわからないから」
ハオさんの発言をすぐさま肯定する二人。
もう自重というものがなくて、俺としては正直戸惑っていた。
これだけ真っすぐな好意を向けられたこともなかったので、うまく躱す方法もわからない。
「まぁいいです。これからゆっくりで……。今回は私も観光を楽しみます。ねぇー凪ちゃん」
「はい! 彩さんとレイナさんがいるなら安心です! お兄ちゃんは忙しいみたいなので、三人で楽しみましょう!」
「えー……」
「私中華料理好き。凪ちゃん、彩たくさん食べたい」
「あの、俺も……」
「いいですね! それでは私がおすすめのお店をご紹介します。お昼には到着しますからね、ご予約させていただきますよ! 三名様ですね」
「えぇー……」
どうやら三人で観光するようだ、俺は闘神ギルドの見学なので仕方ないがお兄ちゃん寂しい。
「ふふ、冗談だよ、お兄ちゃん! 夜はお兄ちゃんと一緒に食べたいな!! 私本場のフカヒレ食べたい!!」
「おぉ、凪よ。いつからそんな小悪魔的になって、俺の財布のひもも緩みっぱなしだぞ。いくらでも食べさせてやる」
下げてから上げられた俺は凪の思惑どおり高級中華を予約することになった。
本場の中華だ、正直楽しみ。
「……シートベルトをお締めください。間もなく上海空港、上海空港」
そうこうしているうちに俺達を乗せた飛行機は目的地についたようだ。
俺達はハオさんに連れられて、空港を出る。
特別なゲートを通らせてもらったため、並ぶ必要すらない。
さすがVIP待遇、ハリウッドスターとかが通るような道を通らせてもらえた。
今日は10月1日。
とても過ごしやすい秋。
中国は日本よりも若干暑いぐらいだが、気温的にはちょうどいい。
適温と言う感じ。
「では、灰さん。ここで妹様とは一旦お別れということで。本来はホテルにご案内する予定でしたがお二方と観光されるようですので」
「あ、そうですね。じゃあ凪ここでいったん別れよっか。ホテルは……」
俺が滞在するホテル名をハオさんに尋ねると、ハオさんは名刺を取り出し凪とレイナと彩に渡す。
「ホテル名は、上海グランドホテルです、住所はスマホをお持ちでしたら検索されたほうがいいかなと。灰さんのお名前とこの名刺を見せて闘神ギルドの名前をお出しください」
そういえば、海外でもスマホは繋がるようだ。
中国と日本の大手キャリアは提携しているらしいな。
最悪三人とハオさんはすでにマーキングしているので、迷子になっても問題ないが。
「はーい! じゃあ行きましょう、彩さん! レイナさん! 私お腹ペコペコ!」
「彩、私もペコペコ」
「はいはい……妹がもう一人増えたみたいね。年上の妹がいるのはおかしいけど」
彩達は手を振って観光に出かけた。
あの三人なら海外といえどどんな悪漢が来ても大丈夫だろう。
それに彩は中国語も話せるらしいので、その点も心配ない、さすがに万能天才少女だな。
「では、行きましょうか。灰さん」
俺はそのままハオさんに連れられて闘神ギルド本部へと向かうことになった。
タクシーでそのまま直接向かうことになったが、俺に街並みを眺める。
「初めてきましたけど、そんなに日本と変わらないですね」
「はは、そうですか? まぁ同じアジアですからね」
海外は異世界のイメージだったが、上海は想像以上に日本に似ていた。
道路も建物も、雰囲気は似ていたので親近感がわく。
小学生のころ横浜の中華街にいったが、そのイメージに近いかな。
「さぁ、つきました。この建物です」
「はぁ……さすがにでっかいですね……」
車に揺られて30分ほど、俺達は目的地についていた。
日本の東京に勝るとも劣らない大都市の摩天楼、それはアヴァロンの本社並に大きく綺麗なビルだった。
「たった33人のギルドとは思えませんね」
「さすがに33人しかいないわけではありませんからね、下部組織がいくつもあります。といってもB級以上しか入れないそれでも相当なエリートギルドですが。ささ、参りましょう」
俺はそのままハオさんに連れられて、建物に入っていく。
中にいる攻略者らしき人達が俺を興味深そうに見つめている。
俺の顔は世界中に知れ渡っているのが原因だろう、悪意のある目ではないのだけが救いかな。
「そういえば見学ってどうするんです? ダンジョン攻略でも一緒にするんですか?」
俺はガラス張りのエレベーターで最上階まで上がっている。
「いえいえ、力を見たいとおっしゃってましたよ? マスターは」
「力をですか……」
チーン
俺達は最上階に到着した。
エレベーターの前にはたった一つの扉だけがある。
両開き形式の木でできたとても高級感溢れる扉。
コンコンコン
『失礼します。ハオです。天地灰さんをお連れいたしました』
『おう! 入れ』
おそらく中国語なのだろう、俺には自分の名前を呼ばれたぐらいしか理解できなかった。
ハオさんが扉をノックし、中から誰かの声がした。
その声とともにハオさんが扉を勢いよく開くとそこは、巨大な会議室のような一室。
そして円卓に座る多くの攻略者、所々空席があるが20人近くはいるだろうか。
『初めまして、天地灰君。会いたかったよ、似てる……か、なぁ俺に似てる?』
『雰囲気似てると思いますけどね』
その一番奥に座るのは、年は俺とそれほど変わらない。
確かに年齢は25歳ほどだろう、黒い髪に鋭い目、それでもどこか優しそうな柔らかい雰囲気。
少しだけ癖がある髪と耳に真っ黒なピアスをはめて、右目の下には泣きぼくろ。
こういうと失礼かもしれない、でも俺も思ってしまった。
アジア人であり、アジア最強であり、世界最強の一人、その人の顔が、雰囲気が……若干俺に似ていると思った。
「ふふ、似てるでしょ? 灰さんに」
横で俺が思っていることを口にするハオさん。
『さぁさぁ、座ってくれ。そして聞かせてくれよ』
少し驚いている俺にその最強は笑って言う。
あのアーノルドとも正面切って戦える救国の大英雄、その大英雄が親しみやすい笑顔で俺を見て。
『あの糞脳筋わがまま大王をぶん殴った話を!』
楽しそうに笑っている。
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