第84話 S級認定と追放ー5
「では、残念ですが闘神ギルドの後に出直します。いやー急いできたのですが地の理がでてしまいましたね。あちらのほうが物理的に距離が近い」
そういってUSAのスカウトさんは説明だけしていって頭を下げた。
米国は、少しだけ形態が異なり軍に所属する形になるとのこと。
そのため米国籍は必ず取得することになるが、それも全部やってくれるし待遇はハリウッドスター並。
どの国もS級を確保するということは今や死活問題で、絶対に来てほしいと強く説得された。
一番の理由はS級キューブのダンジョン崩壊の対処。
今なお多くのS級達が日々現れるS級の魔物の対処を交代で行っている。
それはS級でしかできず、失敗したのなら国が亡びる。
ならばいくらお金をかけようともS級を確保することが重要だ。
とはいえ、先に話を頂いたほうを優先させてもらうと告げるとそれ以上は食い下がらずとても残念そうに出直すと言っていた。
「お兄ちゃん、成り上がりって感じだね。どっちも私でも聞いたことあるギルドだよ? すごい」
「あぁ……でも、とりあえず田中さんに相談しにいくよ」
俺がライトニングを発動し、田中さんの影へと転移しようとした。
でもいきなり転移は失礼だろうから、普通に会いにいったほうがいいか?
ピーンポーン
そう思った瞬間またインターホンが鳴る。
「もしかしてまたスカウトか? はーい……って、田中さん! 来てくれたんですね」
「あぁ、話したいことがお互いたくさんあると思ってね。いいかな?」
俺は田中さんをそのまま家に招き入れる。
そういえばスマホが修理中だから直接きてくれたんだろう、連絡しておけばよかった。
「始めて灰君の家にきたが随分いいところになったね、前の6畳一間が懐かしい。こんばんわ、凪ちゃん」
「こんばんわ! 田中さん!」
「それで田中さん、一体なにが……」
それから田中さんは事の顛末をすべて話してくれた。
俺がなぜ剥奪になったのか、悪沢という副会長の思惑だということ、そして景虎会長がやめたこと。
「そうですか……俺のせいで」
「いや、これは私も景虎会長も了解していたことだ。リスクは確かにあったがそのおかげで君は成長し、私も会長も助かった。何も後悔はしていないよ。結果君はこの国を救った。たとえこの結末がわかっていても私も会長も同じ選択をしただろう」
優しく微笑む田中さん、それは心からの言葉だろう。
俺はそれでもすみませんと謝る。
その後田中さんが机においてあったハオさんが置いていった闘神ギルドの資料を見る。
俺はスカウトが来たことを話した。
「もう来たのか。さすがだな、で。灰君。スカウトの話、受けるべきだというのが私と会長の判断だ。必ず君の血肉となる、残念ながら君の攻略者資格はく奪はもはや民意となってしまい止められない」
「そうですか……はは、まぁ嫌われるのは慣れてます」
そういう俺の声は多分少し力がなかった。
嫌われるのは慣れているが、それでも国中からここまでバッシングを受けるとは思わなかった、もちろん何も知らなければ俺は異常犯罪者に見えただろう、事情を知っててもそれはそうなのだが。
ネットでは俺を叩く声はさらに大きくなっていく。
せめて凪には影響がなければいいが。
俺のその様子を見て、田中さんが立ち上がる。
「……すまない、灰君。この国の国民に変わって君に謝罪する。だが断片的な情報だけで君の本質を知らない人の言葉なんて聞く必要はない。それでも批判というのは万の賞賛よりも一の批判のほうが心をえぐる場合もある、本当にすまない、誹謗中傷の数々、私が対処しておこう」
「いいんですよ、田中さんが謝ることじゃないですよ、とはいえルールを破ったのは俺ですし、これぐらい甘んじて受けます。じゃあ……闘神ギルドを少し見てみようと思うんです。もしかしたらA級キューブも攻略させてもらえるかもしれませんしね、それにハオさんが結構いい人で」
「そうか、私もそれがいいと思う。あそこの代表とは会ったことがあるが……若くカリスマがあり正義を持っている男だ。そういえば君に少し似ている気もするな。年も近い」
「そうなんですね、中華の大英雄と呼ばれていると聞きましたが」
「あぁ、知っているか? 彼の逸話を」
「はい、ネット情報だけですが……」
中華の大英雄、闘神ギルドのギルドマスターは、中国を、いや世界を救っている。
ダンジョン崩壊が日常だった昔、中国にある物言わぬキューブが突如ダンジョン崩壊を起こした。
それは世界で数個しか確認されていない禍々しい紫色だった。
のちに知られることになるその色はS級キューブの証。
それまで静かに佇んでいただけのそのキューブは、真っ黒なキューブとなり魔物が溢れる。
今思えばキューブの魔力が限界まで溜まったのだろう。
そして起きたのが、S級キューブのダンジョン崩壊、破滅の軍団の登場だった。
そこは地獄だったと聞いている。
当時多くの上位攻略者が抵抗したが紙屑のように殺された。
中国のS級キューブは鬼、つまりはオーガ種のキューブだったはず。
そのS級の魔力を持った鬼の大軍が、次々と現れる。
想像してほしい。
会長や天道さん並の強さの鬼が100以上の数で群れているのを。
それはもはや死の軍団、世界を破滅に導く絶望の鬼。
どれだけの人が死んだか、もはや中国という国は滅びの道しか残されていなかった。
事態を重く見た国連はアメリカを代表とする世界連合軍の発足を承認。
中国は世界からの軍事介入を余儀なくされる。
そこにはあのアーノルドもいたはずだ。
それは実質、国の実権の放棄と同義だった。
中国という巨大な国家は、魔物によって滅びる寸前まで追い詰められた。
だが、人類史上最強のその連合軍が出撃することはなかった。
なぜならまだ当時16歳だった一人の少年にすべての鬼が滅ぼされたから。
それが、救国の大英雄、闘神ギルドのマスター、頂点の一人、超越者。
アーノルドと並ぶ世界最強の一角、名を。
「王偉(ワン・ウェイ)、今は確か25、6歳ほどだったんじゃないかな。10年前だったはずなのでね、S級キューブ崩壊は。安心するといい、素晴らしい人柄の人物だ」
「王さんですか……楽しみです。俺に会いたいらしいんで。じゃあ明後日には出発しようと思います!」
「あぁ、わかった。しばらく私も忙しいのでね、会長にもそう伝えておく。あぁ彩君とレイナ君にはちゃんと自分で伝えるようにね?」
「……えーはは、はい……」
俺はどもる。
そういえば、あんな感じで出て行ってしまったが怒っているだろうか……いや、怒ってるな。
彩のことは多分好きだ、でもレイナにぐっと来てしまったのは本当だ。
俺って一途だと思ってたけど浮気性なのか? いや、あれで何も感じない男がいるなら教えて欲しい。
「では、私はいくよ。また近況を教えてくれ。ちなみに龍の島奪還作戦は延期になった、また状況は報告するよ。会長が変わったからね、色々大変なんだ」
「あ、そうなんですね。わかりました」
そういって田中さんは帰ってしまった。
景虎会長にも明日挨拶して準備をしようと思う。
「お兄ちゃん、大変だね。色々と、ちなみに彩さんとレイナさんどっちがいいの?」
「やめろ妹よ、その答えを考えることを今は放棄しているんだ、兄の気持ちもわかってくれ。不誠実だが……」
俺はもしかしたら彩のことが好きなのかもしれないと沖縄の一件以来感じていた。
だが、レイナの笑顔を可愛いと思ってしまう気持ちにも嘘は付けない。
俺は本当にどちらが好きなのか全く分からなくなっていた、むしろ二人とも好きなのが正解なのか? それはただの浮気男では?
そんな答えの出ない葛藤の中、俺は思考を放棄していた。
「私的には彩さんを本妻にして、レイナさんは愛人として囲うのが正解だと思うけどな。レイナさんは問題ないけどあとは彩さんか……嫉妬深そうだし……根回ししなきゃ。でもそれはそれで彩さん興奮しそう……NTR……」
「お前はずっと寝てたのにどこでそんな知識を得てくるんだ」
「はは、頑張れ。お兄ちゃん! 私は応援してるよ! ってことで疲れたから寝ます!」
凪はそういってお風呂に言って寝る準備を始めた。
俺も色々ありすぎて、思考するのを放棄したくなったのでその日は寝ることにした。
翌日、スマホの修理受付とハオさんに中国へ見学にいくことを伝えた。
ハオさんはとても喜んでくれたが、営業も大変だな。
きっと是が非でも連れて来いと言われているのだろう。
「あ、もしもし彩? ごめん。昨日はスマホを修理してて……うん、あ、田中さんと会長から聞いた? 大丈夫だって、確かにネットで叩かれてるけど全然気にしてないから。うん、うん。あ、そうそう明日中国にいくことになったから……そう、闘神ギルドに……しばらく会えないけど……え? 成田発の9時の便だけど……」
俺は彩に電話で事の顛末をすべて伝える。
逃げたことを怒られると思ったが、案外優しかったので安心した。
集合時間と場所を聞かれたけど、心配なのかな、可愛い奴め。
その日は凪と旅行に必要なものを買いに行ったりして、平和な日常を過ごす。
道行く人に後ろ指をさされることも多かったが気にしない。
さすがに面と向かって文句を言ってくる人はいなかった。
S級相手に喧嘩を売るなんて自殺行為なので当たり前だが。
それに凪が俺に敵意を向けそうな相手全員に睨みを聞かせていたのも理由かもしれない。
頼りになる妹だ、一応はA級で化物ではあるのだが。
◇そして翌日 中国へ行く日
俺は成田空港に来ていた。
ハオさんが空港で待っているはずなので、待ち合わせ場所へと向かう。
「楽しみだな」
「うん! ほらみて! 昨日たくさん調べたんだ!! いろんな所観光したいの! 確か上海だよね? 上海ガニ食べてみたい! 今が時期的に一番おいしいって!!」
凪が楽しそうにノートを見せてくる。
昨日夜遅くまで何をやってるのかと思ったが行きたいところなどをまとめていたようだ。
カニの絵にハートが書かれているあたりとても楽しみにしているんだろう。
見ていると俺も食べたくなってきた。
「いくらでも食わせてやるぞ。なんとハオさんにいくらでも使っていいと言われたカードをもらえるからな。それに200万ぐらい中国のお金に変えてきた! あんまり価値がわからんが」
「お兄ちゃん素敵!! お兄ちゃんのとこの子になる!! 豪遊させて!」
俺は還元した中国のお金の札束を凪に見せて、その札束で優しくビンタする。
「ははは、よかったな。兄に溺愛されていて、ほら! これが中国のお金の匂いだ!!」
「あぁ! 4000年の歴史の匂いがする!!」
初めての海外にそんな馬鹿なテンションのまま俺達は待ち合わせ場所へと向かった。
「……待ち合わせはこの辺だけど、あ、いたいた。ハオさん……え?」
そこにはハオさんがいた。
だが、ハオさんは少し苦笑いしている。
「なんで?」
「ありゃりゃ、これはまた波乱の予感?」
なぜなら空港を行く人々の目線を釘付けにするほどの、黒と銀の美女に挟まれているからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます