第80話 S級認定と追放ー1

◇翌日 


 俺達は、沖縄を後にして東京へと戻っていた。

滅神教の爪痕は確実に残り、日本ダンジョン協会は建て直しを図られていた。


 だが、そこは田中さんと景虎会長が尽力し日本に平穏が戻りつつあった。


 ただし失った上級攻略者は多く、天道さん達はダンジョン崩壊を防ぐべく奮闘する毎日が始まる。


 俺はというと。


「彩! 凪!」


 東京に戻った俺は彩と凪と合流していた。


 二人は昨日空港に残り、そして一時的に彩の家へと避難していたようだ。

俺は凪を迎えに行くがてら、彩の無事も確認しに龍園寺邸に来ていた。


「灰さん!! よかった、本当に」

「お兄ちゃん!! 私心配したの!!」


 凪と彩が家に帰った俺に抱き着く。


 俺は二人を抱きしめて、軽く持ち上げる。


「全然元気だぞ!!」


「きゃっ!」「ははは!」


「ごめんな、心配かけて。二人も無事でよかった」


 俺は二人を卸す、そして彩は俺の後ろにいたレイナにも抱き着いた。


「レイナ……ごめんね、そばにいれなくて」


 レイナの状況は彩にも伝えられている。

だから彩は友達の辛いときに傍に入れれなかったことを謝った。


「大丈夫、灰がそばにいてくれたから」


「そっか……」


「うん、灰がずっと私をずっとぎゅっとしてくれたから。ずっとぎゅって。なでなでもしてくれたの」


「そ、そっか……」


「灰のそばにいると安心するの、心がポカポカするの。もっとぎゅってしたくなるの、彩これって好きってこと?」


「そ、そっか!?」


「レ、レイナ!?」


「ごめんね、彩。彩が灰のこと好きなのはなんとなくわかるけど……もしかしたら……私……もうダメかも」


 レイナが俺を見て顔を赤らめてポッとする。

両手で恥ずかしそうに顔を隠す姿はとても可愛い、いや、本当に可愛いけど横の女の子がすごい怖い。


「灰さん? どういうことですか? 一体どういうことなんですか?」


「え、えーっと。いやそれはちょっと……誤解がありましてですね。レイナさん? ご説明を」


「大丈夫、彩。まだキスしかしてない」


「か、灰さん!?」


「ご、誤解だ! ち、ちょっとだけだから!!」


「ちょっと!?」


 彩が俺を睨み殺すような目で見る。

懐かしいな、初めて会った時の吹雪が起きそうなほどの冷たい目を思い出す。

あの頃よりも洗練されたようだ、もはや眼からビームが出そうだぞ。


「彩、私は彩のことも大好き。だから私は別に二人目でもいい。法律上は夫婦じゃなくても……体だけでも……それで嬉しい」


「灰さん!! 一体レイナになにをしたんですか!!」


「ち、違う。誤解だ。俺は何も……レイナどこでそんな言葉を覚えてくるんだ!!」


「灰はママと約束した。私を一生守ってくれるって。灰、お礼はまだ返しきれてない。だから私の体を好きにして……特に灰が好きなこの胸──」


「灰さん!!」


 レイナが俺に近づいてくる。

それに合わせて彩も拳を握って近づいてくる。


「灰さん説明してください!」「……揉む?」


「うっ……ちょっ……あの」


 迫るレイナと彩に俺はたじろぐ。

何かが振り切ったレイナの真っすぐな好意を向けられて俺は、頭が混乱する。

多分この子まだ心は小学生とかだと思う。

それか羞恥心だけ封印されてるのかもしれない。


 その選択は男としてはよくなかったかもしれない。


 でも、テンパったのだから仕方ない。

目をそらさずに真っすぐ見る、ただしこういう時は例外ということで。


「お兄ちゃん……二股なの? プレイボーイなの? って……え!?」


 だから、俺は凪の手を掴んで引き寄せた。

そして大きな声で二人に言った、自責の念に潰されながら。


 とりあえず。


「すまん!──ライトニング!!」


 逃げよ。



「で? 今ここにいると?」


「はい! いや~~こういう時思い出すのはやっぱり田中さんの顔ですね。なんでしょう、やっぱり安心します!! すみません、凪まで連れてきて」


「ははは……一応ありがとうと言っておくよ。モテモテで羨ましい限りだ」


 田中さんが遠い目で窓から空を見る。

ここは、ギルドアヴァロン本社の田中さんの部屋。

俺はライトニングを使って田中さんの影へと瞬間移動していた。


 あんな大怪我の後なのにすぐ仕事している。

すごいよ、この人。


 凪はお茶菓子を後ろでボリボリと食べている。

さすがおれの妹だ、食べれるときに食べる精神は受け継がれている。俺も一つ、うまぁ!!


 お菓子をもさぼりながら俺はふとつぶやいた。


「田中さん……愛ってなんでしょう……人を愛するってなんなんでしょうか」


「随分哲学的なことを聞くじゃないか」


「どうやら俺は誠実な男ではなかったようです、彩のことが好きなのかと思ったらレイナにもぐっときてしまいました。だから愛について考えています。真実の愛とは……俺はどちらを愛しているのか。そもそも愛とは何なのか」


 俺は必死に考えていた。


 愛とは何なのか。

この二人に対する気持ちは何なのか。


「気にしないでください、田中さん。少し遅れて思春期がきただけですから。聞いてるこっちが恥ずかしいですけど」


「ひでぇ!!」


 真剣に悩んでいたら凪にバカにされた。

確かに俺は青春を謳歌せず、ぺらっぺらの人生を歩んできたけど!


「ははは、良いね。若くて。大いに悩め、若者よ。愛にも正義にもたった一つの答えなどないけれど、答えを追い求めることだけはきっと正解だ。君なら最高の選択をするだろう、その選択肢は二つだけではないかもしれないしね。君の甲斐性次第だが」


 俺は田中さんを見て頷く。

贅沢な悩みだが、しっかり俺なりの答えを出そうと思った。


「それにしても本当にすごい力だな。説明は聞いたが、相当にバカげた力だ。瞬間移動、人類の夢だよ。そしてどんな創作物においても最強に属する能力だ。雷か……」


「どこにでもってわけではないし、結構制約強いんですけど、正直この力はすごいです。まだ使いこなせてないですけど、もっと練習して強くなります!」


「そうか、それがいい。A級ダンジョンのソロ攻略もまだだしね。いつかあのアーノルドにも勝ってもらわないとな! ははは!」


「本当に化物でしたよ、さすがに超越者。世界は広いですね。あんなのがあと5人もいるなんて。あ、そうそう、そういう意味でいえばこの世界にもう一人超越者が誕生しましたよ。なので6人ですね」


「はぁ!?」


 俺は軽い感じで田中さんに説明する。

その超越者とは、レイナのことだった。


「レイナはソフィアさんの力で魔力を封印されてました。今魔力100万を超えているんで超越者になりました。それに付随してなんかすごい力手に入れてました」


「そ、そうなのか!? それはこの国にとって一大事だぞ。だが……そうか、そんなことが……隠すべきか発表するべきか……」


 田中さんが悩んでいるが、こういうことは俺ではなく田中さんに委ねたほうがいいだろう。

後は任せた、大いに悩んでくれ、田中さん。


「あ、その前に俺のS級ってどうします? 正直、今ネットニュースがすごいんですが」


 あの日の戦いは日本中に広まっている。

俺は一躍有名人だ、といっても良い評判というよりは悪い評判が多い。

理由は分かっているから、反論する気もないが、結構批判というのは心にくるもので。


「あ、あぁ。それについては後で連絡しようと思ってたんだ。副会長が今日色々含めて会長と会議を行っている。夜に会見をするそうだが。そこで説明があるらしい。問題ないことを願うが」


「副会長? ダンジョン協会の副会長ですよね。あったことないですけど……どんな人なんです?」


「そうだね……策略家とでも言うのだろか、正直私は苦手だな、私とは合わなくてね。私が協会をやめた原因でもある……はは、これでは陰口のようになってしまうな。だがあの人はあの人なりの正義を持っているが」


 田中さんが言うには副会長と田中さん、さらに言えば景虎会長とも方向性が全く違う人らしい。

だが、昨日の協会の有事の時もいなかったし俺もテレビでは見たことあるが直接会ったことはない。

名前は、確か悪沢さん。


「あ、そうなんですね。とりあえず問題は……無いことを祈りますが、まぁ正直どんな処分も受け入れるしか」


「……君の力は世界中に知れ渡ってしまった。詳細はわからないだろうが、その転移の力もね。今後間違いなく世界の中心になっていくだろう」


「はは……じゃあ俺はA級キューブの準備をします。龍の島奪還作戦までには攻略しておきたいので」


「わかった、沖縄のキューブはいつでも行ってもらって構わないようになっているからまたやるとき連絡だけしてくれ」


「はい! よし、凪。話は終わったから帰ろうか」

「はーい。田中さんお世話になりました!!」


 俺達が帰ろうとすると、田中さんが何か聞きたいことがあるのか引き留めた。


「あ! 灰君! そういえば君って協会のスカウト受付設定はどうしている?」


「スカウト受付設定? ……なんでしたっけ?」


「攻略者資格を登録したときの各ギルドのスカウトに対してコンタクトをどうするかの奴だ。不可、自由、協会経由の三つを選べる。基本みんな自由にしているが……」


「あぁ、自由が一番受けやすいって言われたからそのままですね。俺E級だから来るわけないと思ってましたが」


「そうか……なら変えておいたほうがいい。多くのギルドが君の存在を知ってしまったからね」


「了解です、明日変えておきます」


 ダンジョン協会に登録しているギルドのスカウトなら、個人情報を参照できるシステム。

といっても参照できるのは協会に登録してある基本情報のみだが、住所も登録されている。

ただし、ギルドのスカウトは身分も明かして参照するため履歴は残る。

だから別に悪意ある使い方ができるわけではないが、上位の攻略者は不可、もしくは協会経由のみにしている。


 でなければ自宅にスカウトが頻繁にくるそうだからだ。


「では失礼します!」

「失礼します、田中さん!」


 そして俺と凪は家へと帰ることにした。

彩からメッセージが10通ぐらい来ていて怖いが、既読にせず少し落ち着いたら見ることにしよう。

画面が割れてて取れなかったって言い訳通用するかな。


~しばらく後。灰 自宅


「扉壊れてるけど……中はそんなに荒らされてないか」


 家に帰ると俺の家の扉が壊されている。

おそらく滅神教がまずは俺を狙ってきたからだろう。

だが、ここに俺はいなかったので協会を襲ったと。


「うわーー。よかったね、沖縄にいて」


「そうだな、本当に運がいい。とりあえず根津さんに言って修理してもらおっか」


「うん!」


 修理はすぐに来てくれてその日のうちに扉は修理される。

俺はその間ライトニング戦でバキバキにされたスマホの修理も依頼しにいった。

凪もこれを期にスマホを購入させることにする。

連絡はいつでも取れる方がいい、一番高い機種にしてやったら喜んでいた。


「では、明日朝に仕上がりますので!」


 時刻も良い時間なので、俺と凪はご飯を食べて会長の会見を自宅で待った。


「そういえば凪。中学校にはいつから行くんだ?」


「いかなきゃだめ?」


「だめ」


「えー。私アヴァロンに入りたい!」


「卒業したらな。義務教育は受けなさい! お兄ちゃんが許しません!」


「やれやれ、過保護な兄を持つと大変だ。わかった、ちゃんと申し込む」


「うん、制服楽しみにしているぞ!」


「それは私も楽しみ。あ、始まったみたい!」


 俺達がテレビを見ながら談笑しているとその会見は始まった。

悪沢副会長が、登壇し日本中に会見を始める。

でっぷり太った悪代官のような見た目をしている悪沢副会長、確かC級覚醒者だけど東大出身で政治家の二世だとか。


 年は40ほどだろうか、悪く言えばどこにでもいる太った中年。


 その悪沢副会長が話し出す。


「日本ダンジョン協会副会長、悪沢輝明です。先日のテロ行為についてですが、まずは滅神教については4名のS級覚醒者、全員の死亡を確認しました。加えて被害についてですが……」


 そうして悪沢会長は事の詳細を発表していく。

戦死者の数や、被害、今後の対応と復旧についてなどなど。


「そして最後に、皆さんが気になっていると思われる天地灰という少年ですが、日本人でありS級であることが認められました」


 その瞬間記者達の声が漏れて会場がざわつく。

日本に5人のS級、その6人目が現れたからだ。


 俺はそれを見ながら固唾を飲みこむ。


「そして先ほど日本ダンジョン協会役員会議にて過半数で決定いたしました。……天地灰の日本ダンジョン協会が発行する攻略者資格を──」


「え?」


「──剥奪することにいたします」

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