第79話 頂点と雷ー5

 俺は会長を田中さんの影へとライトニングで転移し、病院へ連れていく。

会長を田中さんに預けて、すぐさま、レイナといるはずの先生の影へと転移した。


 会長の腕を先生にくっつけてもらわなければならない。


「先生。すみません、何度も」


「なんとか延命だけはしたが、もうこれ以上は無理じゃ。最後の言葉を精一杯交わしなさい」


「……はい」


 先生は、全力でソフィアさんの命を繋ぎ止めてくれていた。

感謝してもしきれないが、今は会長も危ないので俺は先生を連れて、ライトニングで田中さんと景虎会長がいる病室に先生を連れて行く。


「なんじゃ景虎。次はお前か……ほら、くっつけてやるからこっちこい」

「はは、ご無沙汰しております。伊集院先生」


 すぐに先生は会長の腕をくっつけるために治療を始めてくれた。


「灰君。行ってきなさい。ここは良いから、レイナのそばに」


「……はい」


 俺は頷きレイナのもとへと向かった。


 ちゃんと謝らなくてはならない、救えなくてすみませんと。



「灰さん……戻られたんですね。ゴホッ……せっかくですが、もう長くなさそうです。隣にきてくれますか?」


「はい……すみません、ソフィアさん。……俺が……俺が弱かったから……すみません。すみません」


 俺は泣きながら謝った。

きっと倒してくると言ったのに、二人を救うって言ったのに。


 俺では無理だった。

もうここでこの親子の時間は終わる。

俺が弱いせいで。


「ううん、ありがとう、灰」


 俺はうつむきながらソフィアさんの隣に座った。

レイナが俺の手を握る。

俺はどうしても言葉がでなかった、俺が強ければこの人を救えたはずだ。

アーノルドを気絶させて、治癒し、レイナとこの親子は罰を受けるとしても笑い合える未来が来たはずなんだ。


 なのに、俺は救えなかった。

強くなろうって決めたのに。


 俺はソフィアさんの貫かれたお腹を見る。

もう血も少し乾きだしているが、紫色の魔力が揺らめく。


 俺は拳を握って、また泣いてしまった。


 その拳をソフィアさんが優しく握る。


「ありがとう、灰さん。初めて会ったのに、たくさん罪のない人を殺したのに。私なんかのために戦ってくれて。十分です、その気持ちだけで……」


「……救えませんでした……俺が弱いせいで。ごめんなさい……本当に……ごめんなさい」


「じゃあ……ふふ、責任とってくれる?」


「え?」


 ソフィアさんがかすれるような笑いを俺に向ける。


「灰さん。この子には、もう父も兄も、私もいなくなる。一人になっちゃう。だから責任とって……この子を家族の代わりに守ってあげてくれないかしら。強いけど弱い子なの、それにとびっきり可愛いでしょ? ふふ、意地悪かしら? こんな状態のお願い」


 そういったソフィアさんのふふっと笑った顔はとても綺麗だった。


 俺はソフィアさんの手を握り返した。

弱弱しくてもう今にも動かなくなってしまいそうな手だった。

その手を俺は両手で強く握り、まっすぐとソフィアさんを見る。


「はい、絶対に守ります。この命に代えても。彼女は俺の命の恩人でもありますから。今度は絶対に。もっと強くなって」


 それは心からの言葉だった。

一心さんがかつてソフィアさんに誓ったように。

俺のその言葉を聞いて、ソフィアさんは安心したように少し笑う。


「ふふ、あなた、やっぱりあの人に似てるわね。特にそのまっすぐな目が……すごくかっこいい」


「……俺は……」


「貫いてね。そのまっすぐな思い……揺れないで……ずっと真っすぐでいて……」


「……はい」


 ソフィアさんは優しく微笑んで、レイナに視線を移す。


「レイナ、頑張って生きてね。殺そうとしてしまった私が言うのも……変だけど」


「ママ、私。ママのこと恨んでないよ、ずっと、あの時から変わってないよ。……だから死なないで。だってまだママといっぱいお話したいよ、私あの頃からずっと……」


 レイナは幼い頃、封印を施されてそこからずっとだ。

まだ心は子供、今は時を超えてしまったような状態なのかもしれない。


 レイナとソフィアさんは手を握る。


「ママも、あなたともっと過ごしたかった。最後にある記憶は……縄跳びで二重とびできたことだもの。こんなに大きくなって……ママの若い頃そっくり。……ママも見たかった。一緒にあなたの成長を見たかった、もっと傍にいたかった。こんなに綺麗に……いつかここで結婚式も上げて、子供もできて……」


 二人ともその目には涙が溢れて止まらなくなっていく。


「ずっとずっと大好きだった。頭にモヤがかかっても、ずっとあなたのことだけを考えてた。ずっと会いたかった。レイナ……あなたを世界で一番愛してる。ずっと、ずっとよ……」


 そのソフィアさんの言葉は、狂信状態の時と変わらない。

あの状態でもレイナを好きと言い続けたソフィアさん、きっと本当にレイナのことをずっと思っていたんだろう。


 その言葉にレイナの感情をせき止めていたものが壊れた。


「うわぁぁぁ!! 死なないでよ、ママ!! いやだ、いやだ!! もっと一緒にいたいよ!!」


 何かが決壊したかのように、泣きじゃくるレイナ。

その頭をソフィアがなでる、俺は何もしてあげれずに傍で泣くことしかできなかった。


 母の胸の中で泣くレイナをソフィアは優しく撫で続ける。

その表情を俺は知っている。

昔母が、虐められて泣いている俺を優しく撫でてくれた時と同じ顔だったから。


「レイナ、お願い……最後に顔を見せて。もうよく見えないの、お別れかもしれない」


「いや、うっうっ。もっとママと一緒にいたい……いや!!」


 少し困ったような顔のソフィアさん。

きっと不安なのだろう、この状態のレイナを残していくことが不安でたまらないのだろう。


 だから俺は、無理やりレイナを引きはがし顔を上げさせる。


「レイナ、顔を上げて。絶対に後悔しないようにお母さんの目をまっすぐ見て。そして伝えたいことを精一杯伝えるんだ」


 レイナはその言葉に泣きじゃくりながらソフィアを見る。


「ありがとう、灰さん。そうだ、あなた。綺麗ってずっと欲しがってたから……これをあげるわね。ふふ、パパが見栄をはって、すごく高いのよ……」


 そういうとソフィアさんはその左手にはめていた指輪を取り、レイナの左手の人差し指にはめる。

ダイヤモンドとプラチナの指輪、永遠の愛を誓った指輪だった。

狂信状態になってなお、ずっと外すことはなかった愛の証。


「薬指はいつか……灰さんのため……に。だから」


 そしてソフィアさんは力なく震える手でレイナの左人差し指に指輪をはめた。


「この指にはめ……るとね……目標に向かって……前に進む力をって願いを。……レイナに……願いを込め……て……」


「ママ……うっうっ。だめ! 目を閉じないで! ママ! ママ!」


「人類の……あなたの未来は……きっと輝く……大好き、レイナ。幸せになっ……」


「わ、私も大好き! ママが大好きだからね! 幸せになるから! 安心してね!! 大丈夫だからね!!」


カランカラン!


 俺は泣きながら唇をかみしめて屋上のベルを鳴らした。

ソフィアさんが最後はきっと聞きたいと思ったから。


「あぁ……懐かし……音……ありが……と……一心……今いきま……」


 そしてソフィアさんは目を閉じた。

最後のレイナの必死な声で、安心し、満足したような笑顔で。


 そのベルの音を懐かしむように、愛する人に会いに行けると。

 

 握っていた手の力がなくなり、ソフィアさんは息を引き取った。


 俺とレイナはずっとずっと泣いていた。


 鐘の音だけが空に響く。




◇しばらく後


 俺とレイナはソフィアさんを連れて病院へと戻った。

病室では、会長が消毒して、治療を受けている所だった。

傷が塞がってしまったので、また少し切ってからくっつけなければならないようだ。


「あっちこっち連れまわしよって」


「すみません、伊集院先生。なるほど、沖縄で。田中君が無事なわけだ。とりあえず先生。この腕くっつきます?」


 会長がまるで痛みを感じてないように、その左腕を右腕でつかみながら先生に依頼した。

血は自然治癒のおかげかすでに止まっているが、正直痛々しくて見てられない。


「問題ない。すっぱり綺麗に切れとるからな。細胞も死んでおらん」


 このお爺さん先生、攻略者専用病院の伊集院先生のお爺さんらしい。

医者の一族で、今はこの沖縄で隠居しながらのんびり診療しているとのこと。


「一月分は今日は働いたぞ。もう店じまいじゃ、儂は寝る! 年寄りを酷使させよって……」


 ヒールを使いすぎてくたくたになった伊集院こと、日本のBJ先生は眠たそうに去っていく。


 見事にすべてのケガを治療していったので、本当に感謝しかない。


「龍之介が指揮を執ってとりあえずは一旦落ち着いたようです。なので、今日は私達は一旦休みましょう」


 天道さんだけは残って協会職員達と後始末を手伝うとのこと。

大変だが、田中さんも景虎会長も大量の血を失ったので無理はしないことにした。

会長も田中さんも輸血しなければならないらしい。


「ふぅ。ではまずは灰君。ありがとう、君のおかげで滅神教に勝つことができた」


「い、いえ……」


「こっちへ来なさい」


 そういうと景虎会長は、優しそうな表情で俺を呼ぶ。

頭をなでようと、ちょいちょいと仕草をするので俺はそのまま頭を下げた。


 そして。


「この……バカものがぁぁ!!!」

「い、いてぇぇ!?」


 俺は思いっきり殴られた。

それこそ本当に思いっきり、ステータスが上がったから死なないが普通に人なら死にそうなほど思いっきり殴られた。


「か、会長ぉぉ……」


 俺は少し涙目になりながら頭をさすって顔を上げる。

景虎会長は怒っていた、その表情は本気で怒っている。


「ご、ごめんなさい」


 だから俺は素直に謝った。


「まったく、あんな馬鹿なことをしおって!! 相手はあの暴君じゃぞ! 気まぐれで国すら亡ぼす男なんじゃぞ、それを無謀にもぶん殴りよって!!」


 俺はまた殴られる。


 でも甘んじて受けることにした。

とても痛いお爺ちゃんの愛あるげんこつ。

正直全面的に俺が悪い、ソフィアさんを救いたかったのは本当だが。


「反省しなさい、灰君は自分の命とこの国すら危うくさせたんじゃからな」


「はい、すみませんでした」


「反省したか?」


「しました。もっと強くなります。もう目の前で誰も失わないように、世界一強く。あのアーノルドよりも強く」


 俺は目を伏せて、深々と謝った。

この日俺は決心した、誰よりも強くなって、誰でも守れるようになりたいと。


「まったくわかっているのかわかっていないのか。じゃがまぁお前さんらしいな。……こっちへきなさい」


 俺はまた殴られると思った。

だがそうではなかった。

景虎会長は手を伸ばし、そしてそのまま俺を抱きしめた。


「無謀なことをしたことは反省しなければならないが、それは会長としての話。今からはレイナをずっと育ててきた親としての気持ちじゃ、ありがとう、灰君。レイナのために、そしてソフィアを救おうとしてくれて」


「……すみません、でも救えませんでした」


「わかっとる。止めたのは儂らじゃ。あれ以上は危険だと判断した。だから気にせんでいい。儂ら全員一緒じゃ。……ほら、レイナもおいで」


 そういってレイナと俺を景虎会長はその大きな手で抱きしめてくれた。

俺とレイナは今日何度目かも分からない涙を流す。


 泣いて泣いて、心を洗って、明日からまた生きなければならないから。


 こうして日本を襲った滅神教事件は一旦は終結を迎えた。


◇その日の夜


「では、レイナ君。やるよ」


「はい……送ってあげてください、ママを。ママも田中さんに送られるなら嬉しいと思います」


 少し休んだ、その日の夜。


 俺達はレイナの母、ソフィアさんの葬式を沖縄で行うことにした。

といってもソフィアさんは滅神教、一応は世間的に犯罪者なので俺達だけで秘密に行うこととなったからだ。


 葬儀は、俺とレイナ、田中さん、景虎会長で行った。


 火葬、そして遺体の骨と灰はすべて沖縄の海へと流すことになる。


 レイナもそれを了解した。

ここ沖縄、母の思い出の地で眠らせてあげて欲しいと。


「ファイアーボール」


 田中さんの優しいファイアーボールが、ソフィアさんを入れた棺桶に燃え移る。

優しく燃え上がる炎と煙がソフィアさんをゆっくりと天へと送っていく。


 俺達はそのまま目を閉じた。


 ここは丘の上、見下ろせば海、さざ波の音。


 燃やした灰をできるだけ遠くまで飛ばせるようにと田中さんが選んだ場所だった。


 ゆっくりと燃える棺桶、田中さんの魔力によってソフィアさんが灰となっていく。


「ママ……さようなら、私幸せになるからね」


 レイナがその火を見つめる。


 ソフィアさんを送る炎だけが夜を照らす。

月明りと炎だけの夜の沖縄の海、波の音と風が心地いい。


 レイナがもう一歩前に踏み出し、炎に触れられる距離まで近づく。


「絶対……幸せになるからね。安心……してね。大好きだよ、ママ……おやすみ」


 氷のように冷たかったその目には意思が確かに宿り、もう昔のようなレイナはいない。


 いつの間にか炎が消えて、残った灰だけが風に流されて飛んでいく。


 そして葬儀は終了した。

レイナだけはずっと灰を見つめている。


「灰君……儂と田中君は帰るから、頼んだぞ」

「はい」


 そういって二人は帰り、俺とレイナだけが丘の上に残る。


「レイナ……」


「灰……ありがとう。私のために、ママのために戦ってくれて。さっきアーノルドと戦う動画を田中さんにみせてもらった。灰の気持ちすごく伝わった」


 俺とレイナは見つめ合う。

レイナの目は真っ赤だった、涙こそ今は流れていないがたくさん泣いたのだろう。

そういう俺の目も少しだけ赤いが。


「すごく悲しいけど……ママは笑って死んだの」


「……」


「ママとね……本当はもっと話したいことがあった」


「……」


「パパのお墓参りも一度もいけてないの……お兄ちゃんのも」


「……」


「なんで……ママはなんであんな悪いことを……うっうっ」


 俺はゆっくりと涙を流したレイナを抱きしめる。

ソフィアさんがしてきたことは許されない。

仮に生きていても死刑だったかもしれないほどに人を殺している。


 でも、俺は知っている。


「ソフィアさんは操られてた。誰かはわからないけど……それが原因だ。だから日本が、世界中が許さなくても……俺だけはこういうよ。ソフィアさんは悪くない」


「ママは悪くないの?」


「悪くない、ソフィアさんは何も悪くない。だから、レイナ。レイナが好きだったソフィアさんは何も変わってない」


 その言葉にまた涙を流すレイナ。

犯罪者である自分の母を、自分を殺そうした母の事情を知って止めどなく涙が溢れる。


「だから俺が見つける。その元凶を。ソフィアさんがこうなってしまった原因を」


 俺は力強く決心した。

滅神教の大本、奴らが言うあの方、きっとそいつが狂信状態にしているんだ。

目的は分からない、でもそれを倒すことが俺の使命だと思った。


「……私も戦う。灰だけに任せない」


 俺の胸の中でレイナが顔を上げる。

真っ赤にはらした目に涙を溜めて俺を見る。

その目は俺と同じく決意の光。


「でも……」


 すると、またレイナが俺に抱き着く。

 

 そして、俺に言った。


「ありがとう、灰」


 レイナが俺をさらにぎゅっと抱きしめた。

俺もレイナを強く抱きしめる。


 小さかった。

世界最強の女性と呼ばれるレイナは本当に小さくて小柄で綺麗な少女だった。


 俺達はどれだけか分からない時間抱き締めあう。

 

 レイナが落ち着くまで、満足いくまで俺はレイナを抱きしめて頭をなで続けた。

どれだけ抱きしめていたかわからないが、レイナの涙が止んだ頃、レイナが俺の胸の中から俺を見た。


「ありがとう、すごく安心するね、灰に抱き締められると。……それでね……私お礼がしたいの。でも私は何も持ってないの。灰が喜ぶようなこともよくわからない……だから」


「いいよ、そん──!?」


 お礼がしたいと言ったレイナに、俺が大丈夫と言おうとした時だった。


 俺は不意を突かれた。

真下からの攻撃、俺の唇に柔らかい感触が起きた。


 それはレイナの。


「レ、レイナ!?」

「これぐらいしかできないけど……ご褒美に……なった?」


 柔らかい唇だった。


 俺は驚いた顔をする。

それを見て、レイナの表情が変わっていく。


「それともう一つ嬉しかったのが……笑ってほしいって言ってくれたこと……だからね」

 

 真っ赤になって慌てる俺、それを見てレイナは確かに笑った。

 

 優しい顔で、間違いなく。


 氷が解けて、初めて笑った。


 とても可愛い笑顔で俺に微笑みかけてきた。


「……ふふ、私笑えてるかな」


「レイナ……」


「ねぇ……灰、ママがいってたの、覚えてる?」


「え? ちょっと……え?」


 そしてレイナは満面の笑顔のまま、俺の手を取り指を絡めてくる。

そして人差し指に指輪をはめた左手の薬指を俺に触らせてもう一度笑って俺を見る。


「灰のためにこの指開けておくね、待ってる。……ずっと、いつまでも」


 満天の星空にレイナのまっすぐな笑顔と永遠を誓う指輪だけが輝く。


 沖縄の夏は、俺が想像していたよりも……。


「まじか……」


 二倍は熱かった。









あとがき

ということで頂点と雷編これにて終了です!

おおすじは変えてないので、あまり変わり映えしないかな。

基本的には昇格試験とかが大きく変わってますが。


ではこれからもよろしくお願いします!

作者のKAZUでした!

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