第78話 頂点と雷ー4

◇灰視点


 俺は全力で拳を振りぬいた。

『ライトニング』の残滓の雷を拳に纏って、全力で腰を入れて最高の角度。


 これ以上はない、そんな魂の一撃だった。


 衝撃波がアーノルドを殴った拳から周囲の瓦礫を吹き飛ばす。

アーノルドが殴ってできたクレーターへと叩きつけられて鈍い音があたりに響く。


 動揺し、魔力が揺れたアーノルドの最も薄い部分への一撃。

今俺にできる最高最大の威力での真下への振り下ろしだった。


 たとえ相手がS級だろうと、超越者だろうと命に触れるほどの威力の一撃。


「はぁはぁはぁ……」


 俺は目の前で地面に倒れるアーノルドを見る。

口からは血を流し、間違いなくダメージを与えている。


(頼む……気を失ってくれ……これ以上は……)


 俺は祈った。

これ以上はでない、これ以上の一撃は今の俺では出すことができない。

文字通り全身全霊、魂の一撃。

もはや体力もないし、脳も焼け焦げそう、これ以上は無理だ。


 だから。


『HAHAHA……効いたぜぇ。久しぶりに』


 立ち上がらないでくれ。


 アーノルドの眼だけがぎょろっと俺を向く。

そして俺の拳を意にも返さずゆっくりと立ち上がる。

口の中に含んだ血をまるで唾を吐き出すように地面に吐いた。


 確実にダメージを与えていた、ダメージを与えたがすでに完治。

白い煙と共に俺が与えた痣は完全に消えて完治。


『いつぶりだ? 俺が血を流すなんて……カリフォルニアのS級キューブの崩壊以来か……ちょっとじゃれるだけのつもりだったんだが……』


 アーノルドが真っすぐ立ち上がって俺を見る。


 届かなかった。


 届いたと思って手を掛けた頂点は、なんとか見えたと思った頂点は。


 分厚く灰色の雲の向こう、どこまでも高く伸びていた。

遥か高み、世界の頂点は、今の俺でも霞がかかってよく見えない。


 世界最強という言葉の重みは、思いの強さだけで超えられるほど──。

 

「!?」


 ──軽くはなかった。


 突如アーノルドの体から先ほどまでとは比較にならないほどの魔力が溢れる。


 俺は本能が叫ぶ通りそこから全力で後退した。


 全身の毛が逆立つのを感じる。

まるで目の前に銃口を向けられているような、剣先を向けられているような。


 だがそんなレベルのものではない。

なぜならどんな兵器よりも国すら亡ぼす怪物が、本気でその力を俺一人に向けたのだから。


 それはまるで魔力の炎上。

アーノルドの周りを紫の禍々しい魔力の柱が天まで届きそうなほど燃え上がる。


『覚悟は良いんだな、ガキ。死ぬ覚悟も、この国が滅ぼされる覚悟も……』


 俺はその世界最強の絶望的なステータスを見た。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

名前:アーノルド・アルテウス

状態:良好

職業:ベルセルク【真・覚醒】

スキル:回復阻害、超回復、獣神化

魔 力:1753000

攻撃力:反映率▶75%=1314750

防御力:反映率▶75%=1314750

素早さ:反映率▶75%=1314750

知 力:反映率▶25%=438250


装備

・なし

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 見る見るうちにアーノルドの見た目が変わっていく。


 その姿はまるで獣、まるで獅子。

それは多分獣神化というスキルで、その能力は全ステータスの強化だった。

職業は真・覚醒、おそらく覚醒のさらに上であるその職業クラスが関係しているのだろうか。


 俺はそのつぶれそうなほどのプレッシャーとバカげた魔力の放流を見て言葉を失った。


 あれは本当に神へと一歩足を踏み入れている。


 俺の直感がそう言っている。

俺ではあの存在に勝ち目がない、今の一撃も一瞬で回復された。


 どんな作戦を立てようが、どんな小細工を弄しようがこれ以上は俺ではダメージを与えられない。


 気を失わせるなんて天地がひっくり返っても……。


 俺が一歩後ろに下がりそうになった。


「あぁぁぁ!!」


 でも俺は大声を出して恐怖を超える。

大きな声を上げて、逃げ出したい心を奮い立たせる。


「逃げるわけにはいかないんだ!! 俺はお前を倒して……ソフィアさんを!! レイナを!!」


 ここで引くわけにはいかない。

レイナとソフィアさんが待ってるんだ。

今か今かと俺が勝利するのを待っているんだ。

 

 だから逃げない。

夢物語でもいい、理想だと笑われてもいい。

あの愛し合う親子を、俺では二度と手に入らないけど、まだ手を伸ばせば掴めるはずの未来をもう一度見てほしい。


 俺が震える手でもう一度剣を握ろうとしたときだった。


「それまでだ。坊主」


 俺は天道さんに背後から羽交い締めを食らった。

いつの間に背後にいたのか気づかなかったが、万力のような力抜けられない。

天道さんはそもそも俺の二倍近い魔力なので、本気で拘束されると逃げようがない。


「て、天道さん!! は、離してください!!」


 そしてもう一人、俺とアーノルドの間に一人。


『すまなかった。アーノルド。せっかく来てくれたのに、失礼な態度を取り続けた。どうか許してくれ』


『あぁ?』


 それは景虎会長だった。

景虎会長が、俺とアーノルドの間にゆっくり歩いていきアーノルドの前に立つ。


『あの子は友人の母が死にそうで……悲しさと怒りで前が見えなくなっている。お前なら少しはわかってやれるじゃろ。本当に心優しい子なんじゃ、まだまだ未熟なだけで。それでも人のために本気で怒れる子なんじゃ。……後先考えないのは若者の特権じゃが、あとでちゃんと儂が罰を与えるから、どうか許してやってくれんか』


『この俺をぶん殴っといてそれで許されると思ってんのか? 糞じじぃ』


『思わぬ。お前が滅神教を許さないこともわかってるつもりじゃ。じゃから……』


 景虎会長は、天道さんの刀を右手に持っていた。

天道さんはそれを横で見つめている。


 そして会長はその剣を右手で持ち、思いっきり自分の左腕を切断した。


「!?……会長!!」


 俺は叫ぶ。

そして会長が何をしようとしたのか理解した。


『……これでどうか、許してやって欲しい。足りないのならもう一本、頼むアーノルド。昔のよしみで』


 血が噴き出し、景虎会長の左手がアーノルドの目の前に置かれる。

そして会長が深々と頭を下げた。


「そんな、会長!! やめて下さい! 俺が勝手にやったことなのに!! なんで会長がそんなことを!!」


『灰君……事情はわかっとる。わかっとるから……それでもこらえろ』


「そんな! 会長! 腕が! どうして! だってそいつを倒せば、みんな!」


『わかっとるから黙っとれ!!』


 そういう会長の顔には涙が溢れている。

痛み? そんなわけがない、だって会長には痛覚遮断がある。

だからあれはきっと心の傷、ソフィアさんの死を受け入れるしかない涙。


 俺は初めて会長に怒鳴られて、口を閉じた。

それはいつも優しい会長の本気の声だった。

事情を知っているということは、きっと会長はアーノルドの回復阻害を知っているんだ。


 それでもあきらめろと言う。

俺達では、かの最強を気絶させることなどできないから諦めろと。


 そして景虎会長はもう一度アーノルドを見る。


『……どうだろうか、こんなおいぼれの手一本、満足はできないがどうか収めてはくれないだろうか。でなければこの首をへし折ってくれて構わない……あの子を許してほしい』


 そして会長が大量の血を流しながら膝をつき、首を差し出す。


『どうか、この首一つで許してくれ。灰君はこの国にまだ必要なんじゃ』


 それを見るアーノルドを纏う魔力が少しだけ弱まった時だった。


プルルルプルルル


『ちっ!』


 アーノルドがポケットから電話を取り出し、着信を取る。

鋼鉄に包まれた多少の運動では壊れない彼特製のスマートフォン。


『私だ。ボッシュだ』


『HEY、なんだ。大統領』


『アーノルド。今中継で見ているが、日本は同盟国だ、戦争は避けたい。滅神教を殲滅するという我々のミッションは完了した。その少年、天地灰の処遇はこちらできっちりと処理するので、なんとか許してやってくれないか』


『俺に命令か?』


『いや、提案でただのお願いだ。頼む……それ相応の謝礼は用意している』


『……ちっ』


 そしてアーノルドは電話を切った。


『おい、こんな萎れた腕なんかいるか。さっさとくっつけろ、見苦しい』


 アーノルドは会長に背を向けた。


『大使館に最高級の寿司100人前、一時間以内。それで今日は手を打ってやる』


『……感謝する。アーノルド』


『けっ! 相変わらず食えねぇジジイだ。おい、クソガキ! よかったな、守ってもらえて!! 見逃してやるよ!!』


「くそ……くそっ!! うっうっ……」


 俺は涙が止まらなかった。

悔しくて、悔しくて、力がない自分が悔しかった。

きっとソフィアさんとレイナは待っているのに。

俺があいつを倒すのを待っているのに。


 そしてその尻ぬぐいまで会長にさせてしまった。


 俺ではあいつを倒せない。

天道さんに羽交い締めされながら、俺は力なく泣いてしまった。


「坊主……ソフィアさんは死んだのか」


「まだ生きてます。まだヒールをすれば……あ、あいつを気絶させれば!! 俺達三人なら!」


 俺は必死にじたばたする。

天道さんが助力してくれたならきっと、そうだ、この人はソフィアさんの知り合いなんだ、だから!!


 だが、天道さんの返事は俺が期待したものとはやはり違った。


「諦めろ。もう……喧嘩じゃねーんだ、坊主。俺達がやったら、それは戦争だ」


「天道さん!! そんな!! ソフィアさんが死んでもいいって……?」


 羽交い締めされていた俺は突如下ろされた。

そして天道さんに抗議しようと、後ろを振り向く。


 だが、そこには。


「わかってる……わかってるが……諦めろ。頼むから。わかってるから……」


 絞り出すような声で涙を流す天道さんがいた。

その拳は強く握られ過ぎて、血が流れている。

唇をかみしめて、口からも血を流し、アーノルドを今にも殺しそうな目で睨む。


 それでも必死に耐えていた。


「頼むから……灰。引いてくれ、お前の気持ちは痛いほどわかるけど……ダメなんだ。これ以上は。俺たちじゃ勝てねぇし、犠牲がたくさんでる。じじぃもそれをわかってる。アーノルドが滅神教を絶対に許さないことも」


 それでも絞り出すように声を出す。


「天道さん……」


 俺はバカだった。

天道さんとソフィアさんは知り合いのはず、そしてレイナは天道さんの妹のような存在だ、会長だってそうだ、俺なんかよりもっとレイナを大事に思ってる。


 俺なんかよりも二人はずっと辛いんだ。


 なのに、歯を食いしばって耐えていた。


 俺はその表情を見て、すべてを諦めて涙を流す。


「うっうっ……くそ、くそ……」


 俺ではソフィアさんを救えなかった。

あの最強には手が届かなかった、レイナとソフィアさんの時間を伸ばしてあげることはできなかった。


「あぁぁぁ!!!!」


 俺は人目もはばからず泣いてしまった。


『HAHAHA、きちんと躾してもらえよ。顔だけは覚えておいてやるよ。悪くねぇ、パンチだった。効いたぜ、久しぶりに』


 それを見て、アーノルドが満足したように去っていく。

俺の攻撃のダメージはなどどこにも残っておらず、全くの無傷。


 悔しかった。

今にもあのアーノルドを殴りに行きたいぐらいに。


 でもそれは堪えないといけない。

もし先ほどの力で暴れられたら日本が、この国が危ない。


 それに、俺よりももっと辛い人が耐えているんだから。


 これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。


 今は何より優先しないといけないことがある。


 俺は自然治癒で血が止まっているが、それでも重傷な会長へと走っていく。


「会長!! すぐに病院に!! あの先生ならまだ間に合います!! ライトニング!!」

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