第77話 頂点と雷ー3

◇一方 沖縄


 ソフィアは何とか治癒の魔法に延命されて生き延びている。

だが回復はほとんど効果がなく、死へと向かう一方だった。


「ここ……懐かしいわ。レイナ、覚えている? あなたはまだ生まれてなかったけど……その後毎年一回はここにきたのよ?」


「うん……覚えてる。今はママとの思い出、しっかり思い出せる」


 レイナは封印していた記憶を開いた。

いつもの感情のない口調から、今は全てに何かしらの感情が乗っている。

数十年封印した記憶が戻ってくるとは一体どれだけの感情なのか。


「あの人がね……ここで一生君を守るからってこのベルを鳴らしてくれたの。……嬉しかったな……毎年いってくれたのよ、ここで。……あなたが生まれてからは家族を守るに変わったけどね……」


「覚えてる。恥ずかしそうに言ってたお父さんの顔……」


「さっきの人。もしかして彼氏さん……なのかしら?」


「……わからない、なんで私を助けてくれるのか」


 ソフィアは先ほどの記憶は残っているようで、灰に殴られたことを笑いながら指摘する。


「そっか……灰さん……あの人に似てる。……まっす……ぐな目が……すごく。レイナ、灰さんはあなたのために戦ってる……のよ」


「……なんで……私なんかの」


「……ふふ、いつか……気づけるといいわね」


◇一方 東京


『Come on boy』

「──ライトニング」


 二人の言葉が交差する。

その言葉が戦いの開始の合図だった。


 灰は戦う。


 アーノルドを倒せないとしても気絶させることができたなら回復阻害は解除されソフィアは助かるかもしれない。


 だからこの最強をここで打ちのめす。

遥か高見にいるその世界最強、暴君を、ただのエゴだとしても。


『HAHA! やれるもんならやってみろぉぉ!!』


 アーノルドが笑いながら拳を振り上げる。


 破壊の権化の一撃が灰を狙う。

一撃食らえばアウト、ガード不能の最強の拳。


 その一撃が灰を襲う。

だが、灰のライトニングの瞬間移動によってその拳は空を切る。


『ちっ……俺が目で追えねぇ。雷……レアな能力か──!?』


「はぁぁ!!」


 背後に転移した灰の全力の蹴りがアーノルドを襲う。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

名前:天地灰

状態:良好

職業:覚醒騎士(雷)【覚醒】

スキル:神の眼、アクセス権限Lv2、ミラージュ、ライトニング

魔 力:251185

攻撃力:反映率▶75(+30)%=263744

防御力:反映率▶25(+30)%=138151

素早さ:反映率▶50(+30)%=200948

知 力:反映率▶50(+30)%=200948


装備

・龍王白剣=全反映率+30%

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 実に26万を超える世界トップクラスの一撃。

その一撃はアーノルドと言えど無傷では済まないかと思われた。


 アーノルドが衝撃で吹き飛び、そのままビルを吹き飛ばし瓦礫が舞い、砂煙が舞う。


『きくかぁぁ!! クソガキ!!』


 だがアーノルドには効果がない。

体は飛んだが、ケガのようなものは一切ない。

溢れ出る化け物じみた魔力の鎧は灰程度の力では抜くことができない。


 アーノルドの叫びと共に砂煙と瓦礫が吹き飛んで、獣のような叫びをあげる。

ぶつかった時よりも激しく空を舞う瓦礫と砂煙、そこからアーノルドが灰に向かって駆け出した。


 再度拳を振り上げるアーノルド、だが灰はつぶやく。


「──ライトニング」


バチッ!


 雷の速度で交わす灰。

付近の影へと一瞬退避、昇格試験で苦戦させられた距離を詰めても逃れられるスキル。


 アーノルドが、構わずその破壊の拳で空を切る。

音速を超え、空気が爆ぜて、ソニックブームが発生する。

風圧だけで付近のガラスが激しく割れる。

衝撃だけで人が死にかねないまるで台風のような破壊力。


「きゃぁぁ!!」


 空から撮影していたアナウンサーもその強風でヘリが揺れ悲鳴を上げる。

それでもカメラを止めないのは、目が離せないから。


「やばいですって!! もう勝ったんだしいいでしょ!!」


「ダメよ!! 撮りなさい!! アーノルド・アルテウスの戦闘なんてそう撮れるものじゃないわよ!! 虐殺じゃなくて戦闘なんて!!」

 

 そのアナウンサーが言う通り、それは間違いなく戦闘だった。

 

 アーノルドの嵐のような猛追が周囲を吹き飛ばし、破壊していく。

その様はまるで大災害、人知を超えた最強の生物。


 一撃触れればすべてが終わる、回復だって許さない致死の拳。


 それでも。


『FUCK! ちょろちょろ逃げやがって!』


 雷は捕まらない。


(集中しろ……全部かわせ)


 灰はその目を一切そらさず躱し続ける。

脳みそをフル回転し、周囲の影へと移動し続けヒットアンドウェイを繰り返す。


(くる。絶対にいつか……)


 灰は待っていた。


 いつかくるそのチャンスのために。


『くそがぁ!!』


 最強のむき身のナイフを交わし続ける。

紙一重、それでも灰には当たらない。

神の眼を黄金色に輝かせ、破壊の化身から絶対に目をそらさない。


 その攻防は時間にしては数分だった。

しかし見るものすべての時間を止めた。


 息が詰まる。

呼吸を忘れる。

その戦いのあまりの激しさに、手に汗握って鼓動が早まる。


「なんという戦いじゃ……止められん」


 会長も天道も二人の戦いに割って入ることができなかった。

近づこうものなら巻き込まれて殺される。

それほどの攻防、鍔迫り合い、だがどんなものにも終わりはくるように。


 それは突然やってきた。


 一瞬の隙。

アーノルドが作った一瞬の刹那の時間。


 それを灰は見逃さなかった。


(……きた!)


 アーノルドの背後へとライトニング。


「灰君!!」

「坊主!!」


 誰もが思った、これは決まる。

アーノルドの完全な死角、世界最強といえど確実に一撃は無条件でもらうタイミングだと。


『HAHAHA……まじで良い目してやがる』


 だが、違った。

 

 アーノルドが全く同じタイミングで上半身だけ体を反転させて、拳を振りかぶっていた。


 それは罠だった。

アーノルドが仕掛けたコンマ一秒の罠。

灰ならば見つけることができると思った小さな綻び。


 それはある意味アーノルドが灰を認めたことと同義ではあった。


『俺に頭を使わせたことはほめてやるよぉぉ!!』


 それは灰を捕まえるのは難しいと感じたアーノルドがおびき寄せた巻き餌。

達人レベルにしか見抜けないほんの一瞬の隙、それこそ魔力すらも薄めて誘う。


 まんまとおびき出されたアーノルドの背後に転移した灰に最強の拳が迫りくる。


 まさしく完璧なタイミング。


 全員が思わず目を閉じた。

次に見るのはきっと灰の上半身が吹き飛ぶ光景。

そんなのは見てられないと、全員が目を逸らす。


 全員が眼を閉じる。


 逸らさないのは。


「知ってるさ、魔力は嘘を付けないから。だから──」


 金色に輝く神の眼だけ。


「──ライトニング」


『!?』


 灰は神の眼で見えていた。

先ほどの隙はアーノルドの罠だということも、人は仕留めたと思ったときが一番油断することも。


 だからあえて誘われ、嵌めることにした。

アーノルドの背後に回り、そして殴られる直前にアーノルドに触れて『ライトニング』によって灰共々瞬間移動。


 アーノルドごと、付近の影へ。

転移によって反転する天と地、アーノルドが踏みしめていた地面は消えた。

体勢ごと入れ替わる転移、そのまま灰を粉砕するはずだったアーノルドの全力の拳が地面を粉砕していた。


 さらに灰は、もう一度転移していた。

アーノルドの背後の影へ。


『な!?』


 その現象に驚き目を見開くアーノルド。

久しく驚くような感情を感じてこなかったアーノルドが突然の転移の感覚に驚き揺れる。


 心が揺れれば。


「動揺したな」


 魔力も揺れる。


『はぁ──!?』


 アーノルドは声がした背後へと無意識に振り返る。

地面を正面にしているため、正確には空に向かって真上へと。


 振り向くアーノルド、日差しが一瞬眩しいと目を細めた瞬間だった。


 目の前に灰の拳が迫る。

雷を纏って思いを乗せた願いの拳。


 ただ一瞬でいい、一瞬でいいから倒れてほしい。


 あの親子を、今なお手を握り俺の勝利をただ待つ親子を。


 そして心を閉ざしてしまったレイナを。


 もう一度笑顔にしたい。


 そう願った魂の一撃は、きっと頂点にだって。


「──はぁぁぁ!!」


 手が届く。

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