第76話 頂点と雷ー2

「か、灰君!?」


 転移した先、そこは病院だった。

目の前にいるのは、田中さんとお爺さん。

よかった、田中さんは一命をとりとめている。


「田中さんよかった。でも今は! 先生! この人を!!」


 俺はすぐにベッドに寝かせて、先生に治療を依頼した。

傷は深いが、この人なら助けらえるかもしれない。

先生達は、テレビで状況を見ていたようですぐに話を理解してくれた。


「わかった! そこに!」


 だが俺には不安があった。

それは、ステータスを見た時のアーノルドのスキルの一つ。


「なぁ!? 治癒の魔法がきかん……」


 俺はやはりと目を閉じた。

アーノルドのステータスを見た時、あいつのスキルに、回復阻害というスキルがあったからだ。

もしそれがそのままの意味なのだとしたら、きっと治癒の魔法が効果がないのだろう。


 俺は神の目で見つめるが緑色の治癒の魔力が、アーノルドの紫の魔力に邪魔をされてうまく回復できていない。

ソフィアさんの状態には、回復阻害となっていた。

俺はその詳細を見つめる。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

属性:状態

名称:回復阻害

入手難易度:ー

効果:自身より知力が低い覚醒者の回復系魔法を無効化する。

説明

魔力を用いたあらゆる回復効果を阻害する。

解除条件:術者(アーノルド)が解除、もしくは気を失う(死亡含む)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「こ、これでは……もう助からん……内臓が……」


「……回復阻害。やっぱり治癒が効かない」


 そこには回復阻害の詳細が書かれていた。

そして案の定、こういった持続タイプの共通的な解除方法も。


 それはアーノルドを倒せという、世界一無茶な解除方法だった。


「ママ! ママ!!」


 レイナが目を閉じて青くなっていく母を呼ぶ。


「ゴホッ……レイナ……ここは?」


 その呼びかけに答えるように、ソフィアさんが目を覚ます。


「ママ!」


「……波の音、懐かしい匂い……ここはもしかして海?」


 この病院は海に隣接している。

というか俺達が泊ったホテルの目と鼻の先だ。

開いた窓から波の音と潮の匂いが漂ってくる。


「沖縄ですよ、ソフィアさん。あなたが結婚式を挙げたホテルのすぐそばです」


 すると田中さんがソフィアさんに伝えた。

ここが沖縄であり、思い出の場所だということを。


「田中さん……そうですか……何かモヤのようなものが晴れた気がします。私は許されないことをたくさんしたのですね、曖昧ですが覚えています……死ぬのは当然ですね……すみません、田中さんにもひどいことを……」


 そういうソフィアさんは、悲しそうに眼を閉じた。


 俺はソフィアさんのステータスを見る。

なぜなら戦っているときの表情とは、あまりに違いすぎて本当に優しい顔にもどっていたから。

そして案の定、狂信という状態が死という文字に変わっている。


「ママ! ママ!! 私、私!!」


「レイナ……ごめんね……たくさんひどいことして……ごめんね。言い訳になるけど、それが一番あなたのためって思い込んでたの。ごめんね、たくさん痛い思いさせてごめんね」


「ううん、ママのせいじゃない……死なないでママ!! 死なないで!!」


 レイナとソフィアは手を握り合う。

レイナは大泣きし、ソフィアさんは全てを諦めたような表情だった。


 それでも必死に笑顔を取り繕う。

そんな余裕があるような傷ではない、痛みはもはや振り切っている。

それでも死に行く母は娘に心配かけたくないと笑顔を作っていた。


 俺はその光景が目に焼き付く。


 そしてかつて見た狂信のステータス詳細を思い出す。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

属性:状態

名称:狂信

入手難易度:ー

効果:思考を誘導され、催眠状態に陥る。

解除方法:術者が死ぬか、解除する。

     もしくは対象者の死が確定するほどのダメージを受ける。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 きっとソフィアさんも、この術者にレイナを殺すことこそが正しいことだと教え込まれたのだろう。

でもきっとそれは、殺すことだけで、アーノルドに殺されることは違ったのかもしれない。

もしかしたら土壇場で娘のために狂信を破ったのかもしれない。


 あの行動がとれた意味はわからないが、ソフィアさんは最後の最後で狂信を破った。

それはきっと最愛の娘のために。


 その時、田中さんが俺に提案した。


「灰君、頼みがある。二人をあのホテルの屋上まで連れて行ってくれないか? 君の力で。そこでせめて……頼む」


 俺はその意図を理解した。

ここから昨日宿泊したホテルまではライトニングのスキルを使い、影を移動し続ければ一瞬だ。


 俺はソフィアさんを抱きかかえる。


 そして。


「先生、レイナ。失礼します」


「な、なんじゃ!?」


 俺は医者の先生と、レイナに触れた。

そしてライトニングを連続発動させて、あのホテルの屋上まで移動した。

幸い建物の上は連続で影がうまくつながっており、すぐに到達することができた。


 そこは綺麗な庭園だった。

大きな銀色のベルと多くの彫像や人口の川のような自然をうまく使った空中庭園。

俺はレイナとソフィアさん、そして先生をベルのオブジェの横にまで転移させる。


「なんじゃ……いきなり……」


「先生、すみませんが治療を続けてください。俺がなんとかしてきますから、治癒をし続けて延命を。レイナ、ソフィアさんのそばに」


「え? 灰は?」


 レイナと先生が何をするんだと俺を見る。

俺はゆっくりと目を開き、決心した。

もしかしたらこれは間違っているかもしれない、日本という国にすら迷惑をかける行為だ。


 それでも俺は決心した。

これはエゴだってわかっている。

何て身勝手な行動なんだと理解している。


 それでも俺は。


「……──ライトニング」


 この愛し合う親子がもう一度笑い合える未来が見たい。


◇東京


『おいおい、いつからJAPANは滅神教をかばうようになったんだ? うちへの反抗か?』


 灰が消えた後、アーノルドは会長達に詰め寄った。

会長も英語で対応する。


『そんなことはない。米国には正しい形で報告させてもらう。我が国とは同盟国なのでな。だからこの場はその矛を収めてはくれぬか』


 会長とアーノルドが見つめ合う。

その世界最強の男の眼光、少しの気まぐれで会長は死ぬことになる。

それでも景虎会長は一切目を逸らさなかった。


 命を握られる感覚、常人なら気絶しそうなほどのプレッシャー。

しかし、景虎は目を逸らさない。


『HAHAHA! 相変わらず気がつえぇ爺さんだ。まぁいい。どうやって消えたかわかんねぇが、あの傷じゃどうやっても助からねぇ。俺は寿司食って帰る』


 そういって、アーノルドは背を返してひらひらと手を振った。


(ふぅ……)


 景虎は安堵した。

あの気分屋のアーノルドのことだ、灰の態度から灰を殺すと言いかねないと内心びくびくしていた。

かの存在が本気を出したのなら、止められるものなど、この世界には数人しか思いつかない。


 そもそもいないかもしれない。

彼ら超越者同士で戦ったことなどないのだから。


 だから本当によかった。


 ソフィアのことは残念でしかたない。

だが、それでも灰が死ぬようなことにならなくて。

灰の言う通りなら、田中も生きているため被害は、滅神教が主になる。


 だから、本当に。


「おい……待て。アーノルド」


 よかったのに。


『あぁ? なんだ? 戻ってきたのか? あの女は死んだか? 治癒できねぇだろ! HAHAHA!』


「ソフィアさんは死にそうだ。治癒ができない。だから頼む。お前の力を解除してくれ。会長! すみませんが、伝えてくれませんか!! 回復阻害を解除してくれって!!」


「あ、あぁ!」


 会長が英語で翻訳し、アーノルドへと伝える。

だが答えは分かり切っていた、アーノルドは俺を見て答える。


『答えはNOだ。ガキ。滅神教は殺す。これは確定だ』


 アーノルドは半笑いで俺に告げた。

俺は驚かない、この答えは分かっていたから。

意味はわからないが、断られたことだけはわかる。


「わかってたよ……お前が解除するわけないよな。俺達が止めても殺そうとしたんだから」


 俺は拳をぎゅっと握る。

そして剣をもう片方の手で手に取ってぎゅっと握る。


『おいおい、なんだ? もしかして俺と戦おうってのか?』


「あぁ、そうだよ。……でもこれは俺のエゴだよ。ソフィアさんは滅神教で人も殺している。操られているとはいえ、世界にとって許される人じゃない、だからお前が間違っているとは言わない。殺す判断をしたお前の方が多分正しいよ。それでも……お母さんを失って泣くレイナは見たくない。レイナには笑ってほしい。もうあんな悲しい顔をしないで欲しい」


「灰君!? 待ちなさい!」

「坊主!!」


 景虎と天道が灰を呼び止める。

しかし、灰は止まらない。


 まっすぐ、そしてゆっくりとアーノルドのもとへと歩いていく。


「だからお前をぶん殴ってでも、回復阻害を解除させる。あの親子は……やっと出会えたんだ。10年だぞ、10年離れ離れになって、記憶を失うほどに辛い思いをして。操られているのに、それでもずっと愛する娘を思ってて!! それで……それでやっと。やっと出会えて言葉を交わせたたのに! 手を握れるのに! 残された時間がこれっぽっちなんて!」


『あぁ? もしかしてお前怒ってんのか? HAHA、そうかそうか。犯罪者ぶっ殺されて怒ってんのか』


「怒ってるよ。俺に正義はないけれど……多分間違っていることだけど、レイナの涙が! ソフィアさんのすべてを諦めたような……それでも娘を心配させないように作った笑顔が!!」


 その目は黄金色に輝いて、涙で金色に煌めく。


「この眼に焼き付いて離れない」


 その言葉にアーノルドは高笑いする。

そしてサングラスを外して、灰へとまるで殴れと顔を近づけ言い返す。


『Come on boy』

「──ライトニング」


 二人の言葉が交差する。

 

 頂点と雷が相対する。

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