第53話 出会いー4
俺は今田中さんに紹介された不動産屋。
その名も東京不動産に来ている。
うん、わかりやすいし、すぐに準備してくれてありがたい。
「天地様でございますですね! 私田中様からご紹介されました。根津と申します!」
店に入った俺をずっと待ってたのかと思うほどに、扉の前で名刺を出した男。
出会いがしらに、挨拶を手早く済ませ名刺を渡すサラリーマンで出っ歯……あれ? この人どこかで見たな。
「あの……どこかで……」
「天地様とは初対面のはずですが……あ、もしかして弟ですかね。私の弟が攻略者向けの武器を販売させていただいてます、田中様とは兄弟そろって懇意にさせていただいておりますので」
「あー……すごいですね、瓜二つです」
「よく言われます」
紫のスーツが怪しさを加速させるが、懇切丁寧な態度。
それに武器ブランド『フォルテ』で対応してくれた根津さんを思い出し、少し俺は心を開いた。
ここまで似ていることがあるのか? ステータスを見るに、名前以外ステータスが全部一緒だぞ、もはや奇跡だな。
「じゃあ根津さん。今日は妹と二人ですがよろしくお願いします」
「いえいえ、田中様の紹介とあっては私も熱が入るというものです、億ションを探しておられるとか、その若さで恐れ入ります」
「はは、贅沢といえば億ションだろうと考えるほどに安易ですが妹と二人で住める住みやすいところをお願いします。できるだけ凪には贅沢をしてほしくて」
「ふふ、仲睦まじくて羨ましい限りです。了解いたしました!」
根津さんは手をもみもみさせて、こちらを持ち上げに持ち上げてくる。
でも悪い気分ではないな、これがごまをするというやつか。
「ではお車をご用意しておりますのでこちらへどうぞ!」
そして俺達は車に乗って、物件へ向かう。
いくつかピックアップしてくれているそうなので、楽しみだ。
「いやーそれにしてもその若さでご立派でございますな! うちの弟に爪の垢を煎じて飲ませたいものです!」
「いえいえ、ちなみに今日はどんな物件なんですか?」
「私共の精一杯の物件でございます。お値段も田中様のご紹介とあっては全力で頑張らせていただきますよ!」
そんな話をしていると、物件についたようだ。
緑豊かな敷地に綺麗なマンション、これが億ションか。
そこは東京の目黒区、高級住宅街で利便性は抜群、周りはセレブだらけだった。
「ささ! こちらでございます!」
中には高級ホテルのロビーのような空間が広がっている。
隅々まで掃除され、ぴかぴかの大理石とよくわからないオブジェ。
「すごい綺麗ですね、根津さん」
「はい! 自信をもってご紹介できるお部屋ですよ!」
「お兄ちゃん、ワクワクするね!」
凪はとても楽しそうだった、キラキラした笑顔をしている凪を見るだけでこの選択はよかったと思う。
俺達はゆっくりと一歩を踏み出す。
残暑が厳しいというのに、フロア中が涼しい、この広い室内を冷やすためにどれだけの電力が使われているんだろうか。
我が家なんていまだにうちわしかないんだぞ、人力オンリーだ。
「最上階、といっても高層ではないので五階ですが、とても暮らしやすいと思われますよ、買い物にもすぐにいけます」
「いいですね、本当に住みやすそうだ」
俺は根津さんに案内されてエレベーターに乗る。
エレベーターだけでうちの家の半分近くあって広々としている。
「この物件が一番おすすめできますので、期待してください!」
そして俺達はエレベーターで上に昇っていく。
億ションのイメージは遥か高階層だったのだが、ここはそれほど高くない。
これなら田中さんが困ると言っていたように少し外にでるのに時間はかからないだろう、横はとても広いが五階建てだった。
「ささ! つきました、この階でございます。新築ですが内覧のご予約でいっぱいでして、ですが天地様がお決めになるのでしたら最優先でご用意させていただきますので!」
豪華なエレベーターを開けた先に待っていたのは、カーペットの床の廊下。
そして案内されるがまま綺麗な真っ白なドアを開けると、俺の家より広い玄関が待っている。
今日我が家より広いしか言ってない気がするが、黒と灰色の大理石でできたピカピカの玄関だ。
「うわぁー、すごいね。お兄ちゃん、うちより広くない? この玄関! きゃー! まるでテレビの中みたい!!」
凪がテンション高く、部屋の中を走り回る。
楽しそうでよかった。
「どうぞどうぞ、ご自由に見てくださいませ。仮にご購入することとなりましたら置いてある家具はすべて差し上げますです、はい!」
家具は全てくれるらしい、この意味の分からない前衛的なオブジェクトもくれるんだろうか。
枯れた木を組み合わせてなにを表しているんだろうか。
俺には全然わからないが多分おしゃれなんだろう、神の眼をもってしてもいったい何なのか全く分からない。
他にもおしゃれアイテムがたくさん立ち並ぶ。
何が書かれているかわからない絵も壁にかかっているし、これが芸術か。うん、まったくわからん。
「すっごい、このソファ! やわらかーい! お兄ちゃんきてきて!」
「ほんとだ……すごいな。我が家においたらこれだけで部屋が埋まるぞ」
凪はあっちへ、こっちへと笑い声をあげながら探索を開始した。
今は中学二年生の年齢だが、ずっと家で療養していたんだ。
まだほとんど小学生のようなもの。
だから楽しくて仕方ないのだろう、俺は微笑ましくそのはしゃぐ姿を見つめる。
「バルコニーもあるのか、バーベキューできそう」
パーティーでもするのかと思うほどのその広いリビングを抜けてベランダに行く。
そこには、中にあるジャグジー付きでTHE金持ちという感じの高級お風呂とは別に、露天風呂用のお風呂スペースがあった。
「すげぇ……」
「どうですか? お気に召しましたか?」
「はい、正直すごくいいと思います。ちなみにお値段は……」
「こちらですと3億3000万円ですが、天地様に限り3億円に頑張らせていただきます!」
「三億……」
俺は鞄に入っている魔石を思い出す。
あれ一つで5億にちかい値段で取引される。
A級の中でもボス級の魔力石は特別だ、A級キューブの通常魔物よりも巨大な魔石。
多くの攻略者が武器の素材として、そして国はエネルギー、財産、国力として求めている。
「ちなみに、住もうと思ったら最短でいつからいけます?」
「そうですね……ローンを組まれるかどうかで変わってくるのですが……」
「仮にですよ、一括で今日振り込めるといったら」
「一括で今日!? そ、それでしたらそうですね、こちらの物件はすでに完成しておりますし、ライフラインもすぐに手配可能ですので……住むだけでしたら急ピッチで用意しますので内緒ですがすぐにでも! まだ売買契約などは終わっておりませんが、そこは融通させてもらいますので!」
「わかりました、検討します」
実は田中さんにこの話をしたとき、狼王のA級魔力石の購入をアヴァロンがしてくれると提案してもらっていた。
その時の買取値が約五億円、ギルドアヴァロンは協会を通さず他の企業に直接素材や魔力石を卸せるのでとても高値で買い取ってくれる。
協会よりも10%は上乗せされているだろう。
だからお金はすぐに用意できる。
田中さんは今日にでも振り込めるといっていたので、問題ないだろう。
だから俺の中では結構決まっていた。
すると凪が満足して戻ってきたので、その物件はそれで終わりにし、他にもいくつかの物件を回った。
そして今は根津さんと東京不動産本社ロビーに戻っていた。
「凪どうだった?」
「えぇ……どれもすごかったけど……やっぱり最初かな。一番暮らしやすそう」
「俺もそう思う、……じゃあ決めちゃおうか、正直疲れたし」
「えぇ!? お兄ちゃんいつの間にそんなに大胆に……金銭感覚バグってない?」
「かもしれん。まぁいいだろ。18年近く我慢我慢の連続だったんだし、その反動だ。やりたいように、生きたいように生きるぞ、俺は」
「ふーん、お金使って変な遊び覚えないでよ? キャバクラとか」
「せんわ!」
「ふふ、知ってる。お兄ちゃん女遊びとかできなさそう、心が苦しいとかいって」
「兄を何だと思ってるんだ……じゃあ決めちゃうぞ? 本当に買っちゃうぞ?」
「いったれ、お兄ちゃん!!」
凪の後押しもあり、大きな息を吐きながら俺は契約書にサインした。
根津さんがとてもうれしそうにしていたが、この契約一つで根津さんにいったいどれだけのボーナスがでるんだろうか。
そう思うと少しいいことをした気にもなるな。
「ではこれから色々と契約があり、本来はその後なんですが……内緒ですよ? どうぞ、カードキーです」
手渡されたのはあの億ションのカードキー。
無理言って、もう今日から引っ越しの準備等させてもらえることになった。
これも田中さんの紹介のおかげだな。
その後契約のモロモロだったり、田中さんの魔力石換金だったり色々やっていたらその日は終わってしまった。
俺と凪は今日は一旦6畳一間の現在の我が家へと帰る。
久しぶりに布団を並べて隣で眠る。
急だが今日がこのかび臭く狭い部屋ともお別れだな。
あ、ゴキブリいる。
「凪が隣で寝るのも久しぶりだな」
「そうだね。 ねぇ、お兄ちゃん! 明日買い物行きたい! 私小学生の頃のTシャツしかなくて……」
「おう!」
「ふふ、なんか地獄からいきなり天国に来たみたい。……早く世界中に治療法が広がって同じように苦しむ人がいなくなるといいね」
「あぁ、……彩は世界救ったな……じゃあ……おやすみ。また明日」
「うん、おやすみ!」
凪にもこの眼のことは言っていないし、治療法を発見したのは彩ということになっている。
これを知るのは彩と田中さんと景虎会長だけだ。
でもそれでいい、凪は巻き込みたくはない。
俺の妹だけど、この目のことを知って巻き込むことはしたくない。
「凪……大好きだぞ」
俺はあの日のことを思い出していた。
凪に強く当たってしまって、凪に気持ちに応えなかった日を。
「ふふ、あの時すっごく悲しかったんだ、体が痺れてきてすっごい怖くて……それにお兄ちゃんの迷惑になりたくないって……」
「そ、それは本当にごめん」
「許さない!」
「ど、どうすれば……俺にできることならなんだってするから!」
「じゃあ……」
そういうと凪がもぞもぞと俺の布団に入ってくる。
「私が満足するまでずっとぎゅっとすること!」
布団の中で満面の笑みで俺を見て抱き着いてくる凪。
俺はつられてそのまま笑顔になる、そして。
「ふふ……満足しても離さないぞ。おりゃ!」
凪をぎゅっと抱きしめる。
「きゃっ! もう……お兄ちゃん……でもすごく安心する。おっきくて優しくてあったかい……これが大人の男の包容力だね!」
「そうか? ガタイがよくなっただけじゃ……」
「そうかな、でも匂いはやっぱりお兄ちゃんの匂い……じゃあおやすみ……お兄ちゃん」
「あぁ」
俺はそのまま目を閉じる。
これほど幸せな気持ちで眠れるなんていつぶりだろうか。
だからこの幸せを守らないといけない。
誰が来ても、どんな敵がきても凪を、彩を、みんなを守れるぐらいに強くなることを静かに決意していた。
明日からB級キューブを攻略し続けて……魔力10万超え、S級になることを目指す。
しばらくすると凪から吐息が聞こえてくる。
すやすやと幸せそうな顔で眠っている。
俺はその顔にかかった髪を後ろに流しながらつぶやく。
「守るからな……全部から。俺が……」
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