第52話 出会いー3

「俺と同じか強いぐらいか……じゃあ──」


 俺は神の目を発動した。

あの鬼王を倒した日からこの目は強さを増していた。

スキルのレベルが上がったわけではない─そもそもレベルはないが─が、どちらかというと俺が慣れてきたというほうが正しいのだろうか。


 黄金色に輝く瞳が映すのは、世界に見えていなかった真実。


 魔力の流れが俺にはすべて見えていた。


「──俺がどこまで強くなっているか試させてもらうぞ!」


 その目で見た狼は、まるで紫の炎を纏う。

その炎が揺らぎ足元へと集まったかと思うと狼王は、地面を蹴りつけ俺に向かって駆けてくる。


 俺はミラージュを発動していない、そもそも効果が無いのだろう。

発動しても正確無比に俺のいる方向へ向かってくる。

その速度は、まるで銃弾のごとく。


「速い……でも……見える!」


 集中すると、世界はスローに変わっていく。

この目の力なのか、俺の集中力が増したのかわからない。

これだけ速い狼王の動きがはっきりと俺には見えた。

きっとそれは次にどう動くかがわかるからだろう。


「初手は右前足での切り裂き」


 俺はそのまま寸前で、最小の動きで躱す。

なぜならすぐに反撃したいからだ。


「ワォォォ!!」

 

 その右前足の腱を切り裂く、赤い血が噴き出した。

狼王は、負けじとその場で噛みつきを繰り出した。だから俺は首だけ動かしてその噛みつきを躱し、一番魔力が薄い首に短剣を突き刺し切り開く。


 先ほどとは比にならないほどの血が噴き出し、狼王はよろめいた。


(……ミラージュ)


 その場でミラージュを即座に発動、狼王は俺を一瞬見失う。

すぐに超嗅覚で看破するのだろうが、この一秒で十分だ。

常時ではなく、一瞬だからこそミラージュの効果は倍増する。


 俺はよろめく狼王の頭上から全力の振り下ろしで再度魔力が薄い部分を狙って首を断ち切る。


 防御することもできず、確かな肉を切り裂く感覚が俺の手に伝わった。


 そのまま着地をする。

背後ではドシンという音と共に狼王が倒れていた。


 俺は自分の手を見つめ、背後の狼を交互に見る。


「……強くなったんだな、俺は。この世界で上位に位置するぐらいには」


 目の前で動かなくなった巨大な狼を見て俺は自分の強さを認識する。

ほんの数か月前まではゴブリンにすら殺されかけていたのに、いまでは王種をも打倒できるほどに。


『条件1,2,3、4の達成を確認、完全攻略報酬を付与します』


 勝利を告げる音声が、この場の勝者を確かに決めた。

俺はすぐに狼王の魔力石だけは回収した、この魔力石は引っ越し費用に使おうと思っていたからだ。

数億円で取引されるこの魔力石、最上位の攻略者がバカげた金持ちであることも頷ける。


 会長の家なんて、何十億するかわからない豪邸だからな。


 あそこまではいらないが、普通の、本当に普通の家に住みたい。


 家族仲良く、ただそれだけでいい。

それだけを望んだのに随分と時間がかかった気がする。


「……ふぅ、これで帰宅か」


 俺の身体を光の粒子が包み込む。

暑いのでスキーウェアは全て脱いで薄着に戻る。

エメラルド色のキューブが開き、足元のチケットを拾って外に出た。


「……もう3時か、なんやかんや結構時間食っちゃったな。凪を迎えに行こう」


 俺はスマホの時間を見ながら、想定通りにいかなかったなと落胆し、そのまま凪を迎えに行くことにした。

大したケガもしていないので、問題ない。


 俺はそのまま病院に向かい、凪を迎えに行く。

一日たったが、体調はどうだろうか。

問題ないとは今朝電話で連絡は受けているが。



「凪、入るぞ? 体調はどうだ?」


「あ、お兄ちゃん!」


 国立攻略者専用病院の最上階 一室。

そこでは、凪がリハビリがてらなのか、歩き回っていた。

もう全然元気のようで、俺に向かって飛び跳ねて抱き着いてくる。


 俺はしっかり抱き締めた。

相変わらず細いが、顔色は相当に良くなっている。


「早かったね、夕方ぐらいだと思ったのに! でももう準備はできてるし、体調も万全!」


「たった一日なのに、随分元気になったな……」


 昨日はまだ顔色が悪く、青白い顔をしていたのにたった一日で凪の顔は少し赤みが懸かった健康的な色になっていた。


「うん! 実は田中さんって人がね、治癒の人を手配してくれて! 今日起きたら筋肉痛がすごかったのに、そしたらもうなんか一気によくなったの!」


「田中さんが? ……そっか。あとでお礼言わないとな。じゃあ凪帰ろう! 我が家に」


「はーい! 家より、ここの方が過ごしやすいけど!」


「はは、確かに」


 そして俺達は準備を始め病院を後にした。


「凪、引っ越そうと思うんだ」


「え? なんで?」


「いや、さすがに手狭というか、クーラーも臭いし、風呂も狭いし、いっそ引っ越そうと思ってな。なんならそろそろあのボロアパート倒壊するぞ。ギシギシいってるし」


「確かに……でもお金は?」


「何言ってる、お兄ちゃん攻略者として成功したから相当に金持ちだ。どこでもいいぞ! さぁ贅沢を言うんだ! 何でも叶えてやろう」


「ほ、ほんと!? ……じゃあ億ション!」


 いつも謙虚な凪には似つかわしくない言葉に俺は驚いた。


「億ション!? 普通の家がいいんじゃないのか?」


「まぁ冗談だけどね。……そりゃ憧れるけど……贅沢な家っていうと億ションぐらいしか思いつかなかった。お兄ちゃんと一緒ならどこでも」


 凪の冗談だったようだ、でも憧れるのはわかる。

俺達は元々は一軒家に住んでいた。

父さんと母さんが死に、凪が魔力欠乏症になってから家は売りに出し今の6畳一間に引っ越した。


 俺は基本的に東京で活動しているので、東京内がいい。

そうなると一軒家よりは、マンションのほうがいいのかもしれない。


「冗談だよ? お兄ちゃん……」


 俺が考え込むように、顎に手を当てていると凪が少し心配そうに聞いてくる。


 そして俺は目を見開いて答えた。


「よし……億ションに住もう!」


「え? 本気? さすがにそんなに稼ぐのは……」


「本気だ。凪、これをみろ」


 俺は鞄から一つの魔石を取り出す。

それは狼王の魔力石、A級中位に該当するこぶし大ほどの魔石だった。


「綺麗……お兄ちゃんこれは?」


「これは魔力石、A級に相当するボスレベルの魔物からとれる魔力石だ。これ一つで億は超える。今の俺はこれぐらいなら半日で稼げる」


「えぇ!?」


 凪が人目もはばからず大きな声を上げる。

通行人たちがこちらを見るがすぐに視線を戻した。


「だから金のことは心配しなくていい、今まで辛かった分精一杯楽しもう。俺は凪がしたいということは全部させてあげるつもりだ。……だから億ションに住もう!」


 俺はそのまま凪の頭をなでた。


「……お兄ちゃん……もう最高! 一生大好き! 結婚して!」


「はは、兄ちゃんも好きだぞ。血が繋がっているのが残念なぐらいだ。よし! こういうことを相談できる人がいるんだ、ちょっと待ってな」


「うん!」


 そして俺はスマホを取り出し、ついでと思って電話する。


「……もしもし田中さんですか? 今少しいいです?」


「あぁ灰君か。君のためなら時間はいくらでも作ろう。どうした?」


「えーっとまず、凪の治療ありがとうございました! もう退院できました!」


「それはよかった、みどりも喜んでいたよ。AMSの根絶は人類の悲願だからね、微力ながら協力させてもらった」


「本当に助かります、それでですね、話は全然変わるんですが……」


「ん?」


 そして俺は田中さんにお願いした。


「いい不動産屋を紹介してください!!」


 いつか同じようなセリフをいったなと思い出しながら。


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