第49話 精一杯の愛を込めてー4
「怖かったよぉ!! うわぁぁーーー!!」
凪は俺に抱き着いて、ぶるぶると震えていた。
数か月の間だが、完全に暗闇の中を閉じ込められていた恐怖は想像を絶するだろう。
だから俺は、ぎゅーっと抱きしめる。
「絶対助けるっていっただろ」
「……うん! お兄ちゃんが助けてくれるって信じてた!!」
俺はもう一度ぎゅっと凪を抱きしめた。
細くて軽い可愛い妹をぎゅっと、精一杯の愛を込めて。
「お、お兄ちゃん、苦しいよ~。そ、それにみんな見てるから!!」
「少しだけ……もう少しだけ……ごめんな。俺も大好きだから。本当にごめんな」
俺は凪の言葉を無視し、人目をはばからず抱き締めた。
あの日交わせなかった言葉をしっかりと伝えるように何度も繰り返す。
「もう……大丈夫。わかってる。お兄ちゃんが私のこと大好きなのはわかってるから……」
「あぁ……あぁ……よくわかってるな……」
それから俺と凪はしばらく抱き締めあう。
俺の涙が、凪の肩を濡らし、俺の肩も濡れていた。
「凪、体調はどうだ? 大丈夫か?」
「体調……うん! なんか変な感じだけど……動く!! や、やった!! 私元気だ!!」
凪が自分の体調がすこぶる良いことに気づき立ち上がろうとするが、すぐによろめく。
体調はよくなっても二か月近く寝たきりだったんだ、筋肉が衰えているに決まっている。
リハビリが必要だろう、そう思っていたのに。
「立てるよ! なんかすっごい体から力がみなぎるよ、これって……これがもしかして魔力!?」
「あーそうだった。凪はA級だったんだ」
筋肉が衰えていようが、A級の魔力を持つ凪ならば魔力の力で立ち上がれるだろう。
AMSが治り、魔力が体をめぐっている感覚を凪は初めて感じ取っている。
「え? うそ……私にそんな隠された力が……じゃあこれからは私がお兄ちゃんを虐める佐藤って奴から守ってあげるからね!!」
凪が正拳突きの構えをして、フンフンと唸る。
兄としてはとても嬉しいが、佐藤はもういないんだ。
それに。
「残念だが兄ちゃんのほうが強いからお前はまだ俺に守られるぞ」
「え!? お兄ちゃんそんなに? 断片的には聞こえてたけど……」
「色々あったんだ、本当に色々な。とりあえず今はゆっくり休め、まだ起きたばっかりなんだから。いつか全部話すよ」
俺はそのまま無理やり凪をベッドに寝かせた。
先ほどの筋肉と魔力の関係なら彩の説明通りなら魔力で無理に動かしているため筋肉繊維はズタズタになっているのかもしれない。
凪の魔力は、18750。
A級下位に該当する世界的に上位に存在するいわゆる化物だ。
まぁ俺の周りが化物だらけなので分かりづらくなってしまったが、一つの市では一番強いぐらいの存在。
日本でランキングを作れば1000位には入るだろう。
すると彩も挨拶をしようと一歩前にでた。
「はじめまして、凪ちゃん。私は龍園寺彩です。お兄さんとは仲良くさせてもらってます、よろしくね」
「す、すっごい美人さんですぅ……は、はじめまして! 天地凪です! お兄ちゃんの妹をやらせてもらってます!」
(なんか日本語がおかしいが間違ってはいないな)
「ふふ、元気になってよかったです。お兄さんに目元が似てますね、可愛い」
「そうですか? へへ、嬉しいな。……え? もしかして彩さんって彼女? お兄ちゃんの彼女!?」
「凪、違う。友人だよ、彼女じゃないから」
凪は俺と彩を交互に見つめる。
なぜか彩は目を合わせずに何かを悟られないように空を見る。
「……ふーん。そう、ふーん。なるほどねー」
「なんだよ、変な奴だな」
「別に? あ、私っていつ退院できる?」
すると伊集院先生が間に入る。
「おはよう、凪ちゃん。元気になってよかったよ」
「伊集院先生! すみません、ご挨拶が遅れまして。兄がお世話になりました」
「お世話になっていたのはお前だろ……」
「はは。それでだね。治療法はそこにいる龍園寺彩さんが提案してくれた。それを施したんだが……」
伊集院先生は、凪の背中に聴診器を当てて、繋がっている機器の数値を見る。
「うん。正常だ。凪ちゃんに関しては……悪いところがもうない。栄養失調気味だからはじめはおかゆのような消化に良いものから食べてほしいがそれぐらいだな。明日には退院するかい? 何かあればすぐ来てほしいんだけど医者としての判断では問題ない。といってもよく分からないからここにいても何もできないし、むしろ……灰君の傍の方が何かあった時大丈夫なんじゃないかとね」
伊集院先生の鋭い目を俺は口笛を吹きながら空を見て交わす。
ふふっと伊集院先生は笑うが何かに感づいているのかもしれない、さすがにするどい。
「じゃあ明日から退院します! お兄ちゃん、また一緒に暮らせるね!」
「あぁ、そうだな」
凪は満面の笑みを俺に向ける。
その笑顔に俺は自然とつられて笑った。
俺達はその日久しぶりの兄妹の会話をした。
俺は時間も忘れて今まであったことを凪の手を握り締めながら話した。
「お兄ちゃん、もっとお話ししたいけど……彩さん達はいいの?」
「え? ……うわ! もうこんな時間? 二人は?」
「多分気を聞かせてくれて別室だよ」
俺はすぐに立ち上がって、二人を呼びに行く。
「す、すみません、伊集院先生。彩!」
「はは、いいんだよ、私も経過を観察していたかったし」
「大丈夫ですよ、灰さん」
俺は二人に謝って一旦はお開きとした。
時刻すでに9時過ぎだったので、伊集院先生も彩も帰らせないといけない。
「じゃあ、また明日くるからな!」
「はーい! 待ってる!」
俺と彩は病院を出た。
もう暗いから送ろうかと思ったが、会長が迎えにきてくれた。
俺達は今外で会長の車を待っている。
何か用事があるから少し待ってほしいとのことだった。
「本当によかったです。それで発表はもうしていいですか?」
「うん! 任せっきりでごめんね」
「いいんですよ。少し資料をまとめて各国の医療機関と段取りをして……世界中に発表は二週間後ぐらいでしょうか」
「そか……俺はどうしよっかな……でもとりあえずS級は目指したいんだよな……」
「ダンジョンですか?」
「そう、一応は凪を起こすという目的は達成したけど……滅神教とかS級キューブとか世の中物騒だし守れるだけの力はいると思って」
「……そうですね、灰さんはS級を目指されているんですよね?」
「そう、田中さんと話してね。S級、今の最上位ほどの力がないと自分のわがままを通せないから」
俺はS級を目指す、でなければ滅神教がきても大切な者を守れない。
それに俺は強くなれる。
なのに、今の俺では勝てないような魔物が出た時もっと努力していればなんて言葉を吐きたくない。
どこまで強くなっても上には上がいるのだが、立ち止まるわけにはいかない。
大切な人を絶対守りたいから。
それに。
「彩のことも守ってあげないといけないし」
「──!?」
それは自然に出た言葉だった。
彩と会ってそれほど時間は経っていない、それでも俺はこの少女を守ってあげたいと思っていた。
といっても今では守られるほう、彩の方が数倍強いのだが。
「た、頼りにしておきます」
つーんっとそっぽを向いてそれでも恥ずかしそうに、嬉しそうにする彩を見て俺は少しだけ笑った。
プープー!
車のクラクションの音が鳴ったと思ったら病院のロータリーに黒塗りの高級車が現れる。
相変わらず長い車だ。
俺は会長だなと挨拶するために、後部座席の扉を開いた。
でも違った。
いや、正確には会長も乗っていたのだが二列目だ。
この長い車の三列目、俺が扉を開いた先にいたのは女性。
「……え?」
扉を開けた俺をまっすぐと無機質な目で見る少女。
首をかしげてどうしたのととでも言いそうな不思議な顔。
その髪は銀色で、彩に負けないぐらいにサラサラだった。
それなのに日本人離れした美しいプロポーションはどちらかというと肉感的で柔らかそう。
ラフな格好で露出している肌はまるで白雪のようにきめ細かく美しい白い肌が見える。
そして何よりも俺と目が合ったその瞳はサファイアのように輝いて、氷のように美しい。
「銀野レイナ……さん」
俺の目の前にいたのは、俺の命の恩人であり憧れの人。
世界最強の女性攻略者、銀野レイナだった。
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