第48話 精一杯の愛を込めてー3

「思ったより早く用意できたので」


 彩はそう言って荷物を見せる。

その中にはきっと粉末状の魔力石が入っているんだろう。


 エレベーターの中で俺達は静かになる。


 気まずい。


 いうなれば誰もいないからと大声で歌っていたら横から人が出てきた時のような感覚。

恥ずかしさのあまり、ちょっとだけ鼻歌でつづけてしまうようなあの感覚。


 だから俺は。


「うーん、ケガはもう大丈夫みたいだな……」


 まるで鏡で傷の後を確認しているようなしぐさを取る。

棒読みになりながらも、なにもなかったかのようにふるまった。


「あーよかったよかった。うん、少し切り傷もあったけど、きれてない、きれてない!」


「灰さん、筋トレが好きなんですか? 鏡の前でポージングをされていたようですが」


「ぐはぁぁ!!」


 俺のライフは一瞬で0になった。

気づいていて泳がされた? なんて恐ろしい子。

隠そうとした分、恥ずかしさは二倍以上となって俺の心をえぐり取る。


 だが俺とていくつも死線を潜り抜けてきたんだ、この程度では諦めない。


「さ、最近結構筋肉がついてきてな。魔力と筋肉って関係あるのかなって……」


「直接的な関係はわかっていませんが、魔力によって人体の限界を上回る動作を行うことにより筋繊維が傷つきます。それがあたかも筋トレと同じような効果を生むと研究結果はでていますので。ですので正しくは魔力によって筋肉が増えたのではなく灰さんが魔力を通じて多くの戦闘を行い、筋肉を酷使したからだと思われます」


 思ったよりしっかりした答えが返ってきた。

よかった、何とか話はそらせたようだ。


「あ、そうなんだ……腹筋が割れてて結構すごいんだよ、ほら」


 俺はその腹筋をガラス越し彩に見せる。

彩は少し顔を赤くし、それでも興味深そうにこちらを見ていた。


「……すごい……触ってもいいですか?」


「え? いいけど……」


 彩の優しい手が俺に触れる。

腹筋の筋を縫うように綺麗で細い指が爪でなでる。


「おっふ……」

 

 俺は思わず声が漏れる、だがそれよりも。

彩が鼻息を荒くしてよく聞こえない声で俺のお腹当たりでぼそぼそとつぶやいている。


「はぁはぁ……か、かたい……なんでしょう、この気持ちは……ドキドキする。あ──」


ポトッ


(ポトッ?)


 俺は何かが落ちる音がした。

彩の口から何かが糸を引いて落ちる、それはもしかしたらよだ……。


 俺が視線を向けようとした瞬間だった。


 目にも止まらぬ速さでハンカチを取り出し床の何かを拭く彩。

余りにも早く、神の目をもってしても見えなかった、これが素早さ10万近いS級の動き。


「失礼しました。とてもいい傾向だと思います」


「そ、そう? よかった。最近モテ期が来た気がするんだよね」


「え!? だ、誰かに言い寄られてるんですか!?」


「いや、なんとなくだよ? 勘違いかな……」


「はい! 勘違いです!」


「えぇ……」


チーン


 そうこうしているうちにエレベータは最上階へ。

俺達はそのまま伊集院先生を呼びだし、凪の病室へと向かう。

すぐに来てくれた伊集院先生は、すでに輸血の準備を終えていた。


 会長は忙しいため今日は協会本部に帰ったそうだ。

また経過を伝えることになっている、そもそもここにも会議を抜け出してきたそうで、部下に謝っているのが電話ごしに聞こえた。


 偉いけど、部下からは好かれているんだろうことがその会話だけでわかる。

部下にすまんすまんとフランクに謝り、部下からは怒られている会長からはやはり優しいおじいちゃんのイメージが残ってしまう。


「じゃあ伊集院先生お願いします」


「はやかったね、もう準備は終わってるよ」


 何やら科学の道具のような機器たちを部屋に持ってきた伊集院先生。

清潔に保つために、部屋にはオペ室のようなテントが張られていた。

そして両手に手袋とマスクをして、まるで外科手術のように、伊集院先生は血と粉末状の魔力石を混ぜ合わせる。


 俺と彩はその透明なテントの外から様子を窺った。


「凪ちゃんの体重から血液は四リットル、これの1%の40mlの混合液を輸血する」


 伊集院先生は、一つ一つ手順を口に出して俺達に伝えた。


「これで凪ちゃんの1%に値する血液と魔力石を同質量混ぜ合わせた。では、温度は……37度まで温める。……その後輸血を開始する」


 凪の赤い血と青いE級の魔力石が混ざりキラキラしたよくわからない色の液体ができる。

そして温め終わった血液が管を通して凪に輸血されていく。


「……以上術式終了……といっても混ぜて輸血するだけだがね、ちなみにこれは何という名前にする? 彩式とでも呼ぼうか?」


 テントから出てきた伊集院先生が笑いながら彩に問うた。


「アッシュ式と呼びます。粉末がまるで灰のようなので……」


「アッシュ……わかった。何やら他の意味すら感じるが詮索はしないでおこう。輸血は三十分ほどで終わるだろう、私は経過を観察したいからここに残るが……」


「残ります」

「俺もです!」


「愚問だったね。では続けよう。凪ちゃんの魔力はA級と聞いている。灰君、それは確かでいいのか?」


「はい! 凪の魔力は、18750。A級下位です。なのでE級からA級まで、5回輸血が必要です」


「うん、では……少し長くなるが頑張ろう」


 それから俺達は待機した。

俺はずっと凪の手を握っていた、冷たい感覚はまだ治らない。

神の眼のことを信用していないわけではない、とはいえこれを授けたのがだれかもよくわからないのだが。


 それでも今は頼るしかない。


 何度も救われてきたこの眼に、今は凪を託す。


「凪……」


 30分が過ぎ、次の輸血が始まる。

俺はずっと下を向きながら凪手を握っていた。


ピクッ


「え?」


 俺は確かに凪の手が動いた感覚を感じた。


「い、伊集院先生! 凪の手が! 手が少し動きました! 凪! 聞こえるか!」


 俺と彩が驚き立ち上がる。

それは伊集院先生も同じことだった、心拍を測定する機器を見ながら驚き立ち上がる。


「あぁ! 信じられないことだがあんなに低かった心拍も正常とはいかないが確実に正常値に近づいている! これは効果があるぞ、灰君!!」


「はい!」


 そして次の等級の魔力石を同様に、輸血を開始した。

俺は再度手を握る、永遠にも感じる30分の輸血時間、徐々に温度を取り戻す凪の手。


 俺は震えてただ願うことしかできなかった。


「凪……もうちょっとだからな……」


 神は信じていない、でもこの神の目は信じている。

この力が俺に与えらえた意味はまだわからないが、きっと意味があるはずだ。


「……」


 俺は凪の手を強く握りしめる。

次々と輸血されていく魔力石、たった二時間が永遠に感じるほどに長かった。


「では、これでA級の魔力石だ。頼むぞ!」


 そして最後の魔力石が輸血されていく。

もしこれで起きなければ失敗だ、もう俺に手立てはない。

そして多分凪はこのまま死んでしまうのだろう。


 不安だった。


 もし、これで目が覚めなかったら。

もしこのまま凪の手が冷たいままだったら。

もしこのまま何も言葉を交わせずに凪と別れることになったなら。


 俺は……。


「凪……起きてくれ。言いたいことがあるんだ、あの日言えなかった言葉が、凪に言いたい言葉が……」


 俺は凪が倒れた前夜を思い出す。


 あの日からずっと後悔していた。


 ただの八つ当たりだった。

寝不足と疲労、そして焦り、俺は凪に最低な言葉を言ってしまった。


『お前は寝るしかないんだから、寝てろ!!』


 もし神がいるとしたらこれは俺への罰なのかもしれない。

凪に八つ当たりのように寝てろといってしまった俺への罰なのかもしれない。

凪のせいじゃないのに、辛い身体を我慢して俺に笑ってくれていたのに。


 怖くて仕方なかったはずなのに。


 最後の会話は会話にすらなっていなかった。


 ずっと後悔していた。


「ご、ごめんね。いつも……ありがとう」


 それでも凪は俺にありがとうと伝えてくれたのに。


「大好きだよ、お兄ちゃん。おやすみなさい」


 凪は俺に大好きだよと伝えてくれたのに。


 俺は何も返してあげなかった。


 だからこれはきっと俺への罰だったんだ。

神が与えた試練だったんだ、でも俺は乗り越えた。

凪を救うために、命も懸けて。


 だから……。


「凪、治ったら中学生だな。今は14歳だから中2かな? 遅れた分勉強頑張らないとだめだぞ? 攻略者は……できればなって欲しくないけど。凪はA級だしな……」


 俺は凪が目覚めるまで必死にたくさん話しかけた。

凪が元気になったらしたいことがたくさんある。

小学校のころから俺の後をよちよちとついてきた妹、制服だって着せてあげれてない


 ほんの数か月前なのに、もう遠い過去のように思える。


 あの辛そうに笑ったパジャマ姿の凪を思い出すたびに胸が苦しくなる。


 歩くこともままならないのに、俺が帰ると絶対出迎えようとする凪を思い出す。

共依存、でも俺にとってはすべてだった。

生きる希望と言ってもいいほどに、たった一つの支えだった。


 いつも作り笑いをしてでも、俺に笑顔を向けてくれる凪は俺のすべてだった。


 だから起きたら今度はたくさん笑わせてあげよう。


 今度は心から本気で、作り笑顔なんかじゃなく。


 たくさん美味しいものを食べて、たくさん色んな所に旅行にいって遊んで、もう幸せでお腹いっぱいだと笑顔にしたい。


 何もさせてあげられなかった凪が、それでも俺を支えてくれた凪が。

辛くて、しんどくて、死にたくて、それでも俺に生きる意味をくれた妹が。


 目を覚ましたのなら。


 今度は精一杯の愛を込めて。


「う、うわーーん!! 怖かったーー!!」

「もう大丈夫だ、凪」


 力いっぱい抱き締めよう。


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