第44話 B級ダンジョンー3


「……強敵がくるとは思ったよ……思ったけど……まさか……王種とは思わなかった」


 降りてきたのは、鬼だった。


 しかしオーガとは違う、あんなみすぼらしい見た目をしていない。


 それは王だった。


 砂煙を舞い上げて、その存在は空もないはずのダンジョンの上から現れた。

成人男性の3倍はあろう巨大な体躯に、岩のような固い肌。

その皮膚は、剣なんか通るはずはないと思えるほどに硬たそうで、歴戦の猛者を思わせる。


 特徴的なまるで象のような二つの牙はオーガのそれだ。


 だからオーガ種ではあるのだろう。


 まるで王が纏う豪華な赤いマントを纏いながら落下の衝撃で膝を曲げ、何事もなかったかのように顔を上げるそのオーガは。


「ギャァァァァァァ!!!!!」


 確実な死の気配を放っていた。


「!?」


 灰の全身の毛が逆立った、本能が逃げろと警鐘を鳴らす。

しかし逃げる場所などない。


 ここはボスの部屋、逃げ場などどこにもないのだから。


 灰はステータスを確認しようと、集中する。

見たくはない、見たら後悔しそうなステータスをしている気がした。


 それでも眼をそらしてはいけないからと、黄金色に輝くその目をもって。


 その鬼の王を見た。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

名前:鬼王

魔力:30000

スキル:身体強化

攻撃力:反映率▶50%=15000

防御力:反映率▶50%=15000

素早さ:反映率▶50%=15000

知 力:反映率▶50%=15000


装備

・鬼王鎧=防御力+2000

・鬼王斧=攻撃力+2000

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「まじか……」


 そのステータスは、B級を余裕で突破し、A級に足を踏み入れている灰すら上回る。

攻撃力、知力に関しては肉薄している。

しかし他のすべてのステータスにおいて上回られる。


 間違いなく格上、A級の中位に触れそうな相手だった。


「ギャァァァ!!」


 雄たけびを上げる鬼王。

まだ心の準備も、戦う覚悟もできずに唖然とする灰に走り出す。


「くっ! ミラージュ!」


 それでも今までの経験からか、灰は即座に対応してみせた。


 ミラージュ、認識を阻害する格下相手には最強に近いスキル。


 ただし。


「くそっ! そりゃ、見えてるよな!」


 格上相手には効果は薄い。


 鬼王は灰を見失ったが徐々に看破し、斧を振るう。

ミラージュの効果は知力が上回られていると効果がほぼ無くなる。

さらに発動し続けるとより効果が薄くなる。


 だから灰は一旦スキルを解除した。

ただでさえ効果が薄いミラージュを発動し続けるより、ここぞというときに使うほうがいいと思ったからだ。


「はぁぁ!!」


 斧を振るって、隙を見せた鬼王の足へと切りかかる。

浅く切れる足は血を拭きだすが、痛みを感じさせる程度のかすり傷。


「くそっ! 硬い!」


 腰も入っておらず、腕の力だけで振り切った剣の一撃はほとんど効果を見せなかった。

切れ味は間違いなく最高に鋭い彩のアーティファクト、ただし俺がその力を使いこなせていない。


 それから鬼王と灰の命を懸けた攻防が始まる。

ただし、切り結ぶたびに灰がベットする掛け金は圧倒的に不利すぎた。


 精一杯集中し、避けきり反撃しても効果は薄い。

対してあちらの攻撃は一撃もらえば致命傷、なぜなら鬼王の攻撃力と灰の防御力には6000以上の隔たりがあるからだ。


 数値という差がどれだけ影響を与えるか、灰はわからないがそれでも6000という差が無事で済むわけがない。


「はぁはぁはぁ……」


 それでも灰と鬼王は切り刻む。


 鬼王は不思議だった。

自分の方が強いはず、なのに攻撃が決まらない。

それどころか浅くではあるが反撃される。


 納得できない。


 なんだこの目は。


 この黄金色に輝く目の奥にある炎はなんだ。


「はぁはぁ……これじゃ、力の試練の再現だな」


 灰が思い出すは初めて自分が本当の意味で覚悟を決めた日。


 対するはホブゴブリン、いまならば指一本で殺せる相手。

しかしあのときの灰にとっては紛れもなく強敵だった。

何度も何度も切り結び、命を懸けて乗り越えた壁。


「でもあのときよりも……」


 振り下ろされるは、命を刈り取る巨大な斧。


 逸らさないのは、真っすぐ見つめる覚悟の目。


「壁が高すぎるだろ!!」


 悪態をつきながら横に躱す灰。

あの時と違うのは、すでに命を懸けて戦う覚悟はできている。

そして戦う力も経験も意味もすべてを今は持っている。

なぜ戦うのかも今ならはっきり答えられる。


 なのに届かないかもしれない巨大な壁が立ちはだかる。


 それでも二度と目を逸らさないし、諦めない。

そんな灰だからこそ、この眼が与えられたはずだから。


「ぐっ!!」


 それでも力というのは、心だけで覆るほど単純なものではなかった。

否応にも疲労は灰の足を重くし、剣を握る力を弱める。


 交わし損ねた巨大な斧、上に掲げた剣を両手で支えて受けきった。


 衝撃が骨まで軋ませ、地面に灰の足をめり込ませる。


 このままつぶれてしまいたい欲求を跳ねのけて。


「あぁぁぁ!!」


 大声と共に、斧をはじき返す。


「ギィィ……」


 鬼王が灰を睨んだ。


 灰も鬼王を睨んだ。


 ふと二人の間に時間が生まれる。

そのときだった、灰の口から本音が漏れる。


「なぁ……言葉を理解できるとは思えないけど……お前達はなんなんだ」


 それはずっと気になっていたこと。


「なんで人と戦う? ……いや、それはお前らが言いたいセリフか。家にいきなり入ってきて攻撃してくるんだもんな……」


「ギィィ……」


「もしお前らに心があるなら、間違いなく俺達は悪だろうな」


 それは灰が疑問に思っていたことでもあった。

キューブとはなんなのか、魔物とはなんなのか。


 人が魔物を倒す理由は明白だ。

魔力石が欲しい、そして自分達の命の危険がある存在を滅ぼしたい。


 ただそれだけだ。


 じゃあ彼らはなんなのだろうか。

目が合えば殺しに来る。

まるでそれが定められた運命のように。


 疑問は尽きない。

それでも灰には戦う理由が、勝たなければいけない理由はある。


「それでも俺には理由があるんだ。……倒さなきゃいけない理由が。攻略しなければならない理由が……救いたい人が」


 直後灰の目が、鬼王にもわかるほどに黄金色に輝いた。


 目を見開き、真っすぐ見る。

それだけで、世界は変わって見えると彩に言ったことを体現するように。


 世界は黄金色に輝いて、神の眼は本当の力を発揮する。


「だから!!」


 直後灰は、走り出す。

鬼王へと切りかかるため、全力で走る。


「右から振り下ろし……」


 灰が見つめるは鬼王の右手。

集中し、目を凝らすように見た灰は、鬼王の身体に纏って魔力が見えた。


 そしてその流れすらも。


 鬼の王の何かが右手に収束していく。

直観だった。

だが確信でもあった。

その手から攻撃が来ると振り上げる前から灰にはわかった。


 それをしゃがんで交わし、カウンターを脇腹に決め初めて深い傷を与える。

事前に攻撃がわかっていたからこそ合わせられた完璧なタイミング。


 驚き叫ぶ鬼王、しかし驚いたのは灰も同様だった。

 

「……何だ? いまの」


 灰は無意識化で行った今の行動に疑問を抱き、一度距離を取る。

鬼王は深手を負ったのか、斧を地面に杖替わりし息を切らせる。


「……魔力が流動したように見えた? 俺はなんで今攻撃がくるのがわかった?」


 灰は自分の手を見つめる。

そこには先ほど鬼王を纏っていた魔力が動揺に見える。

まるで炎のように、水のように揺れ動き流動するそれ。


 今までなんとなく魔力の輪郭は見えていた。

だがここまではっきりと見えることはなかったが、今はその魔力の動きが見える。


 流れがまるで川のように、炎のように。


「もしかして……これ魔力の流れなのか?」


 灰は見つめる右手に力を込める、直後その揺れ動く魔力のようなものが右手に集まっていく。

力を込めるとは、今や魔力を込めると同義だ。

魔力は感覚で操れる、なぜ右腕が動くのか説明できないように感覚的に体をめぐる。


 そして、その流れが灰には確かに見えた。


「……魔力はなんとなく見えていたけど……ここまではっきりと流れまで見えるんだな。水? いや、炎みたいだ」


 その流れが見えるという事は。


「ガァァァ!!!」


 未来が見えることと同義でもあった。


 怒り狂う鬼王の一撃を、余裕すら感じるように躱す。

フェイントを含めようが、魔力の流れは嘘がつけない。

力をいれているか、入れていないか全てが手に取るようにわかる。


 そしてもう一つ。


 魔力は攻撃力であり、防御力。

纏えば矛、纏えば盾、そしてその魔力は体中を流動する。


 そして流れがあれば、『淀み』は生まれる。


 つまりはそこが。


「……はぁ!!」

「ギャァア!?」


 急所となる。


 灰はその直感を頼りに比較的魔力が薄そうな部位へと攻撃を加える。

その試みは成功し、明らかに今までの部位よりも柔らかく深手を与えることに成功した。


「……そうか、この眼の力。まだ使いこなせていなかったんだな。すごい力だ」


 黄金色に輝く目、その目が鬼王を真っすぐ射貫く。

怪しく輝く緑の剣を、真っすぐ鬼王に突き付ける。


 肩で息をする鬼王は、一歩後ずさった。

なぜなら先ほどまで小さかった存在が、弱かったはずの存在が。


「悪いがここからは多分……」


 明らかに大きく見えたから。


「一方的だぞ」


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