第42話 B級ダンジョンー1
「あら? 灰さんどうしました?」
「いえ、そこで景虎さんに捕まりまして……」
「がはは、捕まったとは人聞きが悪い。彩! 寿司だ、寿司! 腹が減った」
「ふふ、わかりました」
捕まったと言ったがなんとお寿司が出てくるようだ、会長の家に来たら毎日お寿司が食べれそうだな、お腹減ったらまた寄ろう。
俺はそのまま前と同じ応接室へと案内され、注文を終えた彩と景虎さんが席に座る。
「まず今日はありがとう。また彩を滅神教から守ってくれたと」
「今日の敵なら今の彩さんなら倒せるとおもいますけどね。とはいえ相手がどんなことをしてくるかわかりませんでしたから俺が倒しましたが」
「B級上位三名と聞いている。あれから一週間と経っていないというのに灰君の成長速度には恐れ入るわ。取り調べをおこなっておるのでまた灰君にも共有しよう」
「ありがとうございます、それに彩のアーティファクトの効果もあります。本当にすごい力です」
「そうか、成功したか」
俺は彩が作ってくれた剣を取り出した。
それを見る景虎さんは、彩を見た。
「キスしたのか?」
「ち、違います! ち……血をもらっただけです」
「舐めたのか。ふーむ……お前婆さんに似て結構大胆なんじゃな」
「も、もう! おじいちゃん!!」
「はは……」
俺は少し乾いた笑いを浮かべる。
その後寿司を食べながら俺は会長の本題を聞いた。
「うむ、まずはな……今度米国と共同作戦を行うことになった」
「米国? アメリカですか? 一体なにを」
「その前にだ。灰君、この世界に攻略されていないキューブがあることを知っているか?」
「……はい、確か四つ。どれもS級のキューブでありダンジョン崩壊を起こしていると。ロシア、中国、ヨーロッパ、そして……日本です」
これは調べればすぐに出ることだ。
このいずれも攻略されたことはない、未踏のダンジョン。
分類上はS級とされているいまだ誰も攻略したことがない4つの最上位ダンジョン。
「うむ、そのいずれもがまだ我々人類では攻略できない強さを持つ。というよりはまだキューブの外に出てきた魔物を数で倒す方が現実的ということだ。あとは入ってすぐのところで戦うぐらいか」
このいずれものキューブの周りには多くの上級攻略者が交代制で待機している。
S級を含むその攻略者が、外に出てきた魔物を数と作戦を使って倒す。
そしてその魔力石を回収するという流れだ、キューブの中に入ってアウェイで戦うよりよっぽど勝率がいい。
まるで城壁のように戦いやすい環境を整えて、人間に圧倒的有利な状況で戦う。
それが現状S級キューブへの対応方法だった。
「いずれもがS級、魔力10万越えの魔物達と聞いています。ボスは一体どれほどかわかりませんからね」
「そう、だが日本のS級キューブ。今では龍の島と呼ばれる東シナ海にある我が国の領土だった島ではそれすらもできていない」
「龍の島……二度の遠征でS級を三名も失ったと」
それは悲惨な事故だと当時のニュースの一面を飾ったの覚えている。
S級という神に匹敵する攻略者が三名亡くなる。
日本の国力が圧倒的に低下し諸外国に強くでれなくなった原因でもある。
今やS級の数こそが、国の軍事力といってもいいのだから。
「そして近々米国の力を借りて龍の島奪還作戦が開始される。まずは島の敵をすべて排除し、包囲網を作り定期的に狩れる状態を作り出す」
「……そうですか。すごいですね」
俺にはまだ遠い世界の話だ。
S級以上しか入れる話ではないだろう。
「天道龍之介、そして銀野レイナ君を知っているか? 今海外のキューブ攻略を依頼されて国外だが」
「もちろん! アヴァロンの代表で、S級上位の日本最強の攻略者の天道龍之介さんを知らないわけないですよ! それに……」
銀野レイナ。
最年少のS級攻略者で、女性の中で世界最強の魔力を持つ。
そして俺の命の恩人でもある銀色の髪の女性。
あの日俺を鬼達から救ってくれた氷像のような美しい女性。
「そう、その二人が日本代表として作戦に参加する。だが米国はS級を二十名用意しておる。こちらは二人なのにだ」
「20名!? す、すごい数ですね」
「あぁ、力の差を見せつけるようにな。日米安保の中、平等のようにうたっておるが実際のところ利権は大体奪われるじゃろう。といっても我が国に継続的にS級キューブの魔物を間引く戦力はないから仕方ないがな」
「……そうですか」
「そこでじゃ、灰君!」
とたんに景虎会長が身を乗り出し俺の肩を持つ。
「はい!?」
「もし作戦までに戦えるほどの力をつけたなら……どうじゃ参加してみんか? とはいえ命の危険が伴う。強制はしない。しかし……この国を守ってくれんか?」
「お、俺がですか!? そんな俺じゃ力不足です」
「儂も老い先長くない。心配なんじゃこの国が。だから……後継者が欲しい。この国を守るという大義を任せられる心優しい青年が。心技体。すべてが揃った真に強きものが」
「……そ、それは……」
「おじいちゃん……興奮しすぎです。灰さん困ってますよ」
「ん、ガハハ。すまんすまん。答えは今でなくてもよい。まぁ考えておいてくれ。まだあと十年は会長やるつもりじゃし。龍の島もまだ日程は決まっておらんしの」
「二十年はいけるでしょう。会長なら! でも……考えておきます」
俺達はその場は笑い合って話は一旦お開きとなった。
そして今俺はお風呂にいる。
なんでお風呂にいるって? 会長に無理やり泊れとごり押しされたからだ。
だが、いつもせまいユニットバスの中でシャワーだけだったので足が伸ばせるこのお風呂はすごく嬉しい。
俺は実はお風呂が好きだ。
湯船につかりながらほげーっとするのが結構好きだ。
だが、貧乏なのでそんなことはできなくなった。
というか、この風呂デカすぎるだろ、10人ぐらい入れるぞ。
俺はワクワクした気分で湯舟に浸かろうとする。
こういうときは彩がお礼でお背中流しますねとか入ってくるのが相場なのだが、さすがにそんなことは……。
ガラガラガラ
(きたーー!!!)
俺が期待に胸を膨らませながら振り返った時だった。
「はいるぞーーなんじゃがっかりしたような……ガハハ、彩かと思ったか? 残念儂じゃ」
そこには、美しい女性ではなく全裸のムキムキの爺さんがいた。
「か、会長!?」
タオルなどもってこず、裸一貫男立ち。
ってか体すごいな、傷だらけだけどあれは回復しないのか? そして……でかい、色々と。
「……なに、裸の付き合いぐらいしようじゃないか。儂は灰君のことをまだまだよく知らんのじゃから」
「そうですね、そういえば俺もあまり会長のこと知りませんし。じゃあせっかくなんでお背中お流しします!」
「おお、すまんの」
俺は会長の背中を流した。
大きい。
俺も結構ガタイがよくなったのだが、会長と比べると子供と大人だ。
色んな戦場を駆けてきた背中、俺はその傷をかっこいいと思った。
「灰君、聞いたぞ。妹さんがAMSでフェーズ3だと」
「……はい」
フェーズ3に入った患者は、体の中に閉じ込められる。
それはとても怖いことだが、それ以上に危険だった。
なぜなら体の免疫が低下して、合併症を引き起こす危険もあるからだ。
「……B級キューブにソロで入りたいか?」
「え?」
「危険じゃ。それでも行きたいか」
「……はい。きっとそこに鍵があると思います」
「……そうか。じゃあ許可しよう。儂の権限で特別にB級キューブ攻略をギルドではなく灰君個人に依頼しよう」
「い、いいんですか!? B級キューブの攻略はそれこそ億単位の稼ぎを出します」
B級キューブを攻略したとき得られる魔力石はすべて換金すれば億は下らない。
だからこそギルドは儲かるし、その攻略する権利はいつも競売にかけられ熾烈な争いを生んでいる。
だが俺がいくということは、魔力石は最低限しか拾えない。
ソロ攻略の俺では旨味を最大限得られない。
協会にとっても数億円の損失になるだろう。
「良い。儂と田中君ならうまく隠せるはずだ。といっても世間的にはNGなので大きく宣言はできなくてすまんが」
「……そんな、俺のわがままなのに」
「灰君。実はな……儂の息子とその妻、つまり彩の母親はな。AMSで亡くなったんじゃ。正確にはAMSとの合併症じゃが……」
「え?」
AMSは死にはしない。
だが体中の筋肉が動かなくなるとは、体力が落ちてほんの些細な病気でも死に至ってしまうほどに衰弱する。
それゆえに、老衰で死ぬよりも病気で死ぬ可能性のほうが高くなる。
「だから彩は魔力について必死に勉強しとるんだろう。プライドもあるが、それよりも魔力というものを理解してAMSをなくしたいと思っておる。……儂もそうだ。目を閉じればまだ思い出せる、どんどん細くなっていく息子の手の冷たさを。拳神なんと呼ばれても何もできずに握ってやることしかできんかった無力さもな」
そういって景虎会長は自分の手を見つめる。
「……そうなんですか。ご両親がいらっしゃらないので何かあったのかと」
「そう、まっすぐでそれでいて優しい子じゃった。君にとても似ている、特に眼が。……だからな。今の君の気持ちはわかるつもりだ。愛する家族がどんどん死へと向かっていく焦燥感。なのに何もできない無力さを。だが……君にはその眼がある。答えを見ることができるその眼が。助けることができるかもしれないその眼が」
「……はい」
「よし、次は儂が流そう」
俺はそのまま背中を向いた。
「いい背中じゃ。まだ傷は多くはないが……確かに誰かを守ってきた傷だ」
俺の背には彩を守るためにできた大きな傷がある。
景虎さんはそれを見て言っているのだろう、それに渚を救出するときに浅くだがオークに傷つけられた傷もある。
優しく背中を流されながら俺は懐かしい感覚を思い出していた。
記憶すら薄れてほとんど覚えていない遥か昔の父の手を。
俺達はそのまま湯船につかった。
温かいお湯が心までほぐし、お風呂は心の洗濯とはよく言ったように久しぶりに洗われていく感覚を思い出す。
「灰君。さっきの続きじゃが、AMSは今や世界でガンに並ぶほどに人を殺している病気じゃ。特に若い人をな」
世界中で数百万人が疾患し、毎年病人は増加している。
そして一度かかれば死ぬまでそのまま。
症状が緩和されることはない。
その恐怖は治療できる可能性のあるガンよりも絶望的だと言えるだろう。
「だから君の力で治療法が見つかるかもしれないというのなら……儂は全力で協力する。ルールを破ってでも」
「会長……」
そういう会長はいつもの元気な顔ではなく、少しだけ悲しそうな顔をしている。
亡くなった息子さんを思い出しているのだろうか、そして俺は今会長の気持ちが痛いほどわかる。
もしこのまま凪を亡くしたならばどれだけ俺は……。
だから。
「必ず見つけます。絶対に!」
「……ふふ、やはりこの国を任せたいのぉ……」
「それは……か、考えておきます」
「なら、彩の婿にならんか。あれは結構プライドが高いが実は優しくて器量もいい。どうじゃ!? 灰君なら!」
「はは、それは彩さんが嫌がるでしょう。とても美人だと思います、俺なんかじゃ……」
「え? 灰君鈍感系主人公じゃったか?」
「何言ってるんですか?」
「いや、なんでもないわい。彩は苦労するかもしれんな……」
その後俺と会長はのぼせるまで世間話を語り明かした。
俺は会長に心を開いていた、なんというか器が大きい。
何でも話せる会長は、記憶にもないおじいちゃんがいたらこんなのだろうかと俺はすでに会長に懐いていた。
「あら? まるで灰さん、おじいちゃんの孫みたいですね。ぶかぶかですけど」
用意された服を着て俺は外に出る。
ぶかぶかだが、会長と全く同じアロハシャツみたいなTシャツと短パン。
それを着て、風呂上りの牛乳瓶を飲む姿は会長とまるでシンクロしてしまった。
「お似合いですね」
そのまま俺は布団が敷かれた応接室で夜を明かす。
特にラッキースケベ的展開はなかったが、ラブコメではないので仕方ないだろう。
翌日 朝日が昇り、俺は立ち上がる。
「さてと……じゃあいくか!」
会長に指定されたB級キューブへと俺は向かった。
後ろで見送る彩と会長に手を振って真っすぐと。
B級キューブ、いまだ入ったことはない。
その先に何があるかもわからない。
期待と不安を胸に抱いて。
それでも高鳴る鼓動は、きっと俺は心の底から攻略者なのだろうと分からされる。
魔物は怖い、冒険は怖い。
それでも、ワクワクするのだから不思議だった。
「……一生くることはないとおもったけど。人生何があるかわからないな……」
そして俺は緑色のエメラルドのような輝きを放つキューブへと触れた。
あの日、自分とは一生無縁だと思っていた雲の上の魔物達が跋扈しているダンジョンへと足を踏み入れる。
抑えきれない胸の高鳴りと共に。
確かな目的と覚悟を持って。
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