第40話 お嬢様とおデートですー3

「……じゃあ今ここでやるけどいい?」


「……はい」


 俺はその返事を聞き、腰に差していたハイウルフの牙剣を取り出した。

俺が躊躇すると、彩がより恥ずかしい思いをすると思うので、なんでもないことのように俺は淡々と指小さく切った。


「で、どうしようか……」


「し、失礼します」


 彩が俺が切ったほうの手を両手でつかみ真っすぐ見つめる。

俺はこの後何が起きるのか少しだけ期待してしまう。


「ま、まずは直接。次に関節的に、そして次は一度持ち帰って時間をおいてから試します。だから……はぁはぁ……えい!」


カプッ


(おぅ……)


 彩が優しく俺の指をえい! という掛け声とともに咥える。

少し可愛いと思ってしまうのも仕方ない、そもそもめちゃくちゃ美人なので興奮するなというほうが失礼だ。


「……」


 俺は指に意識を集中した吸われる感覚。

それと柔らかい感覚、これは舌? 俺は思わず指を動かして彩の舌をなでるように触ってしまう。


 直後びくっと体を跳ねさせる彩。

指を加えながら彩が俺を上目遣いで涙目で見つめてくる。

なんだろう、いけないことをしている気分だし少しだけ俺の中のS心がざわめく。


「……あ、ありがとうございました。では……接種から3秒以内。開始します」


 真っ赤な顔の彩も俺の剣で軽く指を切る。

そしてその血を、先ほどの五億円する魔力石に与え念じるように両手で包み込む。

太陽のような光が個室を覆い、眩しい閃光に俺は目を細める。


 そして、美しいのにどこか禍々しい剣が現れる。

元々の緑色の球が、さらに緑色に怪しく輝き、鋭さを放つ。


「あれ? 剣?」


「はい、作るとき形をイメージしました。灰さんのこの剣を。多少大きさは変化できますんで」


「すごい……そんなこともできるのか」


「形は結構自由なんです。それに強度もA級魔力石だけあってすさまじいですよ。ですが先ほど言った通りにアーティファクトの効果は重複しません、それは武器も同じこと。おそらくですが、通常の魔力武器と同じ仕組みなのでしょう。より強い能力が下位の能力を上書きする。ならば最初から武器の方がいいですよね?」


「うん! すごい。まるっきり形が一緒だ。とても頑丈そうだし、強そうだ。グリップのところだけ何か巻かせてもらうけどすごいよこれ!!」


 魔力を帯びた武器は強い能力が上書きする。

それは周知の事実だった、もしそうでなければ攻略者は全員全身武器だらけなる。

しかしそうならない理由は一番強い武器だけが効果を発揮する。


 正確にいえば、各能力値への一番高い能力が……だが。

それを感覚ではなく、正しく知っているのはステータスが見える俺だけだろうけど。


 少し例をだすと、攻撃力が100上がる武器と、50上がる武器を両方もっていたのなら攻撃力100が上がる武器の能力が反映されるということだ。

ただし、攻撃力が100,防御力が50上がる武器があったとする。

そのとき、もう一つ攻撃力が50,防御力が100上がる武器を所持していたのなら、攻撃力と防御力は両方100上がるという仕組みだ。


「灰さん……どうですか?」


 俺はその怪しくゴブリンと同じ緑色に光る剣を見つめた。


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属性:アイテム(アーティファクト)

名称:鬼王の宝剣

入手難易度:S

効果:全能力の魔力反映率+20%

説明

鬼王の魔石を、アーティファクトと化したアイテム。

鬼王は、A級上位に値するゴブリンの終着点である魔物。


適合者:天地灰

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「成功だよ! 彩成功だ!! 大成功!! うわ、能力すっげぇ……」


「ふぅ……それはよかったです、さすがに五億の魔力石が無駄になっては私もショックですので。ではそちらは差し上げます。おじいちゃんも灰さんならと快諾してくれました」


「いいの? これ五億ですまないよ? それこそ国が欲しがる。値段がつけられないものだ」


 全能力が20%、それは上位の攻略者が使えば使うほどに圧倒的力となる。

仮にS級が用いたならば、今この武器を超える力を持つ装備が世界に存在するかすら疑問だ。

世界のパワーバランスを壊しかねない、それがこのアーティファクト。


「いいんです、灰さんには命を救われましたし、それにおじいちゃんが言っていました。きっとこの国のためになると。あと……あまり……他の人のは……まだ心が受け付けません。製造工程が少し……」


「そっか、ありがとう」


 多分体液のことを言っているんだろう。

年頃の女の子が他人の血を飲むなんてそりゃいやだろうな。


「では、少しだけサンプルをいただいて……」


 彩が俺の血を試験瓶のようなものに入れている。


「唾液もいる?」


「!?……す、少し心の準備がまだですので……そちらはい、いつかお願いします」


(いつかお願いされるんだ……直接くださいって言われたら興奮するな)


 バカな妄想をしながら俺達はその場を後にした。

直接とはキスするのだろうか、いや、上から垂らす? それはそれでエッチなのだが。


 その後関節的に俺の血を舐めて試したが、時間が立つと成功しなかった。

おそらく血を流してから数秒以内までが俺の血として認識されるのだろう。

確かに血なんて全員同じ成分だし、個人差などないからな。


 ということはやっぱり直接接種しないといけないのか? そうとうにエッチな能力だな。


 少しだけ検証し、俺達は昼食を後にした。


「せっかくだし、少し買い物していいかな? 我が家殆ど何もないんだ」


「ええ、もちろんです」


 俺達はそのまま少しだけ買い物を楽しんだ。

道行く人が彩を見て立ち止まり見つめるほどには美しい彩。

少しだけ優越感が出てしまうのも仕方ない。


 相変わらず立ち居振る舞いが綺麗で、歩くだけでモデルのようだ。

まるでデートだなと思いながら俺は生活必需品を購入する。


「そういえば、灰さんはもうC級キューブは攻略されたんですか?」


「あぁ、結構余裕だったよ。次はB級なんだけどちょっと田中さんが心配しててね……でもこのアーティファクトがあれば」


 俺達は今は外のテーブルで喉を潤わせるため飲み物を飲んで休んでいる。


 俺はその緑の魔力石による剣を腰に差して握りしめる。

昔は銃刀法があってこんな物騒なものは持ち歩けなかったが、ダンジョン崩壊が起きる世界では自己防衛のために攻略者資格を持てば武器の所持は許可されている。

というか個人が抜き身のナイフみたいな世界なので、ナイフ程度を持っていても変わらない。


 とはいえショッピングモールで取り出すには少し物騒なのだが、先ほど購入したグリップも巻いて剣としても完成している。


 かっこいい。


 男ならこの武器をかっこいいと思わないほうがおかしいだろう。


「気に入っていただけてよかったです」


「ほおずりしたくなる。俺の血からできたとは思えないほどに綺麗だ」


「ふふ」


 俺達が笑い合っていると、テンプレのようなチャラチャラした集団が俺に話しかけてきた。

男三人ほどのカラフルな髪をした今どきの大学生というのだろうか。


「お熱いですねーー」

「おい、この子めっちゃ可愛いぞ」

「……そいつより俺達と遊ばない?」


 こんなにテンプレの言葉を放ってくる奴らが今までいただろうか。

なにこいつら、金でももらってる? 演技にしてもグダグダだぞ。


「結構です、不愉快ですので視界から消えてください」


(おぅ……そういえば彩ってこんなキャラだったな)


 俺には大分優しいというか丸い感じなので忘れていた。

その強烈な一撃にチャラ男達は少し怯む。

だが、こういうやからにこの言葉は逆効果だろう、俺は佐藤と過ごしたからこそ知っている。


 プライドの塊、どんなに自分が悪くとも認めない。


 だから、こうなるだろうと思った。


「ふ、ふざけんじゃねぇ!!」


 怒りに任せて彩の胸倉をつかもうとする。


 今までの彩なら、掴まれていただろう、ケガだってさせられる。

だがステータスを見る限り彼らはD級、今の彩の相手にはならない。


「い、いてててぇぇ!!」


 彩の手によってその手は掴まれる。

俺はそのまま落ち着いて席に座りなおす。

そういえば今彩は正しくS級の力を持つ。


 もちろん戦いの経験はないが、それでもただ手を払うだけでこの程度の悪漢、彩の相手にもならないだろう。


 大したことはない、そう思って俺は一瞬気を抜いて落ち着いてしまう。

何事かと何人かが近くにきたり、視線を向ける。


「く、くそがぁ!!」


 焦るように彩に殴りこもうとするチャラ男達。

しかし傷すらつけられないだろう。

でもさすがに女性を守らないのもなと俺はやれやれ立ち上がろうとしたときだった。


 俺は油断していた。


 確かにこのチャラ男達は弱い、そしてここは市街地の真っただ中。

何か起きるわけはないと、平和なこの国に何か起きるわけはないと。

これほどの人々が見つめるなか、特別なことは起きないと。


 だが、俺はまだ彼らの本当の狂気を知らない。

自分達を本気で正義と思っている狂気は何者よりも常軌を逸した行動をとる可能性を。


 あの日からこの国はすでに戦場に変わっているということも。


「え?」


 鮮血が舞う。


 彩のでもない、俺のでもない。

血しぶきを上げて、彩の手を掴んでいた男の胸が貫かれた。


 その剣は勢い止まらず貫いたままに、彩に向かってまっすぐのびる。

彩の命を刈り取らんとする長剣が。


 彩は受けられない。

戦いの経験が浅い彩には何が起きているかもよく分からずその喉に真っすぐ伸びる剣を見つめたままだった。


 だから。


キーン!


「なんだ……お前ら」


 俺が守ってやらないと。



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