第34話 日本ダンジョン協会会長ー1

◇彩視点


 私はドキドキした。


 こんな状況で、私は今とてもドキドキしている。


 さっきまではとても怖かった、このまま私は死ぬんだろうか。

あいつらのいいように傀儡として、性のはけ口として一生を終えることになるのだろうか。

その想像をするだけで震えるほどに怖かった。


 でも今は違う。

この胸の中は安心する。

しかしそれ以上にドキドキして、心臓が激しく鳴動する。

どうにかなってしまいそうなほどに、声を上げてしまいそうなのに、この手を離すことは許されない。


 自分の力で強く男性を抱きしめるなんて、初めてのことだった。


 いい匂いもしたし、その……厚い胸板はドキドキした。


「もう少し強く抱き着いて」


 私は強く抱きしめた、顔が沸騰しそうなほどに赤い。

それでも見られたくないからと、胸の中に顔をうずめる。

その行為のほうがよっぽど恥ずかしいとは、うずめてから気づいた。


 この人は意地悪だ。

いや、この方法しかないことは私にもわかる。

だから納得もしているし、むしろ感謝しかない。


 それでも今日会った初めての女性に、まだ男性と付き合ったこともない私に。


 断れない状況で、強く抱き締めろと命令するなんて。


 そして私は、その命令を素直に聞いてしまっている。

今までなら他人に命令されるなんて、腹が立って仕方なかった。


 なのに今は嫌な思いはまったくしない。


 むしろ……。



 そしてボスを倒した二人は光の粒子に包まれてキューブの外へと転移した。


「あ、おかえりなさいま──!? 龍園寺さん!?」


 外の見張り達が、ダンジョン攻略の帰還を喜ぼうとした時だった。

ボロボロの攻略者、そして龍園寺さんのたった二人のみの帰還に慌てふためく。


 ダンジョンはボスを倒すと中にいるすべての人間が転送される。


 つまり、この二人以外の生存者がいなかったということになる。


「天地さん! 天地さん! ……あなた達急いで、彼を病院につれていきます! そして優秀な治癒の魔術師を手配!」


「え? いったい……なにが」


「早くしなさい! 二度言わせないで!!」


「は、はい!!」


 サイレンの音と共に灰と龍園寺彩は運ばれていった。


◇灰視点


「……ここは? ……あーいつもの天井か」


 ベッドの上で目を覚ました俺はあたりを見渡す。

自分の腕に点滴が刺さっていることからおそらく病院だろう。


「うーん、とりあえずナースコールを」


 ナースコールを押そうとした瞬間だった。

ドアが開く音がして、俺はそちらを見る。

花瓶の水を入れ替えてくれたのだろうか、龍園寺さんが花瓶を持っていた。


「あ! よ、よかった。……んん! 起きましたね、天地灰さん。体調はいかがですか?」


 凄く可愛らしい笑顔を俺に向けた龍園寺さん。

しかし一瞬で咳払いし、石仮面のように真顔に変わった、表情が一瞬で変わって少し面白い。


「あぁ、ちょっと頭がくらくらするけど……あれ? 肩も治ってる」


「優秀な治癒の魔術師を手配させてもらいました。外傷については問題ないかと」


「そうですか、よかったです……もう夜か」


 窓から外を見るともう暗くなっている。

昼頃から今まで眠ってしまっていたのだろう。


「灰君!!」


 俺が起きたことを知ったのか、田中さんが走って病室までやってきた。

別の部屋で待機していたのだろうか、スーツのままなので仕事終わりだろう。


「あぁ、田中さん。また病院です、なんかいっつもいますね、俺」


 俺は軽く冗談で笑いかける。


「大体は龍園寺さんに聞いた。本当にすまない、こんな危険な目に遭わせてしまって。益田君達のことも聞いた。まさかこの日本に滅神教が現れるとは……」


「いやいや、別にこれは田中さんのせいじゃないですって、それに俺がいてよかったです。じゃないと龍園寺さんが殺されていた。結果的には守れてよかったです」


「はい、本当に助かりました、重ねて感謝申し上げます。お礼はまた別で改めて。……それでですね、この件について先ほど祖父から連絡があったのですが」


「祖父? 祖父ってダンジョン協会の会長の?」


「はい、その祖父の龍園寺景虎です。ぜひ天地さんにお会いしたいと……明日お昼ごろ、お時間よろしいでしょうか? 今祖父はアメリカで世界ダンジョン協会会議にでておりましたので、急いで明日には帰れると」


「そうですか、わかりました。いいですよ、俺も伝えたいことがあります」


 俺はその提案に了承した。

昨日の今日でダンジョンに潜るつもりもないし、俺も色々聞きたいことがある。


「私も同席しよう、灰君」


 そして田中さんが俺だけに聞こえるように耳打ちする。


「その目のこと、話す必要があるかもしれない。会長の景虎さんは信頼できる人だ。私が保証する。味方になってくれるはずだよ」


 俺はこくりと頷いた。

田中さんが信頼できるというのなら、俺は信頼する。

それほどに俺はこの短い期間で、田中さんを信頼している。

共に命を懸けた仲間だからかもしれない。


「あ、あの天地さん。それで私も色々お聞きしたいことが……」


 龍園寺さんが少しもじもじと俺に恥ずかしそうに話しかける。


「明日……明日全部話します。それまで待っててもらえますか?」


「わ、わかりました! 18年待ったんです。一日ぐらい問題ありません。ではお疲れでしょうから、今日は一旦失礼します。明日迎えをよこしますので」


 そう言って龍園寺さんはその日は帰るようだ。

あんなことがあった日なのに怖くないのかと思ったが、迎えがきたようで病室に黒ずくめの男達が現れた。

会長の孫ということで、ダンジョン協会の警護を受けることができるらしい。


 お嬢様と呼ばれているが、みんなダンジョン協会の職員さんだとか。

ただし、会長にお世話になった人が多いためその孫娘を溺愛しているようだ。

決して美人だからではないと思う、益田さんのように嬉しそうな表情なのはおいておこう。


「では、灰君。今日は疲れているだろうから私もいくよ、明日君から色々話を聞かせてくれ」


「わかりました」


 目が覚めてしまった俺は空腹だったので飯を買いに行く。

そして、スマホを開きあの組織のことを調べることにした。


 ≪滅神教≫


 フーという男の最後の顔がいまだに頭に残る俺はほとんどニュースでしか知らなかった滅神教のことを調べる。

すると、痛ましい事件の数々がすぐに検索にひっかかった。


「……世界的テロリストか」


 滅神教はテロリストとして扱われているようだった。

神を殺し、世界を解放すると謳っているようだが目的の詳細はよくわかっていないらしい。


 だがわかっていることはいくつかある。


 多くの信者がおりその数は万に近いとも言われている。

全員が上位覚醒者で構成されており、末端ですらC級以上だそうだ。


 中にはS級の大司教と呼ばれる化物も含まれて、リーダーであり教祖と呼ばれる存在はそれをも凌ぐという。

世界最大の犯罪シンジゲート、そしてその教祖は世界中で指名手配される最悪の犯罪者。


 主に活動は国外のようだが、世界中のダンジョン協会を目の仇にしているとのこと。


 打倒ダンジョン協会を掲げる謎のテロリスト集団。


 それゆえに、孫でありS級の龍園寺彩さんは狙われた。

会長という世界最強のボディガードがいないダンジョンの中という特別な条件下で。


「これからも狙われるなら……どうにかしてあげないと。それにアーティファクトについてもだ」


 俺は龍園寺さんの職業を知っている。

アーティファクター、察するにアーティファクトを作成する能力だろう。

それが何を指すかまではわからないが、魔力を練って作られた装備品とは一線を画す力を持つと思う。


 なぜなら装備品とは基本的に固定で能力が上昇するものだからだ。

それは俺が今まで見てきた装備品を見てわかったこと、すべての装備品は攻撃力の上昇だったりの力を持つ。


 それ自体はステータスが見えない俺以外は周知されていないだろうが、感覚で全員が知っている。


 だが……。


「これだよな……」


 ポケットに入っていた壊れた魔石を見る。

龍園寺さんが作成したアーティファクト、俺の知力を25%上昇してくれた。


 はっきり言うと破格の性能過ぎる。


「もしこの力が武器を作れて、時間制限もなくなったら……」


 俺は龍園寺さんの力にとてつもない可能性を感じていた。

だからぜひ使いこなせるようになってほしい。


 命を助けたんだ、少しぐらいお礼といって武器を作ってもらえるかもしれない。

俺は淡い期待を胸に抱き、スマホの画面を閉じる。


「とりあえず、明日全部話そう。会長か。雲の上の人だけど……」


 俺は再度ベッドに横になる。

明日会うのは日本のダンジョンを仕切る会長という一番偉い人。

名を龍園寺景虎、日本を代表する攻略者であった過去を持つ。


 下手をすると日本の総理大臣並みに影響力を持つ。

ダンジョン協会は政治とは分離した独立した世界的組織。

だがその力は世界すら牛耳れる。


 その日本代表。


「良い人だといいけど……」


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