第33話 お嬢様の護衛ー5

 暗い洞窟、その部屋には一人の少女と狂信者。

しかし、もう一人闇に紛れて光に隠れる少年がいる。


「ど、どこにいった!? どういうことだ! で、でてこい!!」


 フーは慌てて周りを見渡す。

しかし、先ほどまで戦っていた灰の姿を把握できない。

見えていた、その瞬間までは見えていたのに突如溶けて消えたように視界から消えた。


 それは奇しくもいつも自分が殺す対象を陥れている状況と同じ。


 たしかに灰は認識を阻害するような力を持っている。

だがそれは自分よりも弱い相手には効果がないはず。


 だからありえないはずなのに。


「まさか……まさかぁぁ!!!」


 叫ぶフーの声だけが冷たい壁に反響する。

あの無能のはずの女が作り出した光り輝くなにか。

それは特別な装備を作り出したのではないか?


 自分の魔力をも上回るなにかを。


 だとするならば。


「う、うわぁぁ!! やめろ! やめろ!!」


 フーはただやみくもに剣を振り回す。

見えないということがこれほど恐怖を感じさせるとは思わなかった。

体中が、目が、背が、足が、いつ刺されるか分からない恐怖で震える。


「で、でてこい! どこにいる!!」


 先ほどまでの冷静なフーはそこにはいなかった。

いつ刺されるか分からない恐怖で、剣を振り回す。


 しかしそんなものが当たるわけもない。


 そして。


「お前の──」


 灰もそこまで見過ごすほど甘くはない。


「──負けだ」

「グボォッ!?」


 直後灰が無理に剣を振ったフーの脇腹下に現れる。

フーの目の前から、真っ白な剣を胸に突き刺した。

心臓を一突き、防御することも叶わずに肉を突き破りフーは口から血を出して力なく倒れる。


 灰は一切の躊躇はない。

初めての殺人、しかし殺さなければ殺されていた。

命と命の削り合い、一歩間違えれば自分が死ぬ。


 ならば躊躇うことなど許されない。


「いっただろ、お前は負ける……まぁ彼女の力のおかげだが」

「……なぜ……こんな……」


 灰は剣を抜き、血を払う。

フーは力なく膝をついて背中から地面に倒れ剣を落とす。

口からも血をふき出し、目は虚ろに天を見つめる。


「……」


 灰はただ上からその姿を見下ろした。


 必死に酸素をいれようとする死に体を見た。

ヒューヒューと必死に生きようとするその呼吸音を耳で聞く。


 もはや、命は風前の灯火、灰は自分が殺したんだと確かな感触を手に持っている。

ゆっくり確実に初めて人を殺した感覚が灰の身体をめぐっていく。


「なぜなのです……なにが……」


 死にかけのフーは口を開いた。

血を吐きながら必死に言葉をつなぐ。


「あの子の力だ。アーティファクトを作り出す。俺はその力でお前を上回った」


(正確にいえば知力だけだがな)


 灰が勝利した原因は、彩が作り出したアーティファクト。

その力は灰の知力の反映率のみを増幅させてミラージュの効果を底上げした。


「アーティファクトを作り出す……なぜあの女がそんな力を持っていると……わかったのですか」


「俺には見えてるといっただろう」


 フーは灰の目を見た。

そして気づく、その目の奥に光り輝く炎のような黄金色を。

目を見開きを驚く表情で、灰を見る。


「……そうか、そういうことですか。神の寵愛……それはそういった力なのですね。これはあの方に報告したかった……なんて危険な力」


「……そうだ、俺はこの目を得た。俺にも聞かせてくれ。神ってなんだ? なんで神を憎むんだ? お前達の目的はなんなんだ」


「なぜ憎むですか……神は滅ぼさなければなりません。それがあの方の宿願。既存の世界を壊す方法。そして私の……私の愛する者を気まぐれで奪っていった神が作り出したあのキューブを無くさなければならない。それが私の生きる意味だからです」


「なにを……」


 灰はその発言と、フーの表情を見て顔をしかめる。

ただの悪だと思った、でもフーにはフーなりの正義があるようだった。


 そして灰は気づく。


 先ほどまで悪魔のような形相だったフーの顔がまるで優しく敬虔な神父に見えたことを。

それは見間違いなどではなく、本当に安らかな顔をしていた。


「ふふ。まだまだ青いですね、死にゆく敵にそんな顔をするなんて……いいのです、これで神の支配から解放されたのですから」


 倒れるフーを抱き上げる灰、なぜか涙が落ちそうになる。

先ほどまでは話が通じなかったのに、今ではその表情はとても穏やかだった。

ステータスを見ると狂信状態だったものが、今では消えて死という文字に書き換わっていく。


 フーウェンはどうやら操られているようだった。

しかし続く言葉で、操られているがそれでも彼の正義は変わらないことに気づく。


「世界の救いはあの方にしかありません、いつか神の騎士であるあなたも目が覚めることを願いますよ……天地さん。略式ですが、あなたの未来があなただけのものに、そして──」


 フーは胸に下げていた十字架のネックレスを逆さに握る。

灰に向かって、十字を切った。


「──人類の未来が人類だけのものであることを願って……」


 それは逆十字と呼ばれる悪魔崇拝の仕草。

それでもその仕草はまるで敬虔な神父のそれだった、あれほど歪んでいた顔は今ではとても安らかな顔をしている。


 そしてフーはゆっくり目を閉じた。


「おい、まだ聞きたいことが! おい! おい……」


 しかし返答はなく、フーという男はそのまま息を引き取った。


◇灰視点


「なんなんだよ」


 俺は力なく言葉を漏らす。

勝利というにはあまりに苦く、後味の悪い感覚だった。

達成感よりも人を殺したという罪悪感とその最低だったはずの男の最後の顔が脳裏に焼き付く。


 もしかしたら本当はいい人なのかもしれない。


 これだけの人を殺して、殺されかけて、それでもそう思ってしまうほどには優しい顔でその男は死んでいった。


 俺は頭を振って忘れるように振り払った。

最後までこのフーと名乗る存在が言っていることはよくわからなかった。


 でも今はまずはこの状況をなんとかしないと。


 俺は手に持っている紅宝玉を見つめる。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

属性:アイテム(アーティファクト)

名称:紅龍の知

入手難易度:S

効果:知力の魔力反映率+25%

説明

紅龍の魔石を、アーティファクトと化したアイテム。

ただし、未完成品のため不安定


崩壊まで:00:00:03

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 そして3秒あとにその宝玉はパキっという音と共にひび割れた。

どうやら時間制限がある。

考察したいが今はそんな時間はない、なぜなら今にも気を失いそうだからだ。


 俺はそのままそのアイテムをポケットに入れて、龍園寺さんの方へと向かった。


「色々話したいことは多いと思いますが、とりあえず外にでましょう。今にも意識を失いそうです。とりあえずボスを一瞬で倒しますから」


 俺は左腕を抑える。

ざっくりえぐられたその肩は血を流しながら徐々に変色していきそうだった。


「そ、それが……あ、足が……」


 俺は龍園寺さんの足を見る。

膝をついて、震える足は力が入らずうまく立ち上がれないようだ。

立てるようになるまで待つほどの体力は俺には残っていない。


 俺は龍園寺さんの前に膝をつく。


「抱きしめてください」


「え!?」


「フーに刺された傷で左腕が動きません。だから龍園寺さんが俺に抱き着いてくれますか? それなら右手一本で運べると思います。腕は動きますよね?」


「え!? う、動きますけど……え!?」


 顔を真っ赤に赤く染めて慌てる龍園寺さん、とはいえ今はそんなことを言っている場合じゃない。

もし俺が意識を失ってしまったら彼女だけではダンジョンを攻略することはできない。


 だから、俺は龍園寺さんに体をくっつけて急かす。


 余裕がない俺はつい、口調が厳しくなる。

なぜならここで意識を失うということは龍園寺さんを死なせることと同義だ。

ここはC級ダンジョン、一般人が生き残れる場所ではない。


 だから。


「はやくして」


「は、はい……」


 うーっといううめき声と共に龍園寺さんは諦めたように俺を抱きしめた。

そして俺は持ち上げる。


「……もっと強く。落ちそうです」


「うぅ……はい……」


 少しだけ罪悪感があるが、まぁそんなことを言っている場合ではない。

俺はそのまま剣をしまい、右手一本で龍園寺さんのお尻を抱えるように持ち上げる。


「ひゃあ!?」


「我慢してください。それにしても……」


「な、なんですか!?」


「軽いですね」


「!!??」


(それにサラサラの髪がいい匂いする……)


 俺は少しだけ悪いと思いながら匂いを嗅いでしまうのは健全な男なら仕方ない。


 龍園寺さんは真っ赤な顔のまま、耳まで真っ赤にし俺の胸にうずくまる。

うーっと唸っているが、気にせず俺は立ち上がる。

俺はそのまま走ってボス部屋まで向かった、ボスの部屋を開けて龍園寺さんを置く。


「ブモォォ!!!」


「お前にかまっている暇はないんだ」


「ブモォォ!?」


 五秒でボスを殺した。

C級のボスも、B級上位の俺の魔力とミラージュの前では認識することもできずに息を引き取る。

俺はその場で膝をついた、そしてもうだめだと横になって目を閉じる。


 正直血を流しすぎて限界だった。

気力で何とか、耐えていたが吐きそうなほどの貧血と肩に至ってはもうすでに感触がない。


「はは、なんで俺はいつもこうなんだろうな」


「あ、天地さん!!」


 龍園寺さんが俺を呼ぶ声が聞こえるが光の粒子に包まれて俺達は外へと転移する。

俺はそのまま眠るように意識を失った。


 激闘を制し、勝利したのは灰。

倒したのは世界の敵、滅神教の司教フーウェン。

だがこの勝利はのちに日本を襲う大厄災の始まりでしかなかった。


 だが今はただ灰は眠る。


 いつものように、死闘を制して。









あとがき

というわけで、一旦ここまでで、あとは毎日2話連載で最新話まで追いつこうかなという感じです!

お待たせしてしまって申し訳ありません。


今70話ぐらい改稿が終わっていて、それなら計算的に良い感じかなと。


まずは何度も改稿して申し訳ありません。

無料のWEB小説とはいえ、読者の方にたくさんの不誠実な態度だったなと反省しております。

作者的にはWEBをこのまま終わりにして書籍のみにするというよりは、今まで応援してくださった人にどうか完結までという気持ちで改稿を選んだつもりです。

それでも離れて行ってしまうのは仕方ありませんが。


このまま病気にでもならない限りは完結まで連載し続けるつもりなので、どうかもう一度応援お願いします。


では久遠の神殿編でまた会いましょう!


※基本的には戦闘シーンが大きく変わっています。

戦闘シーン以外は基本流れは変わってないので、読み飛ばすなりあぁここ変わっているなと再度読むなり楽しんでください。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る