第29話 お嬢様の護衛ー1

「いらないっすよね? 護衛。だってワンパンですよ、そんなの、全部ワンパン。僕なんてデコピンだけで頭が吹き飛びます」


 S級とは人知を超えた存在だ。


 一人で国すら滅ぼしかねない、化物だ。

目に弾丸を撃ち込まれたってはじき返す、近代兵器なんて鼻で笑う。

日本に数人しかいないその化物を護衛するなんて馬鹿なことを言わないでほしい。


 鼠に襲われている象に護衛がいるか?

いらないだろう、そんなもの、相手にもならないのだから。


「それがだねぇ……彼女は戦えない。というか力がない」


「……どういうことです?」


 俺はその田中さんの発言に眉をひそめる。

魔力量はS級、なのに戦えないとはどういうことだと。


「それがわからないんだ。ただ魔力測定では確かにそれだけの魔力がある。しかし力は一般人と大して変わらない。原因不明なんだよ」


「それは……」


「だから君に見てほしい。君なら、君のその眼なら原因がわかるかもしれない」


「そういうことですか、実はそっちが本命ですね?」


「ふふ、勘のいい子は好きだよ、仲間のうちは」


 俺はその依頼を引き受けることにした。

単純に興味がある、それほどの魔力で弱いというのは訳が分からない。

S級、その神のごとき存在が一般人と変わらないなんて何の冗談だと。


 それから予定を聞いて、会長の孫とダンジョンに潜るのは今週土曜日となる。

俺はそれまで同じようにミラージュを使用して、ばれないようにD級ダンジョンを攻略することにした。

といっても田中さんが申請してくれて、他の攻略者が入らないようにしてもらうなど色々準備が必要だが。


◇そして、約束の日。土曜日 昼。


 俺は集合場所である東京都内C級ダンジョンへとつながるキューブへと向かおうと準備していた。


 暑いが、一応警護だしなということで黒のズボンとカッターシャツで向かうことにした。

探索するという感じではないが、まぁいいだろう、動きやすいとかあんまり関係ないし。


「……それにしても……」


 俺は鏡の前でポーズをとる。

腹筋が割れていた、というか結構良い体格になったんじゃないか?

まるでスポーツ選手のように体つきが変わっている。


 これが魔力……不思議だ。


 魔力が動きやすいように体を最適化しているのだろうか。

あとは結構毎日すごい激しい運動と、たくさん食べているのもあるだろうか。

そういえば攻略者に太っている人っていないな……。


「集合時間まで数時間あるし、髪……きるか。1000円カットばっかだし久しぶりにちゃんと」


 俺は服を着替えて外に出ることにした。

髪も伸びてもっさりしてきたし、いっそショートにしようかなと早めにでて駅の前で少しおしゃれな美容院に向かう。


 お金には結構余裕があり、D級ダンジョンの攻略報酬と魔力石は田中さんが換金してくれているからだ。


 正直今俺は小金持ち。

食べたいだけ牛丼を食べて、電気とガスが止まっていないといえばわかるだろうか。

それが普通? 君はまだ本当の貧乏を知らない。


「いらっしゃいまっせー」


 俺は駅前のおしゃれそうな美容院に向かった。

場違い感があって、入るのに勇気が必要だったのだが、仕方ない。

おしゃれなんて無縁だったし。


 店員のお姉さんが、甲高い声で俺ににっこり笑いかける。

おしゃれで美人なお姉さんだ、香水なのかとてもいい匂いがする。


「初めてなんですけどいいですか?」


「もちろんですよ! どうぞ!!」


 案内されて俺は席に座る。

おしゃれなんてしたことないので、全部お任せしますといってあとはずっとぼーっとしていた。

なんでこういう店の店員さんは一所懸命話しかけてくるのだろうか。


「すごい身体ですね、筋トレしてるんですか?」


「いえ、特に。あーでも攻略者なんで」


「えぇ!? すごーい!! 私はE級なんで守ってくださいね」


「はは、頑張ります」


 されるがままに髪を切られた俺、流行りの髪型なのだろうか。

結構短髪にされたが、随分と周りが見えやすくなったな、これは戦いやすそう。


 するとお姉さんが鏡ごしにぽーっとした表情で俺を見つめる。


「す、すごいお似合いですよ! 見違えました! かっこいいですよ! いやほんと、今後カットモデルとかしませんか?」


「はは、ありがとうございます」


 お姉さんは、社交辞令で俺をたくさん褒めてくれるが悪い気はしない。

カットモデルは丁重にお断りしたが、またここで髪を切ることだけはお姉さんと約束した。


「ありがとございました!! またのご来店お待ちしてますね、天地さん!!」


 ニコニコしてずっと手を振っているお姉さん、俺は少し勘違いしそうになりながらもすぐに頭を振って忘れる。

今までの人生勘違いで痛い目は多く見てきたのであまり深読みしないでおこう。

俺が女性にモテる? そんなわけはない。


 俺は学生の時の封印したい記憶を思い出す。

虐められて、笑われて、俺に好意を持たれただけで女性が嫌悪していた頃を。


 『アンランクの天地に触れられた、最悪~』


 そんな厳しい言葉ももらったことがある。

思い出したら少し暗くなったので、すぐに忘れることにした。


「集合10分前だ。あれかな? C級……通称桜キューブか。ピンクで綺麗だけど……」


 俺達が今日向かうダンジョンは、人通りが多いビル群の中にある。

バリケードが設置されてダンジョン協会の社員だろうか、黒スーツの人が警護している。

この糞暑い中ご苦労様ですと言いたくなるが、あれがダンジョン協会の正装なので仕方ない。戦う国家公務員だ。


 多分今日は龍園寺彩さんの警護のためにわざわざきたのだろうか。


 俺はそのまま攻略者が集まっている集合場所へと向かう。


「お? 君が噂の灰君だね! よろしく! 今日はリーダーを担当する益田です」


「よろしくお願いします」


 俺はそのホワイトニングしてそうなほどに真っ白でさわやかな笑顔を向ける益田さんと握手する。

この人がアヴァロン所属のB級攻略者で、今日のリーダー。

大きな剣を持っていて、体も大きい。とても強そうだしいい人そうだ。

年は20代後半かな? 髪も染めてちょっとだけイケイケの兄ちゃんという感じ。


 俺は他のC級の攻略者にも挨拶をする。

本社で見たことある人も多いが話すのは初めてだった。

しかし全員人柄がよく、さすがはアヴァロン、社員の内面まで重視しているだけはある。


「しかし変な依頼にあたったね。まさか会長のお孫さんの護衛とは。基本的には私とこの水口の二人で進む。他メンバーはお孫さんを囲むように警戒してくれ」


「了解です」


 作戦は至ってシンプル、B級の益田さんとC級上位の水口さんで攻略するので俺達残り三人はお孫さんを守ればいいとのことだった。

俺としては魔物との戦闘もしたかったが、ステータスを見て内部の雰囲気を掴めるなら我慢しよう。


 俺達は内部の地図を見ながら作戦会議を行う。

30分ほどの作戦会議が終わったあと、その場で待機しているとそれは来た。


 長いほどに偉いのですとでも言わんばかりの巨大リムジン。

よくこの長さでこの狭い国の道を曲がれるなと思ったが運転手の技術は相当なのだろう、公道最速理論でも提唱しそうだ。


 そのたらこ唇の運転手にドアを開かれて中から現れたのは、一人の女性。


 腰まで伸びているのに、しっかり手入れされた黒髪はサラサラだった。

耳には綺麗で高そうな紅いピアスが怪しげに揺れる。

化粧は最低限のナチュラルメイク。

それでいて素材が良すぎるのか、目力がすごく気が強そうで思わず目をそらしてしまう。


 動きやすい服装のようだが、全体的に黒い。

黒が好きなんだろうか、でもあの服は多分、上位の魔力で編まれた装備だ。

それに全体的に黒なのに首に下げた真っ赤な宝石のネックレスがとても印象的、あれは魔力石だな。


「直接見るともっと美人だな……」


 俺は見惚れてしまった。

立ち居振る舞いが綺麗とはこのことだろう、歩くだけで気品がある、まるでモデルだ。


 それでもどこかお嬢様っぽいなとも思う。

両手を組んで、見下すようなポーズをとり、鋭い視線で俺達を品定めする。


 お嬢様というか女王様というのだろうか、生まれてからずっと人の上に立つことが命じられたその仕草は一切の不快感を与えない。

ちょっとだけゾクゾクしてしまうのは、悲しいかな、あちらは女王の資質を持つものに対して、俺は性根から奴隷根性がしみ込んでいるせいだろう。


「……はじめまして、龍園寺彩です。今日は無理言って参加していただきありがとうございます。じゃあいきましょう。時間がもったいないので」


 目だけで合図して一瞬で俺達のリーダーに変わったその少女は、すたすたとキューブに向かって歩いていく。


 俺は後ろから龍園寺彩さんのステータスを見た。

そして気づく、なぜ彼女が神のごとき魔力をもって一般人並の強さしかないのかを。


「……そういうことか、君のステータスは」


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