第26話 ようこそ、アヴァロンへー1
終わりを告げた音声に俺は安堵し、目を閉じる。
「よかった、帰れるのか……とりあえず帰ったら」
俺は血が滴る左腕を抑えながら、目を閉じた。
「病院いかないと……」
視界が暗転したと思ったら俺はいつもの家にいて天井を見つめていた。
幸い鞄の中にはスマホがある。
もう一歩だって動けないが、最後の力を振り絞り、鞄からスマホを起動。
田中さんへと電話する。
(お願いだから……出てくれ……もう無理……)
俺の願いが通じたのかプツンという音がしたと思ったら優しい声が聞こえてくる。
「もしもし、灰君かい? どうした?」
「よかった……すみません、死にそうなんでたすけてください──住所は……」
俺は何とか住所を言い切りそのまま目を閉じる。
きっと田中さんならなんとかしてくれるだろうという思いを込めて。
……
どれだけたっただろう、体感ではすごく長く感じた。
何かの音がするが、何の音だろう、良く分からない。
「灰君!! みどりすぐに治療を! 病院につれていく!」
「わかったわ!!」
◇
「……これが噂の知らない天井か」
俺が目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
真っ赤な血が管を通って俺の体へと繋がっている。
どうやら輸血されているらしい。
「よかった……起きたか、灰君……全く心臓が止まるかとおもったじゃないか」
声のする方を向くとそこには田中さんが座っていた。
仕事を途中で抜けてきてくれたのかスーツ姿で俺の横でPCを開き仕事中だった。
忙しいのに、申し訳ない。
「すみません、迷惑をかけて……でも田中さんがすぐ出てくれてよかった。死ぬところでした」
「本当だよ、みどりレベルの治癒魔術師の応急処置がなければ、本当に危なかった。ついたころには死にかけていたんだから……だが本当によかった……伊集院先生がいうには、外傷は治癒で問題ないし輸血で血は足りるから入院まではしなくてもいいとのことだよ。だが……左足の火傷の後は消えないそうだ。細胞が一部死んでいるから治癒も効果がない」
「そうですか……まぁ男の勲章ですね!」
俺は笑って答える。
足を見ると確かに火傷後のように見えるしこれが一生残るのかと思ったがそこまで気にする必要はないかと笑い飛ばした。
「……強いな。みどりも心配していたが今日は別の治療が入っているからね、帰らせた」
「お礼いわなきゃ」
「そういうと思って、お礼はいらないからねと言われているよ。みどりも少しは恩返しができたと喜んでいたから本当に気にする必要はない。それで色々聞きたいんだがね、少し落ち着いてからにしようか。今日はこのまま休みなさい。明日お昼を食べに行こう、血を作るために肉を食べないとな」
「はは、すみません。お願いします」
田中さんは、俺の頭を優しくなでてにっこり笑って部屋を出る。
俺は疲労からか、またそのまま眠ってしまった。
◇翌日 朝。
余りにも寝すぎた俺は体調が万全になる。
同じ病院の凪の部屋で、返事もないのに今まで色々あったことを話していた。
反応がないのは寂しいし、もしかしたらまだ寝ているのかもしれないが。
「……じゃあ凪、いってくるよ。また山口さんが来てくれると思うから。もう少し頑張ってな」
俺は凪の額にキスし、そのまま退院の許可がでたので、病院を後にして家に帰る。
我が家の血を片付けたいと思っていたのだが、俺の血で汚れたはずの畳が新調されていた。
多分田中さんの仕業なのだろう、お礼を言わないと。
俺は田中さんに電話する。
「もしもし? 灰です!」
「あぁ、退院したんだね、体調はもう大丈夫かい?」
「はい、おかげ様で! あと畳ありがとうございます!」
「いやいや、いいんだ。部屋も掃除しようかと思ったが、さすがにプライバシーにかかわるのでね。昨日約束したことだけど、11時頃にわが社に来れるかい?」
「了解です! お腹ペコペコです、死にそうです!」
「はは! それはよかった、ではついたらまた連絡してくれ」
俺は何か食べておこうか迷ったが、せっかく田中さんが美味しいものをごちそうしてくれるというんだ。
事前に何か入れておくのももったいないなと、貧乏魂全開で水のみで耐えることにした。
汚れた体のままだったのでシャワーを浴びて、シャツに着替える。
いつものユニシロの服ではあるが、黒のズボンに白のカッターで少しはビジネスマンっぽく見えるだろうか。
そして俺は田中さんのギルドの本社がある虎ノ門へと向かった。
「全部話したら田中さんなんて言うだろうか……」
俺はアヴァロンの本社一階ロビーで待機する。
ギルドという呼び方がされているが、大別するとただの法人、つまるところ会社だ。
魔物、キューブに関する業務を行う会社。
国が運営するダンジョン協会という巨大な組織が警察だとするのなら、ギルドは警備会社とでもいうのだろうか。
といっても攻略者達はダンジョン協会に全員が所属し、なおかつ特定のギルドに所属しているという形になる。
そういう意味でいえば医者とかが形態は近いんだろうか、医師免許という国家資格を取得し、個人で開業したり大病院で従事するのは少し似ているかもしれない。
その中でアヴァロンは日本最大、世界でもTOP20には入っているギルドと聞いている。
世界の上位ギルドの大半は中国、アメリカなどの超大国。
元々の軍事力と人口を考えれば当たり前かもしれないが、やはりその力は巨大らしい。
文字通り魔力の桁が違うらしいが、一度はステータスを見てみたいものである。
ちなみにS級と呼ばれる存在は魔力が10万を超えるとそう呼ばれる。
もしかしたら100万とかいるのかもしれないが、そうなってくるとどんな化け物なのかもわからない。
「お待たせ、灰君!」
「田中さん!」
俺がロビーで待っていると田中さんが下りてきた。
フロアがざわつくが今日は半袖短パンじゃないので恥ずかしくないぞ。
「今日は随分とかっこいいじゃないか。……体つき変わったかい? 昨日はあんな感じだったので気づかなかったが……前会ってから一月ほどで随分立派になって。魔力の影響かな?」
田中さんが俺の肩を掴んでにぎにぎする。
実はそれは俺も思っていた、魔力の上昇に伴って体つきがもやしみたいなものから随分と良くなってきた気がする。
腹筋が少しだけ割れてきたのは、死に物狂いで活動していたのとたくさん食べれるようになったからだろうか。
「そうなんです、なんか頑丈になってきて……」
「魔力の作用だろうな。我々は身体が資本だから良いことだ。じゃあより肉を付けよう!」
「はい!」
俺は田中さんに連れられて、目的地へと向かった。
一体どこに連れて行ってくれるのだろうか、もしかしてザギンでシースですか?
10分ほど歩いた先、オフィス街から少しだけ離れた場所にある巨大ホテル。
田中さんの会社にも負けず劣らずのその巨大な摩天楼。
「すごいとこですね、ホテルですか?」
「自宅だよ、高さだけが取り柄だけどね」
「これマンションなんですか……いや、億ションというやつですね」
ホテルだと思ったそれは、億ションらしい。
まるで高級ホテルのような受付を通り俺は田中さんについていく。
「正直毎朝エレベーターは遅いし、ちょっとコンビニに出るのにも時間はかかるし、二つの意味で高いだけで面倒なだけだよ。といっても私も役職があるからね。それ相応のところに住んでいないと部下に示しがつかなくてな」
俺はそういうものなのかと認識した。
確かに自分の上司というか会社の副社長がボロアパートに住んでいたら嫌だろう。
下の人のやる気を出すためにも、田中さんは夢のある生活をしなくてはいけないらしい。
「私自身は昔は貧乏だったから、あまり落ち着かないがね。それこそ灰君の住んでいるところのほうが落ち着く。だが運よくこの力を手に入れてのし上がることができた。それだけだ」
田中さんは謙遜するが、田中さんのステータスはA級の中で下位。
希少とは言え、はっきり言うともっと強い人はいっぱいいる。
だからこそ、その魔力という力だけでのし上がったわけではないことを俺は理解した。
人徳というか、カリスマというか、出会ってそれ程たっていないけど俺はもう田中さんを信用しているし、頼りにしている。
それが人柄というやつなのだろう。
俺達はめまいしそうなほどの煌びやかなロビーを抜けて、エレベーターでぐんぐん上へと昇っていく。
気圧差すら感じそうになる高さで、外が見えるエレベーターでは人が米粒ほどの小ささになっていく。
「案の定、最上階なんですね」
「はは、見晴らしはいいよ。あと屋上も使えるからね、今日はそこでバーベキューだ、誰にも話を聞かれることはない」
「なるほど! いいですね!!」
俺は田中さんの案内の元自宅へと入室した。
みどりさんと一緒に暮らしているそうだが、みどりさんは今日は仕事で夜まで帰ってこないらしい。
「家の中に螺旋階段があるの初めて見ました」
「最近は面倒で降りるときはジャンプしてしまうけどね」
田中さんのステータスならこれぐらいの高さひとっとびなのだろう。
それでも家はおしゃれだった、良く分からない絵画、良く分からないオブジェ、良く分からない電子機器。
大体何か分からないものだらけだったが、それだけ住む世界が違うということなのだろう。
「手伝ってくれるかい? たまにギルドのメンバーとここでBBQするんだ」
案内されたのはバルコニー。
バーベキュー用に用意されたようなスペースは今すぐに開始できそうなほど整っている。
始まったのはまるで店で食べる焼肉のような快適なBBQ。
椅子に座りながら目の前のコンロで焼いていく。
真夏で日差しも強いが、日陰になるようになっているのと、業務用のような扇風機が体温と煙を逃がしてくれる。
「めっちゃうまいですね、高そう、この肉」
「たくさん食べてくれ。米もある。買いすぎてしまったぐらいだ」
俺と田中さんはBBQを楽しみながら少しだけ世間話をした。
俺の家のこと、そして田中さんの過去、お互い暗い過去をもっていたが、肉と共に食べれば飲み込めた。
田中さんは両親をダンジョン崩壊で亡くしたらしい。
といっても巻き込まれたのではなく、戦えない市民と田中さんを守るために最後まで命を懸けたとのことだった。
「だから私も攻略者を目指した。それと知りたいんだ。キューブとはなんなのか。この世界を変えてしまった魔力とはなんなのか」
「だから副代表なのに、金色のキューブに?」
「はは、恥ずかしい。年甲斐もなく興奮して部下の反対を押し切って参加した。好奇心は猫を殺すだな。本当に危うく死にかけた。君のおかげだ」
そんな世間話をしながら、俺はついに切り出すことにした。
「……田中さん。話していいですか?」
「いつでもいいとも、たとえどんな話でも受け止めるつもりで呼んだんだから」
田中さんはにっこり笑いながら肉を焼く。
いつでも気軽に話してほしいという態度の現れなのだろう。
俺はその表情に安堵して、あの日あったことを隠していたことをすべて話すことにした。
「あの日俺は転移しました。田中さん達が外に出た後、魔物達が解放され、俺は目を閉じたんです。でも目を開くと別の部屋にいました」
「……なるほど」
「そして言われました。攻略したと、そして……報酬として『神の眼』を授けると」
「攻略……君の最後の選択はやはり間違っていなかったんだね。それで『神の眼』とは? 随分仰々しい名前だが」
「はい、紙とペンをお借りできますか?」
「あぁ」
俺は田中さんから紙とペンを受け取った。
そして田中さんのステータスを読み取り、書き写す。
田中さんは不思議そうにこちらを見るが、黙って待っていてくれた。
「それで与えられたのが、あの声がいう神の眼……それは俺の見る世界を変えました」
「神の目……まさかあの壁画の?」
田中さんが思い出しているのは、ドアに描かれていた三角形の中心に目のマーク。
アイオブプロビデンスとも呼ばれる神の全能の目として有名なマークだった。
「はい、そしてその力がこれです」
俺はそのステータスを記載した紙を田中さんに見せた。
「……そんな、まさか……これは……」
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