第25話 昇格試験ー4

『最後の試練……騎士を選択……』


「……だよな。ここからだよな、神の試練って」


 俺は黄金のキューブを思い出す。

いつだって、やっとだと思ったときに絶望を振り下ろす意地悪な神。

まるで心を試しているかのように、もう眠ってしまいたい俺に最後の試練を振りかざす。


『……決定しました。最も高い適正は光……ステータスを調整……』


 俺はその声の意味を理解して、戦いからは逃げられないと立ち上がる。

左手を鞄に入っているタオルでぐるぐる巻きにして何とか止血し、剣を握れるようにする。


「やってやるよ……ここで全部だしきって……そして!」


 俺はもう一度剣を構えて前を向く。


「田中さんにうまいもん奢ってもらうんだ」


 震える体を叩き起こして精神力で立ち上がる。

俺の視線の先、扉から一体の騎士がゆっくりと現れた。


「ランスロット? いや、違う……」


 それは白い騎士だった。


 ランスロットの記憶とはまた違い、どちらかというと華奢な白い騎士。

それでも白く輝くその騎士は、うっすらと黄金色に輝いて俺を見る。


 俺はその白い騎士を見た。


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名前:名もなき騎士

状態:弱体化

職業:初級騎士(光)【下級】

スキル:ミラージュ

魔 力:200

攻撃力:反映率▶50%=100

防御力:反映率▶25%=50

素早さ:反映率▶25%=50

知 力:反映率▶50%=100


装備

・騎士の紋章

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「魔物じゃない? それに……騎士……」


 俺はステータスの表示画面が、まるで人と同じだと言うことに気づく。

魔物はもう少し簡易的なものだったはずだ。


「ステータスも弱体化……もう何も分からないけど……それでも」


 俺はその騎士を見つめる。

その騎士も腰の剣を抜き、鎧越しに俺を見つめた。

視線が交差し、戦意が混じる。


「俺は勝たないとだめなんだ」


 俺は一切油断せずその白い騎士を見つめていた。

戦意は高い、体もアドレナリンで何とか動きそう。

問題なくやれるはずだ。


 油断はない。


 なのに。


「!?」


 俺はその騎士を見失った。

慌てて周りも見渡すが、どこにも白い騎士がいない。


「どこ──!?」


 鎧がきしむ音がする。

空気がつぶれる音がする。

俺の耳から聞こえないはずの音がして、そこから逃げろと本能が叫ぶ。


 俺は全身の血が引いていく感覚を感じ、本能のままに勢いよくしゃがみ込んだ。

俺の髪の毛が、慣性の法則で宙に浮き、そして残った髪が水平に切れた。

俺の頭上数センチを、何かが高速で通過している。


 それは剣だった。


 見上げると乱反射したかのように、見え隠れする白い騎士が一瞬見えた。

それに気づいたのか俺を見る騎士。

再度元の白い騎士の状態に戻り俺の視界に現れる。


「透明……スキルか?」


 俺は全力で後退し距離を取る。

ステータスを再度確認し、一体何が起きたかを把握する。


 そして見つめるはおそらく原因であろうスキル『ミラージュ』。


「ミラージュ……チートかよ」


 俺は詳細を見たミラージュというスキルのバカげた性能に乾いた笑みがでてしまった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

属性:スキル

名称:真・ミラージュ

効果:

・自身より知力が低い相手に有効な透明になる鎧を帯びる。

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 どうやらこのスキルは自身より知力が低い相手に対して透明になれる力のようだ。

俺の知力は96、大してあちらは100。

たった4の差だが間違いなく負けていて、効果が発動されているようだった。


「見えない鎧に見えない剣……それは卑怯だろ」


 俺が文句を言おうとすると、その白い騎士がまた乱反射しながら光を屈折させ俺の視界から消えていく。

まるで水の中にガラスの容器を入れた時のように、溶けて消えていなくなる。


「くっ!!」


 俺は神の眼の力によってステータスだけは何とか見えた。

それによって位置だけは何とか把握し、勘を頼りに剣を振るう。


 金属がつぶれる音、ただしぶつかっている剣は見えない。

もはや殆ど運だけで戦っている。


 この騎士が搦手を使ってきたらどうしようもない。


「くそっ! ぐっ!!」


 打開策がまるでない。

味方していた運も徐々に俺を見放して、体中に切り傷ができていく。

神の眼がなければ、一瞬で背後から切り刻まれて死んでいただろう。


 ステータスにおいては武器の差で俺の方が攻撃力は少し強い。

知力は4負けているがそれ以外のステータスはすべて俺が勝利している。


 なのに、相手にならずに押されている。

白い騎士が繰り出す見えない閃光が、まるで死神の鎌のように振り回され、俺の命を削っていく。


「がぁ!!」


 俺の左手が巻いていたタオルの上から切られ、血を止めていた左腕が痛みを思い出す。

劣勢になっていくのを肌で感じ、焦燥感が俺の心に沸々と湧いてくる。

アドレナリンはいつしか切れて、俺の眼は光を失っていく。


「はぁはぁ……」


 数分の攻防を経て俺はもう満身創痍だった。


 左腕は血で紫色に変色し、左足は火傷で水膨れて真っ赤に茹で上がる。


「勝てない……」


 心がつい弱音を吐いてしまった。

あの日諦めないと心に決めたのに、疲労と痛みと打開策のない状況は俺の心を簡単に弱くした。


 それに気づくとあれだけ心に決めたのにと、俺は顔をしかめた。


 しかしそれでもその白い騎士は待ってはくれない。


 交わす剣戟、もはや思考も回らない。

それでも耐えられているのは、体が戦いを覚えてくれているから。

そして心の奥底で俺を支えてくれるものがあるから。


(はぁはぁ……こんなの前もあったな……)


 思い出すのは、黄金のキューブでの戦い。

初めてホブゴブリンを倒した時も、俺は弱音を吐いていた。


 なのに俺はもう一度立ち上がった。

結局俺を支えてくれたのは、自分の意思なんかじゃなく凪だった。


 今もそうだ。

俺は弱い、どんなに決意したってすぐに揺れる。

人は弱い、どんなに心に決めたってすぐに心が理性を無視する。


 また俺は諦めるのか?

俺の帰りをただ真っ暗な自分の体で今か今かと寂しく待っている凪を残してまた諦めるのか?


 AMSの治療法を見つけるのを待っているのに。


 俺が頑張れば救えるかもしれないのに。


 俺がこの眼で、真実を見ることさえできるのならば。


「俺が助けるからな、凪。もうちょっとだけ待っててくれ。絶対助けるからな。そしたら」


「凪はまた笑えるかもしれないのに!!」


 俺の心が叫びをあげて、もう一度だと火が灯る。


 折れたっていいじゃないか。

俺は弱い、そんなこと昔っからわかっている。

それでももう一度立ち上がればそれでいいじゃないか。


「……もう一度だ。もう一度だけでいい。……頑張るよ」


 だから剣を構えて前を向く。

折れそうになった心がまたギリギリで踏みとどまる。


 まるで俺の気持ちに応えるように。


 俺の心に応えるように。


 俺の眼は、黄金色に輝いて本当の力を発揮する。


「え?」


ガキン!!


 俺は振り下ろされる剣を間違いなく視界にとらえ、今までにないほどに確実に受け止める。

それに驚く白い騎士、なぜならその白い騎士が纏う何かが激しく揺れた。

まるで揺らめく陽炎のように白い騎士の形に何かがかたどられて見えなかった騎士の形を具現化させる。


 灰色の世界は黄金色に彩づいて、世界に魔力を映し出す。


「これは……もしかして魔力?」


 俺が見えたものは、憶測だがおそらく魔力だった。

俺の体から炎のように金色の魔力が見える。

同じようなものが、白い騎士からも漏れ出ている。


 完璧に止められた事実に焦ったのか、白い騎士は慌てて再度俺に剣を振る。

しかし、はっきりと間違いなく俺はその不可視の剣が見えたし、それを薙ぎ払った。

ステータスならこちらが上、ならば負けるわけはない。


 剣と剣がぶつかり合い、力と力がぶつかり合う。


 そして、最後には魂がぶつかり合うのなら。


「あぁぁぁぁ!!!」


 俺が物言わぬ名もなき騎士に負ける道理はない。

俺には成し遂げたい想いがある、救いたい人がいる。


 勝たなきゃいけない理由がある!!

力の限り押し切る俺は、そのまま白い騎士を壁まで押し込む。

必死に耐えようと白い騎士のスキル『ミラージュ』が解ける。


 俺は構わず押し込み続ける。


「あぁぁぁぁ!!!!」

 

 ここで決める、もう意識も無くなりそうだった。


 だから絶対にここで決める。

 

 ありったけの力を全て捧ぐ。


 一本の剣が金属音と共に宙を舞う。

それは敵の剣で、俺の剣はまだ握られていた。


 黄金色に輝く瞳で俺は白い騎士を真っすぐ見つめ、切っ先を真っすぐと向ける。

まるで笑ったようにその白い騎士は、何かを言った。


『……見事なり。今代の騎士よ』

 

 俺の剣が白い騎士の胸をまっすぐと貫いた。

俺はそのまま体重を預けて白い騎士と共に地面に倒れる。


 薄れていく意識の中、俺の勝利だけがあの無機質な声で告げられた。


『初級騎士試験、クリア。個体名:天地灰……初級騎士(光)獲得。転送します』


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