第19話 初めてのソロ攻略ー5

「え?」


 俺は一瞬で血の気が引いた。

心なしか体が痺れてきたような、まさかこの肉は俺の前のこの村に来たお客さん……。


「嘘じゃよ」


 嘘かよ!!


「もうおばあちゃん!! ただでさえこの村名前が怖いんだから!! そういう冗談はだめ!」


「がはは! すまんすまん」


「ははは……」


 一瞬夜鳴村の意味を考えてしまったじゃないか。

ただでさえ村には生贄とか風習のイメージがあるというのに。


「しかし、お前さんも若いようだが、攻略者として頑張っててえらいのぉ」


「いえ、自分はまだまだなんで」


「命を懸けて誰かを守る。これほど尊いこともあるまいて」


「……そうですかね」


「そうじゃよ、誇りなされ。なぁ渚」


「うん、私は本当にすごいと思います。魔物と戦うなんて……私じゃ……」


 少しだけ暗い表情をする渚さん。

おばあちゃんはそれを見て、すぐに話題を変えた。


「そうじゃ。天地さん、もう夜中じゃし風呂に入るじゃろ? どっちがいい?」


「どっちとは?」


「いや、孫の残り湯に浸かりたいか、孫に残り湯を浸からせ──」


「もう、おばあちゃん! 天地さん。さ、先に入ってください。……私は気にしませんから。というかやっぱり私の残り湯を味わわれるのは……」


「いや、味わわないよ!?」


「ふふ、冗談です。じゃあ準備してきますね!!」


 そういうと渚さんは、走って行ってしまった。

この婆さんあってのあの孫という感じだな、あれそういえばご両親は?


 俺は少し疑問に思いながらもお風呂に入る。


 用意された田舎のお風呂は、いつものお風呂よりも熱かった。

都会のボタン一つで沸くお湯ではなく、ちゃんと火でお湯を炊いたお風呂なので温度調整は難しそうだな。

それにしてもお風呂をたくだけでも一仕事、文明の力を感じる。


「ありがとうございました、気持ちよかったです。あれ? 渚さんは?」


「村長のところにいきよったわ。あの頑固者には説得しても無駄じゃといったんじゃがな……」


「あのおばあさん……渚さんがあんなに必死になる理由って何かあるんですか? なんか普通じゃないように思えて……」


「……そうさな、ここまで来てくれたんじゃ……別に隠してるわけでもないし。お前さんには話そうか」


 俺は先ほどまでのふざけていたおばあさんの態度が一変したことから真面目な話なんだと座った。


「あの子の父親と母親はな……ダンジョン崩壊で死んだんじゃよ」


「え?」


「あの子がまだ歩くのが精一杯の頃じゃった。儂の息子、つまりあの子の父親はこの村の外に就職してな……それで……」


 そこから話される内容は、とても小学生が受け止めきれる内容ではなかった。

ダンジョン崩壊が、今よりも頻繁に起きていた少し前。

日本は大混乱に陥っていた、いや世界中が大混乱で法整備も間に合っていなかった。


 そして作られたのがダンジョン協会という世界的な組織。

多くの犠牲の上に成り立ったその組織は、世界最大の組織となり、政治経済両方の面を併せ持つ。


 その甲斐あって、世界中でダンジョン崩壊は大幅に減少し、犠牲者も少なくなった。


 だが、それでも今だダンジョン崩壊は発生する、そして犠牲者も。


「そうですか……それは……辛い経験を」


「わしが引き取った時はそれはもうひどくてな。でもやっと笑えるようになってきた。わしが必死にギャグセンスを磨いたおかげじゃ……」


(いや、それはどうだろうか……)


 俺は冗談ばかり言っているおばあさんの少し悲しい事情を知ってしまった。

笑えるかは置いといて、きっと必死に笑わせようと努力してきたんだろう。

そのかいあってか、渚さんは普通の人と変わらないほどに笑顔ができている。


 でもそんな理由があるのなら、あれほどダンジョン崩壊を恐れていることも頷けた。


「ではゆっくりしてくだされ、テレビでもつけようか」


 そういっておばあさんはテレビをつけて部屋を出ていく。

テレビではニュースがやっていた。


「また滅神教のテロ行為か……海外は怖いな……」


 俺はテレビを聞きながら、解放的な縁側で外気浴をする。

テレビでは、また覚醒者による大規模なテロ事件のニュースが流れる。

それも今や日常となってしまっているが。


「なんか久しぶりにゆっくりだな……」


 渚さんの過去を思うと少しだけ暗い気持ちになりながらで月を眺めていた。

都会の光を失った空はとても美しく月明りだけが静かな村を照らしていた。


 その夜は夜鳴村というには、静かすぎる夜だった。



◇少しだけ時間は戻り、夜鳴村 村長宅


「予定を早めて、今夜決行しようと思う」


 村長の古川は若い衆を自宅に集めていた。

全員がD級に該当する若い覚醒者五人ほど。


 この村の最高ランクである覚醒者達だった。


 人類が覚醒してから各等級の割合は半分近くがE級、そして残り半分がD級となっている。

C級は上位一%、B級に至っては0.1%。


 A級ともなると、人口が億を超える日本にあって数百人。


 S級はもはや片手で数える程度しかいない。

それがこの国のパワーバランスだった。

そのためE級は通常の職業、D級から攻略者として活動する者が増えていく。

E級で攻略者を志すものもいないわけではないが、少数派。


 そんな中、この夜鳴村にもたった一人でダンジョンを攻略するような猛者がいた。

だが、その村長の孫は、その強さから海外のギルドにいってしまいもういない。


 だから村長の古川はD級である若い衆を五名集めた。


「古川さん、本当にダンジョンの報酬は全部山分けでいいんすよね」


「あぁ、ボスまで倒せば百万にはなるぞ。良かったなお前ら、これが毎月だ。今度その金で豪遊しに行こう、東京でソープなんてどうだ」


「うひょーー最高っす!」

「絶対行きましょう! 古川さん!」

「東京なんて久しぶりだぁ、都会の女は美人ばっかだからなぁ。ムラムラしてきた」


「ダンジョン協会が定めたルールでは、D級ダンジョンならばD級が五人いれば安全に攻略できるとされている。だから頼むぞ、お前達!」


「了解っす!!」


 夜鳴村にあるダンジョンはE級、ダンジョン協会はそう認識している。

しかし、それは村長である古川の虚偽報告だった。

E級であれば大した資源がとれず、崩壊を起こしてもさほど大事にはならないためダンジョン協会としては優先度は下げられる。


 そのレベルであれば十分地方の自治体で対処可能だからだ。


 だから古川はD級をE級と虚偽の報告を行うことで、ダンジョンで得られた資源から私腹を肥やしていた。


(本当はこいつらにも分けたくないんだが……あのバカ孫がアメリカにいっちまいやがったからな)


「今日、協会の人間が来やがった。明日にはもしかしたら横からかっさらわれるかもしれねぇしバレるかもしれねぇ、だから今夜決行して協会の助けはいらねぇって教えてやらにゃならん。準備はいいな」


「万全っす!」


 古川達は、予定していた翌日ではなくその日の夜にダンジョン攻略を決行することにした。

それは図らずも灰が現れたせいで、ダンジョン協会にばれることを恐れたからだった。


 その若い衆と古川が外に出て向かった先。

それは先ほど灰が見た夜鳴村の中心にあった四角い建物だった。


 その建物の中にあるのはキューブだった。

キューブを囲うようにして、建てられたそのプレハブ小屋のような建物は外から来たものからキューブの存在を隠すためのもの。


 実はキューブは夜鳴村の中心にある。

周りは民家で、本来ならばとても危険なのだが、ダンジョン崩壊は一度も起こしていない。

村長の孫であり、今は海外のギルドに入ってしまった存在が間引いていたからなのだが。


「じゃあ、お前らがんばってこい!!」


 時刻はすでに夜中七時を回っている。

灰が今井家で食事にありついている時と同じ頃だった。


 古川は若い衆の背中を叩いて送り出す。

魔力石は絶対に拾えという言葉と共に。


 彼らも安物の剣や、装備をもって地図も持たずにダンジョン攻略へと乗り出した。


 楽観的に、まるで遠足にでもいくように、彼らはダンジョンへと入っていった。

だが彼らは知らない、ダンジョンポイント制度とは訓練を受けた国家資格を持つ攻略者が装備を整えて、さらにすでに踏破済みで地形もすべてわかっているダンジョンに行く場合の話。


 素人がそのまま適応していい制度ではないということを。


 そしてD級ダンジョンにも下位と上位、格というものが存在するということを。


~二時間後。


「さて、暇だな……」


 古川はキューブを囲むような簡易的な建物の中で椅子に座って彼らのいい報告を待っていた。

二時間ほどだろうか、古川は孫はいつも一時間ほどで攻略していたなと思い出す。

だが、それは特殊なケースであり、大体攻略には2,3時間はかかると古川は認識していた。


 そこに駆けてくる少女が一人。


「はぁはぁ……ここにいたんですか。古川さん!……まさか、もういったんですか!?」


「……なんだ、渚か。全くお前には本当に迷惑させられた。だがまぁそれも無駄なあがきだったな。もう終わる。ダンジョン協会の助けなんぞなくても我々だけで村を守れる」


「……」


 渚は古川と同じように建物の中でキューブを見つめた。


ブブブ


「え?」


 渚はキューブが少しだけ震えるように揺れたのを見た。

渚の顔から一瞬で血の気が引く。


 見間違いかと思ったが確かに、微細にキューブが揺れた。

そしてこの現象を渚は知っている、思い出したとたんに恐怖で声がうまく出なかった。


「お? 帰ってきたのか。帰ってくるときはこんな感じだったか? たしかキューブが開くような……」


 古川が立ち上がって、目の前の白いキューブに触れようとした時だった。


「に、にげて……」


 渚が声を振り絞る。


「はぁ? なにを──!?」


 突如微細な振動だったキューブが目に見えて激しく震えだす。

金切り音を上げて、まるで悲鳴のような音がする。

鮮やかなD級を表す白色のキューブの色が反転し、漆黒のキューブへと姿を変えた。


 そのキューブから何かが転がるように外に出た。


 それは、頭だった。

古川が送り出したD級の若い衆の一人が見るも悲惨な姿で現れる。

それに唖然として声が出せない古川、しかし。


「ぐわぁ!?」


 突如そのキューブから女性の腰ほどはあろう太い腕が伸びて古川の顔を掴んだ。


 その腕に持ち上げられた古川。

必死の形相で逃れようと暴れまわるが、その手は強く離さない。

そして、そのまま握りつぶすように古川は息絶えた。


「い、いやぁぁ。いや……」


 古川の血で汚れた渚は後ずさる。

キューブから次々と魔物が外に出てきた。


 醜い身体に、醜悪な顔。

まるで熊のような巨大な体格をした分厚い脂肪で豚の顔。

それでも確かに意思をもって、最低限の知能を持つ。


 『オーク』


 D級の魔物でありながら、C級に肉薄する存在。

下位のダンジョンでは最も恐れられている全人類、そして女性の宿敵の魔物だった。


 その魔物は渚を見ると、にやりと笑う。

一体のオークが震えて動けない渚を捕まえた。

渚は必死に抵抗するが、力がうまく入らない。


 そしてそのまま渚は抱えられたままダンジョンへと消えていった。


 残りのオークは雄たけびを上げて、その簡易的な建物を叩き壊す。

その騒音に、村中の明かりがついた。


 そしてすぐに絶望し、恐怖する。


 この日夜鳴村のD級ダンジョンは、最悪な形でダンジョン崩壊を起こした。


 誰も助けてくれない辺境の村を襲う豚の魔物が全てを蹂躙し食いつくさんと暴れまわる。


 静かな夜に、悲鳴だけが響いていた。

まるで夜鳴村の名前を体現するかの如く。


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