第10話 神の試練ー7

 俺はその鍵を握りしめた。


 この鍵を使えば、俺は助かる。

二つあるということは、二人助かる。


 俺ともう一人が助かる。

いや、俺だけ使って鍵をもって外に出ればここで起きたことは誰にも知られずに俺は生き延びることだってできる。


 田中さん達を殺して、俺は生き延びることができる。


「俺は……」


 先ほどまでとは状況が違う、黒い感情が湧いてくる。

俺はその鍵を握りしめ、自分の首についた鎖を見つめた。


 カウントダウンはすでに一分を切っていた。


「はぁはぁ……俺は……俺は……」


 俺は震える手で鍵を鍵穴へと近づける。

俺は笑っていた、きっと醜悪な顔だったのだろう。

でもそれが悪いのか? 自分の命を最も大事にするのが悪いのか?


 顔が引きつり、生き延びれるかもしれないという気持ちに嬉しさがこみ上げた。

帰ったらゆっくりお風呂に入ろう、少し貯金を切り崩して大好きな牛丼を食べよう、お菓子もジュースもたくさん食べよう。

まだまだやりたいことはあるんだ、たくさん楽しいことはあるんだ。


 この先には、きっと……未来が。


 だから、だから!!


「俺は、生き残る! 生き残るんだ!」


 鍵穴に差し込み、声に出した瞬間だった。


 俺は思い出してしまった。


「俺は、生き残る! 生き残るんだ! こんなゴミとは違うんだ!!」


 同じ言葉を、醜悪な顔で、大っ嫌いな奴が言ったことを。


 知の試練で、佐藤が俺を突き飛ばした時の顔を思い出した。

絶対あんな奴にはなりたくない、あんな大っ嫌いな奴と同じにはなりたくない。


 そして。


『凪、兄ちゃんが絶対助けるからな。絶対だからな』


 妹に誇れる兄になりたい。


 俺は病院で凪に向けて決意した言葉を思い出す。

俺は、目が覚めたようにとたんに体から力が抜けてしまった。


 俺はため息をついて目を閉じる。


 そして。


「灰君……」


 その鍵を田中さん達の方へと投げた。

金色の鉄格子の間を通り、その鍵は田中さん達の足元へと飛んでいく。


「田中さん!!」


 俺は笑顔で、言った。

今度は作り笑いではなく、本当に心からの真っすぐな気持ちを。


「妹を……凪を頼みます」


「…………必ず」


 田中さん達は頷き、首輪を開けてそのゲートへ走っていき消えてしまった。

俺はただ一人部屋に取り残される。

不思議と恐怖は消えていた、ただ痛いのは嫌だなという思いぐらいが残る。


「はは……どうだ、おい。なんでもお前の思い通りに行くと思うなよ!!」


 俺は聞こえているかもわからない、その無機質な音声に向かって天に叫んだ。


 きっとこの試練を考えた存在が想像していた結末ではなかったのだろう。

俺は少しだけ気分がよくなった、最初に神の騎士選定式と言っていたことからきっと神とやらが作ったのだろう。

デスゲームの主催者は、いつだって醜く争い合い、裏切りあう俺達がみたいんだろうから。


 でも今日この試練に関してだけはそうはいかなかったはずだ。


「残念だったな! 思い通りにいかなくて!! 俺は死ぬよ。自分の意思で、自分の思いを貫いて!!  だからこの勝負は……」


『3,2,1……』


 どうせ死ぬんだ、こんな奴に媚びへつらう必要はない。

俺はもう誰にも媚びへつらわない、もう自由に生きてやる。


 それがたとえ、『神』だとしても。


 だから。


 中指を天に向かって突き立てる。

そして、俺は神に喧嘩を売った。


「……俺の勝ちだ、糞野郎」


『0……時間になりました。解放します』


 そしてカウントダウンが0になり、黄金の鉄格子は消え去った。

魔物のおたけびが万を超えて俺に向けられる。


 俺は目を閉じて、ただ死を待った。

しかし聞こえたのは、感情の乗った無機質な声。


『見つけた……託せる騎士……』

「え?」


 突如浮遊感が俺を襲う。

魔物に食われたのかと思ったが、痛みはない。

俺は恐る恐る目を開く、開いたら周りが魔物だらけになっていそうで怖かったが何とか恐怖に打ち勝ち目を開く。


「……あれ?」


 だが、眼を開いた俺はよくわからない部屋にいた。


◇一方 アルフレッド中佐


「すまない、ジリアン少尉。これも祖国のため、生き残るためだ」

「い、いやです、中佐! 助けてください! 俺は死にたくありません!! 家族がいるんです!」

「だまれ!! これは命令だ!! 二階級特進、遺族年金もある。安心しろ」

「い、いやだ、いや──ぐふっ!?」


 アルフレッドは、部下の一人をボコボコにして無理やり首輪をつけさせた。

嫌がったので仕方なく、無理やりだ。

S級のアルフレッドに、A級のジリアンでは相手になるはずもない。

そしてもう一人の部下を連れて、外のゲートへと歩き出す。

もう一人の部下は、自分でなくてよかったと心から安堵する。


 その時だった。

灰達と同じように、真ん中を過ぎてから首輪がアルフレッド中佐を縛る。


「なぁ!?」


 鍵は部下のジリアンの目の前に。


「やった、やった!! 俺は生き残れるんだ!!」


 だが案の定ジリアンは、その鍵を自分に使う。

あんな仕打ちをしたアルフレッドを助けるわけがなかった。


 鍵穴にさして首輪を開く。


 その瞬間だった。


「え? キューブが……」


 外への出口になったキューブが消えうせた、まるで蜃気楼のように一瞬で。

同時にカウントダウンが0になり、黄金色の鉄格子が消え去った。

つまり、無数の魔物達が解き放たれる。


「う、うわぁぁあ!!」


 その後、彼らがキューブの外に出ることはなかった。


 米国には田中からこう報告されることになる。

アルフレッド中佐、以下9名、全滅と。


◇同時刻 外 田中達。


「外に出られたのか……」


 田中とみどりが外へと続くゲートを出たあと、次に見た光景は渋谷スクランブル交差点。

いつもの見慣れた現代日本の光景だった。


「……灰君、わぁぁぁ!! ごめんなさい。ごめんなさい!!」


 みどりが涙を流す。

罪悪感と、それでも彼を殺すことを容認した自分達の卑怯さが不甲斐なくて。


「君はすごい。あの状況で同じことができる人間がどれだけいるというんだ。最後の心の試練……彼でなければ……」


 田中は振り向き、そのキューブを見る。

するとそのキューブが光の粒子となってゆっくりと消えていく。

跡形もなく消え、休眠モードにすらならなかった。


「これで終わりか。ダンジョン崩壊を起こしてあの魔物達が外に出たらと思うとぞっとする。だが君のおかげでこの国は救われたよ。本当にありがとう」


 田中はそのキューブへと深く頭を下げ続けた。


 この日、渋谷で起きた金色のキューブ事件はここ数年最大の損害をもたらしたダンジョン攻略として連日ニュースに取り上げられることとなる。

日本人死者数48名、内A級が5名、B級が8名、C級が14名、D級が20名、アンランクが1名。

米軍死亡者10名、内S級が1名、A級が9名。


 しかし得られたものは何もない。


 日本一のギルド『アヴァロン』にとっても、米国にとってもこの事態は重くのしかかる。

記者達からの責任追及は連日行われた。

一時期田中の解任を求める声も上がったが、田中が絶対にやめないと宣言した。


「私には必ず果たさないとならない約束がある、だからこの地位を捨てるわけにはいかない」


 その田中の強い言葉に、誰もそれ以上は追及できなかった。

そして黄金のキューブに関する情報はそれ以降一切なく、日本に強く爪痕を残して次第に黄金のキューブのことは話題に上がらなくなっていく。


◇一方 灰


「……あれ? ここは? 俺は転移したのか?」


 俺のその言葉に応えるように、あの声が響き渡る。


『挑戦者:天地灰。心の試練クリア。よってすべての試練を攻略した達成者となりました。神の間に転送しました、神の眼、騎士の紋章を譲渡します』


「クリア!? あれで? というか神の眼? 騎士の紋章? なにそれ」


 俺は信じられないと驚くが、クリアという言葉の通りなら俺は先ほどの心の試練をクリアしたのだろう。

死にたくないと思ってから、それでも仲間を裏切らないのが試練だとするのならなんて最低な試練なのだろう。


 考えたやつの性格はねじ曲がってる。


「そっか。でもあれが正解なのか……でも、ここはどこだ……普通攻略したなら外に転移するだろ」


 俺はあたりを見渡す。


 そこは青い松明に照らされた薄暗い部屋だった。

イメージとしては、ゲームに出てくる玉座の間という感じだろうか。


 なぜなら俺の目の前には豪華な玉座、そしてその上に項垂れるように座った骸骨がいた。


「気持ち悪いな……しかも翼……なのか?」


 その骸骨は、人間の者とそっくりだった。

一つ違う点があるとしたら翼がある、骨だけど。


 それはまるで天使の骸骨、悪魔かもしれないが。

その骸骨がただ玉座に座って項垂れている。


 そしてその横には二つの台座があった。


 一つは、何も置かれていない空の台座。

きっと何かが置かれていたのだろう、でも今は何もなく静かに佇む。


 そしてもう一つは、金色に輝く光の柱に包まれていた。


 その光の中には二つのもの。

一つは金色のペンダントのような名前が掘られたタグ? 軍人が首にかけていそうなタグだった。


 そしてもう一つは。


「これって……あの壁画の……これが神の眼なのか? 高そうだな。純金製かな……」


 金色に輝くこぶし大ほどの三角形。

その側面には眼のマーク。

それはあの壁画に書かれていたアイオブプロビデンス、神の全能の目そのものだった。

もしかしたらあの絵は、これを表していたのだろうか。


 そして、その台座の前には石碑があった。


「これ石碑? なんだろう、よく読めないな……欠けてるし日本語じゃない……あれ? 読める、読めるぞ!」


 俺が石碑に触れた瞬間、その何語かもわからない言語で書かれた文字が感覚で読めた。

そして俺はその出だしの一行目を読んでみる。


「我々は……敗北した?」


 その出だしは、読めはしても全く理解できない言葉だった。


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