第9話 神の試練ー6

 俺は尻餅をついていた。


 圧倒された。


 その魔物達はたった一体で国が揺れるのではないかと思うほどの覇気を放つ。


「……まさか、帝種!? それにレッド種、龍種までもか……私ですら見たことしかない頂点に位置する魔物達……なんだこれは。一体何なんだ……」


 田中さんも啞然として、立ち尽くす。


「ひっ!?」


 負けん気の強いはずのみどりさんも、その背後で黄金の鉄格子を強く叩く魔物の音に思わず悲鳴を上げた。


「こんなものが全て外にでたら……日本は終わりだ……」


 A級の田中さんをもってして、その魔物達は国を滅ぼしかねない力を持っていると感じているようだ。

この国にはS級と呼ばれる最強の覚醒者が5人いる、そのレベルですら対処が困難だという判断なのだろう。


「アルフレッド中佐のほうも同じようなことになっているのだろうか……」


 アルフレッド中佐もS級なので、そのレベルの化け物なのだがそれでも一人ではどうあがいても勝てないだろう。

そんな貴重な戦力であるアルフレッド中佐をこちらに派遣するのは少し疑問だが、米国と日本ではS級の価値が違う。


 なぜならあちらは世界最強の軍事国家。

貴重なはずのS級だけでも日本に比べ何倍もいるはずだ。


 それでも貴重であることには変わりないと思うが。


「田中さん……こいつらは」


「私にもわからない、だが私達に怒っていることだけは確かだな」


 俺は自分の心臓の音が聞こえてくるのを感じる。

ただひたすらに怖いと思った、ホブゴブリンのときとは違う。

諦めないとかの次元ではない、勝てるかどうかとかの話ではない。


 こんなものと戦えと言われれば、死ぬしかなかった。


 しかしこの黄金の鉄格子は、その凶悪な魔物達の攻撃をもって一切の傷がつかない。


 一体どんな素材だというのだろうか。


 俺がその鉄格子を見て疑問に思っていると。


「みて、あれ」


 すると冷静さを取り戻したみどりさんが指を差す。

そこには、金色に光る首輪が地面に落ちていた。

同じく黄金色の鎖につながれて何も見えない真っ暗な天井から鎖は伸びている。


 その金色の首輪は開いており、首に装着できるようになっていた。


「つけろってことなのか? だが、なぜ一つだけ……」


 田中さんがその首輪に触れた瞬間だった。


 あの無機質な機械音声があたりに響き渡る。


『生贄を一人を選んで首輪を装着してください。神の結界が解除されるまで、あと1000秒、999……』


 その瞬間、廊下の先に突然金色のキューブが現れる。

その黄金のキューブの側面には、現実世界の風景がまるで陽炎のように映し出された。


「外か!?」


 田中さんが叫ぶ通り、それはゲートだった。

外に出ることができるダンジョンからの脱出口。

多分渋谷だろうか、黄金のキューブの外の風景が映し出されている。


「で、出口ですよ、田中さん! 出られます!!」


 俺は外に出れるのかと、喜びそのゲートへと走っていく。


 その時だった。


 それは突如現れた。


ブン


 俺達を進ませないと目の前に現れたのは、黄金色の鉄格子。

魔物達を封じている者と全く同じ鉄格子が、ゲートへの一本道をふさぐように現れた。


「なんで……」


 そしてもう一度聞こえる声。

その声は冷たく無機質に、システム音声のように俺達に告げた。


『生贄一人を選んで首輪を装着してください』


 俺はその言葉を頭の中で反芻する、そして理解させた。


 この試練で何を行おうとしているのかを。

俺達に何をさせようとしているのかを。


 体中から血の気が引いていく感覚。

俺達は再度、魔物達を見る。

その魔物達は、何かを理解したのか今か今かと涎を垂らして静かに俺達を見つめていた。


 早く殺したいという意思すら感じて。


「そんな……」

「うそ……」

「残れというのか……一人でここに……」


 俺達は理解した。

この中で一人を犠牲にしろと言っている。

まるでデスゲームの主催者が楽しむようなシチュエーションだ。


 俺達で殺し合え、争い合え、最も弱いものを決めろと。


「そんな……」


 俺はその場に座り込む。

それからしばらく俺達は放心したように、座り込んでしまった。


「……くそっ! くそっ!!」


 田中さんだけが無駄だと分かっていながらもその黄金色の鉄格子を焼き切ろうと魔法を放ったり、剣を抜いて切りかかったりする。

しかし、その鉄格子はびくともしない。

それも当たり前、これは力でどうにかなるものではないのだろう。

なぜならあの魔物達を封印している力と同じ、人知を超えた神の力なのだから。


「なんだこれは、なんだ!! この試練は!!」


 田中さんは怒りを露わにして、叫びをあげる。

冷静だった姿はなく、ただ怒りを全面に出して鉄格子を切りつける。


「他の者は生き残るために、たった一人生贄を残せというのか!! ふざけるなぁぁ!!」


 怒りを露わにする田中さんは、疲労からかその手に持つ剣で地面を思いっきり突き刺し、膝をつく。


「ふざけるな……」


「……田中さん」


「ひどすぎるわ、なによ、この試練。私達さっき一緒に生き残ろうって。一緒にお寿司を食べに行こうって……」


 理解したみどりさんも泣きながら膝をついた。


 俺も同じ気持ちだ。

こんなことなら仲良く円陣なんてしなければよかった。

身の上話なんて聞かなければよかった。


 田中さんとみどりさんは良い人だ。

こんな俺にも、ゴミと呼ばれた俺にも対等に接してくれる。


 俺は正直嬉しかった。


 あの日魔力が5だと分かってから十年近く、こんなに認めてもらったのは初めてだったから。

だからこの二人が本当に好きになっていた。

魔力ではなく、俺をみてくれたこの二人が俺は本当に好きだった。


 本当に優しい二人で、結婚すると言っていたみどりさんと田中さん。


 きっと良い夫婦になるんだろうなと想像もした。

 

 だって、こんなにも二人は優しいのだから。

なのにこの試練は、それを見越したかのようにたった一人を生贄に選べと言う。


 優しさを殺して、一人を殺せと言ってくる。


 だから俺達には選べなかったし、できなかった。


 それでも。


『834、833……』


 カウントダウンは待ってはくれなかった。

このままだと全員あの怒り狂った解放された魔物達に殺されるのだろう。


 それでも俺達は全員床に座り込んでしまい、動けなくなった。

仮に佐藤のような悪役でもいたのなら俺達も動けたかもしれない。


 でも、ここにはそんな人はいない。


 田中さんもみどりさんも、心から優しい人だ。

だからこそ、俺達は動けなくなってしまった。


 それでもカウントダウンは無慈悲に進む。


 沈黙のまま、時間だけが過ぎていく。


『603,602,601,600……』


 残り10分、600秒を切った時だった。

誰も立ち上がれないで、静かになってしまった時。


 その人は立ち上がった。


「私が残ろう。灰君、みどり。君達は生き残れ、これはこの作戦の代表としての命令だ」


 それは田中さんだった。


「一誠! だめ! だめ! そんなの!!」


 それを聞いたみどりさんが泣き出す。

なぜならそれは田中さんの死を意味したのだから。


「みどり、きっと幸せになってくれよ。私以上の男がいるかはわからないがな……ははは」


 田中さんが渇いた笑顔でみどりさんと俺を送り出そうとする。

みどりさんは嫌だ嫌だと続けるが、それでも田中さんは首を振るう。

でもその足は震えていた、田中さんだって人だ、怖くないわけがない。


「……わかった……一誠。少し待ってて……」


「なにを……」


 みどりさんが、両手の握りこぶしを握って俺を見る。

その目には目いっぱいの涙を溜めて、それでも決心したような目だった。


 俺はその目を見て悟った。

俺はこの目知っている、愛する人のために覚悟を決めた目だ。


「ごめんね、灰君。本当にごめん、私……一誠を選ぶ。本当にごめん、恨んで。私を、許さないで」


 そして、その言葉を聞いて確信した。

きっとみどりさんは、愛する田中さんを生き残らせるために俺を犠牲にすることを選んだのだろう。


 その選択を間違いとは言わない。

もし仮にここに凪がいて、俺に力があったのなら俺は迷わず凪を生かす選択をするから。


 それが人を愛するということだから。

誰かを愛するということはその人を特別にするということ。

なら、世界一愛する人を助けるために誰かを殺すことが悪いのか?


 俺にはみどりさんの愛する人を守りたいという気持ちは痛いほどわかった。


バシッ!!


 だが、その発言を聞いて田中さんがみどりさんを叩く。


「みどり。だめだ、私が残ると言っている。君の気持ちはありがたいが……これが責任だ」

「だって、一誠! 私! 私! いやだ、いやだよ!!」


 みどりさんは、田中さんの胸で泣いた。

田中さんはそれを優しく抱きしめて目を閉じる。

きっと最後の時間を過ごしているのだろう。


 愛し合う二人、それを引き裂く神の試練。


 だけど。


「そうだよな、それが正解だよな。凪」


 そうはさせない。


ガチャッ


「え?」

「え?」


「俺が残ります。ヒーローの役目はもらっちゃいますよ」


「灰君!? な、なにをする!」

「灰君!? く、首輪が!」


 俺は田中さんがみどりさんを抱き締めながら、片手で持っていた首輪を奪って、すかさず付けた。

それと同時に、中央の黄金の鉄格子はブンという音と共に消え失せた。

つまりは外にでるためのゲートへと向かえる。


「この中で一番価値がないのは俺です。愛する二人を引き裂くわけにはいきませんよ」


「は、外しなさい! 灰君!」


「無理ですよ、鍵穴はありますけど。これもう外れそうもありませんし。それにいいんです。少しの間でしたけど俺二人のこと好きでした。俺を……アンランクで、価値がなくて、ゴミって呼ばれて……そんな俺を対等に、人として、仲間として扱ってくれて嬉しかったです。本当に。それに……ほら」


 俺は田中さんとみどりさんのその止まらない涙を見る。


「こんなに俺のために泣いてくれる人のためならまぁ俺にしては結構良い命の使い方かなって思います」


「灰君、ごめんね。ごめんね。私が……私があんなことを言ったから……」


 みどりさんが謝る。

きっと自分の行動のせいだろうと。


「謝らないでください。実は俺元々死ぬつもりだったんですよ。さっき自己紹介した時に言いましたよね、凪って妹がいるって。その妹がAMSにかかってしまって。ででもうち貧乏で攻略者専用病院でしか治療が受けられなくて。でも俺じゃ攻略者を続けるのは無理だから……なら攻略者として遺族になって治療を続けてやろうって」


 俺はあの日決意したことを二人に話した。

凪を救うために、何も持たない俺が最後に使ってあげられるのはこの命だけだから。


「灰君……君は……」


「ということで、田中さんに一つお願いがあります。俺の入院してるAMSの妹を頼んでもいいですか? 遺族補償で治療は受けられると思いますが、もし治療法が見つかってもすぐには受けられないと思うので。田中さんなら、日本トップギルドの副代表の田中さんなら権力でなんとかできますよね。天地凪、俺にとっては世界で一番大事な存在なんです」


 俺は田中さんに精一杯の作り笑顔を送る。

足が震えているのをごまかすように、指で思いっきり足をつねる。

元々死ぬ覚悟はできていた、ダンジョン攻略できないで資格を剥奪されるぐらいなら遺族となって家族を守るぐらいの覚悟だった。


 それでも怖いことには変わりない。


「……灰君」


「俺はもしここで生き残っても家族を救えません、だから……」


 俺は目に涙を溜めながら、精一杯作り笑顔で田中さんとみどりさんに微笑む。


「だから、あとは頼みますね。絶対ですよ。凪を頼みますね!」


 それは心からの俺の願いだった。


「……あぁぁ!!」


 田中さんは、直後頭を地面に思いっきりぶつけ血を流す。

まるで土下座するような、自分の中の葛藤と戦うように。


 何度も何度も。


 そして、もう一度顔を上げる。


「その願い、確かに受け取った。……灰君、誓おう、この命と我がギルドの名に懸けて君の妹の責任は最後まで私が持つ。だから……それだけは安心してくれ」


 俺はその返事を聞いてにっこり笑う。


「よかったです。むしろ……ラッキーでした。田中さんの後ろ盾が得られて。さぁ行ってください。あと三分もないですよ」


 俺の必死の作り笑顔を、誰が見てもわかるへたくそな笑顔を、それでも受け取ってくれた田中さん。

二人は、ゆっくりと出口のゲートへと向かっていく。

足取りは重い、いまだに葛藤はあるのだろう、それでも一歩ずつ進んでいく。


 俺はその背を見てつぶやく。


「これでいいんだ」


 これでいい。

俺は何度も自分に言い聞かせる。

俺よりもあの二人が生き残る方がいいんだ、アンランクでゴミなんかの俺よりも。

多くの人に頼られて必要とされるあの二人の方がいいんだ、生きているだけで価値のない俺よりも。


コツンコツン。


 田中さん達が躊躇うように、それでも一歩ずつ外へでる扉へと向かっていく。


 俺は首輪に繋がれながらその背中を見つめていた。

横の魔物達が、無数の魔物達が牙を剥いて、涎を垂らし、全員が俺を見つめている。

その目は怒りと喜びが混じったような、気味の悪い眼だった。


 早く食わせろとでも言いそうなその表情に俺は心から恐怖した。


 田中さん達が、一本道の真ん中を超えた当たりで、俺は完全に一人になった。


 その瞬間、とたんに恐怖がふつふつと湧いてきた。


「死ぬのか……あの牙痛そうだな……かみちぎられるのかな……」


 俺は今からあの魔物達にどうやって殺されるのだろう。

あの巨大な手でちぎられるのだろうか、あの巨大な牙で貫かれるのだろうか。

もしかしたらあの龍の息吹で燃えて死ぬのかもしれない。


 どんな死が待っているか、俺はしてはいけないのに想像してしまった。


 そして。


「死にたくない……え?」


 ふと言葉が出てしまった。


 諦めないとかそういう次元ではなく、確実な死。

ホブゴブリンになら立ち向かえた、知の試練なら最後まで諦めなかった。

でもこれは違うだろ、こんなの、諦めるなというほうが無理だ。


 嫌だ。

心からそう思ってしまった。


「怖いよ……」


 とたんに俺は震えだす。


「いかないで……」


 俺は田中さん達の背を見つめながら無意識に声を出してしまった。

小さな声は魔物達の雑音にかき消され、田中さん達には聞こえない。

でも一度言ってしまえばもう止まらなかった。


「死にたくないよぉ……」


 怖くて震える。

涙があふれてとまらなくなった。

それでも必死に口をふさぐように、田中さん達にばれないように縮こまる。

もしこの姿を見せてしまったら、田中さん達は戻ってきてしまいそうに思えたから。


 だから俺は必死にこらえて、それでも涙が止まらなかった。

怖くて怖くて、死というものを目の前にするともうどうにかなってしまうそうになる。


「うっうっ……嫌だよぉ」


 涙が溢れてしまった、この選択を後悔しかけた。


 その時だった。


 まるで俺のその言葉を待っていたかのように無機質な音声が頭に直接響く。


 まるで、俺がそうなることをわかっていたようにこのタイミングでその声はあたりに響き渡る。


『最後の試練──』


「え?」


 その声が聞こえたと思ったら俺と田中さん達の間にまるで隔てるように、牢屋のような金色の鉄格子が現れる。

それは先ほど一度消えた鉄格子と同じ、つまり俺と田中さん達は隔てられた。


 通れることはできないだろうが、向こうの様子が見えるぐらいは隙間が空いている黄金の鉄格子で。


 そして、もう一つ。


「なぁ!?」


 田中さん達の首に、金色の首輪が現れる。

それは空から突如現れた黄金の鎖に繋がれており、逃げることはできない。


「なにが起きてる……」


 俺が混乱していると、田中さん達が目指した外に繋がるキューブ。

それと全く同じものが、俺の後ろに現れた。


 そして、もう一つ。


「鍵が二つ……」


 俺の目の前に鍵が二つ現れる。

その鍵は一瞬で見たらわかる、きっと首輪を外すのに使う鍵なんだと。

これを使えば俺はここから外に出られる。


 俺は理解した、これが試練なんだと。


 もう一度問われている。

この状況で、死というものを確かに実感して、死にたくないと心から思って。

そして自分だけは助かろうと思えば助かるこの状況で。


 もう一度同じ選択ができるのか、それとも……。


 そして俺は気づいた。


 まだあの無機質な声はこの試練の名前を言っていなかったことを。


『最後の試練──心の試練を開始します』



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