第8話 神の試練ー5

 佐藤は首をはねられて絶命した。

その転がった首が、ぐしゃっという音と共に地面に落ちる。


 俺は少しだけ目を閉じる。

あいつにはひどい思いしかさせられなかったので心はそれほど痛まなかった。

それでも知り合いの死というものは、少しだけ心をえぐった。


「……田中さん。わかったことがあります。この試練、この目の領域でさっきみたいに忠誠を捧げるポーズをとるのだけが正解です」


「あぁ、私も今のでわかったよ。この目の領域でしかあのポーズはできない、胴のエリアではできるが息が持たない、もしかしたら息が続かず動き出すまで目の前で待たれるのかもしれないな。なんて悪趣味な」


 田中さんも気づいていたようで、目のエリアに移動してみんなに共有する。


「全員、目のエリアへ! 先ほどの祈るようなポーズをとる! 肩に剣を置かれるだろうが、絶対に動くな! 耐えるんだ!」


 田中さんはアルフレッド中佐にも共有する。


『アルフレッド中佐もご理解されてますね?』


『あぁ、その少年のおかげだな。青臭い英雄願望……だがまれに自己犠牲の精神には神の寵愛が起きる。運の良いことだ』


 そして俺達は全員目のエリアに入り、忠誠のポーズをとる。

コツンコツンと音がする。

天使がゆっくりと俺達のもとへと歩いてきているのだろう。


 俺は肩に剣を置かれて、冷や汗が流れる。

大丈夫だと分かっていても、恐怖で思わず逃げ出してしまいそうだった。


 剣は右肩、そしてしばらくして左肩にも置かれる。

そして満足したのか天使の足音は隣へと向かう。

聞き耳を立てていると全員にやり終えたのか、天使の羽ばたく音が聞こえる。

直後俺達の視界は復活し、俺は目を開けた。


 天使は羽ばたき、空へと天井に広がる暗い闇へと消えていった。


 直後聞こえたのは、あの無機質な声。


『挑戦者:天地灰。知の試練クリア 転送します』 


 その声と同時に俺達は、最初の部屋へと転送された。

俺は安堵と共に、床に大の字で倒れ、目を閉じる。


「生き残った……」


『知の試練は終了しました。クリアされたのは15名中6名です。次の試練まであと1000秒、999、998……』


「まだあるのか……」


 俺の嫌な予感は的中する。

一体いつまで続くのか、力、知、となれば次は何の試練だろうか。

そして俺は絵を見る、きっと一番左が力の試練、そして真ん中が今の知の試練。


 そして一番知りたい情報の次の試練だけは壁画が欠けていてよく分からない。


「灰君。ありがとう。君のおかげで生き残れた」


 絵を見ながら考え込んでいた俺に田中さんとみどりさんが歩いてくる。


「い、いえ! 運がよかっただけです」


「ううん。灰君がいなかったら全員死んでたわ。落ち着いて考えればわかったかもだけど、正直焦って頭が良く回らなかった、トップギルドなのに恥ずかしい。ほら、来て。ケガしてるでしょ、治してあげる」


 みどりさんが転んだ俺のケガに手を当てて回復してくれた。

優しい光が体を包み温かい。


『たすかったぜ、ラッキーボーイ!』

『バカだけど、俺は好きだぜ。熱血ボーイ!』


 すると二人の軍人も俺の頭をわしゃわしゃとなでる。

その笑顔は生き残れた安堵と、俺に対する感謝も含まれていた。

大きな手で、俺は少し照れくさかった。


『ミスター田中、ここはお互いの情報を共有するべきだと感じるが? もはや指揮系統云々の話ではない』

『了解しました』


 俺達はそのまま日本人三人、米軍3人で円を囲うように座り込む。

次々と自己紹介の時間が始まった。


「私は、知っている者も多いと思うがA級の下位に位置する魔術師。炎の系統を持つ。剣もある程度使えるが戦士系の職業には歯が立たないな」


「私は天道みどり、アヴァロン所属の治癒の魔術師です。ある程度戦闘もいけるけどB級。ちなみに一誠の、田中の妻予定です。式はまだ先ですけど……もうすぐ結婚します」


「あ、そうなんですね! おめでとうございます!」

『それはめでたいことだ。そんな時期によくこんな無謀なことを、夫婦で……いや、だからこそ夫婦なのかな? HAHAHA』


 次々と自己紹介をする6人。

軍人さん達は最初は怖いイメージだったが、田中さんが通訳してくれて俺の印象は変わった。

全員が家族がいて、守りたい子供もいて、国のために戦っている。


 嬉しそうに家族の写真を見せては、絶対に生き残ると繰り返す。

それは強面のアルフレッド中佐も同じこと、佐藤を殺そうと投げたことは納得はできないが誰だって自分の命が一番だ、許せないが理解はできる。

冷徹で正しく軍人、だがそこには確かに血が通っていた。


 そして俺の自己紹介の番がやってきた。


「俺は……天地灰……アンランク……です」


『WHAT!? アンランク!? アンランクが生き残ってんのか!? 嘘だろ!?』


 俺の言葉に軍人さんが驚く。

彼らはA級、他にもたくさん強者はいたのに、最弱のはずのアンランクが生き残っていることに驚いたようだった。

俺が複雑な顔をすると、二人は慌てて謝罪する。


『Sorry。悪気はないんだ。でもほら……アンランクはただの人と変わらないからさ』


 彼らの言い分ももっともだしそれは俺が一番理解している。

世界中の人間がほぼ覚醒した今、アンランクとは世界の底辺であり自己防衛すらできない存在。

魔力をほとんど持たない旧人類をそう呼ぶ。


 俺はその中で魔力たったの5、ゴミと呼ばれてもおかしくない誰にも勝てない人間。


 だが田中さんはそれを否定した。


「あぁ、彼はアンランクだ。だが、だからこそ頭を使い生き延びた。我々人類が本来持っていたこの最大の武器、考える力でね。私達のように魔力というよくわからない力に頼ってきたものとは違う。私は彼を心から評価しているよ」


「田中さん……」


 田中さんが慰めるように俺の肩に手を置いた。


『ちげぇね! ラッキーボーイ、次も頼むな! 家で新婚の嫁が待ってんだ、絶対生きて帰らなきゃ』

『俺も! まぁうちの嫁はもう俺なんて早く死なねぇかなって思ってるがな、がははは! でも、娘は……まだ小さくてな。これが可愛いんだ』


 軍人さん達が首にかけたペンダントを開いて見せてくる。

そこには家族の写真を見せてくれる。

小さな女の子はとても可愛くて、これは確かに溺愛してしまうなと、殺伐した雰囲気の中一瞬だけ気が緩む。


 アルフレッドさんはみせてくれなかったが、同じようにペンダントがあるのできっとそうなのだろう。


 残った時間で俺達は、身の上話をたくさんした。

こんな状況だからこそ、人種も言葉の壁も飛び越えて心の底から通じることができた気がする。

当たり前だが、全員に家族がいて、家で待つ愛する人がいる。


 それは俺もそうだ。


 俺にも凪がいる。

今も暗闇の中で震えて俺を待つ最愛の妹がいる。


 だから絶対生き残りたい。


「よし、みんな。立ってくれ!」


 俺達は田中さんの声に従い立ち上がり、そして肩を組む。

まるで円陣のような形をとった。


「最後まで頑張ろう、力を合わせれば私達なら次も乗り越えられる、これが終わったら飲みに行こう! 日本の寿司はうまいぞ?」


『OKOK! グッドアイデアだ!』

『日本の飯はうまいからな!! すきやき! しゃぶしゃぶ! スシ!』

『私も日本のビールは好きだ、スーパードライが特に』

「灰君も飲めるの? あんまり飲まなさそうね」

「自分未成年なんで……でもせっかくなんでちょっとだけ飲もうかな」


 俺達は笑い合いながら肩を組む。

円陣なんて中学生以来だなと少しだけ照れくさくなったが、頑張ろうという気持ちが湧いてくる。


「じゃあ、絶対に生き残ろう! がんばるぞ!!」

「おぉ!!!」

『ウーラー!!』


『時間となりました。参加人数6名、転送します』


 その声と共に俺達の視界は暗転し、転移した。



「ここは……?」


 俺達が転移した先、そこは小さな部屋だった。

教室ほどの小さな石畳みの部屋、そして目の前には二つの扉。


「三人? これは三人しか入れないという意味か?」


 その二つの扉にはそれぞれ三人という文字が記載されていた。


「そうか、二手に分かれることになるのか……では3人グループを二つに……」


『ならば決まっているな、我々はこちら、そちらはその三名だ』


『ええ、そうなりますね』


 グループ分けは一瞬で決まる。

米軍人三人と、こちらは田中さん、俺、みどりさんの三人だ。


 俺達三人は向かい合ってそれぞれ握手をした。


『ではな、一誠、みどり、灰。私は日本はそれほど好きではないが、君達のことは嫌いではないよ』


『アルフレッド中佐、それから皆さんも。どうか武運を祈ります』


 ギギギッという軋む音と共に、その扉を開き、俺達は一瞥し別れることになる。

これがきっと最後の試練なのだろう、なぜなら絵は三枚、この試練が最後のはず。


 扉を開けると真っ暗な部屋、まるで闇のような、暗い影。

俺は身もすくむような感覚を覚える、まるで底が見えない真っ暗な穴に飛び込むような。


「何も見えないな……いるか、みどり、灰君」

「ええ、すぐ後ろ」

「俺もです」


「そうか、少し危険だが。火の魔法をつか──!?」


 田中さんが火の魔法を使って灯りを付けようとしたときだった。

突如眩いばかりの閃光が、俺達の目をつぶさん勢いで部屋を照らす。


「な? なにが……」


 それは金色の光だった。

その光によって、暗かった部屋は照らされる。


 と同時にそれは聞こえた。


「「ヴオオオーー!!!!」」


 空気を震わせ、部屋に鳴り響く声。

本能に直接訴えかける強者の雄たけび。

しかもその発生元は一つではない、無数の声。


 俺は本能のまま、耳を塞ぎ何が起きたとあたりを見渡した。


「ま、魔物!?」


 その声は魔物達の声だった。 


「なんだこれは……」

「うそ……」


 その魔物達は、黄金色の鉄格子の向こう側にいた。

俺達はまるで廊下のような長い部屋にいる、ただし上は見えず天井はない。


 たとえるならばモーゼが海を割ったような、そんな一本道に俺達はいる。

そしてその両脇には黄金色に輝く鉄格子が天高くまでどこまでも伸びている。

その向こう側では見たこともないような魔物達がここから出せと鉄格子を叩きつける。


 数はわからない、でも俺では相手にならないような。

それこそS級の攻略者がやっと相手になるような、そのレベルの魔物に見えた。


 それが。


「何体いるんだよ……」


 無数という言葉が適切と感じるほどに、視界すべてを埋め尽くす魔の獣。

その魔物達は怒りの咆哮を叫びながら、その両脇の鉄格子から俺達へと怨念を込めて手を伸ばす。


 それはまるで囚人のようだった。


 悠久の時をここに閉じ込めた者への怒りそのままに。


 俺達を食い殺そうとしているんだと。


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