第7話 神の試練ー4
「がっ!?」
「灰君!?」
驚いた顔をしている俺を腕の力だけで引っ張ろうとする田中さんを手で制する。
そしてすぐに一旦足のエリアへと転がるようにして俺は戻った。
「はぁはぁ、田中さん。わかりました! 胴は息ができなくなります!」
俺はそのエリアに入るやいなや、酸素を取り込めなくなることがわかった。
肺の機能がとまったのか、空気を吸うという行為が禁止されたのかはわからないが。
「そ、そうか。なるほど……胴は肺、つまり呼吸か。では、後は……」
「はい!」
俺と田中さんとみどりさんは勢いよく胴のエリアへと転がり込んで立ち上がる。
目指すは最後の一つ、目のエリア。
呼吸はできないが、仮にも魔力を持った覚醒者、数秒息を止めても数十メートルは走れる。
俺達三人は、目のエリアへと足を踏み入れた。
俺の勘が正しければこのエリアは。
「やっぱり! 田中さん、これは!」
「あぁ、目が見えないな。視界を奪われたようだ。だがそれ以外は問題ない、手足は動くし呼吸もできる」
「ここで息を整えて、胴のエリアで息を止めながら周りを見ればしばらく持ちそうね、後は……」
そして俺達は呼吸を整え、胴のエリアへ。
目を開くと、まだ足のエリアに5名ほどおり、そこら一帯は血まみれだった。
「くそ……」
すでに15名いた攻略者は残り8名になっている。
俺と田中さん、みどりさん、そして佐藤と、アルフレッド中佐、そして軍人三人。
そしてまた一人、感情のないそのマネキン顔の天使に剣を肩に置かれた。
『やめてくれ、なんで……くそっ! くそぉぉぉ!!』
そして軍人の一人が必死に抵抗し、天使の腕をつかむ。
A級の万力のような力で締め上げるが、まるで何もなかったかのように、その天使は首を跳ねた。
これであと7人。
天使が次の標的を決めた、その標的はアルフレッド中佐だった。
『くそ、くそ!! なんだこの化物は!! 私は祖国に帰って報告せねばならんのに!!』
足が動かずバタバタしているアルフレッド。
そのアルフレッドが、目の前にいた少年を見つける。
それはただ泣き叫んでいる佐藤だった。
『Sorry、ボーイ』
アルフレッドは、佐藤を片手でつかみ天使へと投げつける。
「う、うわぁぁ!!」
そのまま佐藤は天使にぶつかる、だが天使は一切微動だにせずに眼すらない顔で佐藤の方を見る。
佐藤は恐怖から動けないのか、体が動かないことに混乱しているのかはわからないがただ手をじたばたとしているだけだった。
俺はそれを見て一瞬だけ黒い感情が湧いてきてしまった。
俺を、凪を、ただ弱者は野垂れ死ねといった佐藤に、黒い感情が湧いてくる。
でも。
「……くそ!」
俺は自分の頬を強く叩く。
それは間違っているのかもしれない、でも動いてしまったのだから仕方ない。
「灰君!?」
俺は佐藤に向かって走り出した。
息はできない、それでも走るぐらいなら可能だし、空気がないわけじゃないので声だって出せる。
「佐藤! こっちだ! 這ってでもこっちにこい!」
俺は必死な声で佐藤を呼ぶ。
そして足のエリアに踏み込んで、倒れながら呼吸を整える。
「え?」
泣きながら俺の声に反応する佐藤。
他の攻略者達も反応し、必死の形相でこちらへとほふく前進で向かってくる。
「こっちだ、佐藤! そこじゃ、足が動かない! こっちは呼吸ができなくなるが自由に動ける! 早く来い!!」
「あ……あぁ!」
佐藤が救いを見つけたようにこっちへと必死に向かってくる。
後ろから天使がゆっくり歩いて追ってくるが、ギリギリ佐藤のほうが早そうだ。
俺は胴のエリアで呼吸を止めて立ち上がり、佐藤を引っ張り上げた。
「はぁ……すまねぇ……!?」
佐藤が一息ついて息落ち着こうとする。
しかし、直後首を抑えて苦しそうにする。
息ができない事を伝えたつもりだったが、焦りから理解できていなかったようだ。
突如呼吸ができないことに、焦っているのか首を掻きむしっている。
「落ち着け!!」
暴れまわる佐藤、でもアンランクの俺ではC級の佐藤を止めることができない。
必死に落ち着かせようとするが佐藤は、暴れまわり俺は殴られて尻餅をついた。
その瞬間だった。
「え?」
おれの肩に剣が置かれる、頬に触れる冷たい感覚。
俺は顔を上げる。
そこには天使がいた、感情がないそもそも表情などない顔を俺に向けている。
「あ、あぁ……」
俺の脳裏に浮かぶのは死の一文字。
俺も同じように首を切られて死ぬのか?
とたんに体から血の気が引く。
その天使は、俺を見つめて首をかしげた。
またこの仕草だ。
なんだ? なんで首をかしげるんだ? どうすればいいんだ?
なぜ何かを待っているように俺を見つめる?
その時俺は思い出す。
『知の試練──』
そして、最初の部屋に描かれていたあの絵を。
(まさか……そういうことなのか!?)
俺は片膝をつき、手を握って拳を心臓に当てる。
そして静かに目を閉じて下を向く。
あの壁画がやっていたように、騎士が主君へと忠誠を誓うポーズ。
天使と騎士、そこにあるのは偽りの忠誠。
それでも仕草だけは、間違いなく今俺はこの天使に忠誠を誓っている。
心臓の音が聞こえてくる、今にも口から何かが飛び出しそうだ。
根拠はない、でも確かにあの巨大な壁画は天使に忠誠を捧げるポーズだった。
すると俺の肩に乗っているはずの剣の感覚がなくなった。
俺はゆっくりと顔を上げる、すると天使は佐藤のほうに歩いていっていた。
つまり、俺は助かった。
「佐藤……あの……壁画の……ポーズだ!」
俺は息が続かない中絞り出すように佐藤に指示する。
焦っている佐藤は、それでも俺の言葉と、俺が取っているポーズの意味を理解したのか同じように手を組んで膝をつく。
すると天使が満足しているような表情を俺達に向けていた。
(よかった……これが正解なんだ)
俺は安堵する、しかし。
(違う! 息が!)
俺と佐藤は同じように忠誠を捧げるポーズをとっている。
しかし、息が続かない。
天使はただ満足いくような表情を俺達に向けているだけだった。
ただ時間だけが流れ、俺達は死に向かっていた。
一分ほどだろうか、俺の顔が青くなり、隣の佐藤の足も震えていた。
(もう……限界だ……一か八か全力で走って……)
俺がついに限界だと、一か八かを狙うしかないと感じた時だった。
「!?」
突如俺は突き飛ばされる。
それは佐藤だった。
佐藤が俺を横に突き飛ばし、いつもの意地悪そうな笑顔を向けていた。
そして、いつものように俺に言った。
「俺は、生き残る! 生き残るんだ! こんなゴミとは違うんだ!!」
その一言は佐藤の心からの声だったのだろう。
俺は目を丸くしながら体勢を崩し、佐藤は再度同じポーズをとる。
天使が俺を見て、満足げな表情が一変した。
まるで怒っているかのような、怒りに溢れた表情に変わる。
佐藤は俺をおとりにしようとしているんだ。
天使がゆっくりと俺に近づこうとする。
俺は裏切られた、助けようとした俺は佐藤に殺される。
もはや息が続かないし、逃げることはできないだろう。
後ろは足のエリア、呼吸できても足が動かないそこでは忠誠を誓えない。
俺が悪かったんだろうか。
誰かを助けようなんて俺には分不相応な行動だったんだろうか。
自己犠牲など、戦場では何の意味もないのだろうか。
俺はここで死ぬんだろうか。
「灰君! 後ろに飛びのけ!!」
その時だった。
その声の通りに俺は後ろに精一杯とんだ。
直後俺と天使の間に巨大な火炎の壁が現れる。
俺はその出所を見た。
「灰君! 遠回りだが、逆側からこちらへ!!」
それは田中さんだった。
田中さんから放たれたのは、炎の魔法。
俺と天使を阻むように巨大な火の壁ができる。
魔力を魔法に変換する力を持つ魔術師、その中でも炎の系統を持つ魔術師のスキルの一つ。
この灼熱の壁は田中さんの魔力で作り出されたものなのだろう。
激しい炎の壁は、俺と天使の間を隔て、視界を遮断する。
俺を視界から失った天使は、炎の壁ごしに俺に背を向けた。
佐藤は天使が完全に俺に標的を向けたら逃げようとしていたのか、睨まれてあたふたと尻餅をつく。
そして肩に剣を乗せられ、再度忠誠のポーズを取り直していた。
俺は、足のエリアへと転がり込んで呼吸を整える。
全力でほふく前進し、次は腕のエリアへと向かう。
その間も佐藤の肩には剣が乗っていて、動けなかった。
俺はついに腕のエリアにいき、足が自由になったので全力で目のエリアまで走っていく。
視界が消えるが真っすぐ走るだけなので、目と胴の領域の境目、田中さん達がいる場所へと俺は暗闇の中向かう。
「はぁはぁ、田中さん助かりました。ありがとうございます」
「よかった。灰君……」
『……戦場で英雄願望など……バカのすることだ』
そこにはアルフレッド中佐と軍人二人も残っていた。
アルフレッド中佐は俺を見て、呆れている。
それはきっと人を助けようとして死にかけた俺に言った言葉なのだろうか、ニュアンスだけはわかった。
「……すまない。せめてこの目に焼き付けよう」
田中さんは佐藤に向けて謝るような言葉をこぼす。
「すみません、俺のせいで」
「いや、私が彼を殺すと判断した。君の方が私にとって有益で、攻略に必要だと。それに助けに行った君を突き飛ばしたことに少し腹が立ったのもある」
「いえ、田中さんは悪くありません。俺が身勝手に行動しただけです」
「そうか……だが灰君、もういくな。次は助けられん」
また駆け出しそうな俺を田中さんがしっかりとつかみ逃がさないという。
だから俺は目を閉じて、諦める。
これ以上は田中さん達も危険に巻き込んでしまうかもしれない。
俺と田中さんは佐藤を見つめた。
息ができず、そして動こうものなら首を叩き切られる。
その天使はまるで悪魔のように笑い、剣を肩に乗せてただ佐藤を見つめていた。
佐藤は震えていた。
涙を流しているのだろう、横から見るとあんなに強そうだった佐藤はただひ弱な学生にしか見えなかった。
いつもいつも俺を殴っては笑って楽しんでいた俺にとっては最強の存在。
だが、今はあまりにも。
「た、たすけ……ゴ……あ…ま…ち……」
枯れそうな声で佐藤は俺の名を絞り出す。
何年振りかに聞いた、佐藤が俺の正しい名前を呼ぶ声。
もう息が続かないのだろうことはわかった。
佐藤は嫌な奴だが、高校からの付き合いではあった。
俺にゴミという仇名とサンドバックにし続けた男で、いつか殴ってやりたいとは思っていた。
それでもこの最後は、少し可哀そうだった。
佐藤はついに我慢の限界がきたのか、勢いよく立ち上がりこちらに手を伸ばし助けを求めた。
「た、たすけて。天地──」
ザシュッ。
その瞬間、佐藤は首をはねられて絶命した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます