第6話 神の試練ー3

「ここは……部屋は同じ? いや、天井がない? それにみんないる?」


 転送された俺達は今度は別々の部屋ではなく同じ部屋に集められていた。

15名全員同じ部屋で、また50メートルほどの四角い部屋だった。


 先ほどと違うのは、天井が一切なく真っ暗な闇が空に広がっていること。


 そして、もう一つ。

田中がその足元の床に描かれていた絵を見てつぶやいた。


「これは、目か? それに向こうは手、足……体……いや、あれは……胴か?」


 正方形の部屋の床はさらに四つの正方形のエリアに分かれていた。

そのエリアそれぞれに目、足、手、胴の絵が描かれている。


 今俺達全員がいるのが、手の絵が描かれたエリア。

すぐ左横が足、左上奥が胴、そして右上奥が目だった。


「一体……何を……ん?」


 田中さんが思案しているようにつぶやいたと、同時に何かに気づき突如上を向く。

つられるように俺達全員が同じ方向を見た。


「なんだあれ?」


 俺はその光輝く何かを見つめた。

ゆっくり徐々に降りてくるそれ、それが一体なんなのか。

金色の輝きを放ち、真っ白な翼、そして手には一振りの剣を持っている。

その顔はまるでマネキンのように、作り物の顔だった。


「天使?」


 俺がその降りてくるものを見て最初に思ったのは、天使だった。


 天使というには少し気持ち悪い見た目をしている。

それでも金色に輝き、神々しい白い両翼は天使のそれだった。


「全員警戒!」

『全員迎撃態勢!』


 田中さんとアルフレッド中佐がほぼ同時にその天使を見て叫ぶ。

その言葉と同時に全員それぞれの武器を構える。


 その時だった。


ガシャーーン。


「え?」


 俺は剣を落とした。

俺だけではなく、全員が剣を盾を、斧を手に持っていたものをその場に落とした。

まるで突如手が動かなくなったように。


「腕が……」


 俺は腕の感覚を失っていた。

痛みはない、腕もついている、しかし脳と腕が完全に切り離されたかのように一切動く気配がない。


「な、なんだぁぁ! どうなってやがる!」


 佐藤が慌てふためいている。


『中佐!! これは一体!』

『狼狽えるな、陣形を守れ!』


 それは全員同じことだった、何とか全員もがいているが、その手が持ち上がることはない。

全員がだらしなく重力に逆らえずに腕を下に向ける。


 そして一人の攻略者の前に、その天使は降り立った。

その攻略者は体は大きく、歴戦の戦士のような見た目。

しかし、今はその太い腕も全く意味がなく、むしろお荷物でしかない。


「あ、あぁ……」


 その天使は、攻略者よりも小さかった。

それなのに、その天使から放たれているプレッシャーはまるで勝てる気がしなかった。


 俺達は動けなかった。

天使がゆっくりと剣を持ち上げ、攻略者の肩へと置いた。

直後天使のマネキンのような顔が首をかしげる。


「や、やめろ……やめろぉぉぉ!!」


 震える攻略者、しかしマネキンはさらに首をかしげたと同時に。


ザシュッ。


 その攻略者の首がはねられた。

その首が俺の前まで飛んできて転がる。

歯を食いしばるように血の涙を流す目と俺は目が合ってしまった。


「わぁぁぁ!!!」


 俺の叫びと共に赤い血が、あたりに飛び散った。

その瞬間、まるで金縛りにあっていたような攻略者達が次々に叫び出す。


「全員にげろぉぉ!!」

『退避! 距離を取れ!!』


 田中さんの大声に合わせて全員がそいつから離れだす。

まるで蜘蛛の子を散らしたように、その天使から逃げる攻略者。


 俺も全力で逃げた。

何が起きているか分からない、しかしあの天使には勝てる気がしなかった。

最初から立ち向かうという選択肢が頭に浮かばないほどに、勝てる気がしない。

それは全員がそうなのだろう、ほぼ化け物であるA級の田中さんですら逃げの一手しか選ばなかった。


 それはこの場で一番強そうな米軍のアルフレッド中佐でも同じこと。


 俺は天使がいる方向とは逆に逃げる。

つまり左、足のマークが書かれたエリアへと。


 そして次の瞬間、盛大に転んだ。


「ぐっ!」


 何かにつまずいた? しかしそこには何もない。

いや、違う、なぜならあたりを見渡せば全員が同じように転んでいたから。


「あ、足が!!」


 俺は異変に気付いた。

両足が動かなくなっていた。

逆に腕はいつも通り動くようになっている。

そのため、盛大に転んでしまったのだろう。


「……一体なにが……足?」


 俺は倒れた床を見る。

そこには足を表す壁画のようなものが描かれる。

ただの勘だった、それでもこの状況から推測するに。


「この絵柄の場所にいると、同じ部位が動かない!?」


 そのルールに気づいた俺が倒れたまま背後を見ると、ゆっくりと天使が足が動かずバタバタしている一番後ろにいた攻略者の前に立つ。

そしてまた肩に剣を置いて首を傾げ、当たり前のように首を飛ばした。


 すると、一人の攻略者が手のエリアに戻って立ち上がる。


 震える声で天使に向かって叫びをあげた。


「く、くそがぁぁ!! よくも弟を殺しやがってぇぇ!! お、俺は!! 俺はA級だぞぉぉ!! ふざけるなぁぁ!!」


 その攻略者は腕が上がらないまま武器も持たずに天使に戦いを挑もうとしていた。

石でできた固そうな床がめり込むほどの踏ん張りの後、目にも止まらぬスピードで天使へ突っ込む。

さすがはA級、もはや化物と呼ばれ国家戦力と呼ばれる存在だけはある。


 全力の膝蹴り、まるでミサイルのように飛んでいく。

その膝が天使に当たると思った、しかし何もなかったかのように交錯した。


 いや、ほんの一瞬だがその天使がありえない速度で動いたような気が下。


 だが今の俺のレベルでは何が起きたのかはよくわからない。


「え?」


 しかし、俺が見つめていると攻略者は勢いそのままに壁に激突してしまった。

そして壁にあたりぐしゃっという音と共に攻略者はそのまま倒れた。


「嘘だろ……切ったのか?」


 その攻略者には首がなかった。

高く舞い上がった首が赤い血があたりにまき散らしながら落ちてきた。

そのA級という人類の最強レベルの存在は抵抗もできずに、見えない速度で首を切られて殺されていた。


 それを見た田中が信じられないといった表情で口を開く。


「理不尽すぎる……何だこの試練は」


 田中さんとみどりさんも這いつくばりながら顔を青くしていた。

ただでさえ勝てる気がしない天使、そこに体の一部が動かないというハンデを背負って勝利しなければいけない。

腕も足も動かなければいかに上級攻略者といえど戦えないだろう。


「こんなもの、S級のアルフレッド中佐ですら……灰君!?」


 俺は全力でほふく前進のようにして一番先頭にいた田中さんとみどりさんの方へと進む。


「田中さん、みどりさん! 多分ですがこの絵柄のいるエリアにいるとその部位が動きません!」


「なに!?……そうか、そういうことか。ここは腕の絵が描かれていたな。この状況でよく気づいた」


「だから俺があの胴のエリアに入ります。もし心臓が動かないなんてことがあったらほぼ死ですが今は試してみるしかありません!」


「灰君!? そ、それは危険すぎるわ!」


「でもこのままだと死ぬだけです。俺は……俺は絶対に諦めません!! 田中さん! 何かあったら俺を引っ張ってこっちへ戻してくれませんか!」


「……わかった! 任せろ」


 田中さんは一瞬思案するが、すぐに頷き了解してくれる。

こういう時判断が早いのはさすがだった、真っすぐに俺の目を見る田中さんの目は真剣そのものだった。


『ヘイ! なにをするつもりだ!?』


 その行動にアルフレッド中佐も慌てながら俺に問う。

でも答える余裕も、英語も分からない。


 俺と田中さん、みどりさんはそのまま腕の力だけで胴の絵が描かれている目の前まで進む。

後ろでは悲鳴と共に天使がゆっくりとまた同じように攻略者の首を飛ばし、次の標的へと歩いていく。


「……じゃあ行きます!!」

「任せろ! 異変があればすぐに引っ張る!」


 そして俺はその胴の領域へと転がるように飛び込んだ。


「がっ!?」


 直後俺は胸を抑える。


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