第5話 神の試練ー2
「あれ? ここは? ぐっ!? い、痛い……」
突如あの無機質な声が聞こえたと思ったら俺は元の部屋で倒れていた。
転移させられたのだろう、一瞬の浮遊感のあと気が付くとここにいた。
隣には剣も転移させられていた。
それよりも左腕がめちゃめちゃ痛い、涙が出る。
「君! 大丈夫か!!」
倒れている俺のもとへと田中さんともう一人女性の方が走ってくる。
「ひどいケガだ。みどり、頼む」
「ええ。少し痛むわよ、ふん!」
「あ˝ぁ˝ぁ˝!!!」
そのみどりと呼ばれた気の強そうな黒髪短髪の美人お姉さんは、俺の折れた左手をもって無理やり引っ張り正しい形にくっつけた。
その激痛に俺は涙と共に叫び声をあげる。
「我慢! 男でしょ!」
「うっうっ。はい、ありがとうございます……」
そしてみどりさんが、両手を俺の左手に当てた。
突如優しい緑色の光が包む。
これは治癒の魔法、まれに魔力を使ってケガを回復することができる人がいるが、おそらくそれなのだろう。
しかし骨をこの速度でくっつけるなんて……相当上位の治癒魔術師なのだろうか。
「よし、くっついた。生きて帰れたらちゃんと病院に行きなさい。無理やりだから形が悪い。あと他の傷も治したから」
「すごい……あ、ありがとうございます!」
俺は左手をグーパーする。
まだ痛みはあるが、それでも十分動く。
これが魔力での治癒……まさしくファンタジーの力。
「ふふ、今日はサービスだけど外の世界だったら、これで100万はもらってるわよ」
みどりさんがふふっと笑ってウィンクをする。
治癒の魔法はとても貴重で、その分高価だ。
だから冗談ではなく、実際これだけの治療でもそれぐらいかかるだろう。
「そ、それは本当にありがとうございます」
俺は起き上がって精一杯感謝を伝える。
すると田中さんが俺の前にかがんで握手を求めてくる。
「良く生き残った。私は知っているとは思うが田中一誠。こっちは我がギルドの治癒の魔術師で天道みどりだ」
「あ、俺は天地灰です。アンランク……ですけど……なんとか生き残りました」
俺はその手を握る。
よく見れば田中さんもケガをしたのだろう、服が血だらけだった。
「そうか。アンランク……灰君。よく頑張ったな。……帰ってきたのは君でまだ5人目だ」
「え?」
俺は周りを見渡す、
するとまだ俺と田中さん含めて5人の攻略者しかその部屋にはいなかった。
「灰君。君は何と戦った?」
「俺はホブゴブリンです。弱いですが……俺にとっては強敵で」
少しだけ恥ずかしそうに俺は言う。
ホブゴブリンなど田中さんなら片手で殺せるだろう相手に、苦戦したことが少し恥ずかしい。
「ホブゴブリン……いや、恥じることはない。君がソロ討伐するのは、本当にギリギリの相手だ、良く倒した。ではやはり……」
田中さんはみどりさんを見つめる。
するとみどりさんも頷いた。
「灰君。私はオーガの上位種ハイオーガだった。A級下位からB級上位に該当する魔物だ。はっきり言うと一歩間違えれば死んでいた。ギリギリの戦いでなんとか勝利を掴むことができたんだ。ここにいるみどりもそうだ。本当にギリギリの戦いだった。それは君もだろう」
「え? それってじゃあ」
「あぁ、おそらくだが全員勝てるかどうかギリギリの相手が用意されている。こんなことありえないと思ったが、明らかにこのダンジョンは今までのダンジョンとは異質すぎる。そして……あのまるで機械のような声と神の騎士選定式、力の試練という言葉の意味。ふっ、私は無神論者なのだがね、神を信じてしまいそうだ。と言っても相当に意地悪な神だがね」
そういうと田中さんは少し暗い表情をする。
田中さんの言葉を鵜呑みにはできないが、それでも俺の心も神というものを肯定している。
全知全能の神ではなくても、少なくとも人知を超えた力を持つ存在を。
「む? すまない、灰君。ではまたあとで」
すると田中さんとみどりさんは、次に現れた攻略者のもとへと向かった。
俺はしばらく目の前の扉を見つめる。
三角形のピラミッドに目玉の文様。
これが神の試練だというのなら、一体でいつまで続くんだと。
俺がしばらく、漠然と扉を見つめているとあの無機質な音声が流れる。
『力の試練の挑戦者。すべてが終了しました。クリアされたのは60名中15名です。次の試練まであと1000秒、999、998……』
「え?」
俺はその音声が言ったことが信じられなかった。
死んだ? 50名、軍人を合わせれば60名の中45名が死んだっていうのか?
俺は周りを見渡した、あれだけ多かった攻略者が目で数えることができるほどしかいなかった。
それに全員傷だらけだ。
「全員ここへ集まってくれ!!」
そのアナウンスの直後田中さんが中央に集まるように指示を出す。
俺はその指示に従って中央へと向かった。
「今みんなに聞こえているとおり、次の試練が始まろうとしている。また別々に飛ばされるのかは全く分からないし、何が起きるかもわからないから対策のしようがないが──」
「ふ、ふざけんなよ!! あんた責任者だろ!」
すると聞き慣れた声が聞こえた。
俺がその方向を向くと、そこには佐藤がいた。
佐藤も服がボロボロであることから、死闘を制して勝ち残ったのだろう。
悪運か、実力かはわからないが、それでも戦闘センスはあったようだ。
「そ、そうだ! こんなのありえねぇぞ! 安全だって聞いてたのに!」
「俺たちを帰せよ!」
「責任とれ!! 何人死んだと思ってやがる!!」
次々と罵声が飛び交っていく。
全員同じ気持ちなのだろう。
死を覚悟して望んだ俺でもつい文句を言ってしまいそうなほど理不尽な目に合った、だがそれを田中さんに言うのはお門違いというやつだ。
だんだんその暴言に俺はむかついてきてしまった。
あたりが騒がしくなっていく、しかし。
「静かにぃ!!!」
田中さんの大きな声で一斉に静かになった。
「文句は生き残ったら好きなだけ言うと良い。できる限りの保証も政府と協会に私が掛け合おう。ただし、生き残ったらだ。今私達がすべきことは仲間割れではない、生き残るために最善を尽くす。わかったら、私の話を黙って聞きなさい!」
温厚そうな田中さんのその迫力に佐藤含め全員が押し黙る。
「よし。幸いあと10分ほどはある。次がどんな試練になるか分からないが、水分補給と食事を急いで取ってくれ。ここにあるものは自由にしてもらって構わない。大量に血を流したものもいるだろう。さぁ! 早く! 時間がないぞ!! 重症者から順にこちらへ! できる限りの治療を行う!」
俺達は田中さんの言葉通りに食料にありついた。
血を流しすぎたため、水分を大量にとる必要があった。
俺も貧血なのか、水分不足なのかわからないがくらくらしていたためとても助かる。
『少しいいか、ミスター田中』
『あぁ、アルフレッド中佐』
俺は水を飲みながら田中さんと米軍人が会話しているのを見た。
俺には英語はなんとなしにしかわからないが、田中さんは英語もペラペラに話せるようだ。
名前を呼んだように聞こえたが、あの強そうな軍人はアルフレッドというのだろうか。
深く帽子をかぶっており、その目はとても鋭い。
俺では100人いても相手にならなさそうな、とても強そうな体格をしている。
『日本人の指揮権を預けてほしい。私はS級だ、わかるだろ? 私の部下は9人中5人が死んだ。全員がA級なのにだ。今後さらに厳しい展開が予想される。聡明な君ならわかるだろう、その時捨て駒となる者が必要だということが』
『……日本人は私が指揮します。それは両国の同意のもとのはずです。それに私は捨て駒など使わない』
『……ふん、そういえば貴様は軍人ではなく、民間だったな。理想を語るのは結構だが現実を見ることだ。ギリギリになれば私は躊躇せん。最悪武力行使も行う。覚悟はしておけ』
『……そうならないことを祈るばかりです』
アルフレッド中佐と呼ばれた男は、軍人達のもとに帰っていく。
10人いた軍人は、今や半分の5人となっていた。
全員が満身創痍。
命を懸けた試練を超えてきて疲弊する。
それはたったの10分で休まるほどの疲弊ではない。しかし何もせずともカウントダウンが進んでいく。
怖くて震えるもの、友を失って涙する者、ただ怒りを露わにするもの。
全員がそのカウントダウンに意識を集中していた。
『時間になりました。知の試練、神を崇めよ。を開始します。参加人数15名……開始まで10,9,……』
『8,7……』
『USA! USA!』
『ウーラー! ウーラー!』
米軍が士気を高めようと円陣を組んで大きな声を上げる。
『6,5……』
「知の試練。一体なにをするの……」
みどりさんは思案するようにつぶやいた。
『4,3……』
「くそ、くそ!! 俺は生き残ってやる。絶対に死なねぇ! 俺は負け犬じゃねぇ!」
佐藤は、自分を鼓舞するように大きな声を上げる。
『2,1……』
「ふぅ……よし。覚悟はできた。もう俺は戦える。最後まで諦めるな」
俺は先ほどの失敗を繰り返さないように、口に出して自分に言い聞かせる。
『0』
「みんな、健闘を祈る!」
『時間となりました。転送いたします』
そして俺達の視界は暗転した。
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