第3話 金色のキューブ

「金色のキューブ?」


 翌日。

俺は覚悟を決めてダンジョン協会に向かうと、そこには緊急募集の張り紙が張られていた。

突如現れた金色のキューブへの第一期調査隊募集と等級不問の文字。


「等級不問……0の俺でも参加できるのか?……参加報酬は……100万!?」


 俺はその張り紙の下に書かれている詳細を見て目が釘付けになる。

一体どういうことかと受付嬢のお姉さんに聞いてみた。


「はい、間違いございません。参加していただくだけで100万円を支払わせていただきます」


「え!? 嘘でしょ? な、なんでですか!?」


「はっきり申し上げると、全く中の状態がわかっていないのが現状です。そのため第一次調査隊を編成中なのですが、人があまり集まっておりません。中の状態がまったくわかっていないため募集すべきレベルも分からない状態で、皆さん二の足を踏んでおられまして……」


「なるほど……そ、それって俺でもいいんですか? アンランクの俺でも」


「はい、問題ありません。戦闘は難しくても荷物を持たれたり、他の参加者のサポートをすることはできます。長丁場になる可能性もありますので」


「毎月のノルマに関しては……」


「はい、今回は特殊なキューブのため。参加時点でダンジョン攻略と同じ扱いとさせていただきます」


「さ、参加します!! 天地灰! 金色のキューブに参加します!」


 俺はすぐに返答した。

俺一人では、E級のダンジョンを攻略することは不可能、ダンジョンの栄養になる未来しかなかった。

ならば危険かもしれないが、参加するだけで100万円と雑用をこなせば攻略扱いにしてくれるこの提案はとても魅力的に映った。


「了解いたしました。登録いたします。では攻略者資格証の提示をお願いします」


「はい」


 俺は財布から車の免許証のようなカードを提示する。

等級欄にはアンランクと書かれた俺の攻略者としての情報が記載されたカードだ。

この資格証には最後に攻略した日、つまり三週間前佐藤にパーティをくびにされた日も記載されている。


「はい。天地灰様。今週の土曜、8月6日、13:00から開始ですのでよろしくお願いします。参加費に関してはダンジョンから戻り次第支払わせていただきます」


「わかりました」


 俺はダンジョン攻略の詳細が書かれた紙を手渡される。

昨日の今日だというのに、とても仕事が早い。

といっても未知のダンジョンはいつダンジョン崩壊が起きるかもわからないので一日だって無駄にはできないのだが。


 その日は登録だけ済ませて、ダンジョン協会を後にした。


 ボロアパートに戻り、装備品の手入れをする。

俺の唯一の魔力が付与された腰まである鉄の剣。

所々刃こぼれしている安物だが、それでも十万円以上はする。


 攻略者になることで国から至急されるたった一つの魔力が付与された剣。

俺でも持つだけである程度強くなり、そして剣を振り回すだけの力を得ることができる装備。


 高校卒業後、すぐに攻略者になってそこから4か月間ずっと同じものを使ってきた。


 六畳一間の狭い部屋で、俺はそのロングソードを磨き続ける。

灯りを付けずに月明りだけで照らされた部屋で一人。


 とても狭い家なのに、最近はなぜかとても広い。


 それと、静かで少し寂しい。



土曜日。


「よし」


 俺はスマホの中にあるまだ元気だった母親と妹の写真を見る。

小さくうなずき、腰に長剣を装備して集合場所である渋谷スクランブル交差点へと向かった。


 そこには、50名からなる攻略者が集まっていた。

交差点は、封鎖され人通りが多かったのに、今は誰もいない。

ダンジョン崩壊を警戒してか人通りは少なくなっている。


 俺は臨時に建てられた簡易テントの受付に、名前を記載し参加を表明した。


「すごい、こんな人数初めてだ。あれは……外人?」


 装備品を見るからに上位攻略者もいるようだ。

それにあれは米軍人? 外国の軍服を着た集団が10名ほど参加している。

全員がとても強そうで、きっと上位の覚醒者なのだろう。


 そして。


「ギャハハ、これで一人100万だってよ!」

「戦闘は、プロ達に任せておけばいいっすからね!」

「ちげぇねっす! 俺達は後ろで見てりゃいいだけですし」


 佐藤達も参加しているようだった。

俺は目を合わせないように、人影に隠れる。

しかし佐藤は目ざとく俺を見つけた。


「ギャハハ! お前も参加してんのか、やっぱり貧乏人は100万が惜しいか?」


「……」


「……おい! 俺を無視する気かこら! 殺すぞ」


 俺が目をそらし不機嫌そうに黙っていると佐藤が俺の首を掴む。

今にも殴られそうだが、周りには多くの攻略者達がいるため佐藤もそこまではしないようだ。

その声に、何人かが反応し俺達を見つめている。


「ちっ! 糞が」


 佐藤は俺をそのまま突き飛ばし離れていった。

もう彼らのパーティじゃないんだ、俺はへりくだる必要はない。

それでもあの佐藤に抵抗するのは、少しだけ足が震えたが気持ちは悪くない。


 すると、一人の男性が金色のキューブの前に歩いていく。


「注目!!」


 大きな声でその場の解放者達の視線を集めた。

三十歳ぐらいだろうか、どこかで見たことがあるような……。

といっても失礼な言い方をするとどこにでもいそうなできるサラリーマンという雰囲気だった。


 だがそれでもエリートサラリーマンとでも言おうか。

イケおじ? できる男という感じの営業マンという見た目。

ローブを着ているということは、おそらく魔法職なのだろう。赤いから多分火の系統かな?


「私は、田中一誠! ギルド『アヴァロン』の副ギルドマスターだ!」


 その一言に、全員がざわめく。

俺でも知っている日本トップの攻略者集団、ギルド『アヴァロン』。

世界的にも上位に位置し、日本に数人しかいない最上位のS級覚醒者も所属する日本最大最強ギルドだ。


「今日は命がけになるかもしれない未知のダンジョンへ志願してくれたこと感謝する。我がギルドは日本政府、並びに日本ダンジョン協会より今回の金色のキューブについての調査、攻略の全権を任されている。それに伴って今回の攻略については私がリーダーとして任命された。よろしく頼む。では、先に注意事項等を説明する!」


 この攻略については、田中さんがリーダーとして活動するそうだ。

実績もあり、本人自身もA級の攻略者として活動するそうで誰も文句はなかった。

そして注意事項や作戦について簡単に話が始まった。


 といっても中は何があるか何も分からないので、指揮系統等の説明などだった。


 指揮系統という言葉を使ったのは、米軍人達がいるからだ。

今日は田中さんが一応はトップではあるのだが、米軍人チームは全くの別部隊となるらしい。


 軍事介入のような気もするが、その辺は政治の世界の話なので俺にはよくわからない。


 すると説明が終わったようだ。

田中さんが時計を見ながら一層大きな声で指示を出す。


「では、現在13時15分となった。全員準備はいいだろうか!」


 その声に多くの攻略者達が武器を掲げて反応する。

田中さん達を先頭に、全員がキューブと取り囲むように並んだ。


「では、行こう!」


 田中さんがかかとを翻し、キューブへと一歩を踏み出した。


 ローブが舞う。


 そしてキューブを取り囲んでいた名の知れた上位攻略者達が次々と中へと消えていく。


「よっしゃ! いくぜぇぇ!!」


 佐藤達も続いていき、中堅攻略者達が金色のキューブへと消えていく。

 

 そして。


「よし……いくぞ」


 俺は剣を握りしめて、ゆっくりと前へ進む。

自分の心臓の音が聞こえてきそうなほどに、鼓動が早まるのが聞こえてきた。


 目の前には、まるで黄金のような箱。

光り輝く水面のように揺らめく金色の壁。


 俺が躊躇うように指を触れる。

水に水滴落としたような優しい波紋と凛とした風鈴のような音が広がる。


「ふぅ……よし!」


 そして俺は、両こぶしを強く握りしめて思いっきり突っ込んだ。

その先に何があるかもわからずに、期待と不安を胸に抱いて。


 黄金色のキューブへと。



『神の騎士選定式への参加を認めます。現在参加人数38名……』

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