第2話 戦う意味

 佐藤のパーティを首になってから三週間後。


 あれから俺は他のパーティを必死に探した。

しかし、アンランクを募集しているパーティなどいなかった。


 なぜなら基本的に攻略者になるものはE級からだからだ。

アンランクなど、魔力を持たない頃の人類と大差はない。

異形の化け物と生身の人間が戦うなど、

全人類の中で下位1%以下のアンランク、希少性という意味では逆に珍しく、レアですらある。


 しかも俺はアンランクの中でもさらに下の方、魔力たったの5のゴミなのだから。


「……荷物持ちでもなんでもするんで、なんとかパーティ見つかりませんか?」


「申し訳ございません。アンランクの攻略者となりますと……現在募集が0でして。一応E級のダンジョンを攻略されているパーティにはご依頼させていただいているんですが……」


 日本ダンジョン協会東京支部、世界中のダンジョンを管理するダンジョン協会。

その日本支部本社とでもいうべき巨大な建物の一階ロビーで俺は受付のお姉さんに頼んでいた。


 周りには俺と同じようにダンジョン攻略者達が、魔力石の換金やダンジョン崩壊が近いキューブへの依頼を受けていた。


「そうですか……ありがとうございます」


 俺はパーティに入れてくれそうな人を探して、連日このロビーを彷徨っていた。

しかしE級に分類される下位のダンジョンを主に狙って活動する攻略者達は少なく、いたとしてもパーティメンバーは埋まっている。


 だから案の定断られてばかりだった。

しかし、これはしかたない。

全員命を懸けているんだ、足手まといを薄っぺらい善意で入れてくれるほどの余裕はない。


 俺は一人、足取りを重くしダンジョン協会を後にした。



「くそっ!」


 その日の深夜、俺は暗い部屋で一人で悪態をついた。

これだけ探してもパーティが見つからない、病気の妹がいるといっても協会は掛け合ってくれない。

期限が迫ってきているのに、道が見えない焦りと寝不足から俺はイライラしていた。


「お兄ちゃん?」


 その俺の声を聞いて凪が起きてしまった。


「あぁ、悪い……」


「お兄ちゃん……しっかり休んでね?」


 俺の目の下のクマを見て、凪は言っている。

ここ数日駆けずり回って忙しいのと、心労で休めていなかったからだ。


「……休めるわけないだろ、誰のために駆けずり回ってると思ってんだ」


 そのイライラは俺の言葉にとげを生んだ。

何を言ってるんだ俺は。

やめろ、凪は何も悪くないだろ、止まってくれ。


 わかっているのに、俺は自分の感情をコントロールできなかった。


「またこけてケガでもしたらどうするんだ、いいから寝てろって……」


「で、でも……」


「いいから寝てろ……」


「お兄ちゃん、私……あのね、お兄ちゃん。いつも……」


「お前は寝るしかないんだから、寝てろ!!」


 言った瞬間、俺はハッとなる。

それは最低な言葉だった、イライラしていたとはいえ絶対に言ってはいけない言葉だった。


 そんな言葉言いたくなかった。


「ご、ごめんね。いつも……ありがとう……ちょっと怖くて傍にいたかったの……ごめんね」


 凪はそのまま慌てて、布団をかぶる。


「大好きだよ、お兄ちゃん。おやすみなさい」


 そうして息をひそめるように静かになってしまい、俺は謝るタイミングを逃してしまった。


「……何やってんだ、俺は……」


 俺は自分の頭を叩き、明日の朝、凪にちゃんと謝ろうと決めた。


~翌日 朝。


「おはよう、凪……昨日は……」


「お兄ちゃん……はぁはぁ……おは……よう」


「凪!」


 早朝、凪に謝ろうとした俺が凪の布団へと向かうと、そこには明らかに衰弱している凪がいた。

呼吸がしづらそうに精一杯灰を動かそうとするが、うまく体が動かない。


 俺はすぐに凪を抱きあげるが、その身体は信じられないほど冷たくなっていた。


「凪! 大丈夫か!?」


「怖い……お兄ちゃん、怖いよ……」


「すぐに病院に連れてくから!」


 俺は妹を背負って、鍵も閉めずに病院へと駆け出した。

ぐったりとした背中は力なく、小さな吐息しか聞こえない。

俺の心臓の音が聞こえてくる、しんどいからではない、不安で押しつぶされそうな嫌な予感が頭をめぐる。


 凪は今、『筋萎縮性魔力硬化症』のフェーズ2と呼ばれる状態だ。

体が動かしづらいが、何とか自力で呼吸もできるし、少しなら歩ける状態。

だから入院も必要はなかった。 


 だがもし、症状が進んでしまったのなら。


「頑張れ! 凪、もうちょっとだからな! 絶対大丈夫だからな! 俺がそばにいるからな、大丈夫だからな!」


 二度と目を開くことはできない。

死ぬまで、いや、死んでもずっと。


 俺は信じてもいない神に祈りながら、疲れも忘れてただ真っすぐと病院へと向かった。



 国立攻略者専用病院。

攻略者のケガや、後遺症、また遺族や家族専用の病院であり、日本屈指の大病院。

攻略者を増やすために、国が作った政策の一つでもある。


 俺は息も絶え絶えに、焦るように凪を背負ったまま受付の女性に頼んだ。


 すぐに担当の先生が来てくれる。


 眼鏡をかけて、白衣。

30代中ごろのまじめそうで、とても優しい患者想いの伊集院先生だ。


「先生! 凪が!」

「灰君……すぐに運ぼう、こっちへ」


 案内された部屋で俺は凪を横にする。

診察が始まったので、俺は部屋の外で両手を握り額の前で組む、まるで祈るように目をつぶる。


 俺の足は震えていた。

するとものの数分でドアが開き伊集院先生が出てきた。

そしてそれは聞きたくなかった言葉だった。


「先生!」


「灰君、言いにくいんだが……フェーズ3だ。入院し、人工呼吸器で延命するしかない……もう手配したからひとまずは安心だが……おそらくもう目を開くことはできないだろう……」


「そ、そんな!」


 フェーズ3、それはほぼ死の宣告。

どんなに力を入れようが、全身がまるで金縛りにあったように呼吸すらままならない。

目を開く力もなく、ただ静かに自分の体に閉じ込められる。


「先生! 何か! 何かできないんですか!」


「……すまない。まだこの病気の治療法は見つかっていないんだ。そもそも魔力というものが未知すぎて……現代医療ではとても……延命することしか。耳だけは聞こえているはずだから、せめて声を……」


 そんなことは分かっていた。

それでも、わかっていても、何かできないかと訴えかける。

しかし、答えは変わらない。


 伊集院先生が、頭を下げてその場を後にする。

そのあと専用の機器が運ばれてきて、凪の体に装着される。


 俺はその隣で、その手を握った。


 冷たかった。

まるで血が通っていないかのように。

だがまだ目は開いていた。


 必死に目を閉じないように凪はこっちを見る。


「凪……」


 昨日まで笑っていたのに、そこまで症状が進行していたなんて全然気づかなかった。

末期では貧血のように、立っているのもままならない症状がずっと続くと聞いている。

体も徐々に動かなくなっていき、自分の体が自分のものでなくなっていく過程はどれほど怖かったのか。


 なのに、凪はずっと笑顔を向けてくれていた。


 俺に心配かけないように、辛さを隠していた。

昨日だって怖くて怖くて仕方なかったはずだ。


 なのに俺は、あんな言葉を。

凪が大好きだと言ってくれたのに、俺は何も返さず思いも告げなかった。

あれが最後の会話だったなんて。


「うっ。うっ。凪……ごめんな、ごめんな……」


 青白い顔で俺を見つめる凪を見つめる。

信じられなかった、もうあの笑顔がみられないなんて。


 この病気は世界中で数百万人が発症している。

全ての人類が覚醒してから世界中の人が治療法を躍起になって模索している、だからいつか治療法が見つかるかもしれない。

だからその時がくるまで、できる限りの延命治療をしたい。


 そのために、俺は攻略者をやめることはできない。


「凪……兄ちゃん頑張るから。頑張って……戦うから。絶対凪をそこから助け出すからな……」


 涙を拭いて、その冷たい手を強く握る。

真っすぐと俺は凪を見つめて決意した。


 例え一人だったとしてもダンジョンを攻略することを。

もしできなかったとしても、攻略者はダンジョンで死ぬと資格を剥奪されない。


 むしろ遺族手当が遺族へと支給される。

だから俺が死ねば凪はこのまま治療は受け続けられるはずだ。


 俺は昨日言えなかった言葉を何度も繰り返す。


「凪……大好きだからな。俺も凪が大好きだからな!」


 そして、もう一度強く凪の手を握る。


「しって……る……」


 かすれそうな声で、凪が最後の力を振り絞って笑顔を向ける。

俺の手を強く、そして弱く握りしめ、ゆっくりとその目を閉じていった。


 俺はその日、夜遅くまでずっと凪に語り掛ける。

返事が返ってこないのもわかっていた、それでもずっとずっと語り掛け。


 そして俺は立ちあがった。


「凪、兄ちゃんが絶対助けるからな。絶対だからな」


 覚悟を決めて。


「命を懸けてでも」


 前を向く。


◇同時刻 東京渋谷


「おい、なんだあれ?」


 東京渋谷、スクランブル交差点の中心。

信号が青になり、大量の通行者入り混じり、交差する歩行者天国。


 その通行人の一人が何かに気づき空を指さした。

その指先に周囲も視線を向けて、同時に次々と空を見上げる。


 金色に光り輝く四角いものがゆっくりと空から落ちてきていた。


 時刻は夕暮れ、季節は夏。

太陽の赤い光に照らされて、それでも負けじと金色に輝きそれは落ちてきた。


「おい、あれって……」

「キューブだ!! あれ、キューブじゃね!?」

「キューブ!? 金色の!? そんな色聞いたことねぇぞ!」


 次々とスマホ片手に写真を撮る通行人。


 そのキューブと呼ばれる異界への入り口となる箱。

その箱がまるで木の葉のように、ゆっくりと重力に反して落ちてくる。


 通行者達は落下地点を離れて見つめている。

信号が変わり、クラクションの音が鳴り響く。


 そのキューブが、ゆっくりと音もなくその中心に舞い降りた。


 誰も見たことがない、きらめく黄金色に輝いて。

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