【書籍化・コミカライズ】灰の世界は『神の眼』で彩づく~ステータスが見える俺は、最強溢れる現代を最弱魔力から駆け上がる~
KAZU
第1話 なんのためにダンジョンに?
俺は死ななければならなかった。
努力しても無駄な俺に差し出せるものといえば、この命ぐらいなものだからだ。
この世界では努力したって俺では超えられないどうしようもない才能で溢れていた。
もしも努力では到底超えられない壁が目の前に聳え立っていた時、どうすればいいのか。
どれだけ頑張っても、どんな努力をしようとも、翼のない人が飛べないように。
その遥か頭上の頂には届かないのだとしたら、俺はどうすればいいのか。
それでもあきらめずに、腐らずに、努力し続けられるのだろうか。
誇り高く気高く生きられるのだろうか。
そんなことは無理だ、だって俺は……ゴミなんだから。
いや、これは言い訳だな。
それは違うと信じ切った人がいたからこそ、人は科学の翼で空すらも飛んだのだから。
でも俺はできなかった。
魔力たったの5の『ゴミ』。
幼少期から名前ではなくその侮蔑の言葉で呼ばれ続けた俺は自分で自分をそう思い込んでしまった。
そんな子供が自分の輝かしい未来を諦めてしまうのも無理もないことだっただろう。
といっても、俺にとっては魔力という才能が全てを決める世界が普通だ。
俺が生まれる二年前、つまり今から二十年前の出来事で世界は一変した。
突如空が裂けたかと思うほどの轟音と共に、まるで次元が裂けたかと思うほどの亀裂が生まれた。
そこから降ってきたのは、まるで宝石のような巨大な箱。
ルビー、エメラルド、サファイアなどの様々な色の美しい巨大な宝石。
それがまるで雨のように大量に地上に降り注いだ。
今ではキューブと呼ばれるその巨大な箱の登場で世界は一変した。
大きさは一軒家ほどはあり、まるで宝石のように煌く綺麗な立方体。
その色鮮やかな箱に触れると吸い込まれるように人々は中に取り込まれる。
それはまるで飛んで火にいる夏の虫のように、そしてその虫はどうなるか、文字通り火を見るよりも明らかだ。
吸い込まれた先、その箱一つ一つの奥には異次元の大迷宮が広がっていた。
通称『ダンジョン』。
中に待ち構えているのは人類を殺そうとする異形の化け物。
『魔物』と呼ばれた。
上位の魔物には近代兵器すらものともしないものがいた。
その人類の敵の登場に、この星に繁栄を極めた人間はなすすべもなく敗北を重ねていった。
種の敗北を、絶滅すらも世界中の人々が感じ始めたころ、それは起きた。
人類の覚醒、種の進化。
人類は、種としての進化を果たし魔物達に抗うためのまるでファンタジーな力を手に入れた。
ならば付ける名前は決まっている。
その力は『魔力』。
魔力は人類の進化と化物からの勝利を与えた。
そしてこの世界の在り方すらも変えてしまった。
生まれ持った埋めることができない魔力という絶対の才能の差が生まれた世界。
個人の力が、世界のパワーバランスまで変えてしまう世界へと。
そんな世界に俺は生まれた。
最低ランクに分類されるアンランク、その中でも最底辺の魔力をもって。
魔力を計測器で数値化した時の値はたったの『5』。
アンランクに分類される旧人類で、進化を果たせなかった出来損ない。
本当ならここで俺は全てを諦めるべきだった。
それでも俺は諦めなくない、この最愛の家族の命だけは。
だから俺は覚悟を決めて、一歩を踏み出した。
命すら捨てる覚悟をもって、その未知のダンジョンへと。
だからかもしれない。
俺にこの力が与えられたのは。
意味があるのかもしれない。
灰色だった俺の世界にこの『神の眼』彩をくれたのは。
その眼が見えるものはありとあらゆるステータス。
世界に存在しても、誰も詳細が分からなかった全ての情報。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
名前:天地
状態:良好
職業:なし
スキル:神の眼、アクセス権限Lv1
魔 力:5
攻撃力:反映率▶25%=1
防御力:反映率▶25%=1
素早さ:反映率▶25%=1
知 力:反映率▶25%=1
装備
・なし
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この力を使って、俺は成り上がる。
ダンジョンに隠された秘密を看破して、敵のステータスも看破して。
誰よりも早く最短距離で完全攻略する。
ダンジョンの完全攻略の報酬は、魔力の増大とレアアイテム。
俺はこの神の眼をもって、世界最速の成長を遂げていく。
それでも、世界には想像もつかない強者達がいた。
日本には5人しかいないS級の覚醒者。
アメリカ、中国などの大国にいるそれすら上回る超越者。
そして神を殺すと謡うテロリスト教団、滅神教。
さらには龍や、王種、帝種。そしてさらにその上も……。
世界には想像もできない化物達が溢れていた。
でも黄金色に輝くその眼をもって抗い、戦い、成長する。
最愛の妹のため、そして闇に覆われ滅びる世界のために。
『congratulations、天地灰。あなたのその慈愛に満ち、美しく輝く魂がいずれ世界を覆う闇すらも払わんことを』
これはまだ何者でもない俺が世界を救う英雄譚の一ページ目。
でもあの時の俺は文字通りただの『ゴミ』だった。
◇ ◆ ◇
「はぁはぁ……助けて、助けて!!」
まだ中学一年生のとき、俺は巨大な鬼に襲われていた。
異形の魔物が突如授業中の中学校に溢れかえり、多くの生徒を殺していく。
友人も、知り合いも、いじめっ子も関係ない。
皆等しく殺された、俺よりも圧倒的に強い全員がだ。
血で染まる学び舎は、生徒の悲鳴と異形の化け物の叫び声が響き渡る。
俺はその鬼に追いつめられていた。
もうだめだと頭を抱えて涙を浮かべる。
ここで俺はあの大きなこん棒に抵抗することもできずに潰されるんだ。
絶望の表情と、動かない足。
俺が死を目の前に恐怖から目を閉じたとき彼女は現れた。
年はさほど変わらないと思う。
高校生だろうか、黒い制服に身を包み、対照的な美しく長い銀色の髪は日本人離れして煌いている。
ハーフだろうか。
こんな状況でも自然と見惚れてしまうほど、彼女は氷像のように綺麗だった。
それなのに、ただ強かった。
「え?」
その女子高生は通学用の鞄を左手に、そして何も持たない右手をただ横に振るった。
直後銀色の光がものの数秒ですべての鬼を断ち切った。
まるで相手にもならないように、ただの一度の抵抗も許さずに、俺には視認することすら叶わずに。
すべての魔物を切り伏せる。
「大丈夫?」
その差し出された手を無意識に掴んだ俺は、二度と忘れることはないだろう。
その氷のように冷たく動かない表情と、それでも反するように温かい手。
氷像のように綺麗だった。
俺は憧れたのかもしれない。
俺なんかとは比べ物にならないほどに天の上にいる少女に。
俺では到底触れることすら許されないその人に。
アンランクの最弱の俺が。
◇数年後 天地灰 18歳 高校卒業の年。
迷宮で俺こと、天地
洞窟のような場所なのに、壁は明らかに人工物の迷宮で松明が薄暗く照らしている。
そこで、自分の自重と同じぐらいの大量の荷物を背負い、手を緑色の血で染めながら俺は死体を漁っていた。
「……よし、とれた」
その死体の腹をナイフでえぐって取り出したのは二センチほどの石。
その青白く光る石を俺はタオルで綺麗にし、鞄へと入れる。
顔を上げると、また死体があった。
緑色で、醜悪な顔、長い鼻に尖った耳の小鬼の死体だ、俺は再度かがみナイフでえぐろうとすると、怒声が飛ぶ。
「おい! 早くしろ、ゴミ! 死体漁りしかできねぇくせに、それも満足にできねぇのか!」
「ご、ごめん! すぐ行くから!」
先頭を行く集団の一人に俺は『ゴミ』と怒鳴られて体をはねさせる。
すぐにてきぱきと死体から石を取り除く。
魔力石と呼ばれる魔物からとれる石、これは金になるから回収しなければいけない。
俺は死体から全ての魔力石を回収し、先頭集団に合流した。
「おい、ゴミ。茶」
「りょ、了解! ちょっとまってね」
俺が全ての魔力石を回収し、先頭集団と合流するとふんぞり返る男が俺に雑用を命じる。
いつものことだ、俺は雑用しかすることができないのだから仕方ない。
「は、はい。佐藤く─!?」
俺はお茶を紙コップに組んで、そのリーダーの佐藤に手渡す。
受け取った佐藤は、すぐにそのお茶を俺へとぶっかけた。
目を閉じる俺の顔と服は冷たいお茶でぬれる、夏でよかった。
「ギャハハ! ちょっとは目が覚めたか?」
「は、はは。や、やめてよ~~」
俺は握りこぶしを隠すように背中に手を回し作り笑いを浮かべた。
まるで何もなかったかのように再度お茶を汲んで佐藤に渡す。
「佐藤さん! 今夜一杯どうっすか! このダンジョンの稼ぎで」
すると仲間の一人が佐藤にお酒を飲む仕草をする。
彼らは俺の高校の同級生。
つまりは未成年、しかし無法者であり不良の彼らは高校生の頃から酒にたばことやりたい放題なので今更だろう。
「いいねぇ! んじゃ。さっさと攻略しちゃうか!」
そして佐藤含む4人が立ち上がる。
俺は休む間もなく全員分の装備品や、ドロップ品などの荷物をもってついていく。
仕方ない、俺は荷物というほどではないが、荷物持ち。
戦う力、魔力をほとんど持たない『魔力10以下の旧人類』。
別名、アンランクなのだから。
しばらく攻略を続けていると巨大な門の前まで来た。
禍々しい紋章が紫に怪しく光る巨大な門は中にこのダンジョンを司るボスがいることを表す。
佐藤達は一切躊躇せずにその扉を開いた。
全員が中に入ると扉がゆっくりと閉まり俺達は閉じ込められる。
中には一際大きなゴブリンがいた。
ホブゴブリン、初級者と中級者の中間に位置する魔物だ。
その鬼と佐藤達の戦闘がはじまる、いや、戦闘と呼んでいいのだろうか。
なぜならあまりにも。
「おら! 死ね!!」
「ギャハハ! 糞雑魚!」
虐殺だった。
佐藤達、4人は特に苦戦もせずにそのホブゴブリンをタコ殴りにする。
彼らの力なら簡単に倒せるその魔物を虐殺した。
ここはダンジョン協会が定めたダンジョンの難易度でいうとE級に該当する最弱のダンジョン。
そして彼らは魔力量から判定される攻略者等級がD級、佐藤に至ってはC級の攻略者。
ならばボスといえど相手になるわけはない。
あっけなく死んだボスから俺は魔力石を回収した。
これでこのダンジョンは休眠モードに入り、ダンジョン崩壊は起こさない。
これが俺達の仕事、ダンジョンは定期的に魔物を間引いたり、ボスを倒さなければいけない。
もし放置してしまうと、ダンジョンから魔物が外に出てきてしまうからだ。
その現象をダンジョン崩壊と呼ぶ。
「今回も楽勝だったな」
「まじっすよ。これで10万近くもらえるんだからぼろいっすね。ダンジョン攻略」
佐藤達は、剣を肩に乗せ楽勝だったと笑い合う。
しばらくその場で待っていると俺達の身体を光り輝く粒子が包んだ。
「お、お迎えきたな」
これが攻略完了の合図だ、突如視界は暗転する。
浮遊感が体を襲った後、眼を開くと俺達は四方を青く揺らめく水面のような壁に囲まれていた。
まるでサファイアのような美しい壁面に四方囲まれた高さ幅共に10メートルほどの箱だ。
その箱の壁がゆっくりと外側へと四方に倒れ、俺達を見慣れた街並みへと放り出された。
通行人たちがちらっとだけ俺達を見るがよくある光景だとすぐに視線をスマホへと戻す。
大都会東京、他人に興味のない人ばかりだ。
「ふぅ。今月もノルマ達成できた。よかった……」
俺は地面と同化しているように倒れている壁を見つめながら胸をなでおろし、つぶやいた。
これがキューブと呼ばれる四角い箱で、ダンジョンの入り口だ。
そしてボス攻略後転移される出口でもある。
入るときは、ただ外側から中へと触れるだけでダンジョンへと潜れる。
中から外に出るには、入った場所にある同じような箱に触れるかボスを討伐するしかない。
休眠状態はこのように地面に壁が倒れており、活動状態だと箱のようになる。
すると俺の肩が強く叩かれた。
「じゃあ、ゴミ。あと報告よろしく。分配はいつも通り、ちゃんと振り込んどけよ」
ひらひらと背中ごしに手を振って佐藤達がパーティーメンバである俺を置いて去っていった。
今から飲みに行くのだろう、一応はパーティメンバーである俺に何も言わずに。
「りょ、りょうかい!」
俺はへらへらと笑って手を振った。
俺はこのパーティの荷物持ち兼雑用。
彼らの好意でパーティに入れてもらえている戦う力のないアンランク、覚醒者とすら呼べない存在なのだから。
むしろ感謝しなければならなかった。
俺なんかをパーティにいれてくれているのだから。
だから文句はない。
そう思い込むように俺は佐藤の背中を見つめる。
すると佐藤が俺を指さし笑っている。
周りの連中もバカにするように俺を指さし笑っている。
俺は悔しくてうつむいた。
俺は拳を握りしめる。
でもすぐに深呼吸し行き場のない怒りを吐息に交えて外へと出した。
「ふぅ……よし。魔力石の換金は一旦帰ってからにしよう。とりあえず今月のノルマは完了だ」
俺はそのまま帰路につく。
その途中の帰り道、緑色のキューブの立方体、つまり活動状態だった。
「お、ここも休眠期間終わってるな。緑色のキューブ……B級か。俺じゃ一生かかっても無理だな……」
俺は自分の手のひらをみて握ったり開いたりを繰り返す。
二十年前空からキューブが降りてきたと同時に人類は覚醒した。
その覚醒と呼ばれる現象は、人類を種族として進化させた。
魔力というファンタジーの力でだ。
俺も小学校に入学する際に国が主導する魔力測定を行った。
周りの友人達がみんなD級やB級、A級なんていた中で、俺は逆に珍しいとすら言われるアンランク。
齢七歳にして人生の敗北が決まってしまった。
変えようのない才能の差、どれだけ努力しようが埋まることのない魔力という力。
かっこいい攻略者に憧れていた俺は小さいながらに絶望したのを覚えている。
「……くそ!」
昔のことを思い出し気が滅入ってきた。
特に理由もなく俺は走り出し、家へと帰る。
でなければどんどん悪い方へと考えが進んでしまいそうだった。
今にも倒壊しそうなボロボロのアパートについた。
その一室の扉を開ける。
ここが我が家だった。
「ただいまー」
「あ! おかえり……ゴホッ……お兄ちゃん。お疲れ様」
「凪! 寝てないとダメだろ!」
俺は荷物を玄関に捨てて、パジャマ姿で壁に寄りかかっている妹の肩を支える。
俺が帰ってきたと同時に笑顔で出迎えてくれたのは嬉しいが、顔が赤い。
「ううん、今日はすごく体調がいいの。ほら、体が動くんだ……」
ぼろぼろのアパートの一室、6畳一間。
そこで、俺は妹と二人で暮らしている。
母と父は随分前にダンジョン崩壊で死んでしまった。
あの頃は、今のようにダンジョン攻略の方法が確立しておらず世界中が地獄絵図だったので珍しいことではないのだが。
「そうなのか? 立てる……か?」
「余裕……だよ? ほ、ほら! あ!」
俺は体勢を崩した凪を抱きしめる。
軽くて細くて、今にも折れてしまいそうな体。
「えへへ……ありがとう」
今年で中学生になるはずだった妹の凪は、とても可愛い。
俺の宝物で、俺の生きる意味で、最愛の妹で……。
でも病に侵されている。
世界中でキューブが現れたと同時に大流行した不治の病、『筋萎縮性魔力硬化症』通称AMS。
実際に存在する病気であるALSにきわめて似た症状を起こすことからこの名前が付けられた。
そして世界で今最も恐れらえている病気だった。
この病気は死ぬことはない。
魔力によって生まれ変わった人類は筋肉を動かすのにも魔力を使用している。
その魔力が枯渇していき、筋肉にも影響を与え、やがて内臓などを除く意識して動かすための筋肉が一切動かなくなる。
あらゆる現代医療機器をつけることでそれでも死ぬことはないが、体が一切動かなくなる。
そして。
「ほら! たかいたかーーい!」
意識だけは残る。
「キャ! も、もう!」
俺は妹を抱きしめ持ち上げた。
アンランクとはいえ、それでも俺は高校生。
中学生の妹を持ち上げるくらい簡単だ。
それに凪は……とても軽い、本当に……軽いから。
「どうだ、楽しいか?」
「もう……ありがとう、お兄ちゃん」
少し恥ずかしそうにしながら抱き上げられた凪は俺に壊れそうな笑顔を向ける。
その笑顔を見れるだけで俺は幸せだった。
でも俺には何もしてあげられない。
世界中で多くの人が自ら死を選ぶほどの恐怖の病と闘っている最愛の妹に何もしてあげることができない。
意識はあるのに、体は一切動かせないAMS。
自分の体の中に老衰で死ぬまで何十年も閉じ込められる恐怖はどれだけか俺には想像もできなかった。
「……お兄ちゃん?」
「あ、あぁ! 目にゴミが入ったかな? はは」
情けない。
俺と凪は共依存と言われればそうだろう。
俺は妹に居場所、生きる理由を求めている、凪は俺がいなければ何もできなくなる。
何処にも居場所がない俺は、誰にも求められない俺には、ここしかないのかもしれない。
それでも。
「大好きだぞ、凪」
「お兄ちゃん……私もう中学生だよ、恥ずかしい」
この気持ちは本当だから。
俺は妹を車椅子に座らせて今日の診察に向かう。
入院させてあげれればいいのだが、俺の稼ぎでは生きていくのがやっとだった。
それにせめて今だけは、凪の自由にさせてあげたい。
この通院も、国家資格であるダンジョンの攻略者として登録しているからこそ利用できる保険制度で何とか食いつなげている状態だ。
命を懸ける職業のため、国からの援助はとても充実している。
だがもしダンジョン攻略者をやめれば、高額な医療費を払えずに俺はAMSの凪の延命治療を続けるかの選択を迫られる。
俺は高卒、AMSの治療費は普通のアルバイトや普通の仕事では到底払える額ではない。
世界中でこの病気は発生しすぎて、国の財政を圧迫することから保険も適用外。
もし俺が攻略者をやめれば、金のない俺は凪を殺す選択をし、サインしなければならない。
治療をやめるというサインを。
それだけは絶対に嫌だ。
だからこそ、俺はあんな嫌な思いをしながらでも佐藤のパーティーを抜けられない。
報酬はすべての雑用をこなしながら数パーセント。
雀の涙だが仕方ない、国が定めた一月に一度のダンジョン攻略のノルマだけは絶対にクリアしなければいけないからだ。
俺のような戦えない攻略者をパーティに入れてくれるような酔狂なのは彼らぐらいだろう。
たとえ便利な召使が欲しいだけでも、サンドバッグが欲しいだけだと分かっていても。
俺はただ堪えて彼らの機嫌だけは損ねてはいけない。
耐えていればきっといつか、幸せがくるはずだから。
……
「お前もうこなくていいよ。パーティー解消すっから」
しかし現実は甘くはなく、俺はパーティを追放されようとしていた。
「え?」
凪を病院につれていき、ダンジョンの素材等を換金した後、俺は佐藤の家へと向かった。
雨がパラパラと降ってきたが、今日の稼ぎを早く渡さないと怒られると思い、俺はそのまま彼らのたまり場でもある佐藤の家へと向かった。
その玄関先での出来事だった。
「邪魔だから首だっつてんの。役立たずだし。これ全員で決めたことだから」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。お、俺が何かしたか? 何かしたなら謝るから! 頼む、捨てないでくれ!」
俺は縋るように佐藤の前に膝をついて、謝ろうとする。
何かが彼の機嫌をそこねてしまったのだろうか。
傘を投げ出し、雨の中必死に何が悪いかもわからずに謝る。
「いや、お前アンランクじゃん。雑用しかできないし、俺達もっと上目指すことにしたから。つうことで無能はもう用済みってこと」
しかし言い渡されたのは、アンランクだからという変えようがなく絶対的な理由。
「そ、そんな! 頼むよ! 何でもする! 雑用だって全部するか──ぐわぁっ」
俺が佐藤の足に縋ると、佐藤は俺を振り払うように蹴った。
軽く蹴ったのだろう、しかしC級とアンランクでは軽く蹴るだけで意識を失いそうな衝撃が襲い俺は後ろに飛ぶ。
「た、頼むよ。妹が……ダンジョン攻略しないと……病気なんだ、頼むよ。なんでも……やるから……」
俺は口から血を出し、涙目になりながらも地面を張って佐藤に頼むようにズボンを掴む。
雨で汚れたアスファルトの上で俺はドロドロに汚れる、それでも縋るように佐藤に頼んだ。
「きたねぇんだよ! 触んな!」
「がぁっ!」
しかし俺は顎を蹴られて地面に突っ伏した。
脳が揺れて意識が遠のいていき、徐々に佐藤の声が聞こえなくなっていく。
薄れゆく意識の中最後に聞こえた佐藤の言葉は。
「弱者同士勝手に野垂れ死ね。あ、妹はAMSでしばらく死ねないんだったな。ギャハハ!」
絶対に許せない言葉だった。
佐藤は背を向けて、家に帰っていく。
俺は地面に倒れたまま泣いていた。
雨なのか涙なのか血なのかもわからないほどに俺の顔はぐちゃぐちゃになり、わんわんと子供のように泣いていた。
許せなかった。
妹に死ねといった佐藤が。
弱い俺達を助けてくれない世の中が。
そして何より力のない自分自身が。
たった一人の妹すら俺は守ってあげることができないのか。
毎月のダンジョン攻略ノルマを達成できなければ攻略者資格を剥奪され、通院も治療も受けられない。
そうなれば凪は、いつも辛い身体を我慢して、それでも心配させないようにと無理な笑顔を向けてくれる妹はそのまま一生目を覚まさないで、いつか衰弱して死ぬだろう。
「あぁぁぁ!!!」
悔しくて悔しくて、でも努力ではどうすることもできなくて。
俺は何度もアスファルトを叩いた。
手から血が滲んでも、俺はずっと殴り続ける、妹に謝るように。
俺の絶叫がただ雨の音にかき消され、この日俺はパーティを追放された。
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