第10話 染まるオペラ

通達したのは他でもない…人魚かのじょは体調が優れなくてな。その上、昼過ぎに学校から自宅へ電話が入る。』


こんな時に珍しい…

モナドからの指令は癪だが、独りでに身体が動き即座に車へと乗り込んでいた。


「しかしだ…5分足らずで此方に到着するとは流石、天使エリートだな。一体どういう心持ちで成せる技なのか…時空移動を気軽にされても困るんだがね。君みたいなのがひょいひょい時間軸を移動すると、人魚かのじょにも影響しかねんぞ?」


「解ってる…………滅多にしないし、久しぶりなんだから大丈夫だろ。お前のお陰で、時間軸を越えるのもだいぶ慣れたよ。」


ネクタイを緩めながら紅玉モナドへの視線を逸らす。また何か面倒事を押し付けてくるのか、はたまた試されているのか…何にせよ底意地の悪そうなにやけ顔は、些細なことで俺の神経を逆撫でする。


「フンッ…自覚があるなら控えて貰わねばな。それに…君が来なければ来ないで、彼女は私の麗しい姿を拝めたかもしれんぞ?」


「うえっ…お前まさか、人間に化けて迎えにいくつもりだったのか………来てよかった。」


咄嗟の行動が功を奏したことに安堵する。


「仕方なかろう。今日に限って人が居ないのだよ…それこそ、私の変身なぞ滅多に見れないのだから…貴重だぞ?フフンッ…どうだ?」


「あ~遠慮しとくよ。」


どうせビジュアルバンド被れのとんでもナルシストが出来上がるだけだ…最悪を想定しておかなければ。コイツの行動には信用が置けない上に胡散臭さ溢れる言い回しで、彼女を連れ帰るどころか学校中から警戒されてしまうだろう。


俺は最近、自覚できた事がある。

実のところ生粋の負けず嫌いだったようで…彼女と1ヶ月以上離れたせいもあり、なか自棄やけになって迎えに来た感じも否めなかった。どういった感情が渦巻いているのか…俺の中で新たな違和感が芽生えていた。今までにない、こんな厄介な心持ちで仕事をしろというのは…中々に酷である。


こういった話題に限って渦中の本人かのじょは蚊帳の外なわけで…紅玉モナドは呆れ混じりに俺の不憫さを笑い飛ばす。昔から無関心・無感動で情緒の起伏が殆どなく、仕事ができるだけ…計り知れぬ不器用さは痛いほど自覚がある。このまま…


「このまま迎えに行ってくれ。」


「えっ…ああ、解ってる。」


心臓が止まるかと思った。

紅玉るびーは俺を見透かすように言葉を続ける。


人魚かのじょの容態が気掛かりでな。今朝より悪化していたら色々と不都合が生じてしまう。悪いが、今直ぐ向かって貰うぞ。」


淡々と話す割に妙に急かすな…。


「…まったく…変わらず唐突だな。」


「つべこべ言わず、早よ行け。」


シッシと犬でも追い払わんばかりに車へと促すと、見知らぬ高校へ向かわせる。しかし彼の無限の能力のお陰で、学校までの道のりも彼女の兄の振りをすることも、実に容易いものだった。



ーそして現在いま


彼女を無事に送り届け、速やかに帰路へ着く…つもりだったんだが。

何やかんやで…体調が悪化している彼女を独り家に置くわけにもいかず、明日の夕方を過ぎるまで俺は此処リビングに残ることとなった。…そもそも彼女は高校生の割に落ち着いているし、同年代の子より知識や教養があり、多少大人びている。風邪気味と言えども、看病に手こずることもないだろう。 

きっと大丈夫…な筈だ。



ーしかしー


無情にも振りやまぬ雨は彼女の微熱をより一層助長させ、思考を曖昧にし始める。朦朧とする意識の中で次第にコントロールを失い…熱に浮かされた人魚かのじょの暴走は留まる事を知らず。


真夜中におとなう試練の刻

果して

天使かれは乗り越えられるのか

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